第百五十二話 犬神は豆柴の如く
犬神、
それは犬科の種族にとって全世界を統べる偉大な神である。かつては全世界の地上に降り立ち崇拝されていたが、時が立つに連れて、生ある者が自己主張を持ち文明文化の発展や戦争などを引き起こすようになると犬神はどこかへと姿を消していきました。
しかし、異世界と現実世界が融合した頃、再び平和なこの世界に犬神が降り立ち全世界の犬に語りかけました。
犬神「全ての犬科の種族たちよ、私は再びこの地に舞い降りた。私は全ての犬科の種族に永久の栄光と繁栄を与えよう。」
と言ったそうだ。
そしてここ神盟宮神社は、犬神が降りるための重要ポイントの一つである。
本殿には、
ずらっと犬科の種族たちが集まり犬神を待っていた。
その裏では犬神を迎え入れるため、神盟宮神社の神である小京加茂様が緊張しながら待っていた。
加茂「うぅ、緊張します。」
神共番「ご安心を我々もついています。いつも通り堂々と構えてくださいませ。」
加茂「で、ですが、お会いするのは久々ですので‥。」
かなり不安のようだ。
このままでは、粗相をする可能性がある。
仕方がない。本来あまり伝えたくはないのだが‥背に腹は変えられない。
神共番「加茂様、先程ギールと言う黒い犬を見つけました‥。」
加茂「ふぇ!?ギールしゃまが!?」
声が裏返るくらいの反応ぶり、
加茂様は赤面し変なスイッチが入る。
神共番「はい、ですのでここは威厳をしっかりお持ちください。あと、私たちは少し席を外しますのでこれで。」
加茂「わ、わわっ、わかりました!」
加茂様は背筋を伸ばして、見えるはずもないギールのために張り切るのであった。
すると、加茂様の元にどこから入り込んだのか、首に唐草模様の布を巻いた豆柴がすり寄ってきた。
加茂「ふぇ?か、可愛い~♪君どこから入ってきたの?」
これから犬神が来られると言うのに、
加茂様は犬神よりも先に来た小さくて可愛い豆柴に心を打たれ"もふもふ"し始めた。
しかし、その様子を戻ってきた神共番たちが目にすると、声を上げられないほど慌てていた。
神共番「か、かか、加茂様‥な、何をされて。」
加茂「あ、すみません。本殿に仔犬が入り込んできたのでつい。」
質問に答えると、神共番たちは一斉に正座し頭を下げた。突然のことにポカンとする加茂様。
すると、一人の神共番が動揺しながら口を開く。
神共番「こ、ここ、この度は、よ、よくぞお越しくださいました。」
突然、畏まった神共番の様子に、加茂様は更に混乱した。念のため後ろを振り向くも誰もいない。
果たして神共番は誰に話しているのだろうか。加茂様は恐る恐る聞いてみた。
加茂「あ、あの‥誰に頭を下げてるのですか?」
神共番「っ!か、加茂様‥そ、そのお方が‥犬神様ですぞ。」
加茂「この方?うーん、この仔犬くらいしかいないけど?」
神共番「はわわ!?こ、仔犬ではありませんぞ!?そ、その‥お、お犬様が‥犬神様です!」
加茂「ふぇ?こ、この子が?」
犬神「わん♪」
加茂「‥‥‥。」
加茂様の中で、二、三秒時が止まった。
一見普通の豆柴が、実は犬神様であると誰がわかるであろうか。
加茂「は、はわわ!?も、申し訳ございません!」
加茂様は丁重に犬神様を下ろし、神共番と同様に頭を下げた。
しかし、犬神様は怒るどころか加茂様に近寄り甘え続けている。まさに犬らしい行動である。
困ったことに加茂様はナデようにも相手が犬神様と分かるとナデることに抵抗していた。
しかし、犬神様は遊んでほしいのか。
服従の証と言われる"腹だし"をして、もふもふを要求し始めた。
相手は豆柴の姿をした犬神様、こんなことまでされて"もふ"れないわけがない。
加茂様は、無礼にも顔面からダイブした。
神共番は更に慌てるが、犬神様は満足そうであった。まさに犬らしく誇らしい姿であった。
加茂「はぁはぁ、もふもふ~♪ギールしゃまより柔らかい~♪はっ!?い、いけない‥僕にはギールしゃまが‥でも‥。」
