第二百九話 神を恐れぬ狼
桃馬たちが部室についてから三十分後のこと。
ディノを担いだギールがようやく合流した。
するとギールは、早速犬神の異変に気づく。
ギール「シャル?犬神に何かあったか?」
シャル「ふぇ?ど、どうしてわかったのだ?」
ギール「いや‥気持ちが悪いくらい機嫌がいいからさ。」
ギールの目の前には、片隅で尻尾をブンブン振り回し、でれでれしている犬神がいた。
部室にいる者たちには慣れた光景だが、あまり見ない犬神の気持ち悪い姿に、ギールからして見れば違和感でしかなかった。
桃馬「さ、さすがギールだ。毎日過ごしている分、小さな変化にもすぐに気づくな。」
ギール「いやいや、明らかに分かるだろ?」
シャル「ふむふむ、さすがフォルト家の長男なのだ。」
ギール「いやだから、あからさますぎるだろ?」
答えが出ているのに難問扱いされ、
こんなので褒められても恥ずかしいだけであった。
犬神「ふへへ~♪エルゼに撫でられた~♪ぐふふっ~♪」
この通り、気にならない方がおかしいくらいの気持ち悪さである。
可愛いショタの姿だからと言って、何でも許されるわけではない。
ギール「おいこらポチ?何気持ち悪い顔してるんだ?」
さすがフォルト家の長男、相手が神であろうと、シャル慣れをしていることもあって度胸が据わっていた。
犬神「っ!な、なんだ‥ギールか‥。ふん、今はお主の相手をしてる暇はないのだ。さっきの無礼な言葉は聞かなかったことにしてやるから、あっち行けしっしっ!」
ギール「っ‥可愛くねぇな。」
生意気なショタ神様は、エルゼとの温もりに酔いしれており、大切な記憶を永久に保存するため、ギールを遠ざけようとした。
シャル「ま、まあ、良いではないかギールよ?ポチもポチなりに事情があるのだ。」
ギール「ふ~ん、事情ね~。豆太、何があったんだ?」
犬神が気になるギールは、
嘘がつけない正直者の豆太に話を振った。
豆太「あっ、えっと‥実は‥うぅ、色々ありまして~。」
急な質問に動揺する豆太は、目を泳がせ歯切れを悪くしながら話した。
こう言うときだけ勘の良いギールは、
豆太の泳いだ目線の先を見た。
すると、そこには小頼とリフィル、加茂と戯れるエルゼがいた。
ギール「なるほど、エルゼちゃん関連か。それなら、納得だな。」
豆太「うぅ。」
さっきまで、勇気ある姿を見せていた豆太であったが、今ではいつもの"へにゅっ"とした、弱々しい豆狸に戻っていた。
時奈「あはは、少し前の豆太くんを見せてやりたかったな♪」
ギール「ん?豆太も何かあったのか?」
犬神の変化に気づけても、
豆太の変化には気づいていなかった。
実際、ギールが部室に来た頃には、豆太はいつもの"へにゅっ"とした表情になっていたので気づかなかったのだ。
シャル「うむ、豆太は大きな大人の一歩を歩んだのだ♪」
ギール「っ!お、大人の一歩だと!?」
大人の一歩に反応したギールは、
直ぐにルシアの方を向いた。
ルシア「っ、わ、私は何もしてないわよ!ま、まあ?差し出すのならありがたく受け取るけど?」
ギール「っ、だ、誰がやるかよ!?そ、それより、何もしてないのならいいよ‥。」
シャル「ぬはは~!何を勘違いしているのだギールよ~♪ただ、豆太がポチに反発しただけなのだ♪」
ギール「は、反発?それのどこが大人の一歩なんだよ?」
シャル「ふっ、わからぬのか?仕方ないの~。」
豆太「い、言わなくていいですよ!?」
豆太は赤面しながら止めようとするが、時すでに遅かった。
シャル「ふっふっ、ポチの前で、エルゼを自分の女であると宣言したのだ。」
豆太「は、はわわ!?」
思わず顔を隠す豆太に、ギールは意外な反応を見せた。
ギール「‥‥えっ?」
シャル「‥ん?えっ?」
まさかの超薄味の反応にシャルは思わず"きょとん"とする。桃馬たちは、またすれ違いが始まったと言わんばかりの表情で見ていた。
本当にギールの脳内回線は、
噛み合わないと"とことん"噛み合わない。
桃馬「ふぅ、歯向かう事に慣れてるギールにとっては、神様との一悶着は普通みたいだな。」
桜華「あ、あはは、ある意味恐れ知らずになってますね。」
憲明「変な争いを生まなきゃ良いけどな。」
京骨「時間の問題だろう?」
外野が、今後の事を危惧するような話をする中、
ギールとシャルの会話は続く。
シャル「豆太は、勇気を出してポチと張り合ったのだぞ?これは大いなる大人の一歩ではないか?」
ギール「‥‥あっ、そうだった。犬神は神だったな‥、すっかり忘れてたよ。」
犬神「わふっ!?」
いつも犬神と呼んでいる事や、
