その花は夜に咲く
「本っ当に、すみませんでしたっ!」
これで何度目だろうか。平謝りするココロの声が響く。
日付けが変わるにはまだ数時間あるが、それでも星が散りばめられ、月がその丸さ主張するような夜中である。
あまり騒ぐと近所迷惑になるかもしれないが、まあ、周りに民家のないアステリの屋敷なら心配ないのかもしれない。
「ええ、もう分かったわ。いいかげん頭を上げなさいな」
苦笑いしながらファーネは応えた。軽装ながらも戦闘用の装備をしており、見る者によっては威圧感を与えるだろう。
ちなみに、その後ろには武装したビャコ支部の人間たちがいるが、そちらはマモルが対応している。
緊急召集ということで集められた彼らだが、すでに事情は話しており、穏やかに談笑していた。
武装した異世界の人間がこんなにいたら現地人はパニックになるだろう。
この場が村から離れていて良かったと思う。
「定期連絡もできないほど大変だったのでしょう。無事で良かったわ」
「ま、まあ、そうでしたね……」
「頼んだこともちゃんとできたみたいだし、言うことなしだわ」
「あのー、とくに言うことないなら、そろそろ離してもらえないですかね?」
ファーネの下の方、というよりは腕の中、アレスはファーネに抱きしめられながら声を上げた。
「お咎めなしならオレを拘束している意味はないですよね母さん?」
「もちろんダメですよ。手を離したらアナタ、すぐにどこかへ行ってしまうでしょうから」
「……おあつらえ向きじゃないぜ」
ため息とともにアレスは脱力をする。
ここまでがっちりと抱きしめられたら身動きもとれないだろう。抱擁というよりは拘束に近い。
「お話し中失礼するわ。アナタがリーダーでよろしいかしら?」
後ろに二人のメイドを引き連れ、アステリとリムニがやって来た。
先ほどの戦闘からそんなに時間は経っていないが、ほとんどダメージを感じさせない佇まいだ。
後ろにいるマティとアフティもしゃんとしていた。ついさっきまで気絶していたようにはとても見えない。
「ええ、世界の守護翼ビャコ支部支部長ファーネと申します」
「アステリ・グースリーよ。こっちは妹のリムニ。今回はずいぶんと迷惑をかけたわね」
両者とも簡単に自己紹介を済ます。穏やかに世間話でもするような雰囲気だ。
「そうですね。こちらに居るココロは神の偶像と言って、我々の組織にとって特別な存在となっています。ココロに危害を加わえるということは、そのまま世界の守護翼に危害を加えるということとなります」
ファーネの手に想造武具である杖が具現化された。
場に緊張がはしる。控えていたマティとアフティも想造武具を出そうとするが、アステリが手を上げてそれを制する。
慌ててココロがファーネに駆け寄った。
「ファーネさん! そのことですが……!」
「ええ、分かっていますココロ」
ファーネはすぐに杖を手放した。
それを見て、マティたちも構えを解く。少しだけ空気が和らいだ気がする。
「どちらかと言うと、今回はこちらから首を突っ込んだようですね。結果的にティポスを倒し、皆さん無事だったということで良しとしましょう」
ファーネがふっ、と微笑むと周りも安堵の息を吐く。このまま総力戦となっていたら大変なこととなっていた。
「痛み入るわ。ただまぁ、こっちが迷惑をかけたことには違いない。だから、ちょっとしたパーティーに招待するわ」
「パーティー、ですか?」
唐突な話にファーネは首をかしげる。
「本当は、リムニが夢魔として目覚めたことを祝うためものだったけど。せっかく来てもらったわけだし、謝罪と歓迎を兼ねてね。おいしい食事とお酒を提供するわ」
アステリの提案を聞いてビャコ支部のメンバーはざわめく。
本来なら戦うつもりで来た面々だが、美味しい料理が食べられるならばしめたものだ。
「それは嬉しい提案ですね。みんな緊急で集まってもらったので食事もまだなはずです。お言葉に甘えさせていただきましょう。みんなも、それでいいかしら?」
ビャコ支部のメンバーから歓声が上がる。これで連れてこられたメンバーも役得であろう。
「決まりね。マティ、アフティ、ミティ、すぐに用意してちょうだい」
「「「かしこまりました」」」
