第二百七話 豆の狸は神を噛む
午後の授業が終わるチャイムが、
学園中に鳴り響く頃。
全生徒たちはホームルームを終えると、
一斉に部活動や委員会、帰宅など、
各々の自由時間を与えられた。
ここまでは、いつもと変わらない日常であるが、
ここに来て、朝配られた号外の影響が出始めたのだった。
まず、大きな動きを見せたのが、
文化部の花火部であった。
土佐の変の終息と納得のいく処罰に感極まり、日がまだ出ているのにも関わらず、祝いの花火を打ち上げまくったのだ。
普通花火は夜に打ち上げる物だと、多くの人が思うだろう。何故なら暗い夜の方が、色や形、音や迫力などが伝わりやすいからだ。
だが、明るいところでも楽しめる花火もある。
それは、花雷と言うものである。
夜に見ると、花火玉が弾ける音と共に複数の光輝く眩しい花火が、一瞬にして迫力ある音を轟かせ消えるものである。
詳細は新潟県の長岡花火をご覧下さい。
特にフェニックスを‥‥。
そんな花火を連続で百発以上打ち上げたのだ。花火の壮大な音が学園から街にまで響き渡り、学園内の生徒たちは突然の花火に驚くも、すぐに心を踊らせた。
一応先生方には許可は得ていたが、
予想を越えた物に驚いていた。
更に、背中を押されるように、武闘派の運動部や魔導部などで、号外の一件もあり、部内同士の激しい試合が誘発した。
その規模は、四つの闘技場や道場などを使用する程の大規模のものであった。
各地で爆音が響く中、
異種交流会では、ギールとディノを除く者たちが集まっていた。
シャルは花火の音に興味を持ちウキウキ状態であった。
シャル「すごい音なのだ~♪まるでほうげ‥んんっ~。」
少し禁句を言いかけたシャルの口を時奈止める。
時奈「こらシャル?花火は平和の象徴だ。争いを連想させることは言ってはならぬぞ?」
シャル「んはぁ~、そ、そうなのか?我の世界と魔界では、戦勝した時や特別な祝いの日以外上げないがの?」
時奈「それは文化の差だな。私たちの国では、花火は日常的で色んな想いを乗せて打ち上げたりする、奥の深いものだ。」
シャル「おぉ~、それは興味深いのだ!」
時奈「時期に信潟県、いや日本中で沢山の花火が打ち上げるから楽しみにするといいぞ。」
シャル「おぉー!!楽しみなのだ!」
二人が楽しそうに話していると、
時奈はすぐき話を切り替える。
時奈「さてと、今日は珍しくルシアと京骨も来ているのだが、ギールとディノは何をしているのだ。」
シャル「それは余も知りたいのだ。ホームルームが終わったら早々に、ディノを連れてどこかに行ったのだ。」
豆太「直ぐに戻るとは行ってましたけど‥。何かあったのかな?」
時奈「そうか‥、せっかく夏休みの活動をみんなで話そうと思ったんだけどな。」
兄弟でも知らないことに、
時奈は少し残念そうに答えると、
ジェルドから、思い当たる節を口にした。
ジェルド「どうせ昼休みの仕返しじゃないか?」
豆太「‥そ、そう言えば、五限の休憩にそんな事言ってたような。」
ジェルド「なら決まりだな~♪あの駄犬‥とうとう弟に手を出す気だ‥。」
エルゼ「お、お兄ちゃん‥だめだよそんな事言ったら‥。」
犬神「そうだぞジェルドよ!エルゼの前で汚ならしい言葉遣いは止めよ!」
エルンの注意に後押しするように、
犬神が強く指摘が入る。
ジェルド「っ、あ、当たりが強くないか?」
犬神「わ、我は正しい者の味方だからな♪」
犬神はご褒美を待つ仔犬のように、
尻尾を振りながらエルゼを見つめる。
そんな様子に、まわりはついほっこりとする。
鈍感なエルゼと、誰が見ても好意を持っている犬神が可愛くて仕方がなかった。
