魔神を求めて
アレスたちがアステリへの再挑戦を決め、すぐさま彼女のいる屋敷へと向かうかと思えばそうではなかった。
辺りにうろつくティポスたちを退けながらアレスたちが向かった先は薄暗い森の奥だった。
「魔神……。まさか本当にそんなものがこんなところにいるっていうのか?」
辺りを警戒しながらミティは疑うように呟いた。動きづらそうなメイド服での散策だが、まったく気にしている様子はない。
「そんな話聞いたこともないぞ」
「どうだろうな。ただ、屋敷から飛び出す時に確かに見たんだ。母さんのところから持ち出した資料にあった、『巨大な木』が」
アレスは読んだ資料を思いだしながら話す。
「小さき者と共に魔神を巨大な木に眠らせたって書いてあったからな。小さき者ってのは知らないけど、この辺で一番巨大な木っていったらアレしかないだろう」
「確かに、そうだけど……」
それにしても、うっそうとした木々の間から見上げてもよく目立つ木だ。
ミティがアステリたちに連れられてこの森へ引っ越してきてまだ数年であるという。
当時はよく森へと散策に来ていたこともあったが最近はめっきりだ。まあ、別に用がなければわざわざ来る意味はないのでそれはいいだろう。
「わたしたちはもう新参者と言えなくはない立場だ。でも、魔神なんて見たことも聞いたこともないぞ」
そう、問題はミティたちが近くに住んでいて魔神の話なんて一切知らなかったことだ。
そんな危険そうなものがあればアステリが放っておくことはないし、最低限ミティたちメイドにも知らせていたはずである。
アステリが知っていて隠していたのかもしれないが、それはそれでこの辺に近づかないように言っていたはずだ。
しかし、ミティは知らなかったらしい。
「あー、たぶんアレだ。結界が張ってあるんだろう」
「結界?」
ずんずんと進みながらアレスは答える。後ろを気にしているようには見えないが、昨日戦った相手に背を向けて進むのは大した度胸だ。
「オレの母さんは結界術が得意なんだ。物理保護からティポス避けまで効能いろいろだぜ」
「そんな温泉みたいなこと言われても」
「認識阻害、ようは外部からは見えなかったり感じられなかったりするような結界を張っていたとすれば、お前たちが気づかなかったとしても不思議じゃない」
「ふーん、便利な力だな」
ミティはさして興味なさそうに流したが、アレスはずっと疑問に思っていた。
(そもそも、なんで母さんたちは魔神を封印したんだろうか。わざわざ結界を張ってまで)
魔神伝説の中の魔神は、この辺で暴れていた者として残っている。
それをファーネたちが力を合わせて封印という形で終わらせていた。つまり、魔神を倒さなかったということだ。
見方によっては助けたように見えなくもない。
(それとも、倒しきることもできないほど魔神の力は驚異的だったのか?)
仮にそうだとしたら、アレスに力を貸してくれるだろうか。未だ満足に想造力を使いこなせていないアレスに。
「……先を急ぐぞ。陽動で動いてくれているマモルとココロのためにもな」
巨木にもだいぶ近づいてきた。
アステリに対抗するためには魔神の力が必要不可欠である。なんとしてでも話を聞いてもらわなければならない。
このまま突き進もうと足を踏み出したその時、地面に矢が突き刺さった。
「トマレ!」
敵意を感じさせる声にアレスたちが視線を向けると、フードをかぶった子どものような姿をした人がいた。手には長い棒を持ち、威嚇するようにアレスたちへと向けている。
「これより先は我らミーニア族の縄張りだ。何人たりとも通すことは許されん。早々に立ち去れ!」
木々が揺れるのを感じて顔を上げると、そっちの方にもホビットたちがいた。見えている限りでも5、6人程度はいて、弓矢でアレスたちを狙っているようだ。
ヘタな動きをすれば、今度は警告ではなく容赦なく射ぬいてくるだろう。
「そうか、ミーニア族たちはこんなところにいたのか」
何やら納得したかのようにミティが呟いていた。
「コイツらのこと知ってるのか?」
「昔、ニフタ村をミーニア族が襲っていたところをアステリお嬢様が助けたんだ。コテンパンにされてどこかに逃げたと思っていたけど、まさかまだ森にいたなんて」
「……なるほど」
どうやらアステリたちとミーニア族には因縁があるようだ。もしかしたら、その事を後で利用できるかもしれない。
そのためにも、今は魔神のことを聞き出さなくては。
「突然の来訪、驚かせてすまない。我が名はアレス。ここに魔神がいるとの話を聞き、その力を貸していただきたく参上した。取り次ぎを願う」