日頃の犬神に対する反感な態度に慣れたギールは、犬神が神様であることを忘れていた。
さすがに、エルゼとの温もりに酔いしれている犬神でも、ここまでの侮辱に憤りを感じた。
犬神「ぎ、ギールよ!お主はどこまで我をバカにすれば気が済むのだ!」
ギール「ふっ、そうだな‥一生かな。」
犬神「うぐぅ!シャル様がいなければ、すぐに消し炭にしてやるのに‥。」
ギール「ふっ、神様なら横取りみたいなことするなっての。」
犬神「ふがぁ~!許さぬぞ!はぐっ!」
挑発するギールに対して、
犬神は噛みつきにかかるが‥。
ギールは咄嗟にどこからか出したのか、噛みつき防止の棒を身代わりにした。
犬神「っ!ふぐぅ~っ!?」
ギール「あはは、甘いな"神様"~?どうですか??棒のお味は?」
噛まれ慣れをしているギールは、勝ち誇った顔で犬神を見下ろした。
するとこの後、意外な展開が起きた。
犬神「うぅ、ふぇぇ~!うえぇ~!」
ギール「えっ?」
とうとう泣いてしまったのだ。
まわりも子供姿の犬神に同情して、
ギールを冷めた目で見つめる。
シャル「ギール、少し大人げないのだ。」
桃馬「そうだな。傍から見ては弱い者いじめだな。」
桜華「わ、私も少し煽り過ぎかと思います。」
憲明「‥大人げないな。」
京骨「ちょっとくらい、噛ませてやれよ?」
ジェルド「弟いじめか‥、悪趣味だな。」
時奈「うむ、これは少し見過ごせぬな。」
ギール「えぇ!?な、なんで!?」
当然まわりの意見は厳しい物であった。
号泣する犬神に、豆太とルシアが慰めにかかる。
ルシア「ほらほら、神様が泣いちゃダメですよ?」
豆太「そうですよ犬神様?どうか泣き止んでくださいよ。」
犬神「ひっく。わ、我は‥ここまで、屈辱を味わったことはない‥、悔しいのだ。」
力では勝る犬神だが、
舌戦となると何枚も上なギールに、
毎日敗北しては噛みつく日々。
そして今日は身代わりを使われ舐められ、
犬神の小生意気な心が折られた一瞬であった。
ギール「うぐっ、少しやり過ぎたか‥。」
桃馬「だな。さすがに、弟見たいな扱いでも、神様ってことを忘れるのは、あんまりだと思うぞ?」
ギール「うぐっ、も、もろいな‥。」
桜華「神様でも、心はデリケートですからね。変なことが起きる前に、ここは仲直りを‥。」
ギール「わ、わかった‥。」
ギールは足取り重く犬神に近づいた。
ギール「‥い、犬神‥すまん。俺も大人げなかった‥許してくれ。」
未だうつむく犬神に、シャルが声をかける。
シャル「ポチよ、へそを曲げてないで許してあげるのだ。こんな事では立派な神にはなれぬぞ?名ばかりで良いのか?」
犬神「シャル様‥、うぅ、」
シャル「ポチは今、他の神では味わえない良い経験したのだ。人の痛みが分かる神様は、余は素晴らしいと思うのだ。」
真っ当すぎるシャルの言葉に、思わずまわりは"おぉ~"っと声を漏らし、シャルの成長がはっきりと分かる瞬間であった。
豆太「犬神様‥兄さんは少し意地悪ですけど、七割は善意何ですよ?」
何気に完全肯定をしない豆太に、ギールはダメージを受けるが、今の犬神には一番合っている話し方である。
理由として、個人差はあるとして、
不快に思った人に100%善意でやっていると言っても、説得力もなければ、むしろ相手に不快を与えるだけである。
それなら、少しでもフォローを入れながらも低評価を添えると、不思議と安心感が出るものである。
個人差はあるが‥。
犬神「‥うぅ、なら、三割は悪意があるのか。」
豆太「え、あっ、それは‥。」
シャル「下界の生活に慣れさせるためだ。少しは我慢するのだ。」
犬神「わふぅ‥。」
ギール「犬神‥、俺は舌戦でマウントを取りすぎて浮き足立っていた‥。反省してるから‥許してくれ。」
犬神「‥本当か?」
ギール「‥‥うん。」
怪しい間があったが、ギールは犬神の頭をつい撫でた。
犬神は嫌がる素振りは見せずに黙ってこれを受け入れた。
‥様に見えた。
犬神「わふぅ‥っ!いつまで撫でてるのだ!はぐっ!」
ギール「いっ、ふっ‥こ、この程度か?」
顔をひきつり、涙目になりながらも必死で堪えていた。
犬神「っ、ふ、ふん、こ、これは、今度また、からかったら腕を噛みちぎると言う警告なのだ!よーく覚えておくのだな!」
ギール「ふっ、やれるものならな。」
犬神「‥うぐっ、神敵め‥。」
時奈「はいはい、喧嘩はそこまでだ。これから夏休みの部活日程の調整をするから早く席につけ。」
騒がしい二匹の喧嘩に、一応終止符が打たれた。
すると、時奈は早速に話を切り替えて、
夏休みの部活動について話し合うのであった。