第二百五十四話 奇跡と秩序
特別ライブの幕が下ろされると、
多くの学園生徒たちは名残惜しくも、
早々に寄宿舎へと移動を始めた。
学園内では多くの警察機構たちがパトロールにあたり、小さな隙を探す残党の捜索していた。
一方で、
異種交流会の御一行は、"ユキツバキ"のメンバーと共に控え室に留まっていた。
聖唱魔法で疲れてダウンしたココロは、風邪でも引いたかの様に、顔を赤らめ寝込んでいた。
ココロ「わふぅ‥ごめんなさい‥。私のせいで‥必死で戦ってくれた皆さんに‥恩返しできなくなってしまって‥。」
ルルー「ココロちゃんは良く頑張ってくれたわ♪今はゆっくりお休みなさい♪」
ダクト「そうだ、熱を出してまで頑張ったんだ。ココロは偉いぞ?」
ココロ「わふぅ~。」
仔犬の様に愛らしいココロを励ましつつ、
ルルーとダクトは、"もふさら"な頭を撫でた。
小頼「な、なんて‥健気なの‥。」
桜華「ココロちゃん良い子過ぎます!」
シャル「ココロは凄いのだ‥、あんな大魔法を一時間近くも繰り出していたのだ。素質もそうだが、やり遂げようとする根性が見事なのだ。」
豆太「‥ココロさんは努力家ですからね。化堂里屋でも色々と食らいついてましたからね。」
ディノ「‥そ、それにしても寝顔がエルゼちゃんと似てますね。」
ルシア「クスッ‥ココロちゃんは、もう少し大きくなったら食べ頃ね~♪」
京骨「こらルシア、そんな風に純粋無垢なココロちゃんを見るなよ?」
女子たちは、
ココロを称賛する様な話などで盛り上がり、
男子たちは妹を見る様な目で見ていた。
桃馬「いや~♪癒されるな~♪」
憲明「一家に一人は欲しい癒しだな~♪」
桃馬と憲明は、頬を緩ませ微笑んでいた。
ジェルド「エルゼが風邪を引いた時もあんな感じだったな。」
ギール「‥‥そう‥だな‥‥。」
懐かしそうにゆっくり尻尾を振るジェルドに対して、少し悲観するギールの尻尾は垂れ下がっていた。
ジェルド「っ、わ、わりぃ‥。」
ギール「‥気にするな。」
ギールは過去に実の妹である"シール"を事故で亡くしており、突如脳裏に懐かしくも苦い思い出が蘇ったのであった。
ギール「‥シールにもこの光景を見せてやりたかったな。」
完全に気持ちがブルーになっていると、
様子を心配した弥彦稔が声をかける。
稔「えっと‥ギールさんだっけ?」
ギール「あ、あぁ‥そうだけど。」
稔「‥暗い顔しているけど大丈夫?」
ギール「‥‥だ、大丈夫だよ。」
いかにも無理がある返答に、稔はため息をつきながら同じ質問を繰り返した。
稔「ふぅ‥もう一度聞くわ。何暗い顔をしているの?」
ギールにとって追撃とも言える質問に、
ジェルドが話に割って入る。
ジェルド「ま、まあ、そこまでにしてやってくれよ。人には語りたくない事もあるだろ?」
稔「‥そんな事見ればわかるわ。ただ、彼にとって大きな遺恨が見えたから心配になったのよ。」
ジェルド「い、遺恨?」
稔はジェルドの壁を軽々突破し、
ギールに歩み寄る。
ギール「‥何ですか。」
稔「‥ここじゃあれだから‥場所を変えましょう。よろしいですか?」
ギール「‥わかった。」
ジェルド「っ、なら俺もいくぞ、」
ギールは少し嫌そうにしていたが、ジェルドの同行もあり、三人は控え室から更衣室へ場所を移した。
すると早速、稔からド直球の内容を語られた。
稔「大きなお世話かもしれないけど‥自分を恨むのはやめなさい。」
ギール「っ!」
稔「‥あなたの"妹"さんが、事故でなくなったのは‥あなたのせいじゃないわ。」
ギール「ちがうっ!シールは‥本来今も生き続けるはずだったんだよ!俺が‥あの時‥‥一緒に居たのに‥俺が‥家から連れ出さなかったら‥シールは馬車に跳ねられなくて‥済んだよ。」
ジェルド「ギール!落ち着け!」
こうなることを分かっていたジェルドは、
急いで羽交い締めにして押さえ込む。
稔「‥その気持ちは痛いほどわかるわ。でもね、あなたが苦しむ度に‥苦しむ子もいるのよ?」
ギール「‥苦しむ子?それは‥親か‥それともシャルたちか‥?」
稔「いいえ、貴方の"妹"よ。」
ギール「っ!どういう意味ですか‥。」
稔「‥私は真の現人神よ?死者の霊くらいは見えますよ。」
ギール「‥い、言っている意味がよく分からないが。」
