第百二話 帝都ノ変(10) 動震と犯行
均衡状態であった東防壁の攻防は、竜王ゲドゥルムの到来により先陣は崩壊、両津界人、スカル、ハイドの安否は不明である。
警界官の弾崎は四散した同士たちを後退させ景勝のいる第二陣と合流する。
リタとリルは結界魔法を広範囲にかけ、亜種族の侵攻を食い止めていた。
景勝「そうか‥界人が‥。」
弾崎「‥申し訳ございません。」
景勝「‥よい、弾崎は四散した仲間をまとめて後退させた。この大きな功績は界人も喜ぶだろう。」
うつむく弾崎の肩に手を置き優しく叩く。
弾崎「‥景勝さん、俺戦場に戻ります。」
景勝「弾崎‥そう死に‥。」
リタ「死に急いでも得るものは何もありませんよ。」
リル「そうです。界人さんがそれを望んでると思うのなら見くびりすぎです。それと、あなたは最後まで界人さんの最後を見たのでしょうか?」
弾崎「な、なんだお前たちは‥。」
リル「質問に答えなさい。」
弾崎「ぐっ‥長官が燃やされる瞬間を見たんだよ。」
リタ「‥クスッ、そうですか。」
弾崎「貴様!長官の死を笑うか!」
景勝「やめろ弾崎!お二人は界人の知り合いか?」
リタ「えぇ、私たちは界人さんに救われた賢者ですから。」
景勝「そうか、君たちが昔界人が話していた魔導師の姉妹か。」
リタ「今は賢者ですけどね。」
弾崎「景勝さんこんな話をしてる場合ではありません。すぐにでも亜種族が攻めてきます。早く次の一手を打ちましょう。」
リル「クスッ、その必要はありません。」
弾崎「な、なんだと!?」
景勝「‥それはどういう意味だい?」
リタ「クスッ、まずこうして話している内にどうして彼らがここに来ないのでしょうか?」
景勝「た、確かに、先陣からここまで差ほど離れてはいないが‥。」
リタ「答えは簡単です。先陣から帝都中に大結界をはらせてもらいました。そう簡単には突破されないと思いますが、広範囲もあって結界の維持は二日くらいですね。」
景勝「そんな大魔法を二日も‥さすが賢者ですね。」
弾崎「ではその間に、陣を立て直しましょう。」
景勝「弾崎頼むぞ。あと防壁を爆破したスパイの尋問も忘れるな。黒幕を吐かせるんだ。」
弾崎「はっ!」
弾崎はその場をあとにすると入れ替わるように斥候の警界官が訪ねてきた。
警界官「申し上げます。ただいま戦場で妙なことが起きているため報告に上がりました。」
景勝「もしかしてそれは、敵の進攻が遅くなったとかか?」
警界官「は、はい、その通りです。何やら結界のようなものが張り巡らされており、亜種族らの猛攻でもびくともしないです。」
広範囲に結界を張るだけでも上級魔法だと言うのに、如何なる攻撃でもびくともしない結界をたった二人で作り出すとは、チート、いやこれが賢者のステータスなのだと景勝は思った。
リル「そう警戒しなくても良いですよ?賢者は魔法使いよ最上職ですからこのくらいは普通です。」
景勝「‥初めて賢者に会うものだからつい。」
リタ「クスッ、そう言えばあなたは界人さんを知ってるようでしたけど、どのような関係ですか?」
景勝「界人は‥俺の弟だ。」
まさかの兄弟であることに姉妹は驚く。
リタ「えっ!?じゃあ、あなたが。」
リル「お兄さんの景勝さん!?」
景勝「そんなに驚くことか?」
リタ「えっ‥いえ‥聞いていた話より優しそうだったので‥。」
リル「一人で狂ウルフを狩っては生き血をすするような男だと聞いてたもので‥。」
景勝「‥あの野郎、また適当に盛りやがったな。くそぉ、生きてたら殴ってやりたいが‥。」
リタ「界人さんなら生きてますよ?」
景勝「っ、それは本当か!」
リル「はい、界人さんに関わらず、連合軍のたちには加護の魔法をかけています。そう簡単には死にません。」
リタ「それに鼓動が聞こえますから‥。」
景勝「‥そうか、だから二人は弾崎の前で笑ったんだな。」
リタ「界人さんが死んだらとうに帝都ごと吹き飛ばしてますよ♪」
リル「私たちにとって界人さんはお父さんと同じですからね。」
景勝「‥そうか、界人は養子を増やすプロだな。」
生意気な弟だが、何にせよ生きてて良かったと景勝は心の底から喜ぶのだった。
その頃結界の外では、
ゲドゥルム「ばかな‥俺の渾身の一撃でもびくともしないとは‥。」
ドラゴニア「ゲドゥルム様、こっちもびくともしません。」
ドラゴニア「こっちもです!恐らく帝都中に結界が張られたと思います。」
ゲドゥルムの配下
擬人ドラゴン、通称ドラゴニア
敵には惜しいほどのイケメン揃いの集団である。
ドラゴニア「ゲドゥルム様、そろそろ日が落ちます。一旦ここは下がりましょう。」
ゲドゥルム「いや、リヴァルとアイシュを待つ。三人で一斉に攻撃すれば結界も壊れるだろう。それにしても、あの二人何を‥。」
稲荷「あなたがお父様に危害を加えたドラゴンね?」
ゲドゥルム「っ!」
背筋を凍らせるほどの殺気と妖艶な声。
リヴァルとアイシュと同様にゲドゥルムも、突然現れた稲荷に肝を冷やす。
ゲドゥルム「だ、誰だ!」