「あ、わたしもお手伝いします。お料理なら少しできるので」
「ありがとうココロ。いいですよねマティ姉さん?」
「ええ、アナタのエプロンを貸してあげなさい」
「わかった。こっちだココロ」
ミティたちと共にココロも屋敷へ入っていった。
ココロはずいぶんと料理好きになったようだ。
「さて、料理ができるまでいろいろと話を聞かせてもらおうかしらね。もちろん支部長さんも参加していくわよね?」
「ああ、いえ、私は遠慮させてもらいます。最近ちょっと寝不足だったので。お話はまた後日に」
「あら、そうなの? それは残念」
アレスのことが心配で数日間まともに寝ていないファーネは限界に近かった。
思えば、いくらアレスのためとはいえ、ビャコ支部にあった戦力の大半を連れて来たのはさすがにやり過ぎだっただろう。
これは寝不足による判断力の低下が原因だ。
アレスも無事見つかったので、ファーネはようやく安眠できる。
「おいおい母さん、せっかくの提案を無下にしたら悪いんじゃないのか」
何か閃いたように反応したアレスが話に入った。
「アレス、でもねお母さんは――――」
「アステリとリムニがわざわざ来てくれたのに、そこに支部長がいないなんて締まらないぜ。きっと二人とも母さんの話が聞きたいはずさ」
「いや、私は別に」
「わたしも……。眠いなら寝かせてあげたほうが」
「ほら、二人とも遠慮しちゃってるよ母さん。それに、オレも久しぶりに母さんと話がしたいしさ」
アレスは必死に食い下がる。なんとかファーネをパーティーに誘いたいようだ。
「そうですか、アレスはお母さんとお話がしたいんですね?」
「え、あ、うん、もちろんだよ母さん。最近母さんも忙しかったからあんまり話できてないし。たまにはゆっくり話しようよ」
「わかりました。アレスがそこまでお母さんとお話したいならしょうがないですね。アレスはいつまで経っても甘えん坊さんですね」
「……っ、ああ、そうだね母さん。ということでアステリ、母さんも参加だ。美味しい酒をたくさん頼む」
「え、ええ、それは構わないけど……」
「じゃあ母さん、酒が来るまで待っててな。オレはマモルたちを連れて会場の準備をしてくるから。ほら、行こうぜマモル」
「え、なになにアレス?」
「いいから! ほら、みんなも手伝ってくれ」
そう言ってアレスは足早にマモルたちを連れて屋敷へ入っていった。
「ふふふ、あんなにはしゃいで。よっぽどお母さんと食事がしたかったのね」
目元に隈の残る顔で微笑みながらファーネはアレスを見送っていた。
残されたアステリとリムニは若干の不気味さのあるファーネと準備が整うまで待つのだった。
パーティーは無事に成功した。
急遽増えたビャコ支部メンバーにも対応するためミーニア族も手伝いに駆けつけたようだ。
アステリの想像よりも賑やかになったが、それでもリムニも笑っていたので満足する。
パーティーは日付けが変わるまで催され、夜はみんな屋敷に泊まっていったのだった。
「ああ、楽しかったな……」
自室に戻ったリムニはベッドに入りながらパーティーの余韻に浸っていた。
興奮しているのかまったく眠くならない。
「こんなに騒がしかったのはひさしぶり。ビャコ支部の人たちもみんないい人だった……」
質問攻めにされることもあり、緊張してしまったが、そこはマモルやココロがフォローしてくれた。
おかげで少しずつ自分の話もできたし、いろんな話を聞くこともできた。
「おねえちゃんは支部長さんに協力するみたいなふうに言ってたし、わたしにも何かできるといいな……」
アステリは今回の責任をとる上で世界の守護翼への加入を決めた。
屋敷のことやニフタ村のことは、興味を持ったミーニア族が手を貸してくれるらしい。
これでマティたちの負担も幾分か減るだろう。
「でも、あのファーネって支部長さん、だいじょうぶだったのかな。ずっとフラフラしてたように見えたけど……」
アレスに薦められるまま酒を飲んでいたファーネ。アステリとの会話が記憶に残っているか不安ではある。
「そういえば、あんまりアレスとお話できなかった……」
ずっと付きっきりでファーネに酒を薦めていたせいでまともに話ができていなかった。
「まだちゃんとお礼も言ってないのに……」
