第二百六十三話 再開と宣告
春桜の変から一夜明けた学園内。
学園生徒たちが一斉に、
納涼祭の後片付けと学園内の修復に勤しむ、
午前九時半の頃。
多くの生徒たちが、
昨夜のココロちゃんの件を心配する中、
突如、上杉校長による学園放送が流れた。
上杉「えー、生徒諸君おはよう。校長の上杉だ。実は皆に伝えたいことがある。まず、この場を借りて、改めて昨夜の一件を感謝させてほしい。学園と"ユキツバキ"の方々を守ってくれてありがとう。そして、誰一人欠けることなく、無事に生きてくれたことに感謝する。」
上杉校長の本心からの感謝は、生徒たちにとって改めて身に染みる評価があった。
数秒の沈黙の中、
上杉校長が再び話し始める。
上杉「さて、本題に移ろう。まず、昨夜のユキツバキのメンバーのココロさんの件だが、無事に元気を取り戻したと新潟生徒会長より報告を受けた。心配している生徒たちは、安心せよの事である。」
この報告に、
多くの生徒たちは大歓喜を上げた。
男子「よかった~!ココロちゃん、元気になったんだ~!」
女子「うぅ、えぐっ、よがっだぁ~!」
男子「粟島~!よかったな!ココロちゃん元気だってよ!」
浦雅「‥元気‥ほ、本当か‥?」
ユキツバキの大ファンの、
粟島浦雅は、
喜ばしい朗報に声を震わせた。
その表情は、
男らしく涙は見せず、目を真っ赤に充血させ、
真っ黒い"くま"ができていた。
ここで小話
ココロちゃんがダウンして以降、
浦雅は、現実を受け入れられず無言で大量の涙を流し、寄宿舎に戻っても止まることなく、床についた頃には涙は枯れ、目を開いたまま眠れず今に至っていた。
彼をよく知る者は、
こうなっては何度声をかけても無反応で、
ただその日を生きるだけの"無"の存在になると言う。
しかも、発動条件が結構なシビアで、メンバーの一人が風邪で寝込んだ情報が入るとこうなるらしい。
まさに、
恋愛と言う概念のない純粋ファンの鏡である。
男子「お、おう!校長の発表だから間違いはない。」
浦雅「‥は、はは‥よかっ‥た‥。」
男子「っ!?お、おい、しっかりしろ粟島!?」
浦雅「ZZZ‥‥。」
安心して気が抜けた瞬間、一気に睡魔が襲う。
浦雅はその場に倒れ込み、深い眠りへと入っていった。
しかし、また数秒後、
上杉校長の放送はまだ続いた。
上杉「皆、喜ぶにはまだ早いぞ。これより重大発表を宣言する。この度ユキツバキの皆さんが、昨夜の失態を挽回させてほしいとのことで、特別ライブのやり直しを申し出てくれた。」
ざわつく学園内。
まさか、まさかと思う生徒がほとんどの中、
多くの生徒たちは、この後上杉校長が言うであろう言葉を待った。
浦雅「っ!なんだと!?」
男子「うわっ!?」
これには、
深い眠りに入った浦雅も反応し起き上がる。
その瞳には期待の光が宿り、真っ赤に充血していた目と真っ黒い"くま"は消え去っていた。
上杉「しかしながら、私はユキツバキの方々の体調を考え、受け入れを拒否しようと思った。」
なんとも期待外れな、焦らしを匂わす話し方に、生徒たちは更にざわめく。
上杉「だが、私はユキツバキの方々を信じようと思う。彼女たちは素晴らしい意思を持った方々だ。ゆえに、その想いを無碍にする者は人道に在らず。校長権限により、午前十一時、闘技場にてユキツバキの特別ライブのやり直しを宣言する。」
ついに放たれた特別ライブの再開宣言。
学園中の生徒たちが、今年一番の大歓喜を上げた。
花火部では歓喜のあまり、
大量の花火を打ち上げ再びお祭り騒ぎとなった。
しかし、そんな喜びの讃歌が響く中、
再び恐怖に狩られる者もいるわけで‥。
直人「な、なんで‥、昨夜の内に帰ったんじゃ‥。」
リール「あ、あはは‥どうやら、どこかで泊まってたみたいだね。」
エルン「あ、安心しろ直人!こ、今度は姉上から守ってやるからな!」
直人「‥今襲われたら‥‥死ぬかも。」