死者への復活魔法のないこの世界では、悪霊は見えても、普通の純粋な霊は聖霊以上の神聖な力を持つ者にしか見えない。
ちなみ、桜華は見えているが
まだ未熟なため、白い魂しか見えていない。
だが、稔くらいのレベルになると、
白い魂は霊体の姿としてハッキリ見え、会話もできるのだ。
稔「そうよね‥貴方には彼女が見えないから無理もないわよね。」
ギール「だ、だから‥何の話を‥。」
稔「ギール、貴方の"妹"シールちゃんは、あなたの"守護霊"としてずっと側に居たのよ?」
ギール「‥っ!守護霊‥ですと‥。」
稔「そうよ、本来守護霊ってのは、力の強い先祖が血縁者を悪霊から守る役目だけど、"妹"さんの場合は貴方を見守りつつ、幸せを祈っているみたいね。」
ギールの側にいたシールの魂は、
話が通じる人と出会えて嬉しいのか、
稔の回りをグルグルと回った。
稔「クスッ‥シールちゃんは本当に、お兄さんが好きなのね。」
ギールの目線では、リアル的ではあるが、まるで一人演技でもしてるかの様に見える稔の姿に、複雑な気持ちになっていた。
ギール「‥シールが‥俺の側に‥。」
ジェルド「ふっ、亡くなっても兄を想う気持ちは、相当みたいだな?」
ギール「‥シール。」
ギールが悲しい顔をすると、
シールの魂は慌ててギールの所へ戻る。
声を掛けようにも届かないこの思いに、シールの魂はギールのまわりをグルグルと回っていた。
稔「‥これじゃあ、先に進まないわね。(仕方ない‥これは今日のお礼よ。)」
稔が指パッチンをすると、落ち込むギールの耳に聞き覚えのある女の子の声が響く。
?「‥ん‥‥お‥‥ちゃん‥おに‥ちゃん‥お兄ちゃん!」
ギール「っ!」
ジェルド「うわっ!?」
突如ギールの袖を掴み、お兄ちゃんと連呼する小さな黒髪のけもみみ娘が姿を現した。
ギール「し、シール‥?」
シール「わふっ?お兄ちゃん??」
二人の兄妹が目を合わせると数秒間の沈黙が始まる。
奇跡の様な光景に、ジェルドは目を丸くしながら稔に尋ねる。
ジェルド「こ、これは‥どうなっているんだ。」
稔「見ての通り、一時的に霊体を具現化させたのよ。」
ジェルド「じゃあ‥この小さな子は‥。」
稔「あの悲劇からずっと側にいた、シールちゃんよ。」
ジェルド「‥な、なんか‥こうして見ると死への恐怖が薄れるな‥。」
稔「そうでしょうね、死んでもこうして会えるって事になれば、誰も"死"を恐れないでしょうね。」
ジェルド「‥良いようで悪いような。」
稔「悪いに決まっているわよ。死の恐怖は、生きている者たちにとって制御装置見たいな物よ?もし、死の恐怖‥いや、死の概念事態が無くなったら命の価値は失くなり、それこそ悲惨な時代になるわ。」
ジェルド「ゴクリ‥こ、この光景は墓場まで持っていきます。」
稔「そう言ってくれると助かるわ。」
稔が語ってくれた言葉は、この世の理を通していた。確かに、生きている者は死を恐れ、命の大切さを無意識に感じている。
稔の言う通り、死の概念が無くなれば、
生きている者は、気軽に人を傷つけ、命を奪い、自らの命でさえも簡単に投げ出すだろう。
そうなっては、死より恐ろしい時代の幕開けである。
そのため、死者へ面会は神の位の者にしか許されず、それでも私利私欲で乱用すれば神の位を剥奪されたり、処刑される場合がある危険行為でもある。
そして、三十秒近く"にらめっこ"している兄妹は、ようやく口を開く。
ギール「し、シール‥ゆ、夢じゃないよな?」
シール「わ、わふぅ‥お兄ちゃん‥わ、私が見えるの??」
ギール「‥あ‥ぁぁ‥み、見える‥見えるよ。」
震える口でシールの問いに答えると、
ギールは優しく当時の小さなシールを抱き締めた。
シール「お兄ちゃん‥。」
ギール「ごめん‥ごめんよ‥。シール‥兄ちゃんが‥兄ちゃんが‥連れ出したばっかりに‥‥。」
愛する妹の前で涙を流しながら、
今まで溜めてきた思いを弱々しくも声で伝える。
シール「お兄ちゃん‥うぅ、わたひも‥ひっく‥ごめんなひゃい‥わたひのひぇいで、ひっく、お兄ちゃんをずっど‥ぐるじめで‥うわぁぁ~ん!」
シールもまた大粒の涙を流し、大好きなお兄ちゃんに抱きつきながら届かなかった思いを伝えた。
その後、
二人が泣き止むまで三十分近くもかかったと言う。