第二百四十三話 強敵と惚気
時刻は二十時四十分。
国民的アイドル"ユキツバキ"を狙った妖魔連合隊の攻勢は、春桜学園の徹底的な応戦により苦戦を強いられていた。
そんな時、
幻魔界より痺れを切らした、
三妖魔が春桜学園に到着してしまうのであった。
北に羅刹、西に鵺、東に蛇姫と三妖魔は破れた結界から入らず、ご丁寧に微食会と両津家の前に立ちはだかった。
しかし、三人はその光景に思わず愕然とする。
一面妖魔たちの血で染まり、細切れの肉片となった者、業火に焼かれて灰となった者、死屍累々、まさに地獄とも言える光景であった。
まずは北側より。
北側の守りは近藤、渡邉、白備、ラシュリーナの四人が守る北門防衛線である。
おそらく東西南北を守る中でも、
二番目に危険な鬼門である
そこには多くの妖魔らが血を流して横たわり、
何かが焼けた様な不快な臭いが漂っていた。
羅刹「まさか、学生ごときが‥ここまで、やるとはな。」
目を閉じた羅刹出さえも、
地獄のような戦慄に背筋を凍らせた。
近藤「はぁはぁ‥ほう、ここでようやく腕の立つ方のご登場か。」
渡邉「ふぅ、しかも、ご丁寧にここに来てくれるとはな。」
流石の二人にも疲れが見え始めていたが、
二人は余裕の素振りを見せ刀で肩を叩いた。
すると、二人の背後から白備が前に出る。
白備「学生だけではありませんよ。羅刹、」
羅刹「っ!その声は‥糞淫乱狐の弟か‥。くっ、気配を消してやがったな。」
白備「‥相変わらず口が悪いですね。この裏切り者が。」
羅刹「くくく、裏切り者呼ばわりとは‥、始めに裏切ったのは貴様らだろが!」
白備「な、なんだと。」
羅刹「何が‥共存だ‥。過去に人間共が何回裏切ってきたか‥、妖魔ならわからないとは言わさんぞ!」
激昂した羅刹から、
けたたましい殺気が放たれる。
白備「‥あなたは愚かな妖魔だ。過去に囚われ、今を見ようとしない‥。私はこの優しい時代に、姉さんと兄弟共々助けられてきました。‥確かに羅刹が言うように、過去の人間は哀れで酷い者だ。それでも俺は‥今ある優しい時代を壊そうとするお前らを許す事は出来ない!」
刀を羅刹に向けると、
近藤と渡邉は同意するかの様に笑みを浮かべた。
対して羅刹は、自分より格下な白備にここまで言われた事に大激昂する。
羅刹「半人前の狐の分際で、大妖怪たる我に歯向かうとは、偉くなったものだな。良いだろう‥貴様ら全員殺してやる。」
膨大な妖気と殺気を放ちながら閉じた目を開かせると、人型の姿から巨大な蜘蛛の様な姿へと変わり、鬼の様な顔と鋭利な牛の角を生やした。
大妖怪"牛鬼"と化した。
その姿を目にしたラシュリーナは、何かを思い出したのか、その場に座り込み怯え始めた。
まさかの牛鬼の登場に、流石にまずいと感じた近藤は、怯えているラシュリーナに気づく。
近藤「っ!ラシュリーナ!どうした!?」
ラシュリーナ「あ、ぁぁ‥。」
恐らく恐怖から来る放心状態だろう。
完全に我を失っている。
渡邉「尚弥!ここは俺と白備に任せてラシュリーナを避難させろ!」
近藤「だ、だが‥、」
渡邉「大丈夫だ‥、ちょっと疲れているけど、不思議と力だけは湧いてくるからよ。」
近藤「そ、それはアドレナリンが出てるだけだろ!?」
渡邉「そうじゃないよ。これは聖唱魔法だ。」
近藤「な、なんだそれ‥。」
渡邉「そんな話は後だ!早く行って戻ってこい!」
近藤「わ、わかった。二人とも死ぬなよ!」
近藤はラシュリーナを担ぎ上げ、闘技場へと走った。
渡邉「さて、どう倒すかな。」
白備「羅刹‥いや、牛鬼はただの力任せで動く低能な妖魔です。逆に挑発に乗って本体を表した今‥二本の角を切り落とせば牛鬼は力を失います。」
渡邉「なるほど、真の姿の方が強いと思って失敗するパターンだな。」
完全体と化した牛鬼は、
まさに化け物に相応しい声で語りかける。
牛鬼「虫けらどもが‥、聖女を食う前に貴様らを喰ろうてやる!!」
渡邉「ほう‥なら、取って置きの技でお前を馳走してやるよ!」
