星を掴むような話
月明かりが照らす屋敷の屋上で、弓を片手に持つミーニア族に見守られるように3つの影が動いていた。
アステリに仕えていたメイドたちはすでに倒れ、眠るように気絶している。その側にはマモルたち側についたミティが介抱していた。
マティとアフティを無力化することに成功したのでティポスが増えることはなくなったわけだが、最後に残ったアステリの相手は骨が折れた。
長い夜のほんの一時と言われればそれまでだが、それが永遠にも感じる者たちがいる。
「いい加減、きつくなってきたね……」
両手に持つ盾の重さに耐えながらマモルは深く息を吐いた。意識していないとうっかり落としてしまいそうだ。
「さすが、純粋種の悪魔は、恐ろしいフィジカルを持ってます……」
近くにいるココロも肩で息をしていた。彼女の想造武具である玉も心なしか元気がないように見える。
二人ともそれぞれ双子のメイドたちと戦いには勝利していた。
彼女たちに埋め込まれたティポスを操ることができる赤い宝石を砕くことには成功したのだ。
そのままの勢いでアステリに挑んだマモルたちだったが、その力は予想以上だった。
「ずいぶんと粘っているけれど、そろそろ諦めたらどうかしら?」
クスクスと笑い声が聞こえてマモルは意識を向ける。
アステリは想造武具である爪を見せつけるように言った。
「マティとアフティを倒したのは見事だったわ。この子たちもだいぶ強かったはずよ。それを越えたのだからアナタたちもなかなかだわ。ほめてあげる」
「……それはどうも」
いまだにアステリの力は底知れない。
もともと魔力を扱うことに長けていたアステリは、想造力を扱うのもお手のものだ。
ただでさえ身体能力が高いのに、想造力で強化された能力は他を寄せ付けない。
縦横無尽に動き回るせいで、ほとんど防戦一方である。
いくら盾持ちで防戦には自信のあるマモルでも、こうも激しい攻撃にさらされ続けるのは肉体的にも精神的にも厳しい。
「……ちょっと教えてほしいんだけどさ」
「あら、何かしら。別に命乞いなんかしなくても殺すつもりなんかないわよ?」
「そんなことは考えてなかったけどさ。僕が聞きたいのは、そこのリムニのことだよ」
「リムニの?」
リムニの名前を出したことでアステリは少し真剣な顔をする。
「仮にの話なんだけど、もしもこのままリムニの目が醒めることがなかったらアステリはどうする?」
「……どういうこと?」
アステリは訝しい視線を向けてくる。
「キミと一緒にいたフーリオは、僕たち世界の守護翼が追いかけてる存在だ。目的はわからないけど、ティポスを使って良からぬことを考えているみたいなんだ。このまま言うとおりにしていたら、きっと誰も幸せにならない」
マモルは諭すように語りかける。
フーリオの目的は今のところアステリとリムニの想造核だとマモルたちは思っている。
眠っているリムニの想造核はすでに手に入れたも同然な状態だろうが、問題はアステリのほうだ。
このままリムニが目覚めず、魔方陣の維持にアステリが付きっきりになってしまった場合、いくらアステリでも、いつかは限界を迎えるだろう。
そこを狙われてしまったらひとたまりもない。
「今わかっているのは、狙いはリムニだけじゃない。キミも標的になっているはずだアステリ。フーリオが関わっている以上、もしかしたら魔方陣にも細工がしてあって、このまま起きないかもしれない」
本当のところはわからない。魔方陣なんてゲームの中でしか知らない。
しかし、マモルはまっすぐな想いをぶつけて説得する。事が起きてからでは手遅れになるかもしれない。
「そう……そうね。そうなのかもしれないわね」
アステリは腕を下ろす。話し合いの余地はあったか。
「あのいやらしい性格からして、フーリオに他の目的があることは予想してるわ。きっと、こちらに害があるものが」
「だったら」
「でも、そんなことは些末なこと。少なくとも、リムニが夢魔として成熟しつつあることは事実。あとはあの子の目が醒めるまで私が守ってあげればいい。たとえ何度月の満ち欠けを越えることになっても。フーリオにもアナタたちにも邪魔はさせない!」
アステリの想造力が高まる。いまだ底知れぬ力がマモルたちの肌をピリピリと刺激する。