まあ、リムニの方もビャコ支部メンバーと話していたのでなかなか席を立てなかったが。
気がついたときには、アレスはファーネと一緒に部屋へと行ってしまっていた。
「でも、おんなじビャコ支部なんだからまたお話できるよね……」
同じ組織に入ったのだ。これからいくらでも機会はあるだろう。
だが、せっかくできた初めての友だちと話せなかったことで若干の寂しさはあった。
「……アレス」
「呼んだか?」
「きゃ、むぐぅ!?」
「しー、大きな声は勘弁してくれ」
叫びそうになった口をアレスに塞がれる。
突如現れたアレスに驚くが、だんだん落ち着きを取り戻していく。
それが分かったのか、アレスも手を離した。
「悪い悪い、名前を呼ばれたから返事しちゃったぜ」
「アレス、なんでここに!?」
リムニは体を起こしてアレスと向き合う。
心臓はまだうるさいが、会話できるくらいには落ち着いてきた。
「世話になったわけだし、お前には挨拶しておこうと思ってな」
「あ、挨拶?」
「ああ。オレ、今のうちにまた旅立つから」
「……え?」
落ち着いてきた心臓が再び早くなってきた。
そんなリムニのことは気にせず、アレスは話を続ける。
「このままビャコ支部に帰ったら、また母さんの言いなりなっちゃうからな。もっといろんな世界を巡って修行してくるんだ」
「しゅぎょう……」
「そうだ。せっかく外に出られたんだ。このまま自由をなくすのはもったいないからな。なんか夜逃げみたいでカッコ悪いけど、今しかないから」
「今しか……」
あまりに急な話でリムニは言葉を繰り返すことしかできない。
だが、アレスの言葉はリムニの焦燥感を掻き立てているようだ。
「アステリと仲直りできてよかったな。姉妹仲良く暮らせよ。じゃあな」
アレスはほとんど一方的に話すとリムニに背を向けて部屋を出て行こうとする。
「……あ」
気がついたときには、離れるアレスの服を思わず掴んでいた。
ベッド落ちそうになるのをなんとかこらえる。
「お、なんだよリムニ?」
首だけ振り向きながらアレスが聞く。
「……わたしも、行く」
「は?」
リムニはアレスの服から手を離すと、ベッドから降りて立ち上がる。
「わたしも旅立つ。アレスといっしょにいく」
リムニの言葉にアレスは驚いた顔をして振り返った。
「お、お前、何言ってんだよ。屋敷の周りを散歩するのとは訳が違うんだぞ」
「わかってる。でも、決めたの」
「決めたって言ったてな……」
アレスは少し困ったように頭をかいていた。
「アレスのお話をきいて、わたしも今しかないって思った。ずっといろんな人を夢を見たり、本を読んだりして、わたしもいろんなところに行きたいって思ってた。冒険したいって。それで、そのチャンスは今だって思ったの」
「そんなのアステリに頼めよ。お前のお願いだった聞いてくれるだろ?」
「おねえちゃんにお願いしたら、安全なところにしか連れてってくれないと思う。そんなの冒険じゃない」
「あー、それはそうかもな」
過保護なアステリのことだ。
絶対的な安全が保証されないかぎり、リムニを外へ出すことも嫌がるだろう。
「それに」
リムニは続ける。少し微笑んで。
「こんな気持ちにさせたのはアレスのせい。だから『せきにん』とって」
リムニがそう言うと、アレスは面を食らってしまう。
「うーん、でもなぁ……」
「連れてってくれないなら、ここで大声をあげておねえちゃん呼ぶんだから」
そう言ってリムニはアレスの目をじっと見る。
アレスがリムニの部屋にいることがアステリにバレてしまえばまた大事になるだろう。すぐさま先ほどの再戦となってしまう。
そうしたら旅立つどころの話ではなくなる。
アレスも同じように目を合わせるが、やがて勘弁したようにため息を吐いた。
「……わかったよ。お前の勝ちだリムニ。ったく、きのう初めて会った時はあんなに弱々しかったくせに、たくましくなりやがって」
「アレスのおかげだね」
「へへ、それはおあつらえ向きだぜ。それじゃあ」
アレスは軽く笑うと手を差し出した。
「これからよろしくなリムニ」
「……うん!」
リムニは満面の笑みを浮かべると、アレスの手を握り返した。