白備「両津家の名に懸けて、牛鬼!あなたを滅します!」
若き二人の少年たちは、大妖怪に挑むのであった。
花火の明かりに照らされて、
金髪ヴァンパイアを抱え走る一人の少年。
道中に襲いかかる妖魔、亜種族、怨霊らを蹴散らしその足を止めることはなかった。
近藤「ラシュリーナ、もう少しだからな。我慢してくれ。」
ラシュリーナ「あ、あいつよ‥。」
近藤「えっ?」
ラシュリーナ「ま、魔界で‥お城を襲ってきた化け物‥。」
近藤「な、なんだと?」
かなり重要な証言に詳しく聞こうとするも、
遮るかのように亜種族と妖魔たちが、一斉に襲いかかる。
亜種族「キシャァァ!!」
妖魔「小僧が!!」
近藤「くっ!邪魔だ雑魚共!道を開けろ!!」
片手で刀を振るい、
斬撃波を飛ばしながら闘技場へと向かう。
圧倒的な力の差に余裕とも思えたが、
怨霊たちの呪詛陣に足をとられ金縛りに合う。
近藤「ぐっ、呪詛陣か‥ぐぐ!」
ラシュリーナ「ぅぅ‥。」
本来、怖れ負けなければ効かない代物なのだが、ラシュリーナを抱えていることもあり、怖れに負けて気絶したラシュリーナを通して近藤にも掛かってしまったのだ。
怨霊「呪呪呪‥。」
怨霊「カカカ‥。」
妖魔「キヒヒ。」
動けなくなった"鬼"に、
怨霊たちは殺す気満々である。
近藤「くっ‥(どうする‥このままだと‥確実に死ぬな‥。何とか出来ないわけじゃないけど‥、ラシュリーナを傷つけてしまうかもしれない‥。)」
重要な決断を迫られた時、
突如、何処からかクナイが飛んでくる。
クナイは的確に怨霊らの脳天を突くと、青い炎が灯され悲痛な叫びと共に消滅した。
近藤「な、なんだ‥。」
突然の事に、何が起きたのかわからない近藤の前に、エロエロなくノ一衣装を着込んだ四風御影が現れた。
御影「よっと、遅くなってごめんね♪尚君♪」
近藤「み、御影先輩?」
御影「こ~ら♪お姉ちゃん‥でしょ?尚君?」
近藤「うぐっ、そ、その呼び方はやめてください。」
御影「そう邪険にしないでよ~♪幼馴染みでしょ~?」
近藤「うぐ、ね、姉さん‥い、いつもいつも、二人きりの時にその"幼馴染み"って言うのやめてくださいよ!?」
御影「クスッ‥小学生の頃まで一緒にお風呂に入ってたのに??」
近藤「だぁ~!やめてくれ~!再従姉弟だからって、その頃の記憶は恥ずかしいから‥!」
ここで小話、
近藤尚弥と四風御影は再従姉弟の関係で、
少し遠い親戚である。
本来、再従姉弟となると出会う機会はほとんどないはずなのだが、とある一族の集まりでたまたま、尚弥と御影は出会ってしまう。それ以来、弟がいない御影は尚弥を弟のように可愛がるようになっていた。
この事は実の妹である"椿"は知らないことであり、この件は尚弥と御影、一部家族間の秘密であった。
子供の頃は凄く仲が良かった二人だが、
月日が経つことに、御影の色気とエロさが増し、尚弥も恥じらいを覚えた事から、尚弥は次第に御影を避けるようになっていった。
本来なら恋愛に発展しそうな話ではあるが、御影のレベルが高すぎて、尚弥は逆に恋愛対象から外してしまったのだ。
懐かしの黒歴史に触れていると、
御影がラシュリーナの存在に気づく。
御影「あら?その子は?」
近藤「あ、あぁ、この子はヴァンパイアのラシュリーナだ。色々あって異世界から連れてきたんだよ?」
御影「ふぅ~ん?異世界ね。」
少し不機嫌そうな顔をして近づくと、
下から上へと二人を見る。
御影「‥ロリコン。」
尚弥「うぐっ、お、怒るよ?」
御影「むう~、それ~!」
尚弥「んぷっ!?」
やはり何か気に触ったのか、
御影はその豊満な胸で、尚弥の顔を押し当てた。
御影「ひどいわ!尚弥~!あの時、私をお嫁さんにするんじゃなかったの~!」
尚弥「んんっ!!?」
身に覚えのない約束ごとに、
反論しようにも胸に押し込まれているせいでそれ所じゃなかった。
で、でも‥柔らかで凄く良い匂い‥。
じゃなく、窒息しそうである。
意識が朦朧とする中、