「マモル、これ以上は……!」
「うん。そうだねココロ。アステリのことはまだよく知らないけど、このままだとティポスにのまれちゃうかもしれない」
アステリの想造力からは、すでにティポスの気配を感じられていた。
今はまだ意思があるが、感情に流されるまま想造力を使い続ければティポスの良いエサだ。ティポスに乗っ取られ、大暴れとなるだろう。
アステリ本来の想造力と重なって手がつけられなくなる。
「ちょっと手荒になるけどアステリを止めよう。ここからは本気で行くよココロ!」
「はい。マモルと一緒なら、きっと何とかなります!」
「いい覚悟ね。越えられない悪魔の力を思い知るがいい。この私がアナタたちの悪夢になってあげる!」
それぞれの覚悟が決まったところで、戦いが再開される。
もう止められる者はいないと、その場にいるミティとキッポたちミーニア族も思った。
「うおおおおおお!?」
そんな誰もが息をのむような場面を切り裂くように、アレスが叫び声を上げながら転がり込んできた。
黒い渦から吐き出されたアレスは皆の視線を一身に集める。
「イタタタタ……。ここは、外か。なんとか出られたみたいだな」
腰を打ったのか、アレスは軽くさすりながら立ち上がる。辺りを見回すとまさに一触即発な状態のマモルたちに気がついた。
「お、二人ともなんとか無事だったみたいだな。ミティやキッポたちもがんばってたみたいだし、悪くない状況だな」
マモルたちの無事を確認してアレスは安堵の笑みを浮かべていた。
いきなり現れたアレスに戸惑いはしたが、マモルはすぐに同じように微笑む。
「うん。こっちは大丈夫だったよアレス。そっちはどうだった?」
「ああ、とりあえず何とかなったはずだ」
マモルの言葉にうなずいて答えると、アレスはアステリの方を向いた。
「あとは、アンタをなんとかするだけだ。アステリ」
アレスに相対されて、アステリはゆっくりと腕を組んで微笑んだ。
「ふふ、まさか魔方陣から吐き出されるなんて、よっぽどおいしくなかったのかしらね」
「ああ、そうだな。あの程度の魔方陣じゃあオレをもて余すようだ。文字通り消化不良だったみたいだな」
「そう、じゃあアナタには用はないわ。オモチャにもエサにもなれないんじゃあね」
「そう言うなって。たぶん、そろそろだ」
「は?」
アレスは意味深な笑みを浮かべる。すると、その後ろにある永夢の魔方陣に変化が起きた。
リムニが眠るベッドの下で放っていた光が点滅しだす。
そして、魔方陣に呼応するように浮かんでいた黒い穴にも影響が出始める。風船のようにふくらんできたのだ。
それはどんどん大きくなり、月明かりに影を落とすほどとなる。
そんな大きくふくらんだ黒い穴の真下にいるリムニの顔が苦しそうに歪んでいた。
「……い……い」
悪夢にうなされるかのようになにか呻いている。そして、黒い穴のふくらみが限界に達したかのように見えたと同時に、リムニの目が見開かれた。
「いたーーーーい!?」
ニワトリのように甲高い叫び声を響かせながらリムニは起きた。
その衝撃で黒い穴も弾け飛んだ。
中に詰まっていたたくさんの小さな想造力のカタマリが星のように流れていく。その方向に迷いはなく、向かう先は決まっているようだ。
「想造力が村の人たちの元へ帰っていきます」
ココロが安心したようにうなずいていた。これでニフタ村の人たちは安心だろう。
「イタい!? なんで!? アレスひどいよ!」
狼狽えたリムニが頬を押さえながらアレスに向かって叫ぶ。
「いきなり叩くなんて……。おねえさまにだって叩かれたことないのに!」
「あーあーあー、うるさいな。少し落ちつけリムニ。ホントに叩いたわけじゃないんだから。それに、夢の中じゃ痛みはなかったはずだろ?」
頬を叩いたように見せて、アレスは自身の手を叩いただけだったようだ。
「でも、だって、あんなに大きな音がして、びっくりして……!」
「気付けには良い衝撃になっただろ」
特に悪びれた様子もなくアレスは言う。
音と衝撃で目が醒めるのは初めて会った時に実証済みだった。
「り、リムニ……?」
この状況に戸惑いつつもアステリは手を伸ばす。
アステリもリムニが目覚めることを望んではいたが、こんな状況になるとは思っていなかっただろう。