アレスが挨拶を済ませるとミティが驚いた顔をしていた。
「お前そんなちゃんとした事、言えるんだな。ただのケンカっぱやい奴だと思ってた」
「うるせーよ」
後ろにいるミティにそれだけ返してミーニアたちの様子を伺う。
素直に通してもらえたらという淡い期待を抱いていると、ミーニアたちはあきらかに動揺していた。
「お、お前、どこでそんな話を……。ちょ、ちょっと待て!」
地上にいたミーニアが手を上げて合図を送ると、木の上にいたミーニアたちが降りてくる。そのまま集まって話し合いを始めた。
「お、おい、どうする。魔神様に会いに来たって言ってるぞアイツ」
「なんで魔神様がここにいるって知ってんだ」
「でも、魔神様はあんな調子だし、会わせるわけにはいかないよね」
「う、うん。もしあの人たちが悪いやつだったら大変なことになるもんね」
「そうだな。オイラたちが魔神様を守らないとな。よし、力を合わせて戦うぞ」
ミーニアたちはかけ声を上げる。なかなかの結束力だ。
「魔神、いるみたいでよかったな」
「そうだな。おあつらえ向きだぜ」
筒抜けの話し合いを聞きながらアレスたちが待っていると、ミーニアたちが所定の位置へと戻っていく。
一人を残し、スルスルと木を登っていった。ずいぶんと慣れた動きだ。
「待たせたな人間!」
それぞれが位置についたのを確認すると、地上にいるミーニアが声を張り上げた。
「話し合いの結果、やはり魔神様なんていないこととなった。おとなしく帰れ!」
「いや、言ってることがめちゃくちゃだぞ、それは」
理由はわからないが、ミーニアたちは魔神に合わせたくないようだ。
力を借りに来てる以上、事を荒立てるつもりはアレスにはない。穏便に済ませる方法はないだろうか。
「めんどくさいな。こっちは時間がないんだ」
アレスが考えていると、業を煮やしたミティが前へ出た。その手にトンファーが具現化される。
「魔神に会わなきゃ話が進まないんだろ。無理矢理でも行くぞ」
「お、おい待てよミティ! オレたちは戦いに来たわけじゃないんだぞ!」
「む、来るか人間! みんな、放て!」
ミティがトンファーを持ったことを敵対行為と見なし、ミーニアたちが矢を放った。
「ちぃっ!」
アレスとミティは後ろに跳んで避けると、さらに来た追撃の矢をそれぞれの想造武具で払った。
「くそ、やるしかないのか」
グローブを構えながら続けて飛んでくる矢を払い続ける。
「やるぞ! 魔神様をお守りしろー!」
ミーニアたちもやる気になってしまった。こうなってしまえば、どちらかがやられるまで止まらないだろう。
「小人ふぜいが。アステリお嬢様にやられた時みたいに無様な姿をさらしてやるぞ!」
ミティが意気揚々と突っ込んでいく。なぜああもやる気なのかはわからないが、ミティはえらく興奮していた。その姿はまるで溜まったストレスを発散させようとするようだった。
「ったく、勝てそうな相手だからってはしゃいでるんじゃないだろうな」
ミーニアたちの弓矢は正確だが、威力が弱い。軌道が読めれば払うのは容易だ。
だからこそ戦闘経験のあまりないミティでも大丈夫なのだろう。
「ひ、ひぃ……」
まっすぐ突っ込んでくるミティを見たミーニアたちが怯えた声を上げる。自分たちの弓矢がまるで効かないのを見て弱気になっていた。
「ふふん、いくぞミーニアども!」
それを見たミティがさらにいい気になっていた。
もはや弱いものいじめだとアレスが呆れて見ていると、それは唐突に起こる。
遠くから強い想造力を感じたかと思うと、走るミティの足下に魔方陣が展開された。
「きゃああああ!?」
ミティは魔方陣から溢れる想造力に翻弄されて上下左右に回転していた。
やがて目を回したミティがひっくり返った状態で開放される。スカートが完全にめくりられ、パンツに描かれたバックプリントのクマが晒されていた。
「……哀れな」
「あうううう……」
気絶したままのミティを放っておいて、アレスは想造力が流れた方を見る。想造力は森の奥、巨木の方から来たようだった。
『その者は通してよい……』
静かな、されど力強い声が辺りに響く。そこにいる者たちを聞き入らせてしまうような迫力があった。
「魔神様、よろしいのですか!?」
『ああ……構わぬ……』
それだけ言うと辺りにあった威圧感はなくなった。緊張感が抜けてアレスは大きく息を吐いた。
「人間、よかったな。魔神様が会ってくれるみたいだぞ」
魔神の許しが出ると、ミーニアたちが武器をしまって近寄ってきた。敵意がなければ友好的な種族である。
「さぁついてこい人間。オイラが案内してやる」
