第百六話 帝都ノ変(14) 姫親(きしん)と家族
"軍"敗れ流れるる血川の
"絆"破れ欲に狩られし裏切りと
"友"に託した決死の想い
今にも消えそうな二つの黒き星が今、
古き呪縛から解放された。
徳川家時の裏切りにより、"竜王"ゲドゥルムは討ち取られ、鬼神リヴァル、亜種族女騎士アイシュを追い出し亜種族陣営は"親王派"が主導権を握った。
裏切りに合った"シャル派"は一時は四散したが、着々と二人の幹部のもとへ集まり始めていた。
リヴァル「‥アイシュ、気持ちは分かるが、いつまでも"くよくよ"するな。ゲドゥルムのためにも前を見ろ。」
アイシュ「わかってる‥そんなのわかってる。けど、どんな時でも私たちは一緒だったじゃない。それがこんなにも呆気なく欠けるなんて‥うぅ。」
アイシュの言う通り、俺たち三人はシャル様が失踪してからも共に生きてきた。如何なる激戦を乗り越え苦楽を共にした兄弟みたいなものであった。
だが、そんな絆も見え透いた裏切りに意図も簡単に壊された。
アイシュの悲しい感情が決壊するのも当然である。だが、堂々とした鬼神のリヴァルでも感情を押し込むのでやっとであった。
リヴァル「‥生きし者は必ず終わりが来る、その時は己の役目を終えた時である。シャル様も言っておられた。当時俺はその言葉の意味がわからなかったが、今思えば痛感するな。」
アイシュ「失って気づかされる‥こんなにも辛いことはない。私は‥これで二度目だ。」
リヴァル「二度目?」
アイシュ「‥あぁ、亜種族の時代を終わらせた大戦争。魔界大戦で弟を失った時以来だ。」
リヴァル「‥っ、そう‥だったな。あの時のアイシュも‥。」
アイシュ「‥あぁ、でも‥走馬灯か幽霊かわからないが弟に追い返された。あんなに姉想いで弱々しい弟があんなに堂々と生きてくれと‥‥。」
何かを思い立ったのかアイシュは会話を止め、うつむいた。
リヴァル「アイシュ‥?」
アイシュ「‥ゲドゥルムと弟も同じだな。勝手に先に行って生きろだなんて‥本当に馬鹿者だ。」
リヴァル「‥そうだな。押し付け偽善も良いところだ。」
うつむいた顔を上げ立ち上がる。
アイシュ「‥答えは見えていたのに‥また私はそれを間違いだと決めつけていた。私は決めたぞリヴァル。」
リヴァル「‥あぁ、裏切りの徳川を討ち、親王派を潰す‥そうだろ。」
アイシュ「そうだ。仲間が揃ったら攻めるぞ。」
稲荷「はーい♪だめだめ~♪お姉さんはそんな事認めません♪」
アイシュ&リヴァル「っ!?」
聞き覚えのある妖艶な声に二人は背中を凍らせ、慌てて振り向いた。
稲荷「そう驚かないでよ♪」
やはり、昨日の妖狐であった。
アイシュ「な、なんのようですか?」
リヴァル「‥わざわざ、止めをさしに来たか?」
稲荷「まさか~♪折角共通の敵が出来たって言うのに殺し合いなんて無粋よ♪」
リヴァル「では‥何しに‥。」
稲荷「クスッ、単刀直入に言うわ♪‥降伏しなさい。」
アイシュ「っ!」
リヴァル「ふざけるなよ‥誰が帝都に降伏するか!」
稲荷「誤解しないでよ?私は"帝都"とは言ってないわ♪」
アイシュ「‥言ってる意味がわからない。人類に降伏しろと言いたいのか?」
リヴァル「‥ふざけるなよ。卑しい人間に降伏するくらいなら死んだ方がましだ!」
憤りと混乱で興奮する二人に対して、能天気な稲荷は天然お姉さんみたいに返した。
稲荷「うーん、人間に降伏するのは間違いじゃないけど~、"義勇軍"に降伏って言うのもあるわよ?」
リヴァル「"義勇軍"だと?」
アイシュ「もっと意味がわからないのだが。」
稲荷「まあまあ、少なからず帝都に降伏するよりは尊厳は守られるわ♪」
アイシュ「‥信じられないわ。」
稲荷「疑う気持ちは分かるけど、今なら私が仲介にはいるわよ♪でも‥このチャンスを逃したら‥皆殺しね♪」
純粋で物騒なことを言い始める稲荷に、二人は引き始める。
普通なら昨日合ったばかりの人に降伏を勧められたら当然警戒するだろう。
しかも、安全なのか危険なのかわからない妖狐を信じるなど難しいものだ。
だが、最後のあの一言は‥ガチであることはすぐにわかった。
なら、最後までシャル派の亜種族として戦うしかない。
そう‥それが一番良いはずなのだが‥。
それすらも妖狐の圧により頑固な意思が揺らぐ。
稲荷「クスッ‥言葉より行動の方が良さそうね♪」
稲荷は指パッチンをすると、目の前に煙と共に一人の男が現れた。
界人「‥モグモグ‥えっ?」
ちょうど朝食を取っていたのだろう。