それでもリムニが側にいれば、アステリはそれで良かったのだ。
「お、おねえさま……」
だが、リムニはとっさにアレスの影に隠れてしまった。
拒絶をしたわけではない。ただ、久しぶりにあった姉の姿に戸惑っただけだ。
「そんな……どうして……」
だが、その表情は驚きか悲しみか、アステリは信じられないものを見たというように伸ばした手を震わせていた。
しかし、そんな表情もすぐに引っ込めるとアレスを睨み付ける。
「……お前、リムニに何をした?」
地の底から聞こえてくるような怒りのこもった声が響く。静かな迫力が身をすくませるようだ。
しかし、アレスはそんなアステリの声に臆することなく答えた。
「さぁてな。でも、こんなに怯えているんだからひどいことをしたんだろう」
言い終わった瞬間、アレスもアステリも動いた。
アレスは後ろにいたリムニを突き飛ばすように引き離し、想造武具を具現化させる。
そして、アステリはそんなアレスをリムニから引き離そうとその場から翔んだ。
見る者によっては目の前から消えたように見えたかのような高速移動。普通の人間には触れることさえかなわない。
握りしめた拳に想造力が乗る。当たり所が悪ければ一撃で卒倒してしまうだろう。
両者の拳が交錯する。
雷が落ちたかのような轟音の後、打ち負けたのはアステリの方であった。
「くっ!?」
アステリは後ろに滑りながらもなんとか着地する。その表情は驚きに満ちていた。
「おあつらえ向きだぜ」
アレスは打ち出した拳の感触を確かめるように拳を握りしめた。ガントレットが擦れる音がする。
「少しは効いただろ?」
アレスは結果に満足したように笑った。
先ほどまでは圧倒的な力の差があったはずだが、今は対等以上である。
「その力、お前だけのものではないわね。さっきやり合ったときも感じはしたけど、いったい何と契約したの?」
「さあな。ちょっと偉そうな戦闘狂みたいなやつかな」
『ずいぶんな言いぐさだなアレスよ』
アレスの頭の中に魔神の声が響く。
たしかにリムニの夢から出られたのは魔神のおかげと言っても過言ではない。魔神の力がなければ夢からの脱出はおろか、最初のアステリ戦でやられていただろう。雑に扱われたら文句も言いたくなる。
「そう言うなって。感謝はしてるさ。おかけでここに立つことができたんだ」
『ふむ、そうか。ならいいが』
「ずいぶんとおしゃべりが好きみたいね」
アステリの目が鋭く光る。
口調も怒りに満ちてきているように震えていた。
「もうたくさんだわ。ここまでしておいて無事で帰れると思ってないわよね?」
「おあつらえ向きだぜ。このまま帰るつもりなんかないし、お前たちを放っておくつもりもない」
「そう、じゃあ、お互い覚悟は決まったようね……。リムニ」
「え?」
アステリは表情を和らげてリムニの名を呼ぶ。それは本当に気兼ねなく、まるで朝のあいさつをするように。
「今、お姉さまが助けてあげるからね」
「おねえ、さま……?」
リムニが呆けたようにアステリを呼び返す。
だが、アステリは目を閉じると何かを呟いた。すると、一匹のティポスがアステリの前に現れる。ティポスはそのまま紫水晶へと姿を変えた。
「やめろ、アステリ!」
「力を寄越しなさい。愚か者どもを永遠の悪夢へと誘う力を!」
アステリは紫水晶を手に取ると、額に押し当てた。
「アアアアアアアア!?」
アステリの咆哮のような声とともに黒い想造力が迸る。やがてアステリを包み込むように渦を巻いた。
「くそ、バカ野郎が!」
「そんな、おねえさま……」
激しい想造力の奔流にアレスたちは吹き飛ばされないように耐える。
膨大な夢魔の想造力がティポスによって暴走している状態だ。気を抜けばそのまま弾かれてしまう。
やがて黒い想造力はアステリの手に収まると、一本の紅い槍の形に成った。
アステリはまるで血のように紅い槍をアレスへと向ける。
「サァ……イクワヨ……!」
かろうじて残る意識でアレスに敵意を向ける。こうなってしまえば話し合いは不可能となった。
「……」
「アレス……」
黙ったままでアステリを見るアレスに、リムニが弱々しく名前を呼んだ。
先ほどまでより恐ろしく膨れ上がった想造力を前にしながらも、アレスは構えをとった。