だが、一人を除いて‥。
豆太「うぅ‥。」
シャル「‥ん?どうした豆太よ?」
豆太「ふぇ、あ、いえ‥なんでも。」
シャル「‥ふむぅ、それではいつか、エルゼを取られるぞ?」
豆太「で、でも‥相手は神様ですから。」
シャル「むぅ、例えそうだとしても好きなエルゼを"みすみす"手放すのはどうかと思うぞ?」
豆太「‥うぅ。」
豆太に取って犬神様は、真の頂点に君臨するお方である。
その様な方と、恋のライバルなど恐れ多かった。
自分とは真逆な性格の犬神に対して、自分はただ"おどおど"するだけの豆狸である。
そんなコンプレックスを抱えながらも、
豆太は色々と葛藤するのであった。
桜華「やっぱり豆太くん、前に出れないようですね。」
桃馬「無理もない、俺たちの世界で言うと皇太子様と恋敵になるような物だからな。恐れ多くなる気持ちはよく分かる。」
憲明「そうなると壁は高いな‥、でも、豆太の場合はそれでも戦える立場だと思うけどな。」
リフィル「それってどういう意味?」
憲明「うん。かなり特殊な関係だけど、犬神はシャルの忠犬なんだろ?そして豆太はシャルの弟。権力的には豆太の方が上だと思うけどな?」
桃馬「‥まあ、一般の犬ならそうだけど、現に犬神はシャルの弟と変わらないようだし‥。それにフォルト家の兄弟序列次第で色々と変わるぞ。」
桜華「た、確かに‥、でも、ここは簡単にシャルちゃんから事情を説明して退くようにお願いできないかな?」
桃馬「‥うーん、その方が手っ取り早いけど、うまくいくだろうか。」
桜華の言う通り、シャルから手を退くようにお願いすれば豆太とエルゼのフラグが完成する。
だが、こんな簡単な結論を今のシャルが思い付かないわけがない。
恐らくだが、今の犬神は三ヶ月前のシャルその物だ。世間知らずで傲慢な性格、狙った物は必ず取ろうとするだろう。
そんな状態で事情を説明しても、聞く耳を持つかわからない。下手をすれば豆太と犬神の仲に亀裂が入る可能性がある。
三匹の獣の恋路は、かなり複雑であった。
いっそのこと、エルゼが良いなら逆ハーレムでも良いような気もするが‥。
桃馬「もうこの際、エルゼの逆ハーレムでもいいんじゃないか?」
憲明「っ、そ、そうか‥。その手があるな。」
桜華「つまり、直人さんの逆パターンってことですね?」
桃馬「そう言うことだ。」
リフィル「クスッ、エルゼちゃんもやるね~♪」
四人が納得いく結論に達する中、エルゼと犬神に動きがあった。
犬神「え、エルゼよ!わ、我の頭を撫でよ!」
エルゼ「わふぅ?‥ふぇっ!?そ、そんな恐れ多いことできませんよ!?」
なんと服従の証である"なでなで"をエルゼに持ちかけたのだ。
さすがの、展開にまわりは驚愕した。
ジェルド「な、ななっ、なでなで!?」
豆太「っ!!?」
シャル「ほぅ~、これは珍しく大胆に行ったのだ。」
時奈「ふむふむ、これはドMの気質があるようだな。」
桃馬「先輩、少し黙っててください。」
時奈「相変わらず桃馬は辛辣だな~?」
桃馬「ちょっとは空気を読んでくださいよ。」
一部で変な話をしようとする者がいるが、
二匹による注目の展開は進む。
犬神「ほら、遠慮はするな♪好きなだけモフるがよい♪」
耳と尻尾を機嫌良く動かすと、エルゼは少しためらいながらも、手をゆっくり伸ばした。
犬神「はぁはぁ♪(エルゼが、我に"なでなで"をしてくれる♪これで、我の妻に迎えるための第一歩だ♪)」
夏毛に変ったサラサラな茶髪まで、
あと五センチ。
エルゼが生唾を飲みながら、頭を撫でようとすると、豆太が思わず腕を掴んだ。
豆太「だ、だだ、だめです~!?」
エルゼ「ふぇ?」
