第二百五十八話 愛嬌と兵器
死別した妹との感動的な再会。
これは、昨夜から早朝に起きた奇跡のお話。
シールの姿が透け始め、早朝までの期限が迫る頃、二人の兄妹は、互いに背負った想いを打ち明け、最後の別れを拒んだ。
非現実的な光景ではあるが、現にその光景を目にした四人の男たちは、感極まり泣き出していた。
このまま、アニメやゲームの様に感動的なシーンで終わると、その場の者たちは確実にそう思った。
だが‥しかし‥。
これも神様のイタズラなのであろうか。
感動的な現場に、フラグクラッシャーであるシャルが颯爽に登場し、ギールの顔面を蹴り飛ばすや、シールに魔力を注ぎ込んだのだ。
するとシールは、
一見クールな"ゴーストリッチー"へと、実体を得るのであった。
そして、今に至り‥。
ギール「いってて、このバカシャル!何しやがる!シールと最後の会話だったんだぞ!」
シャル「うるさいのだ!朝からシールを泣かせるなど‥ギールよ!貴様はそれでもシールの兄か!」
完全に誤解しているシャルは、
ギールの元へと詰め寄る。
ギール「っ!今はお前に構ってる場合じゃないんだよ!シール‥‥ん、んん???」
ギールは急いで起き上がると、目の前に黒い"もふもふ"としたシールに面影がある女の子が立っていた。
さっきまで居なかった"その"女の子は、
シールが着ていた同じ服を着ていた。
ギールは自分の目を疑いながら、
その場に立ち尽くした。
シャル「こら~!ギール!なにボーッとしているのだ!」
ギール「‥‥シール。っ!」
シャル「ぬわっ!?こら~!どこ行くのだ~!」
ギールは、目の前にいる黒い"もふもふ"の女の子がシールと思い込み、シャルをはね除け駆け寄った。
対してシール は、突然の事に何が起きたのかわからず、実体のある自分の体を"キョロキョロ"と見ながら不思議そうにしていた。
二本の黒い尻尾は、
小さく左右に揺らし興味を示しており、
気づけば目の前にギールが立っていた。
ギール「‥シール‥シールなのか?」
シール「わふぅ‥、お兄ちゃん‥わ、私‥消えてないの?」
ギール「っ!うくっ‥シール!」
目の前の女の子がシールだと分かると、
ギールは再び涙を流してシールを抱き締めた。
シール「わふぅ!?お、お兄ちゃん‥こ、これ‥ど、どうなってるの‥?」
ギール「うわぁぁっ!‥よ、よがっだぁ‥シール‥うわぁぁっ~!」
ギールの心からの咆哮は、
学園内を響かせた‥かもしれない。
更に物陰から、体調が回復して散歩に出ていたココロと付き添いの弥彦稔が見ていた。
ココロ「わふぅ~、一事はどうなるかと‥グスン、思いましたが‥よがっだですぅぅ~。」
稔「ふぅ、まさか、"リッチー"の類いにするとはね‥。それは思いもつかなかったわ‥。異世界の秩序を考えるなら‥ギリセーフかもね。」
ココロ「わふぅ~、ぐすん、これでめでたしですね‥。」
稔「めでたしね‥これも、天に居られる神様の思し召しなのかしら‥。」
がしかし、天に居られる神様は、
予想外の結果に驚きを見せていた。
神様ですらも予知できぬ、
ギールとシャルの運命に、
良い意味で一目置かれることになるのであった。
その後、
ギールとシールはシャルに連れられ、闘技場にある国民的アイドル"ユキツバキ"の控え室へ向かうことになった。
一方桃馬たちは、三人の動向に少し心配はあるものの、後の事はシャルに押し付け、二度寝をしに部室へと向かうのであった。
それから、
シャルと共に闘技場へ向かうギールたちはと言うと。
シャルがシールの手を握り、姉妹の様に仲良く先行する傍ら、ギールは後方から歩いていた。
シャル「ぬはは♪シールよ♪お主はこれから余の妹なのだ!余を敬いお姉ちゃんと呼ぶのだ!」
シール「わふぅ~♪分かりましたシャルお姉ちゃん♪」
シャル「ぬはぁ~♪シールは可愛いの~♪」
曇りの無い笑みと、嬉しそう揺れる二本の尻尾に、シャルはあっという間にシールにメロメロになっていた。
そんな気持ちが悪い様子をギールは、
冷めた目でシャルを見つめていた。
ギール「ところでシャル‥、こんな朝早くから何であそこに居たんだ?」