「心配するなリムニ。オレが全部なんとかしてやる」
「……お願いアレス。おねえさまを、助けて!」
「まかせろ!」
アレスとアステリは同時に飛び出した。
月明かりに照らされて、今、ふたつの悪魔の想造力がぶつかり合う。
夜空に煌めく星々、それに負けないくらいに存在感のある満月。
今夜はとても良い夜だ。
淡い月の光を眺める者も夜道を行く旅人も等しく照らしてくれる。
夜を楽しむ者たちにとってかけがえのない星の輝きだろう。
だが、この場に集う者たちにそんな風情を楽しむ者はいない。
煌めく星の輝きも淡い月の光も、別の強い光によってかき消されてしまう。
余談だが、夏の夜に飛び交うホタルが光る理由の一つに求愛のためというものがある。つまりメスの気を引くためにオスが光るということだ。
しかし他の強い光、例えば懐中電灯やカメラのフラッシュのような強い光があると、オスのホタルはやる気をなくして光るのをやめるという。
今、空を見上げても、そこにあるのは紅い光の帯と、それを撃ち落とそうとする白い光。
果たして、星と月のやる気がなくなる前に、この勝負は決まるだろうか。
アステリは上空を旋回しながら時折急降下してアレスへと襲いかかる。
コウモリの羽をはためかせ、スピードに乗った槍の一撃を放つ。
大地をえぐりかねない威力に、さすがに正面から受け止めることはできず、アレスは転がりながら回避をする。
すかさずアレスもガントレットに込めた想造力を放つが、突風のように速いアステリにかすりもしない。
「ちくしょう……。当たる気がしないな」
外した直後でも、アステリから目を離さないように空を睨んだアレスがぼやく。
アレスは苦戦を強いられているように見えた。
すでにアステリは空へと戻っており、手が出せない。
背中にはコウモリの羽が付いているが、戦い方は鷹や鳶のようだ。
「このままウサギみたいに狩られるのはゴメンだぜ。さて、どうしたもんか……」
アレスはアステリに目を光らせながら考えているようだ。
「おねえさま……アレス……」
そんな二人の様子を少し離れたところからリムニは見ていた。
巻き込まないようにとアレスはリムニから離れたが、おかげで遮蔽物のない場所で迎え撃つこととなっているようだ。
「わたし……どうしたら……」
ティポスの力で限界以上に強化されたアステリ。
魔神の想造力を取り込み、自身の殻を打ち破ったアレス。
二人の戦いに割って入れる者はこの場にはいない。
それでも、唯一の身内のアステリと夢の中にまで来て助けてくれた友だちであるアレスが争い合う姿をリムニは見たくなかった。
「リムニ様!」
「え?」
戦いを見ているのに集中していたリムニのもとへトンファーを手にしたミティが駆け込んできた。
そのままリムニを襲おうとしていたティポスへ振り下ろす。ティポスは横へと吹き飛び、空気に溶けるように消えていった。
「おケガはありませんか」
「う、うん。だいしょうぶ。ありがとうミティ」
気がつけばリムニたちはティポスに囲まれていた。
「なんでまたティポスが……」
ミティがリムニをかばうように立つ。ほとんど想造力を使うことができないミティには少し荷が重い気がした。
「反射攻撃!」
「シュピラーゼ!」
必殺の掛け声が聞こえたかと思うと、ティポスたちが倒されていく。
「うん。まだまだアレスには負けてられないね」
「何言ってるんですかマモル。言うほど歳は離れていないでしょう。でも、あの二人の想造力に惹かれてティポスたちが集まってきています。きっと、まだまだ増えるでしょう」
「ハッピーエンドは遠いね」
ティポスたちの中から割って入るようにマモルとココロが現れる。
二人ともアステリとの戦いで消耗しているようだが、それでもリムニたちを助けるためにやってきた。
「二人とも、助かるよ」
ミティがお礼を言っている。
リムニが知らない間にずいぶんと仲良くなったようだ。
「とりあえず、ミーニア族のみんなには危ないから帰ってもらったけど、僕たちはここで防衛戦をやるしかなさそうだね」
「そうですね。ヘタに動くのも危険ですし、ここで想造力を使っていればティポスの気を引くこともできます」
「あっちの邪魔をしないで済みそうだね」
