第二百三十話 極上の処刑
時刻は午後十五時。
一般参加者の数は減り、学園の生徒たちは国民的アイドル"ユキツバキ"によるライブを今か今かと待ち遠しにしていた。
だがその逆に、
辺りを警戒し武道場の押入れに引き籠る男がいた。
葵「おーい、直人?そんなところに隠れても仕方ないだろ。そろそろ会場警備に行くぞ?」
直人「は、始まったら行くよ。」
葵「それだと、警備が手薄になるだろ?」
直人「だ、大丈夫‥、は、始まれば直ぐに向かうから。」
動揺していることが丸分かりの反応に、
四人は困り果てていた。
葵「うーん、相当びびってるな。」
リール「うーん、葵でもダメとなると、これは重症だね~?」
エルン「姉上に見つかれば、吸い殺されるかもしれないし、もし無事だとしても皆にばれたら処刑対象だからな。無理もない。」
シェリル「協力者が多いのに、それでも不安なのね。お札まで貼っちゃって‥。」
押入れには孔真からもらった、魔除けのお札をびっしり入口と内部に貼りまくっていた。
直人「み、みんなには悪いと思ってる。でも、ここは命大事にさせてくれ‥。」
葵「ふぅ、国民アイドルが一人で出歩くわけないだろ?例えそうでも、大ファンな生徒が気づいて大騒ぎになってるって。」
直人「変装路線は‥。」
葵「今の話に含まれているよ。」
リール「でも、そこに籠るのは良いけど、もし万が一、押入れに入ってきたら逃げ場はないよ?」
エルン「うむ、私もそう思うぞ。姉上の力は私でも計り知れないからな。」
シェリル「そ、そんなに強い方なのか!?配信ライブをいつも見ているが、そんなに強そうには見えないが‥。」
エルン「それが姉上の狙いなんだ。敢えて弱そうに見せて自分より弱そうな子を見つけては精気を吸うんだ。」
三人「な、なるほど‥。」
リール「サキュバスならやりかねないね♪」
葵「‥ふぅ、仕方がない。それじゃあ直人?本当に行くからな?」
‥‥‥。
葵は最後の通告を呼び掛けるが
直人からの反応がない。
葵「な、直人??」
リール「もしかして、無視してるのかな?」
エルン「ま、まさか‥、さすがにそこまでしないと思うぞ?」
シェリル「‥もしかして、」
何かを察したシェリルは、
思いきって押入れの扉を開くと唖然とする。
シェリル「っ!?」
エルン「えっ?」
リール「ふぇっ!?」
葵「なっ!?」
押入れの中に直人の姿はなく、
怪しげな魔力が残っていた。
エルン「こ、この魔力‥あ、姉上の魔力と似ているような。」
葵「そ、それってつまり‥。」
シェリル「転送魔法で連れていかれた‥とか。」
リール「ど、どど、どうしましょう!?直人が犯されちゃう!?」
エルン「お、落ち着けリール!?あ、姉上の事だ、すぐには手を出さないと思う。二人で魔力の出所を追って直人を助けだそう。」
リール「わ、わかった。」
シェリル「ふぅ、直人も大変ね。」
葵「だな。エルン?俺たちも手伝うぞ?」
エルン「あ、ありがとう。でも、警備の時間もあるから、ここは私とリールで探すよ。それに、これは妻としての役目だからな。」
葵「‥ふっ、直人も良い嫁を持ったな。じゃあ、そっちは頼むよ。シェリル、いくぞ。」
シェリル「あぁ♪」
こうして警備任務と捜索任務に分けられ、
各自の任務に取りかかるのだった。
一方、行方不明になっている直人はと言うと。
見知らぬ明るい部屋で、国民的アイドル"ユキツバキ"のメンバーである、ルルーと対面していた。
直人「あ、あの、ル、ルルーさん!?お、お会いできて光栄なんですけど‥、ご、ごく普通な学生の俺に、な、何か用でしょうか!?」
ルルー「クスッ‥そう緊張しなくていいのよ~?いつも堅物な妹がお世話になっているし、それにご挨拶もしてなかったからね~♪」
直人「や、やっぱり、エルンのお姉さん‥だったのですね。」
ルルー「ピンポーン♪せいか~い♪」
ライブやテレビに映るクールな性格とは真逆に、今ここにいるルルーさんはサキュバスらしい淫らでおっとりとしたお姉さんであった。
今までの経験上、危険と判断した直人はしりもちをつきながら徐々に後ろへと移動する。
しかし、ルルーも足並みを揃えて詰め寄ってくる。
いくら後ろに下がろうにも、
背中に壁が着くともはや逃げ場は完全に失い。
ルルー「クスッ‥エルンが惚れた男の子‥じゅる‥お姉さん凄く興味があるわ~♪」
直人「ひっ!?」
ルルーは直人の上半身に手を置き、顔を近づける。
やばい、完全にサキュバス衝動が出ている!?
い、稲荷姉!?み、見てるなら助けてくれよ!?こ、このままだと‥お、俺‥吸い殺される!?