突然もふもふがストップしたことに不思議そうな顔をする犬神。すると、綺麗な男の娘ボイスが聞こえた。
犬神「ふむ、もう終わりか?久々に全うにもふられたのだが‥残念である。」
加茂「ふぇ?今誰か話しましたか?」
犬神が喋ったことに気づかない加茂様は、まわりをキョロキョロと見渡した。
神共番「か、加茂様?今の小越は犬神様です。」
加茂「ふぇ?でも、さっきまでわふって。」
加茂様は再び犬神を見ると、潤んだ瞳の犬神が話だした。
犬神「わふん、新しき神盟宮の神よ。余は犬神、白山乃宮ポチである。さあ、もっと余をもふるがよい!」
豆柴の姿で尻尾をぶんぶん振り回すと、短足な足でぴょんぴょん跳ねておねだりし始めた。
まさに卑怯。自分の姿を理解し尽くした渾身の甘えアピールである。
加茂「はぅ、だ、だめです犬神様。わ、私には心に決めた方が‥。」
犬神「むっ?それはギールとか言う犬か?」
加茂「は、はい。」
犬神「うむぅ‥、確かにあの犬は毛並みは上質‥犬として申し分ない。だが、余より劣るはずであるぞ!」
犬神は訴えるかのように加茂様のまわりをぐるぐると回り始めた。
なんだか誰かに似たような感じではあるが、加茂様は犬神を掴まえ抱き抱えた。
加茂「け、毛並みは確かに犬神様が勝っていますよ?そ、それより、外で皆さんが犬神様を待っているので早くいきましょう。」
犬神「うぅ、わかったのだ‥。」
そのまま犬神は抱き抱えられ外に連れていかれた。
その頃外では、多くの犬科の種族たちが今か今かと犬神様のお越しを待ち通しにしていた。
また、お試しで"けも耳"と"尻尾"をもらえる話で連れてこられた数百名の生徒たちは楽しみで仕方がなかった。しかし、麻袋に放り込まれ強引に連れてこられた桃馬に至っては呆れて二匹を睨んでいた。
桃馬「おまえら‥変なことしたら、まじで絶交だからな。」
ギール「ご、誤解するな!?た、ただ俺は、その‥桃馬とお揃いになりたいだけなんだよ。それに、桃馬はかっこいい狼になれると思って‥ごめん。」
ジェルド「俺は雌になっごほっ!?」
純粋な願望を告げるギールを尻目に、邪な願望を漏らそうとするジェルドに腹パンを見舞い黙らせた。
桃馬「その白い奴は後でお仕置きだな。」
ジェルド「わふっ!?お、お仕置き‥わふぅ‥。」
さすが駄犬、満更でもない様子だ。
取りあえず邪な考えはあるようだが、俺自身も興味があったし展開次第では許してやろうと思った。
桃馬「なあギール?一つ聞きたいんだが、けも耳と尻尾が生えるだけだよな?」
ギール「あ、あぁ、そうだけど。」
桃馬「‥雌にしたりしないよな?」
ギール「う、うぅん!し、しないよ!?」
桃馬「‥‥ふーん?」
全く信じてない様子。
ましてやジェルド絡みもあって、何してくるのかわからない‥いや、むしろ分かりすぎて何から仕掛けてくるのかわからないのだ。
まず、雌犬にして日頃の鬱憤を晴らそうとして来ることは予想がつく。あるいはショタにして舐め回してくるか‥。うぅ、考えるだけでも恐ろしい。だが、その逆なら‥少しは言いかもしれないが‥万に一つもないだろうな。
そんなことを考えていると、豆太とエルゼが慌てて駆け寄ってきた。
豆太「兄さ~ん!?シャルお姉ちゃんが来ちゃったよ!?」
エルゼ「わふぅ、シャルお姉ちゃんが犬神様に出会ったら絶対にもふもふしちゃうよ!?」
ギール「なっ!?あれほど来るなって言っていたのに‥‥ディノも何してるんだよ。」
一番来てはならない人物が来た‥。
桃馬とギールも嫌な予感しかしなかった‥。
しかも、もう一人真似かねざる客がいた。
シャル「おぉ~!犬たちがこんなにたくさんいるのだ!すっごくもふもふなのだ!!」
桜華「はぁはぁ、シャルちゃん待ってよ~。本当に桃馬がここにいるの?」
まさかの桜華と二人で来たようだ。
やはり、桜華にも伝えるべきであったと後悔するギールであった。