マモルとココロは息を合わせたようにやり取りをする。
二人は何も心配していないようだったが、リムニは一抹の不安を抱えていた。
「アレス、だいじょうぶかな」
姉であるアステリの強さはよく知っていた。
持ち前の強大な魔力を駆使し、この辺りの勢力図を一人で安定させた実力を持っている。
しかも今はティポスの影響下とはいえ想造力をも使いこなしている状態だ。
アレスも強くなった。魔神という得たいのしれないものの力を借りてということだったが、それでもアステリに勝てるとは思えなかった。
「お手伝いにいったほうがいいんじゃないかな」
「で、でもリムニ様。それはちょっと……」
「そうだミティ、あなたがアレスに力を貸してあげて」
「え、私ですか!?」
自分が名指しされるとは思っていなかったようで、ミティはとても慌てていた。
「ええ、ミティならきっとおねえさまを止めることができるはずよ。わたしの信頼するミティなら安心だわ」
「え、えーと、そう言っていただけるのは光栄ですが……」
ミティはそっとアレスとアステリの戦いを見る。
常人では目で捉えきれないほどのスピードで動くアステリと、若干慣れてきた様子でそれを避け続けているアレスがいた。
想造力をまともに使えないミティにはとてもついていける世界ではなかった。
「アレスなら心配いらないと思うよ」
そう助け船を出したのはマモルだ。マモルは不安感をまったく感じさせることなく言った。
「そうなの?」
「うん。僕もアレスと(無理やり)戦ったことがあるけど、最低限の想造力しか使えなかったはずなのにアレスの動きはとても良かった。あれはきっと、できる努力を懸命にがんばってきた動きだ」
「懸命に……」
直に戦ったことがある者なら分かるのだろう。
想造力を封じられながらも才能に溺れず、研鑽に励んだ結果の力だと。
「アレスは今、積み重ねた努力を発揮できる絶好の場に立っている。それを邪魔したら怒られちゃうよ」
「そういうものなの?」
「うん。きっとね」
一生の間にいくつあるか分からない見せ場というものだ。アレス自身とても昂っていることだろう。
「そう。じゃあせめて見ててあげるわ」
「そうだね。そうしてあげて」
「マモル、ティポスたちが!」
ココロの声にみんな振り向くと、ティポスたちが集まってきた。
どこからともなくにじみ出るように姿を見せる。
「来たね。どれだけたくさん来ても僕がみんなを守り抜いてみせる」
マモルは意気揚々と盾を構えて前に出る。
だが、ティポスたちの様子がいつも違った。
すぐに襲いかかってくる様子はなく、お互いに顔を見合わせているようだ。
「どうしたんだろう」
「あれはまさか……」
マモルには分からなかったが、ココロには心当たりがあるようだった。
「マモル、ククリ・ティポスが来ます!」
「え、マジで?」
ティポスたちは空気に溶けるように輪郭がぼやけると纏まっていく。
何体かのティポスが一つの黒いカタマリになったかと思うと、そこから手足はえてきた。手も足も大きいと思ったが、最終的には全体が大きくなり、マモルたちが見上げるほどとなる。
「うわー、ハウラのやつよりずいぶんと大きいなぁ……」
「あ、さっき見たやつだ」
「え、リムニ、知っているんですか?」
「うん。頭のところにナイトキャップかぶってるから」
たしかにククリ・ティポスの頭にナイトキャップが見えた。
先ほどリムニの夢の中でアレスと戦った個体か、同タイプの個体だろう。
「夢の中にも出てきたけど、やっぱり大きい」
「あんなのと戦ったなんて、大丈夫だったんですかリムニ様?」
「アレスがやっつけてくれたから」
「ん? アレスが一人でククリ・ティポスを倒したの?」
アレスの話を聞いて食い付いたのはマモルだった。
「うん。アレスがなんとかしてくれたよ」
「そっか。じゃあ僕も負けてられないね」
何かを決心したようにマモルは前に出る。盾を構えてククリ・ティポスと対峙した。
「ココロ、二人のことは任せていいかな?」
「え、マモルはどうするんですか?」
「僕は、ククリ・ティポスと戦ってくる」
「一人で大丈夫なんですか?」
「大丈夫。今回あんまり活躍の場がなかったからね。せっかく守り人になったわけだし、ちゃんと戦えるところを見せなくちゃってね」