先ほどまでフーリオ率いるティポスたちに狙われていたということもあって、アステリの屋敷は現在警戒が強化されていた。
もしかしたら奪えなかったアステリとリムニの想造核をもう一度狙う可能性があるからだ。
しかし、リーモ王国での事件で現れたシューメスは再度リーモ王国を狙いには来ていない。
なので、あくまでも念のためである。杞憂で済めばそれでいいのだ。
屋敷の警戒は、一宿一飯の恩ということでビャコ支部メンバーで行っている。
さすがに料理を食べて帰るだけでは気が引けるということで自ら名乗り出ていた。
普段から見回りをしているマティたちも想造力を使い込んではいるので、ちゃんとした休息が必要だった。
ここは素直に彼らの好意に従ったということだ。
そんな彼らの監視をかいくぐり、アレスとリムニはすでに外にいた。
月明かりを頼りに森の中を一直線に進む。
「さすがに足場が悪いな……。リムニ、大丈夫か?」
「う、うん。だいじょうぶ……」
少し盛り上がっていた木の根に気をつけながらリムニはアレスの後ろを付いてきていた。
余分に気を張り過ぎているようだが、ヘタに急いで転んでもしょうがない。
アレスもなるべく地面を気にして先行してはいるが、街道を外れているのでさすがに限界がある。
「でも、よく付いてこられるな。あんまり外へは出てないんだろ?」
「お屋敷の中、走ってたから」
「ああ、なるほど。あの屋敷なら走り回れるだろうな」
五人で住むには広すぎる屋敷。敷地内の移動なら自転車が欲しいと思うくらいだ。
「よくおねえちゃんにしかられてたっけ。もっとおしとやかにしなさいって」
「よく言うぜ。オレが知ってるなかで一番狂暴なやつだったよアステリは」
「きっと、わたしのために必死だったから」
「……やっぱり、アステリに挨拶しに戻るか?」
アレスもリムニも簡単ではあるが置き手紙は置いてきているので、本当に誰にも話してはいない。
判断力が低下するほど取り乱していたファーネは心配だが、アステリの方も不安は残る。
(もしかしたら、オレがリムニを連れ去ったと思われるかもしれない……)
そうなれば、追手が来ることになるだろう。
強くなるためが理由にあるアレスは望むところだが、リムニには無理をさせられない。
事情を話しに屋敷へ戻るのは悪い話ではない。
だが、リムニは首を縦に振らなかった。
「もう決めた。わたしが決めたことだから」
「……わかったよ」
アレスはそれ以上何も言わなかった。
口数の多くないリムニがはっきり言ったのだ。きっと、覚悟はできているのだろう。
「だいぶ進んできたな。もう少し歩くぞ」
「……そういえば、どこへ行くの?」
「ニフタ村の近くにライゼストーンを隠しておいたんだ。魔神なんて得体のしれないものに会うから念のためだったけど」
「ふうん? それがあれば旅立てるの?」
「ああそうだ。使い方とかは実物を見せてから教えるよ」
「うん」
リムニは素直にうなずいた。ここで言及しなかったのは久しぶりの屋敷の外で気持ちが昂っていたからか。
そろそろアステリの屋敷とニフタ村の中間を過ぎるところだ。
「……ストップ」
森の中の開けた場所に出たところでアレスは足を止める。何かに警戒するように辺りを見回していた。
「どうしたのアレス?」
「……いるな」
「え?」
「隠れる必要はないぞ。出てこいよ!」
アレスは暗い森の中に向かって声を張った。追われているとは思えない堂々とした振舞いである。
森の動物たちも眠りにつく時間だ。動きがあればすぐに気づくだろう。
一瞬の静寂ののち、茂みから出てきたのは二つの人影だった。
「感覚が鋭過ぎるねアレス」
「やっぱり気づかれちゃってましたか」
「マモル、ココロ」
現れたのは神の偶像であるココロとその守り人マモルだった。
親しみやすい雰囲気を感じさせながら、アレスたちの正面に立つ。
「こんなところで会うなんて奇遇だねアレス。夜の散歩かい?」
「似たようなもんだな。せっかく良い星空なんだ。ちょっと遠くまで足を伸ばそうかと思ってな。ライゼストーンを使って」
「さすが、堂々としたもんだね。あやかりたいものだよ」
「ということで、見送りはここまで十分だよ。アンタには世話になったな」
「そうだね。できればこのまま行かせてあげたかったけど、こっちもお仕事だからね」