シャル「ん?それはもちろん、元気になったココロと稔の散歩に付き合って‥‥ぬわっ!?」
いちいち反応に忙しいシャルは、
どうやらココロのお散歩に同行していたところ、シールの鳴き声を聞き付け駆け付けたようだ。
全く大層な地獄耳である。
まあ、そのおかげでシールと居られるわけであるが‥。
複雑な気持ちになりながらも、
有り難がるギールであった。
シャル「ど、どど、どうしようなのだ!?警護なら任せろと言ったばかりなのに~!?」
取り乱すシャルの姿は面白く、
ギールは皮肉を込めて笑みを見せた。
するとそこへ、ココロと稔が姿を現した。
稔「心配は要らないわよ。シャル?」
ココロ「わふぅ~♪シャルちゃんの家族想いを見せて貰いました~♪」
シャル「ぬわぁ~!二人ともすまぬのだ!勝手についてきたのに‥勝手に離れてしまったのだ。」
ココロ「わふぅ~♪気にしないでください♪」
稔「まあ、色々言いたいことはあるけど‥これも運命ってことにしておきます。」
ご機嫌よく尻尾を振るココロの横では、
腕を組みクールな姿勢で話す稔が微笑んでいた。
シャル「え、えへへ‥、ありがとうなのだ。」
珍しく素直に接するシャルにギールは、
少し不満げな目で見つめた。
なんだよ‥、俺にはいつも"トゲトゲ"してるのに‥稔たちには素直かよ。
待遇の差に少々妬いてしまうギールは、
近くにあった小石を軽く蹴った。
一方、妹のシールは、シャルの後ろに隠れながらココロをじっと見ていた。
昨夜会った‥と言うよりは、
寝ていたシールを体調を崩して寝込んでいたココロの隣に、添い寝させられていただけで面識は皆無であった。
シールの異変を察知したココロは、
無邪気にシールに駆け駆け寄った。
ココロ「シールちゃん初めまして♪私はココロ・コロネル♪よろしくね♪」
シール「わ、わふっ‥。」
シールは恥ずかしいのか、
シャルの背中に顔を埋める。
ココロ「わふっ?」
シャル「何してるのだシールよ?」
シール「わ、わふぅ‥、その‥同じ種族の子とお話すのが久々だから‥その‥。」
どうやら昨夜の過度な注目が原因で、
恥ずかしさと緊張が過剰に出ているようであった。
しかし、ココロは無理に近寄ろうとせず自分の"もふさら"な尻尾を差し出した。
ココロ「怖くないよ~♪ほらほら~♪尻尾を"もふもふ"していいよ~♪」
白狼族や黒狼族共通の友好の証である、尻尾"もふもふ"を仕掛ける。
するとシールは、チラリと誘惑する尻尾を見るや思わず"もふもふ"の尻尾に抱きついた。
ココロ「わふぅ~♪シールちゃん釣れた~♪」
シール「わ、わふぅ~♪もふ~♪」
"もふさら"とした尻尾に、シールが虜になっていると、無意識に二本の"もふもふ"が元気よく左右に振り始める。
この光景に、クールな稔でも表情が和らぎ、口元が緩んでしまった。
シャル「‥ごくり、(な、なんと言う光景なのだ‥。よ、余はこんな素晴らしい生き物を世に解き放ってしまったのか!?)」
ギール「‥(や、やばい‥か、可愛すぎる‥。あ、兄として‥シールは絶対に生半可な男には渡さん!)」
稔「‥ぅぅ。(な、なんだ‥この森羅万象を覆すような光景は‥、こ、これも天に居られる神の想定内と言うのか!?)」
まわりの意見はこんな感じで、
破壊力のある光景に、三人の心まで蕩けてしまいそうになるのであった。
すると、次第にシールも心を開き始めたのか、自らの尻尾をココロに差し出し"もふり"合いっこを始めた。
その瞬間三人の時が止まった。
ココロ「わふぅ~♪シールちゃんの尻尾"ふわふわ"~♪」
シール「わふぅ~ん♪ココロちゃんの尻尾も肌触りが最高~♪」
もはやこの空間で、固まることなく正気を保てる者はこの世にはいないだろう。
可愛いは暴力も強し‥とは、
良く言ったものかもしれない。
その五分後、ようやくシャルが正気を取り戻すと愛嬌兵器ともいえる二匹を何とか上手く引き剥がした。
するとすぐに、稔が正気を取り戻しココロを回収するが、未だに正気を取り戻さないギールには、シャルが直々に殴って正気を戻させたのであった。
その後、
いつも通りシャルとギールの言い合いが始まるが、いつも通り穏便に終わるのであった。