心のそこから姉に助けを呼ぶと、
冷徹な女性の声が響く。
稲荷「‥そこまでよ。ルルー?」
ルルー「っ、い、稲荷?」
直人「い、稲荷姉~!?」
稲荷「クスッ♪コンコン♪助けに着たわよ♪」
直人「うぅ、た、助かった‥。」
笑顔で駆けつけてくれた稲荷姉に、
直人の瞳には眩しく映っていた。
だが‥それは、一瞬で絶望に突き落とされる。
稲荷「クスッ、ルルー?抜け駆けはダメっていったでしょ?」
直人「えっ?」
ルルー「クスッ‥ごめんなさい♪サキュバスの衝動が抑えられなくて‥はぁはぁ、稲荷とエルンが惚れた男の子を食べたくて‥‥この日のために‥毎日禁欲していたんだから~♪」
直人「‥ふぁっ?」
稲荷「それでも約束は守ってもらわないと困るわ?それに一ヶ月近く禁欲しているあなたが、本気で直人を責めたら吸い殺しちゃうでしょ?」
直人「‥っ!?」
え、なに?稲荷姉とルルさんって知り合いなの??‥‥えぇぇっ!?稲荷姉ってどんだけ顔広いんだ!?
いやいや、待て待て、感心している場合じゃないぞ!?
は、早く‥ここから逃げないと‥。
稲荷姉とルルーさんのダブルは命に関わる‥。
直人は妖気を集中させ、気配を全力で消した。
ルルー「はぁはぁ、じゃあ‥今は良いわよね!?」
稲荷「もちろんよ♪弟の妖気はやみつきになるわよ~♪」
ルルー「はぁはぁ、は、早く吸いたいわ♪あら?直人くんは~?」
よ、よし‥ルルーさんには気づかれていない‥。
ここは直ぐに出口に‥。
直人「‥んぷっ。」
ルルーが見失っていることを確認した直人は、
歩みながら正面を向くと突然視界が暗くなった。
目の辺りには柔らかい感触に包まれ、そのまま"ぎゅー"っとホールドされる。
稲荷「クスッ‥お姉ちゃんを出し抜こうだなんて甘いわよ♪罰として‥久々に○馬になってもらおうかしら~♪」
まだ身籠る気もないと言うのに、
直人を動揺させるために、的確な陽動を仕掛ける。
こうなっては、もはや助かる見込みはない。
直人の目は光を失くし、皮肉にも極上の処刑が始まるのであった。
それから一時間後‥
稲荷は、妖気を吸われまくり干からびた直人を抱え、捜索していたエルンとリールの元に届けた。
エルン「い、稲荷姉さん!?そ、それに直人!?」
リール「はわわ!?も、もしかして‥手遅れだった‥。」
稲荷「二人ともごめんね。直人は‥ルルーと私に食べられちゃったわ。」
エルン「‥えっ?」
リール「ふぇ?」
ルルーに襲われたと思った二人は、
稲荷から放たれた一言に疑問を持った。
エルン「‥あ、あの稲荷さん?"姉上と私"‥とは?」
リール「も、もしかして、二人で襲ったのですか?」
稲荷「クスッ、そうよ~♪なんせ、盟友のルルーを抑えるためだもん。仕方ないわ。」
エルン「め、盟友?」
リール「ふえぇ~、って!?ルルーさんとお知り合いなのですか!?」
稲荷「そうよ~♪」
これにより、エルンが大切にしていた写真の喪失が完全に繋がった。
エルン「い、稲荷さん‥もしかして最近、姉上が私の部屋に忍び込んだりしてませんでしたか?」
稲荷「えぇ~♪してたわよ♪」
エルン「っ、はぁ‥なるほど‥。よ~く、わかりました。ちなみに、姉上はどこに?」
稲荷「闘技場の控え室よ♪」
エルン「わかりました。取りあえず稲荷さんは置いておいて‥姉上には少しお灸を据えてきます。リールは直人をお願い。」
リール「っ!わ、わかったよ~。」
エルンにしては珍しく怒りの念漂わせ、ルルーがいる闘技場の控え室へ向かった。
稲荷「あらあら?いつか私もお灸を据えられちゃうのかしら?」
リール「‥恐らくは。それより、落ち着いてますね?」
稲荷「クスッ♪弟とできたんだもん♪恐怖より満足感でいっぱいよ♪」
リール「あ、あはは‥、反省してないようですね。」
稲荷「あ、そうそう、私これから用事を済ませなきゃいけないの~♪だから直人を渡しても良いかしら?」
リール「え、えぇ、構いませんよ?」
稲荷「あと、直人が起きたらこれ、妖気促進剤を飲ませてね♪」
リール「おっとと、わ、わかりました。」
稲荷から瀕死の直人と妖気促進剤を受け取ると、最後に稲荷から助言を得る。
稲荷「気をつけて‥この学園外には不等な輩が囲んでいるわ。」
リール「ふぇ!?そ、それはほんと‥んんっ!?」
稲荷「し~♪声が大きいわ‥。取りあえず、弟に危害を咥えようとした不届き者には‥死を持って償って貰わないとね。」
安心する微笑みから、一度目を開くと大妖怪と呼ぶに相応しい、冷酷な表情へと変わり黒紫色のオーラを放つ。
リール「は、はひっ、そ、そそ、そうですね~。」
初めて見る大妖怪の本質にら
ビビるリールであった。
稲荷「‥白備、リヴァル、昴、月影。」
四人「これに‥。」
リール「うわっ!?」
稲荷の呼び掛けに、闇より四人の弟たちが現れた。
稲荷「ついに、私たちの敵が動いたわ‥。容赦なく皆殺しにしなさい。」
四人「はっ。」
四人の弟たちは四方に散り、
賊を狩に向かった。
稲荷「クスッ、さてと、私もいくわ。リールちゃん♪直人をよろしくね♪」
リール「あ、は、はい!」
その後、
直人を託した稲荷は、
まるで霧のように姿を消した。
託されたリールは、直ぐにエルンを引き留めに向かい、直人の目が覚めるまで‥‥看病したと言う。