「仕事?」
「ファーネさんに頼まれたのは『アレスをビャコ支部に連れて帰ること』だからね。僕も守り人なんて大層なものを任せてもらってる身としては結果を残していかないと」
「……雇われってのも大変だな」
「そうでもないよ。アレスとも友だちになれたしね」
「それは、おあつらえ向きだぜ」
アレスとマモルはそれぞれ想造武具を取り出す。
アレスは腕装甲を、マモルは双盾を。
「二対二か。やってやろうぜリムニ!」
構えを取るアレスだが、ココロは首を横に振った。
「わたしは戦いませんよ」
「なに、じゃあマモルと一対一か」
「いえ、それも違います。ちゃんと二対二です」
「うん?」
と言ったところで、上空を影が過ぎさった。
コウモリの羽をはためかせてゆっくりと舞い降りる。
「お、おねえちゃん……」
リムニが一歩後ずさりをする。
空から降りてきたアステリは閉じていたまぶたをゆっくりと開いて微笑んだ。
「リムニ、どこへ行くの?」
「……ぅ」
アステリに真っ直ぐ見つめられてリムニは硬直してしまう。
今までずっと姉に従ってきたのだ。それが正しかったかどうかはさておき、少なくともリムニの中では絶対だった。
「おねえさまの前からいなくなったりしないわよね? やっと日常を取り戻せたんだから。これから失った一年を埋めてあふれるほどの楽しい日々を過ごしましょう。さぁ、一緒に帰りましょう?」
アステリは優しく手を差し出した。
お互いを大切に想う姉妹の一年はかくも長い時だったであろう。
それをやり直そうとアステリは提案してきた。
「おねえちゃん……わたしは……」
目に見えない圧力にリムニは締め付けられているようだった。
「黙って屋敷から出たことなら怒ってないわ。私は寛容な姉だから。これからは私の目の届くところで自由に冒険しましょう」
「……っ!」
「おいアステリ、リムニは――――!」
「アレス待って」
口を挟もうとしたアレスをリムニが止める。
「ちゃんと、言う」
リムニは少し震える手を強く握って一歩前に出た。顔を上げてアステリの目を見つめ返す。
「おねえちゃん、わたし、アレスといっしょにいく。旅に出る」
「……」
アステリは差し出した手を下ろしてリムニの言葉に耳を傾ける。
「いろんな世界へ行って、いろんな景色を見て、いろんな人と出会って。楽しいことも、悲しいことも知って」
この旅立ちに込める想いを真っ直ぐにぶつける。夢も希望も不安も。頭に浮かんだ言葉を。
「それで、お屋敷にかえってきてこう思うの。やっぱり我が家がいちばんだって」
必ず帰ると、そう告げる。
何があっても、何を思っても。必ずアステリのもとへ帰ると。
「そう、アナタの想いはわかったわ」
黙ってリムニの言葉を聞いていたアステリは目を閉じて後ろ向いた。
「覚悟はできているようね。強い、強い覚悟が」
リムニの想いを汲み取り、アステリは振り向くと同時に想造武具を具現化させる。
想造力の爪が伸びていく。
「なら、その覚悟、私に見せてちょうだい! ここから先に進みたければ私を倒していきなさい!」
「え?」
「さぁ来なさいリムニ。アナタの成長を見せて!」
旅立つための試練。
今、アレスとリムニの前に越えるべき壁が立ちふさがった。
「そういえば、アレスと戦うのは二度目だけど、最初はどっちの勝ちだったのかな?」
「あれは……ノーカンだろ。オレだってちゃんと想造武具が発現できてなかったし、途中で邪魔が入ったしな」
「そっか、じゃあこれが最初の真剣勝負だね」
打ち合うガントレットと盾。夜の静まりかえった森の中に激しい金属音が鳴り響く。
日常会話のような軽い言葉であるが、攻撃の圧は重い。
「お互い長物じゃないから似たような戦い方になるよね」
「オレのガントレットもマモルの盾も超近接だもんな。最初から最後まで頼れるのは拳ってことだ」
剣や槍と違って、ガントレットは素手のようなものだし、盾にいたっては防具だ。
どちらもより近づかなければ相手に届かない。
それゆえに、会話ができるほど近くで戦い合うことになる。
「アステリも基本は殴りだったし、武器を持たないのが流行ってるんじゃないのか」
「まあ、剣とか斧とかって危ないし」