犬神「なっ!?」
それは一瞬の出来事であった。
その光景はまるで、ちょっと古いドラマにある。
結婚式で花嫁を奪う様な展開であり、
同時に豆太の覚悟を見せた。
シャル「‥豆太。」
犬神「っ!な、なんのつもりだ豆太?返答次第では例えシャル様の弟でも‥容赦はしないよ?」
豆太「え、エルゼちゃんは‥ぼ、ぼぼ、僕の者だ!た、例え、い、いい、犬神様でも、わ、渡しません!」
恐怖で震えながらも自分の意地を通した。
犬神「豆狸風情が‥、我に逆らうとは‥良い度胸だな。」
犬神から不吉なオーラが漂うと、
シャルが止めに入る。
シャル「止めよポチ!この二人の関係はお主がここに来る前から決まっていたことだ。横取りするようなことはするな!」
犬神「っ!シャル様は‥エルゼと豆太の関係を知っていたのですか。」
シャル「うむ。だが、お主も好いていると言うことで、余は少し弟を試したくなったのだ。」
犬神「はわわ!?い、言わないでくださいよ!?」
豆太「僕を‥試す?」
エルゼの前で暴露された犬神は赤面し、
豆太は小首を傾げた。
シャル「うむ、これはフォルト家にも重要なことなのだ。豆太は素直で良い子なのだ。それ故に、ポチが来てから肩身が狭かったであろう?」
豆太「っ、は、はい‥。」
弟をしっかり見ていたシャルは、犬神がフォルト家に来てから、肩身が狭い思いをし、色々コンプレックスを抱えていたことを見抜いていた。
シャル「余は今の口上を聞いて安心したのだ。これで、ポチと同等に張り合えるのだ♪」
豆太「ふぇ!?で、でも‥。」
シャル「ギールだって同等に話しているであろう?ポチは犬神でも所詮はフォルト家の犬なのだ。手綱を握る権利はあるのだ。」
犬神「わふっ!?そ、そそ、そんな!?わ、我が、ま、豆狸風情に‥。」
シャル「ポチ‥余の弟が‥なんだって?」
二度目の豆太に対する暴言に、ついにシャルがキレる。その瞳は魔王に相応しい眼力と重い圧力であった。
犬神「わ、わふぅ‥、す、すみません。」
耳と尻尾を"へにゅっ"と垂れ下げ身を引いた犬神。
だが、そんな犬神にエルゼは頭を撫でた。
犬神「わふぅ?え、エルゼ!?」
エルゼ「喧嘩は良くないですよ♪家族は仲良くです♪」
犬神「うぅ、わふぅ~、エルゼ~。」
犬神はエルゼに抱きついた。
それはまるで、甘えるようなそぶりであり、
豆太は、少し笑みを浮かべて見ていた。
桜華「す、すごい展開ですね。」
桃馬「少しヒヤッとしたけどな。」
時奈「うむうむ、家族内のコンプレックスは己を滅ぼし兼ねないからな。」
憲明「確かに、今回はうまくいきましたけど、こんな風に普段でも解消できれば良いですよね。」
リフィル「‥そう、だね。」
珍しく思い詰めたように反応するリフィルに、
憲明が声をかける。
憲明「どうしたリフィル?いきなり暗い返事をして?」
リフィル「うん、ちょっと実家のことでね。」
憲明「なんだ?ホームシックか?」
リフィル「クスッ、みたいなものかしらね♪」
少し誤魔化しているようにも見えるが、
憲明は敢えて詳細は聞かなかった。
すると、隣の生徒会室から"事"を終わらせ、干からびた京骨を背負ったルシアが現れた。
ルシア「あれ?もうみんな集まってたの?」
リフィル「あ、ルシアちゃん♪まだギールとディノくんがまだ来てなくてね。」
ルシア「そうなんだ~、ならもう少し楽しめばよかったかな?」
桃馬「いや、その辺で許してあげた方が‥。」
白目を向き干からびた京骨を見る限り、
相当激しい精気の吸われ方をされたようだ。
これが毎日とは‥、
良く耐えられると逆に感心するのであった。
その頃ギールとディノはと言うと‥‥。