「そ、そんなこと……」
「いいのいいの。僕も自分の力を確かめたいだけだから」
「……わかりました。でも、危なくなったらすぐ戻ってきてくださいね」
「おっけー。じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃいです」
マモルは軽く微笑むとククリ・ティポスのもとへ行ってしまった。
「マモルは大丈夫なのかココロ?」
「マスターが言ってました。『決意をしたやつを送り出すのも一つの信頼』と」
「はぁ、よく分からないけど、ココロがいいなら別にいいよ」
ミティには響かなかったようだが、ココロはそれで良いようだった。
「それじゃあこちらもやりましょう。ミティ、後ろはお願いします」
「分かってる。リムニ様のことは命に代えてもお守りします。ここでお待ちください」
「ミティ、わたしは――――」
「いっくぞー!」
ココロとミティもティポスと戦うために行ってしまった。
リムニは手を伸ばしてミティを止めようとしたが、聞こえなかったようだ。
「……わたしは……わたしは何をすればいいんだろう……」
独り残されてしまったリムニは無力感に苛まれていた。
アステリの言う通りに従い、立派な夢魔となるべく生きてきた。
途中いろいろとあったが、それでもアステリの言うことには従い続けたはずだ。
その結果、関係ある人間も関係ない人間も巻き込み、ついには一番大切な姉さえも苦しめることとなってしまった。
「見切ったぜ!」
アレス声が聞こえてリムニは振り向いた。
高度からの強襲に対し、アレスは腕を開いて待ち構える。突っ込んできたアステリの槍を寸前で避けつつガントレットでうまく掴んだ。
「グッ!?」
「おりゃああああ!」
勢いそのまま、床に叩きつけるように投げ飛ばした。
アステリは背中を打ちつつもバウンドし、体勢を立て直す。床を擦りながらもなんとか小屋の手前で止まった。
「お前の想造力の流れがようやく掴めたぜ」
「ガァァァァ!」
アステリはまるで獣のように牙を剥いて吼えている。
「おねえさま……」
ティポスに侵食されるとここまで理性を失ってしまうのか。
リムニの中にあるアステリの姿とはあまりにかけ離れていた。
「もう……あの優しいおねえさまはいないの……?」
姉の変貌した姿があまりに恐ろしく、リムニはただ絶望する。
だが、そんなリムニの想いは誰にも届くことはなく戦いは続く。
「このまま空に逃がしはしないぞ。くらえ!」
アレスはガントレットに想造力を込めて打ち出した。
ククリ・ティポスを貫いた物理想造力がアステリへと襲いかかる。
だが、アステリも実力者である。
ティポスに侵食されようとも、真っ向から突っ込む以外の選択肢しか選べなくなったわけではない。
アステリのスピードならば、この程度の攻撃を避けることは容易い。
「!」
だが、アステリは何かに気がつくと回避行動を止めてその場にとどまる。槍を前へと構え、防御体勢をとったのだ。
想造力を集め、障壁を作り出す。
そこへ、アレスの想造力がぶつかった。
「グウゥゥゥゥ!」
吼えるように唸りながらアステリは耐え続ける。障壁に亀裂が入るが、一歩も引く様子はない。
やがてアステリは威力が弱まったタイミングで槍を振るい、アレスの想造力を空へと弾き飛ばした。
「やるじゃねぇか。けっこう本気のやつだったんだけどな。なら、もっとすごいのをお見舞いしてやる」
そう言ってアレスは想造力を集中させる。少しずつガントレットが光だして、次の攻撃の準備を進める。
「……」
アレスが想造力を集めるのをアステリは静かに見ていた。
先ほどの一撃が効いているのは確かだが、それを踏まえても少し不気味に感じる。
そして、アステリは再び羽を広げると、アレスに向かって突っ込んだ。
「いっ!?」
面を食らったアレスだが、それでも迎撃するべく構えた。
アレスのガントレットとアステリの槍が激突する。
「なんだぁ、空に行くのはやめたのか。ま、こっちのほうが、おあつらえ向きだぜ!」
怒涛の勢いで放たれる刺突をアレスは一つ一つ捌いていく。アステリの想造力の流れを見ているというアレスにはすべて見えているようだ。