脳内でとある事を思い出す。
これは‥風呂場であろうか‥。
小さな女の子が楽しそうに、男の子の頭を洗っていた。
男の子「うぅ~、目に染みるよ~。」
女の子「もう~、目を開けちゃ駄目だって言ったでしょ??」
男の子「うぅ~、も、もう流してよ~。」
女の子「だ~め、しっかり洗わないとハゲちゃうよ?」
男の子「うぅ、そ、それはやだ~。」
すると、次の記憶が入り込む。
次は、
二人が合い迎えになってお風呂に入っていた。
男の子「うぅ‥。また‥会えるよね?」
女の子「また出た~♪尚君の"また会えるよね~♪"」
男の子「うぅ、だって‥御影お姉ちゃん‥遠い所から来てるから‥。」
女の子「‥クスッ、へぇ~♪私が居ないとそんなに寂しいの~♪」
男の子「う、うん‥。」
女の子「蒼君たちも居るのに??」
男の子「そ、蒼喜は‥その‥友だちだから‥。」
女の子「クスッ‥なら、お姉ちゃんと結婚する??」
男の子「ふぇ?」
女の子「だ~か~ら~♪お姉ちゃんと結婚すれば毎日一緒だよ~♪」
男の子「御影お姉ちゃんと‥一緒‥ふぁ~♪うん!俺、御影お姉ちゃんと結婚する!」
女の子「じゃあ約束だよ~♪」
男の子「うん!」
徐々に思い出す幼い時の記憶‥。
なぜ、こんな大切な約束を忘れていたのか。
思い当たるのは一つ。
成長する度に自然と覚える恥じらい。
日に日に色気を出し美人になる御影に、自分では釣り合わないと勝手に悟り始め、自ら約束を闇に葬っていたのだ。
色合思い出した尚弥は、
取りあえず御影の腕を掴んだ。
御影「尚君?」
尚弥「んはっ‥ご、ごめん姉さん‥約束のこと‥忘れていたよ。」
御影「‥そ、そんな‥尚君。」
尚弥「で、でも‥ち、違うんだ‥。」
御影「‥えっ。」
尚弥「‥えっと‥その‥じ、実は‥日に日に美人になっていく姉さんに‥俺なんかが釣り合わないと思ってしまって‥小さい頃の約束だったから‥わ、忘れようと‥。」
もじもじと照れ臭そうに話す尚弥に、
御影は何を考えたのか、少し笑みを浮かべて動揺する尚弥に語りかけた。
御影「クスッ‥へぇ~♪つまりそれって‥私の事を‥凄く意識してるってことだよね?」
尚弥「そ、それは‥えっと‥うぅ。」
目をそらし誤魔化す尚弥に、
御影は姉心をくすぐられ耳元で囁く。
御影「‥私は、尚君じゃないと‥いやかな?」
尚弥「なっ///」
御影「だから‥そんなに気を使わないで子供の頃見たいに仲良くしよう‥ね♪」
大胆にも尚弥の右腕にしがみつき、豊満な胸を押し当てると尚弥は咄嗟に振り払った。
御影「あっ、尚君‥?」
尚弥「ご、ごめん姉さん‥い、今のは嫌って訳じゃなくて‥その‥。い、今も姉さんを見ると‥む、胸が苦しくなって‥‥ま、また姉さんを‥す、好きになりそうだから‥。」
御影「~っ///(か、かわいい~!)」
素直になれず赤面しながら取り乱す"弟"に、
エロエロなお姉さんは暴走寸前であった。
そんな二人は戦場のど真ん中で、
十年前から続く諦めかけた恋愛に惚気に浸っていると、妖魔たちが血相を変えて襲いかかってくる。
妖魔「何ごちゃごちゃ、いちゃついてやがる!」
亜種族「殺せ!人間風情が我の前でいちゃつくな!!!」
再び攻撃を仕掛けるも、再び大量のクナイが飛んでくる。
三年くノ一「御影!何をしている!」
三年くノ一「敵の前で隙だらけじゃないか!」
御影「クスッ、ごめんね♪ちょっと、取り込んでてね♪」
三年くノ一「全く、早くもどれよ?」
二人のくノ一が、次なるポイントへ移動すると、御影は赤面してうつむく尚弥の顔を上げさせ、ファーストキスを捧げそして奪った。
尚弥「っ!!!?」
御影「クスッ‥これで、もしその子と対峙しても‥一歩リードね♪」
尚弥「あ、いや‥えぇ!?」
御影「クスッ、早くその子を届けて持ち場に戻りなさい♪」
突然の事に動揺する尚弥に、
御影は笑うと華麗に去っていった。
尚弥「‥姉さん‥。本当に‥昔と変わらないな。」
その後、尚弥は気絶したラシュリーナを抱えて闘技場へ走った。