昨日はルルーさんと稲荷姉に襲われ半殺しに合い、その数時間後にはリールとエルンの餌にされボロボロになり、不本意に築いてしまったハーレム男に人生のリーチがかかっていた。
どこに逃げても危険な行動。
麻雀で例えるなら、相手が国士無双十三面待ちと言う超最強最悪な待ちで、自分の捨て牌を待っている感じである。
しかも昨日は、序盤から奥の手である、
"お札付き引き籠り作戦"が失敗に終わり。
もう打つ手がない状態である。
直人「‥‥はぁ、妖気促進剤‥もう少しもらえばよかったな。ごほごほ‥。」
エルン「っ、大丈夫か直人!?」
リール「うぅ、これは相当なストレスになってるね。正直ボロボロな体には堪えるよね。」
直人「‥はは‥、今の内に遺言書でも書いておこうかな‥。」
誰もが羨む展開に恵まれた直人、
しかし実際は、皮肉にも生命の危機感じかせる綱渡りであった。
それに"妖人"と言う妖怪になっていなければ、昨夜の内にリールとエルンに吸い殺されている。
今度こそ終わったと感じた直人は、
道半ばで終わるかもしれない人生に別れを告げようと、ふらふらな体でノートとペンを取りに動く。
エルン「な、直人!?しっかりしろ!?」
リール「あわわ!?ちょっと、遺言書はダメだって!?わ、私たちが責任を持って守るから~!?」
バグり始めた夫に、
二人の嫁は責任を感じながら飛び付いた。
直人「は、話してくれ二人とも!?お、俺が死んだら後が大変になるぞ!?せ、せめて‥お、俺の思いだけでも‥。」
エルン「お、落ち着けと言っているだろ!?姉上にこれ以上直人を渡させはしないからな!」
リール「わ、私も手伝うから~!早まらないで~!」
道場に響く三人の声が響く中、
三人の様子を見に来た三条晴斗が、
慌てて道場に入ってきた。
晴斗「っ、直人!一体何の騒ぎ‥だ?」
声の大きさからただ事じゃないと思った晴斗であったが、意外にもいつもと変わらぬ光景に唖然とした。
リール「あ、晴斗!良いところに!」
エルン「すまん、晴斗‥手を貸してくれ!直人が遺書を書こうとしてるんだ!?」
晴斗「い、遺書って‥な、何考えてるんだ直人!?」
直人「‥ご、誤解するな晴斗!俺は今日中にルルーさんに吸い殺されるかもしれないんだ‥。の、残せるものは残したい!」
晴斗「ルルーさん?おいおい、変な夢でも見てたのか?さすがの直人でもルルーさん見たいな完璧サキュバス様が、ターゲットにする訳ないだろ?」
昨夜の一件と、
ルルーがエルンの姉であることを知らぬ晴斗は、直人の"ガチ"の悩みを夢だと称して突っぱねた。
エルン「あ、あはは‥そ、そうなんだが‥。(そうだった‥晴斗には話していなかったな。)」
リール「夢じゃないよ!本当のんんっ~!?」
直人「いたたっ!?」
危うく口を滑らそうとするリールに、
エルンは急いで口を塞いだ。
その際に直人の左腕を強引に後ろへとまわしたため、関節をキメられた直人は悶絶する。
エルン「す、すまぬ直人!?」
直人「うぅ‥これは予兆なのか。」
そんな平和な三人に、
晴斗はため息を付きながら注意を促す。
晴斗「‥はぁ、まあとにかく、変な行動は慎めよ?十一時から特別ライブが再開するそうだし、観たければ早く行った方がいいぞ?どうせ、士道部の出し物の片付けは終わってるんだからな。」
直人「‥っ、そうか!その手があるな!」
何を思い付いたのか、
突如直人は抵抗を止めて声を上げた。
晴斗「ど、どうしたいきなり?まさか昨夜の営みで脳がバグったか?」
直人「ば、バグってない!?そうだよ、会場に行けば安全じゃないか‥、よ、よし!急いで闘技場へ向かうぞ!」
目の輝きを取り戻した直人は、
三人を置き去りにし、道場を飛び出した。
エルン「あ、待って直人!?一人でいくな!?」
リール「あぁ~!?待ってよ~!」
唖然とした二人であったが
しばらくして、慌てて後を追った。
晴斗「な、なんだよ‥。今日はやけに忙しいな?‥昨夜どんだけ激しく営んでたんだよ。」
残された晴斗は、
昨夜の三人による激しい営みを想像しながら、
身の毛をよだたせるのであった。