一見拮抗しているようだが、アレスの顔に陰りが出てきた。槍のリーチの差が如実に現れ始める。隙を突いて一歩踏み込んでも、その分アステリは一歩引いてしまう。いくら弾いても攻めに転じることができないことが、確実にアレスを追い込んでいた。
「ティポスにやられてるくせに、丁寧な戦いかたをするもんだなアステリ。イヤな感じだぜ」
額に汗を浮かべながらもアレスは槍を捌き続ける。
アステリもティポスの黒い想造力撒き散らしながら戦う。牙を剥き、その目は黒く染まる。誰の目にもティポスに侵食されきっているようだった。
「違う……。おねえさま、まだそこにいるのね」
しかし、リムニの目に映るアステリは違った。
アステリの背後にある小さな小屋。回避をためらった理由がそこにある。
(あの小屋。だってあそこには――――)
「ぐあっ!」
アレスの声が聞こえてリムニは顔を上げる。
止むことのない槍の嵐がとうとう肩を掠めた。傷は浅いが隙が生じる。
そして、アステリはその隙を逃さなかった。
床に突き立てた槍を軸にして距離を詰めると、薙ぐように蹴り飛ばした。
威力を減らすこともできずにアレスはまともに食らってしまう。その衝撃でアレスは後方にぶっ飛んでしまった。
「アアアアアアア!」
トドメを刺さんとアステリが咆哮を上げながら走り出す。
先ほど空からの襲撃に匹敵するような速さと威力を持った槍の一撃がアレスへと向かう。
「やべぇ……!」
床に手を付いた状態のアレスでは回避は間に合わない。もちろんガードも厳しいだろう。
串刺しなんて優しいものでは済まず、体が真っ二つになるかもしれない。
暴力的にまで高められたアステリの槍はもはや誰にも止められるものではなかった。
「……」
ただひとりを除いて。
「おねえ、さま……」
両手を広げたリムニの目の前で槍は止まっていた。
リムニ自身、どうして走り出したのか分からない。ただ、アステリとしての意識がある予感がしたとたん、いても立ってもいられなかったのだ。
「リ、ムニ」
アステリは絞り出すように声を出す。顔は伏せているので表情は分からない。
「……ドキナサイ」
「どかないよ」
「串刺シニ、ナルワヨ……」
「それでも、どかない」
「オ願イ、ドイテ……」
「……どかない」
「……ッ、ドキナサイッテイッテルノ!」
「どかないっていってるんだよ!」
両者もと一歩も引かない。
永遠に続くかと思ったやり取りだが、リムニは広げていた手を前に出す。
アステリは思わず顔を上げる。その目には柔らかく微笑むリムニが映っていた。
「ほら見て、おねえさま。おねえさまのおかげでこんなに元気になったよ。わたしならもうだいじょうぶ。だから……」
リムニは少し声を詰まらせるが、やがて意を決して叫んだ。
「だから、いつものおねえちゃんにもどってよ!」
アステリの目が見開かれる。
かつて守ろうと、守り続けようとした存在がこんなにも成長していたのだ。
「ア……アア……」
アステリは嗚咽を漏らしながら体を震わせる。
「アアアアアアア!」
そして、自ら受け入れたティポスの紫水晶に拳を叩きつける。紫水晶にヒビが入り、砕け散った。
「アアアアアアア!」
そして、手にしていた赤い槍を空へと投げ捨てた。槍は彼方へとすっ飛んでいく。
「ア……ああ……」
「おねえちゃん!」
力尽きたように脱力したアステリをリムニが支える。暴走し続けていたアステリはようやく止まることができた。
「う、うぅ、リムニ……?」
アステリは薄く目を開けてリムニの名前を呼ぶ。だが、体を動かす力も残っていないようだ。
「おねえちゃん、死なないで!」
「死にはしませんよ、リムニ様」
アステリとは違う声に名前を呼ばれてリムニは辺りを見回す。
「こちらですよ」
はたして、声の主は空にいた。
黒いイスに座り、そのイスごと空に浮いている。
「フーリオ……!」
「ご機嫌麗しゅうございますリムニ様」
フーリオは足を組んで座りながらリムニを見下ろしていた。その顔には笑みを浮かべている。
「まずは夢魔としての覚醒、お見事でございました。微力ながらお手伝いさせていただいた身としては大変嬉しく思います」
「えっと、それはどうもありがとう?」
リムニは素直にお礼を返す。