「鈍器も十分危ないけどな。でも、似たような戦い方をする奴ばっかりじゃあ経験が積めないな」
「まぁ、そうだよね。じゃあ、こういうのはどうかな。反射攻撃!」
「おわ!?」
マモルの反射の想造力に弾かれ、アレスは後ろに倒れる。
「くそ、びっくりした。はっ!?」
アレスが顔を上げると、棍のようなものが迫ってくるのが見えた。
「寝てる場合じゃないよ!」
「くっ」
振り下ろされる棍を横に転がって避ける。
すぐさま起き上がり、続けて横に振られた攻撃を両手のガントレットで受けた。
「ぐぬぬぬぬ。こいつは……バーベル!?」
「けっこうな威力だよねコレ。本物の威力はもっとすごいんだけどね」
骨にまで響くような強烈な一撃。受け止めることには成功したが、次からは避けたほうが正解かもしれない。
「じゃあ、次はこんなのでどうかな?」
マモルの持っていたバーベルが想造力へと戻り、また違う形に変化する。
左手にはいつもの盾が握られるが、右手にはまた不思議なものになった。
「フライ、パン?」
「そう、フライパン。さすがに本来の使い手よりも上手くはないけど、振り回すくらいなら僕にもできる」
フライパンを宙で一回転させてからマモルは構える。
フライパン使いと戦ったことがないアレスには、その構えが正しいのかはわからなかった。
「たしかに、これは面白い経験になりそうだ。おあつらえ向きだぜ!」
闘争心と好奇心に目を輝かせながら、アレスはガントレットを打ち鳴らしていく。
「夢想星!」
リムニの周りに星形の想造力が現れる。凝縮された想造力はそれだけで質量を持ち、高速で衝突すればかなりの破壊力となるだろう。
「それ!」
枕を抱きしめるようにしながらリムニは星を撃ち出す。
少し前にアレスと戦った時のように、リムニの基本的な戦い方は純粋な想造力を相手に向かって放つことだ。
相手に近づくことなく攻撃できるのは大きな利点であろう。しかも当たれば大ダメージだ。
そう、当たればだが。
「ダメね。それじゃあぜんぜんダメ!」
アステリは容易く星を避けるとリムニへと走る。
「まだだよ!」
続けていくつも星を放っていく。
一つだけでもけっこうな光量であり、増えるほど森が明るくなっていくようだ。
「悪くないけど、まだ足りない!」
アステリは飛んできた星を爪で切り裂く。
速さも威力に変換するかのように、アステリの爪は鋭さを増していた。
続けてくる星も次々と切り落とす。バラバラになった星形の想造力が細かくなり消えていく。それこそ星屑のようだ。
「ただ撃ち出すだけじゃあその辺のザコティポスにしか当たらないわ。それに、中途半端な威力でも防がれるでしょうね」
「うぅ、じゃあ、どうすればいいの……?」
「自分で考えてみなさい。必要なのは『足止め』と『高威力』よ」
「足止め……いりょく……」
「ちなみに、考える時間をあげるとは言ってないわ」
アステリは拳を握りしめてリムニに飛び掛かった。素手でティポスを圧倒できる力が向かってくる。
「夢障壁!」
リムニの頭に浮かんだ星から光が溢れ、威力を和らげる布のようになった。
アステリの拳はその威力を落とし、リムニが構えた枕へと埋まる。
「アナタのこの枕は夢魔としての力を増幅させることができるはずよ。それならいろんな選択肢があるはず」
「……うん。やってみる!」
星を撃ち出すが、アステリは後ろに跳んで避ける。続けて撃ってもやはり当たらない。
「うーん。どうしたら……」
アステリは完全に間合いの外へと下がった。
様子を見るようにしながら軽くステップを踏んでいる。リムニに動きあればすぐに動くだろう。
「足止め……」
戦闘経験の少ないリムニが、高速で動くアステリに向かって撃ってもまず当たらなかった。
目で追ってもすぐに視界の外へと消えてしまう。その気になれば正面からきて背後を取られてしまうだろう。
熟練のガンマンなら行動の先読みをして動く的に当てるのだろうが、もちろんリムニにそんな芸当をこなせるわけがない。
「どうせ当たらないなら……」
意を決してリムニは頭に浮かんだことを実行するため、想造力を集める。
「何かするみたいね。でも、邪魔させてもらうわよ!」
アステリが動く。何をするつもりかは分からないが、わざわざ待ってくれるはずもない。