すぐさま後ろを振り向くと居たのは、配下のドラゴニアであった。
ドラゴニア「ひっ!?ゲドゥルム様どうしましたか!?」
ゲドゥルム「えっ、あっ‥こほん、お前俺の後ろに女がいなかったか?」
ドラゴニア「い、いえ、見てませんが?」
ドラゴニア「ゲドゥルム様どうしましたか?」
ゲドゥルム「い、いや‥なんでもない‥すまない。」
確かに感じた殺気。
しかもあの妖艶な声‥あのドラゴニアの仕業とも思えない。
そう考えて前を向くと、突然視界が暗くなった。目の当たりに柔らかい感触思わず手を伸ばし確認する。すると、
稲荷「んあっ♪こら~♪何するの?」
先程聞いた妖艶な声、ゲドゥルムは慌てて離れる。
するとそこには未明麗しい金髪の妖狐が立っていた。
ゲドゥルム「き、貴様は誰だ!?」
顔を真っ赤にさせ稲荷に問いかける。
すると、まわりのドラゴニアたちも突然現れた稲荷に気づき警戒する。
稲荷「私は両津稲荷‥お父様に手を出した悪いドラゴンを懲らしめに着た平和の使者よ♪」
ゲドゥルム「へ、へぇ、その平和の使者が‥一人で俺の首を取りに来たと言うわけか。」
稲荷「違うわよ♪私はお仕置きしに着ただけよ♪でも、あなたが望むなら‥やるけど?」
凍りつくような目にゲドゥルムは声を失う。
ゲドゥルム「っ!」
稲荷「全くつまらない男ね?お父様も最初の一撃で倒せばいいのに‥また養子にしようと思ったのかしら?」
黙々と語る稲荷に声が出せないゲドゥルム。
本能的に口を開けば殺されると言う実感があるのだ。すると、稲荷はまわりを物色し始める。
稲荷「ふーん、顔だけならみんな男前ね?こんな下らない戦に命を散らせるのには勿体ないわ。」
ゲドゥルム「だ、黙れ‥これは亜種族の命運をかけた戦だ‥妖狐風情にとやかく言われる筋合いはない!」
稲荷「ようやく口を開いたと思えば強がりかしら?悪いことは言わないわ今すぐ戦をやめなさい。言語がわかり合えるなら共存できるわよ?」
ゲドゥルム「今さら共存だと?魔族と人間が結託して亜種族を失墜させた奴等と共存?笑わせるな!」
稲荷「ふーん、あなた意外にあの二人より根性あるわね?」
ゲドゥルム「っ!まさかリヴァルとアイシュを‥。」
稲荷「ちょっと脅しただけよ♪安心しなさい♪」
ゲドゥルム「ぐっ‥この‥。」
主導権を握れず、ただただ稲荷のペースに呑まれ、憤りを感じる竜王。
稲荷「さてと‥話もここまで、お仕置きか死ぬか‥選ばさせてあげるわ。」
ゲドゥルム「っ!なめるな!」
最後までなめられたゲドゥルムは、無謀にも正面から突っ込んだ。
結局、かわされ、足を引っかけられ無様に配下の前で転ぶ。すると、稲荷は獲物を見る目で襲いかかる。
その時。
界人「やめろ稲荷!」
突如界人の静止に間一髪のところで、九本の尻尾が止まる。
稲荷「お父様?」
ゲドゥルム「き、貴様‥どうして‥生きてやがる。」
界人「俺も死んだと思ったけど、見ての通り生きてる。服は全部燃えたけどな。」
界人は堂々と全裸で歩み寄る。
ドラゴニアや他の亜種族も死んだと思った人間の姿に驚く。
ゲドゥルム「くっ‥止めた理由はなんだ‥。」
界人「お前は重要な参考人だ‥。全ての黒幕を検挙するため殺したくないだけだ。」
ゲドゥルム「仲間を売れと言いたいのか?ふざけるなよ‥俺は仲間を売ったりしないぞ!」
界人「仲間か‥それが本当ならいいよな?」
ゲドゥルム「何が言いたい‥。」
界人「‥いいや、利用されてなければいいんだ。それより稲荷は何でここに?」
稲荷「お父様に危害を加える者は許しませんからね♪」
界人「また、除いてたのか。」
稲荷「心配だからよ~♪」
ゲドゥルム「勝手に盛り上がるな!くそ、全軍退け!今日はここまでだ!」
ゲドゥルムの号令に亜種族らは撤退し始める。
界人「待て‥もし思い当たることがあるなら、今夜ここに戻ってこい。」
ゲドゥルム「‥ふん。」
一度は止まったが、鼻であしらい去っていった。
稲荷「本当に殺さなくてよかったの?」
界人「‥ああ、絆の糸が見えたからな。だから、あの時斬らなかった。それだけのことだよ。」
稲荷「お父様のその力すごいわよね♪」
界人「その代わりこれしかできないけどな。」
稲荷「だとしても、未来を変える力じゃないですか♪」
界人「未来か‥、確かに稲荷たちと出会えたのもこれのお陰だもんな。」
稲荷「クスッ、ねぇお父様?私もこのままここに‥。」
界人「だめだ‥と言いたいが、少し手伝ってくれるかい?」
稲荷「もちろんですよ♪こんこん♪」
界人「俺の前では素直で子供みたいだな?」
稲荷「だって、私はお父様の娘ですから~♪」
こうして、激しい戦闘は一時の休戦に入った。
界人と稲荷は、景勝の元へ凱旋。再開を共に喜んだ。
ちなみにスカルとハイドは、恥ずかしがりながら無事帰陣を果たした。
その後
界人は最後にゲドゥルムに発した通り、ボロボロになった防壁の前で夜通し待ったが‥結局現れることはなかった。
その代わり不吉な将星が落ち、
悲痛な叫びが聞こえた気がしたのだった。