右手にはフォーク、左手にはサバ缶を手にしていた。ちなみに、米は置いてかれていた。
界人は突然のワープに動揺し、キョロキョロと辺りを見渡す。
稲荷「クスッ、朝食中に呼び出してごめんなさいお父様♪」
界人「はぁ、朝からいないと思えば‥なるほど、察するにここは敵さんの陣営で、うーん、何か訳ありのようだな。」
稲荷「正解~♪」
稲荷は事の次第を界人に話した。
ゲドゥルムの死、亜種族派閥の内輪揉め、徳川の介入事実など
界人は稲荷を仲介に立て二人の話を聞いた。
界人「‥そうか、惜しい者を失ったな。」
徳川への怒りよりもゲドゥルムの死に落胆し静かに合掌した。
リヴァル「‥どうしてそこまで敵に同情できる?」
界人「‥ここで散って良い者ではなかった‥それが悔しいのだ。」
アイシュ「‥亜種族に情けをかけるとは変わった人間ね。」
界人「それはどうかな。数年前の俺ならこの感情はなかっただろうな。」
アイシュ「ふっ、どこかで機転があったのか?」
界人「二人のように話の分かる亜種族と出会うまでは縛られてたな。まあ、本能に動く低級亜種族を見ていれば同情なしの偏見も生まれるさ。」
稲荷「はーい、暗い話はここまでよ♪」
界人「そ、そうだな。さて、降伏‥いや、和平の話をしようか。」
アイシュ「その前に界人殿。一つ質問させてくれ。もし、降伏したら我らはどうなる?」
界人「そうだな、強いて言えば共存共栄に協力してほしいからな、まずは日本に来てもらいたい。」
リヴァル「‥それは全員か?」
界人「そうだ。ほとぼりが冷めるまで比較安全なところで過ごして働いてもらう。」
アイシュ「っ、我らを奴隷にする気か!?」
リヴァル「待てアイシュ‥この男からそんなやましい気は感じない。もう少し話を聞こう。」
興奮するアイシュを宥め、
手にかけた剣を離させる。
界人「安心してくれ、奴隷の様な平和に害する行為はありません。しかし、どの世界でも労働は必要です。共存共栄の一環として試しては如何でしょうか?」
アイシュ「か、体を売れと言うのか?」
稲荷「それも良いわね~♪アイシュちゃんはリグリードと似た素質があるからね~♪」
アイシュ「ひっ!?」
楽しそうに首輪とリードを取り出し、チラチラと見せつける。
界人「稲荷‥誤解を生むからやめろ。」
稲荷「えぇ~♪こんなに可愛いアイシュちゃんを目の前にしてお預けとか‥私‥おかしくなるわ♪」
稲荷の瞳にハートマークが浮き上がり、
アイシュは稲荷のターゲットにされた。
アイシュ「うっ‥。」
リヴァル「あ、おい!?」
思わずリヴァルの後ろに隠れる。
稲荷「クスッ‥お父様~♪この二人をどうか養子に!」
界人「‥やっぱりそう来たか。いや‥もし何かあったときのため‥人質の肩書きにすれば‥過ごしやすくなるか。」
リヴァル「ふ、二人で何を話しているのだ?」
界人「うーん、‥二人を直人の兄と姉にすれば‥うん、それはいいな。」
リヴァル「こ、こら!?話を勝手に進めるな!?」
稲荷「じゃあ、皆殺しよ♪」
リヴァル「ひっ!?」
界人「こらこら!?脅迫するな!?」
アイシュ「‥わ、私たちが界人殿の養子になれば、全て解決するのか?」
界人「そうなるように善処するよ。」
アイシュ「そうか、‥リヴァル私は決めたぞ。」
リヴァル「‥良いのか?また裏切られるかもしれないぞ?」
アイシュ「わかってるくせに‥界人殿は徳川より純粋だ。私はもう一度信じたい。」
リヴァル「そうか‥界人殿、不躾ですまないが、一つお願いがある。」
界人「なにかな?」
リヴァル「‥降伏には応じる、だが、この戦‥ゲドゥルムの仇を取るまで‥父上の下で戦わせてほしい。」
界人「‥死ぬことは許さないが良いか?」
リヴァル&アイシュ「もちろんです!」
稲荷「クスッ♪家族がどんどん増えるわね~♪」
こうしてリヴァル、アイシュのシャル派たちは、両津界人の軍門に加わった。
知らぬ間に増えていく兄弟。
両津家が大きくなる度、賑やかで騒がしくなっていくのだった。
アイシュ「‥い、稲荷姉‥様‥?」
リヴァル「あ、姉貴‥。」
稲荷「アイシュちゃん良いわよ♪それとリヴァル?姉貴じゃなくてお姉ちゃんでしょ?あるいは稲荷姉って呼びなさい。」
リヴァル「は、恥ずかしくて言えるかよ!?」
稲荷「クスッ‥生意気な弟‥これもまた良いわ~♪」
リヴァル「‥稲荷の弟、妹たちはよく耐えられるな。いへへっ!?」
アイシュ「り、リヴァル!?」
稲荷「私が何だって~♪」
結局、呼び方は
アイシュは稲荷姉様
リヴァルは姉貴になった。