リムニもそれは分かっていた。
なので、アステリが動いた瞬間、リムニはすぐに集めた想造力を解放した。
「夢想星回転!」
無数の細かい星形の想造力がリムニの近くを周回し始める。
隙間のない星の集まりにアステリは足を止めざるをえなかった。
「なるほどね。どうせ当たらないならバラ撒いちゃえってわけね。これならうかつに突っ込むわけにもいかない」
見事足止めができたわけだ。
「でも、所詮は一時しのぎにしかならないわ!」
アステリは爪の想造武具で星を切り裂いていく。
一つ一つの威力は大したことないので簡単にかき分けることができる。さながら星の海を泳いでいるようだ。
「これで、突破よ!」
星をかき分けリムニのもとへたどり着く。ほとんどあっという間だ。
だが、その時間でリムニには十分だった。
「いくよ、おねえちゃん……!」
これまで撃ち出していた物の何倍もの大きさになった星がリムニ前にでき上がっていた。
「大夢想星!」
巨大な星形の想造力がアステリへと迫っていく。
「くっ、急ごしらえにしてはなかなかね!」
避けるには間に合わず、アステリは受け止める。
「くぅぅぅぅ!」
地面をえぐりながら後退させられるアステリ。ファンシーな見た目に反して力強い。
「でも……私だって……負けられないの!」
アステリは想造力を高めて身体能力を向上させる。押されていた足が止まった。
「やぁぁぁぁぁぁぁ!」
力任せに星を持ち上げると、おもいっきり空へと投げ飛ばした。
「星は空に帰りなさいってね。なかなかやるわねリムニ。さすが私の妹」
「ありがと、おねえちゃん」
「さぁ、盛り上がってきたわ。次は何を見せてくれるのかしらね」
妹の成長にアステリは喜んでいる。新しいことをどんどん見せられてテンションが上がっていた。
「うわっと!」
「いたっ!」
なので、後ろから来たマモルに気がつくことができなかった。
背中からぶつけられてアステリはよろける。
「ちょっと、何やってんのよ!」
「うーん、やっぱり慣れない武器で戦うのはダメだね」
どうやらアレスに吹っ飛ばされてきたようだ。
持っていたフライパンが盾に戻る。
「はっはっはっ、やったじゃないかリムニ」
「うん。がんばった」
リムニとアレスも合流した。
とりあえず、アレスが勝ったようだ。
「よっし、おあつらえ向きだぜ。あとは任せろ!」
アレスがガントレットを構えて想造力を高めていく。大技の予感がする。
「ちょっと、なんとかしなさいよ」
「え、ああうん。守りなら任せて」
アレスの大技に対してマモルも想造力を高めていく。
「よし、想造強盾!」
先に動いたのはマモルだ。マモルたちの前に透明な盾が展開される。大半の攻撃ならこれで防ぎきれるはずだ。
「これで安心」
「マモル、上!」
「え?」
安心しきったところにココロ声が聞こえてきてマモルとアステリは空を見上げる。
「あれは……星……?」
「ああ、リムニのね」
先ほどアステリが飛ばした大きな星形の想造力がふわりと落ちてきていた。
「ほいっと」
ちょうど同じタイミングでアレスの準備が完了した。拳、というよりは指先から小さな想造力を飛ばしたのだ。
しかも、向けられた先はマモルたちではなくリムニの星だった。
コツン、と軽い音がすると、星が強く発光してくる。
「「え?」」
星を見上げていたマモルとアステリの声がきれいに重なる。
その瞬間、眩い光が森の中を照らし出した。
「目がぁぁぁぁ!?」
「なんかデジャブぅぅぅぅ!?」
直に見てしまい、アステリとマモルはもん絶してしまう。目を押さえてのたうち回る。
「はっはっはっ、じゃあな!」
「いってきます。おねえちゃん」
「あ、こら、待ちなさいリムニ!」
アステリたちを出し抜くことに成功しアレスとリムニはそのまま走り抜ける。
昼のように明るくなった森を背にし、アレスたちは先を目指して進んでいった。
「「「お待ちしておりました、リムニお嬢様」」」
目的地であるライゼストーンの隠し場所に着いたアレスたち。
だが、そこにいたのは屋敷のメイド三姉妹のマティ、アフティ、ミティだった。
「みんな、どうしてここに?」
待ち構えていたメイドたちに不思議そうな顔をするリムニ。それに構わずアレスはガントレットを具現化した。