この場合、そもそもの元凶がフーリオなので、お礼が必要なのかどうかは置いておく。
「そして何よりも、リムニ様とアステリ様、お二人の姉妹愛、大変素晴らしく観賞させていただきました。このフーリオ、とても感激いたしました」
フーリオは座ったまま手を叩く。
称賛の拍手なのだろうが、一人だと寂しく感じられた。
「フーリオ、あなたはいったいなにを――――」
「さて、あとはフィナーレです」
リムニの言葉を無視し、フーリオは手を上げた。
すると、先ほどアステリが投げ捨てた深紅の槍が宙に現れる。切っ先は、アステリに向けられていた。
「それは、おねえちゃんの持ってた……!」
「この槍は私がアステリ様にお貸ししたものです。水晶化したティポスをさらに高密度で凝縮させた、言わばティポス兵器と呼ばれる物ののひとつです。これを持つだけで凄まじい想造力を得ることができます。そのかわり、使用者の想造核に重度の損傷をもたらしますが、まあ、死ぬほどのものではありません」
「そんな危ないものをおねえちゃんに……!」
「ふふふ、すべてはアナタのためですよ。ともかく、いくら純粋種のアステリ様でもさすがに動けないでしょう」
フーリオが冷たく微笑む。その瞳に映るのは動けないアステリとそれを抱えるリムニ。
「かつての絆を取り戻した美しき姉妹。しかし、それを貫く深紅の花によって二人には永遠の別れが訪れる。さぁ、その血で物語に幕を下ろしてください!」
放たれる凶槍は一筋の紅い光となって真っ直ぐにアステリへと向かう。
「おねえちゃん!」
リムニはアステリに覆い被さった。そんなことをしても鋭い槍の切っ先は二人分貫くだけだ。
だが、どれだけ意味はなくてもそうせざるを得ない。愛する姉を目の前で貫かれるところなんて見ていられなかった。
(おねえちゃん……!)
きつく目を閉じてリムニは姉を想う。もはやリムニにはそれくらいしかできなかった。
「よくやった、リムニ!」
聞こえてきた声にリムニは顔を上げる。
そこには、放たれた槍を握りしめたガントレットで止めるアレスの姿があった。
「この勝負、アステリのことを想い続けたお前の勝ちだ!」
アレスは力任せに腕を振るうと、槍を宙へと弾いた。
「アレス!」
「ああ、あとは任せろ!」
アレスは宙に浮かぶ槍に向けて手を伸ばした。
槍は遠い。手を伸ばしただけでは決して届かない。
だがアレスは、まるで手の中にあるように槍を見ていた。
「見えてるぞ、その槍に満ちてるティポスの力。今のオレならできるはず……!」
槍の周囲にアレスの想造力が集まる。それは槍を容易に包み込むほどの巨大な手となった。
「星掴み!!」
アレスが手を閉じると、想造力の手も閉じられいく。
障壁のようなものに阻まれるが、まるでものともせずに本体である槍を掴みとる。
「うおおおおおおおおお!!」
槍の中にいるティポスごと握りしめ、へし折る。
槍は二つに折れると、やがて空気に溶けるように消えていった。
「よっし、大勝利だ!」
「や、やった……!」
リムニが安堵の息を吐く。
その目の前に爆弾が現れる。
「え……?」
驚きの表情を浮かべるリムニだが既視感があった。
いつか屋敷を襲ったティポスに紛れて現れた爆弾と同じ。あの時のようにすでに導火線に火が点いていた。
(だめ、間に合わない……)
夢障壁の展開が間に合わない。前回は三人分の展開をする猶予があったが、今回はそれすらない。
「星掴み!」
想造力の手が爆弾を掴み、握り潰す。手の中で爆発し、爆風すら逃がさない。
「見えてるって言ってるだろ!」
アレスはフーリオに向かって指を向ける。
フーリオは手を叩きながら立ち上がった。
「お見事ですアレス君。どうやらアナタの能力は私の天敵のようですね。この場は退かせていただきましょう」
フーリオは座っていたイスに手を触れる。すると、イスは黒い渦に変化した。ティポスが世界間を移動するときに使う世界渡りの穴だ。
「待てっ!」
「またお会いできますよ。それでは皆々様、今宵の物語はここまで。次の物語をお楽しみください」
そう言うとフーリオは穴へと消えていった。
再開の予感を残しながら危機はひとまず過ぎ去る。
静かになった夜の空気にアレスたちはつかの間の平穏を感じるのだった。




