第百五十五話 犬犬(けんけん)の仲
神盟宮神社で開かれた犬の集会は、少々完璧とは言えないが今後に期待できる成果で幕を閉じた。
愛しのギールも帰り、加茂様は一人ポツンと沈む夕陽を眺めたいた。その姿は儚い恋に囚われた少年のようにも見えた。
このままでは神力にも影響し神社の信仰も薄れてしまうと神共番たち不安に思った。
持って数日‥いや、次にギールと言う犬と出会って別れたときが最後かもしれない。
こうなれば、加茂様の意思にもよるが、少しリスクを冒しても"あれ"を薦めるしかない。
神共番たちは、最後の賭けだと思って加茂様に声をかけたのだった。
その頃‥帰宅道中のギールたちは。
予想通り、犬神とギールが噛みつき合っていた。
犬神「お、おいこらデカ物よ!シャル様から離れろ!」
ギール「無理言うなよ、シャルが勝手におんぶを要求してるんだから‥、それにもう寝てるし‥。」
シャル「すぴ~♪」
豆太「あ、あはは‥ぶれませんね。」
傍から見ては年の離れた兄弟、あるいは親と子である。そのため、すれ違う人たちはこぞって微笑んだ。
犬神「わふぅ‥早く離さないとその汚い尻尾に噛みつくぞ!」
ギール「だー、うるさないな?俺が嫌いなことはわかったから少し黙ってくれよ。シャルが起きるだろ?」
キャンキャンと吠える犬神を巧みに受け流す。
三ヶ月前の俺なら本気で喧嘩していたかもしれない。そう考えると慣れとはある意味恐いものだ。
ギールは挑発するかのように尻尾を左右に振っていた。
犬神「うぐぐ、こんな屈辱‥久々であるぞ。」
そう言いながらも本能のままに、ギールのもっふもふの尻尾に犬パンチをするのであった。
豆太「犬神様‥弄ばれてますよ‥。」
結局、神様でも‥犬は犬であった。
すると、犬神の隣に白いふわふわな犬も混ざってきた。
豆太「はうっ!?エルゼちゃん!?」
エルゼ「わふぅ~♪神様も私たちと一緒~♪わふわふ♪」
ジェルド「こ、こら、エルゼ!?そんな犬の尻尾で遊んじゃダメだぞ?」
エルゼ「いや~♪」
慌ててエルゼを制止しようと声を出すも、好奇心旺盛なエルゼは聞く耳を持たなかった。
そのためか、隣に神様がいようともギールの尻尾にじゃれつくのだった。
犬神「わふっ?」
エルゼ「わふぅ~♪」
犬神は無邪気に楽しむエルゼをジーっと見ていた。
豆太「エルゼちゃんダメだよ?すみません、犬神様。」
エルゼ「わふう~♪豆太も遊ぼうよ~♪」
犬神「っ!」
完全お遊びモードのエルゼは、止めにかかった豆太までも誘い始める。
ギールはため息をつくも、尻尾を振り続けた。
豆太「でも‥僕が入ったら狭くなるし‥。」
エルゼ「大丈夫~♪その時は豆太が私の尻尾でじゃれてよ♪」
豆太「ふぇ!?はわわ!?え、エルゼちゃんの尻尾に!?」
犬神「ま、豆太!お主は真ん中に来るのだ!」
豆太「ふぇ?よろしいのですか?」
犬神「う、うむ!」
豆太「うーん、では、お言葉に甘えて。」
そして三匹は仲良くじゃれあった。
意外にも豆太を受け入れた犬神に内心驚くジェルドとギールであった。しかしこれは、犬神のほんの色心から来るものであった。
犬神「な、なあ豆太‥ちょっと聞きたいんだけど‥。」
豆太「よっよっ、は、はい、なんでしょうか?」
犬神「そ、その‥え、エルゼには好き犬がいるのだろうか?」
豆太「なっ、ななっ!?何を!?」
エルゼ「わふぅ?どうしたの?」
豆太「あ、いや、なんでもないんだ、あはは~♪‥い、いきなり何言ってるのですか!?」
犬神「なるほど‥その反応でよくわかった‥豆太はエルゼを好いてるのだな。」
豆太「‥うぅ、わかりやすいでしょうか?」
犬神「うむ、わかりやすいぞ。あと一つ言わせてもらうが‥余も彼女に興味を持ったぞ。」
豆太「な、なんですと!?」
エルゼ「わふっ!?さっきから本当にどうしたの?」
ギール「っ、どうした豆太!?まさか、駄犬神にいじめられたか!?」
二度に渡って声をあげる豆太に、エルゼとギールが心配して声をかける。
犬神「なっ!?駄犬神だと!?」
豆太「あ、いや違うんですよ!?ただ‥えっと、犬神様のお話を聞いて、つい驚いただけですから。」
エルゼ「そんなに凄いお話なの?」
豆太「あっ、えっと‥それは‥旅のお話とかだよ~♪」
エルゼ「わふぅ~♪そうなんだ~♪」
かなり聞かれたくない質問に豆太は苦し紛れの嘘を伝えると、エルゼは疑い無く納得した。
ギール「全く豆太もオーバーだな?こんな駄犬神の話聞いて何が楽しいのやら。」
犬神「わふぅ~!一度ならず二度までもー!はぐっ!」
ギール「っ!?いってぇぇ!!?」
エルゼ「わふっ!?犬神様!?」
豆太「あぁ~兄さん!?大丈夫ですか!?」
ついに怒った犬神はシャルと同様に尻尾に噛みついた。久々に聞いたギールの悲鳴にジェルドは笑い愉快痛快であった。
ジェルド「あはは!ギールお前わざとしてるだろ~♪」
ギール「おいジェルド!?いてて!見てないで助けろ!?」
ジェルド「捲き込まれたくないからな~、がんばれ強く生きろよ~。」
ギール「この薄情犬め~!」
シャル「すぴ~♪」
こんな時でもシャルは気にせずお眠であった。
かなり複雑な関係を作り出すフォルト家の勢いは止まらず、今日も波瀾万丈な日々のレベルを勝手にあげるのであった。
その頃、無事に神盟宮神社から逃げ出せた桃馬たちは、奇跡的に何が起こるわけでもなく帰宅したのだった。
今日の出来事を母雪穂に話すと、母は笑って答えた。
雪穂「クスッ、桃馬ったら今更知ったの?その話は十年くらい前からある話よ?」
桃馬「十年前って、そんな時から犬神様は降りてたの?」
雪穂「えぇ、あっでも、犬神様が降りてくるタイミングはいつも不定期で、そのタイミングは犬科の種族にしか分からないみたいよ。」
桃馬「じゃあ、知らなくて当然じゃん‥。」
桜華「わ、私ですら知りませんでした。」
桃馬「っ、桜華でも知らないんじゃ‥知らない方が普通なんじゃないのか?」
雪穂「うーん、よく考えればそうかもね♪」
桃馬「おいっ!?」
見事な掌返しに思わずツッコミを入れる。
取りあえず犬神様はたまに降りられていることも分かり、大騒ぎするほどの事では無さそうであると安心し‥‥てない!
シャルの存在をすっかり忘れていた。
シャルの行動次第では、明日は不吉なことが起こる可能性がある。
桃馬は無駄な祈りを捧げ、
その後不安な一日が終わるのだった。
そして次の日‥
予想通り嫌な予感が的中するのであった。