「今度は三人相手ってことか。まったく、退屈させてくれないぜ」
アレスは戦う気でいるが、それを見てマティはため息を吐いた。
「野蛮な方ですね。本当にリムニ様の従者に相応しいのでしょうか」
「でも……アステリ様が決めた……」
「そうですよ。少なくとも腕はたしかですから。いざとなったら身代わりくらいにはなってくれますよ」
「仕方ないですね。危ないときは命を懸けてもらいましょう」
「ずいぶんと好き勝手言ってくれるなお前ら」
はじめから取り決めているかのようにメイドたちは会話を進めていく。会話を差し込む隙もない。
「まって、今おねえちゃんが決めたって……」
「ふふ、そうですよ」
マティはそう微笑んで後ろから荷物を取り出した。大きめのリュックにいろいろ詰まってそうだ。
「旅立つのに必要なものを準備して参りました。もしリムニ様がここへたどり着くことができれば必要になると。アステリ様からです」
「おねえちゃん……ぜんぶ分かってたんだね……」
「それと、こちらを」
マティは封筒を取り出してリムニに差し出した。
白い封筒に花柄の模様が縁取られており、裏には丁寧に封蝋されてあった。
「……開けていいの?」
「もちろん。アステリ様の想いです」
シワにならないように封を開けると、中から出てきたのは一枚の便せんと、青く光る押し花のしおりだった。
便せんにはあまり書かれておらず、こう書かれていた。
「『疲れたらいつでも帰っていらっしゃい。おねえちゃんはいつでもここにいるから。あなたの旅路に美しき星が輝かんことを』……」
妹を心配するアステリらしい文だった。
「そっちの青い花はなんだ?」
アレスが覗きこんでいた。
光が当たっていないのに淡く輝く花はまるで宝石のようだ。
「その花はヤコウカ」
草花に詳しいミティが説明してくれる。
「月の光を取り込んで青く光るヤコウカは、夜を行く者を導くと云われています。一年前にリムニ様にお渡しした苗が咲き、屋上の小屋でアステリ様が自ら繁殖させた花。夜しか咲かないその花を、アステリ様は残った魔力で小さな夜を作り、押し花にすることで封じられました。長い時間と繊細な技術が用いられたアステリ様の努力の結晶です」
「アステリ様はそれがお守りになると思ってご用意したようです。どれだけ暗い道でも、行き先を見失わないようにと」
「……ありがとう……おねえちゃん」
姉の想いを確かめるように、リムニは大切そうに便せんとしおり抱きしめた。
きっとアステリには分かっていたのだろう。
いつかリムニが旅立つことを。
「さて、それでは参りましょうか」
マティはそう言って置いてあったリュックを背負った。
「おい、ちょっと待てよ。まさかアンタも付いてくる気なのか?」
「もちろんです。じゃないと誰がリムニ様のお世話をするのですか」
「来てくれるのマティ、やった!」
リムニがマティに抱きついた。
「はい、よろしくお願いいたしますリムニ様」
「うん。よろしく」
嬉しそうな様子のリムニを見ていたミティが涙ぐんでいた。
「うぅ、できれば私がついて行きたかったのですが……」
「ミティは……残って修行……」
「わかりましたよマフティ姉さん……」
「がんばってねミティ」
アレスを置いて話はまとまったようだ。これはもの申しても変わらないだろう。
「……はぁ、しょうがない。何を言ってもムダそうだし。それじゃあ早く行こう。母さんが起きてきたらそれこそヤバいからな」
アレスは木の穴から麻袋を出し、ライゼストーンを取り出した。
「よし、想造力は貯まってるな。リムニ、マティ、こっちへ来てくれ」
みんなアレスのもとに集まってくる。
ようやく旅立ちの時だ。
「じゃあ行くぞ」
アレスがライゼストーンに想造力を込めると転移の霧がアレスたちを包んでいく。
「あとを頼みますよアフティ、ミティ」
「任せて……」
「うぅ、お気をつけてリムニ様、マティ姉さん」
「いってきます。アフティ、ミティ」
(いってきます……おねえちゃん……)
故郷を後にし、新しい道へと踏み出す。不安は多いがそれ以上に期待も多い。
星のように目をキラキラさせて、リムニは夢いっぱいの旅路へ踏み出した。