「ああ、よろしく頼んだ」
ミーニアたちに連れられ、アレスは森の奥へと揚々と進んでいく。
これから出会う魔神が、アレスにとってターニングポイントとなることを知らずに。
ミーニア族たちに連れられ結界の中へと進むと、そこは彼らの集落となっていた。
自然を愛するミーニア族だからなのか木の上に家を作るのが主流らしい。不安定な足場によく作ったものだ。
外からの人間が珍しいのか、アレスが歩いていると物陰からの視線を感じる。
「みんなシャイだからな。あんま気にすんなよな。こっちだ」
このミーニアの少年はキッポいう名前らしい。弓矢が主体のミーニア族の中では珍しく、棒を使った近接戦闘もこなせるということで警備隊長を担っていた。
まあ、結界も張ってあるこの場所に来る者なんていなかったわけだが。
集落を抜けて進んで行くと家が少なくなり、再び巨木が見えてきた。
「下から見上げると、天辺が見えないな」
「なんてたって、オールラだからな」
「オールラ?」
「オイラたちはそう呼んでいる」
信仰の象徴的存在なのかもしれない。確かにこの木からは神聖な何かを感じる。
認識阻害もあったせいか、さらに大きく見えた。
「連れてきたぞ魔神様」
そして、その木の根元に鎮座するように魔神はいた。
濃い赤と黒でまとめられた衣装を身に纏い、頭にはドクロの装飾が付いた王冠を乗せている。
少しシワの入った顔にヒゲが蓄えられており、おじいさんというよりはギリギリおじさんといった感じだ。
魔神は巨木の根元に置かれた玉座のようなイス深く座り眠るように目を閉じていたが、キッポに声を掛けられるとゆっくりと目を開けた。
「ご苦労だったなキッポ」
魔神はしゃがれた声で労いの言葉を言う。見た目よりも声に年期を感じられた。
そして、アレスを向くと目を細める。
「知った想造力を感じたと思ったが人違いだったか。我も老いたものだな」
「あんた、想造力を知っているんだな」
「うむ、知っておるぞ。この身に流れるのはほとんどが想造力だからな。魔神と呼ばれてはおるが、魔力なんぞそう残されておらん」
「魔力の代わりとして想造力を……」
ミティが言っていたことだ。アステリがまさにリムニに施していることである。
たぶん、この魔神は成功例なのだろう。
「チカラとしての本質は極めて似ておるからな。昔、おせっかいな小僧と小娘に教えられたことよ。そして、お前からはそのおせっかいな奴らと同じ想造力を感じる。いったいお前は誰だ?」
「……たぶん、その小僧と小娘ってのはオレの両親だ」
間違いないだろう。この世界において想造力のことを伝えられるのは世界の守護翼に所属している二人しかいない。
魔神を倒した後、消えかけた魔神を留まらせるために想造力を覚醒させた。
先ほどミティに行ったように、遠隔で想造力を扱えるほどだ。
この魔神、チカラの流れをよく理解している。そうなれば自力で想造力を覚醒させることもできるだろう。
「あ奴らの、子だと、言うのか」
「あ、ああ、そうだけど……」
「……そうか」
そう言うと、魔神は大きな手で顔を覆ってしまった。その肩が震えている。
「えっと、魔神?」
「……くく」
「は?」
「はーはっはっはっ!」
魔神はこらえきれなくなったかのように吹き出していた。笑い声が集落中に響く。
何事かとミーニアたちが集まってきたが、そんなことはお構い無し魔神は笑い続ける。
「あ奴らが! あれほどいがみ合っていたあ奴らがか! 結婚をし、子まで成したというのか! これは傑作だ! 人間族というのはかくも愉快な種族だ! そう、なんと愉快な話か! はーはっはっはっ!」
なぜだか分からないが、アレスの両親が結ばれたことがツボに入ったようだ。
ひとしきり笑い魔神も落ち着きを取り戻す。
「いやー、愉快愉快。こんなに笑ったのはずいぶんと久しい。長く生きてみるものよ」
「えーと、もう気は済んだか?」
両親のことを笑われて何とも言えない気もするが、コケにされたのではなく親しみが感じられたので良しとする。
何より、機嫌が良くなってくれたほうが頼み事を聞いてもらいやすい。
「ああ、もう充分だ。良い話を聞けた。して、あ奴らは元気にしておるのか?」
「いや、母さんは生きているけど、父さんは死んだよ」
「む、そうなのか」
「ああ、オレも聞いた話でしかないけど、それは凄まじい最後だったそうだ」
ほとんど滅びかけていた世界に単身で乗り込み、ティポスの群れを一掃したとこで力尽きたらしい。それこそ、伝説に残る戦いだったそうだ。
「らしい最期だな。お前は悲しくないのか?」
「そりゃもちろん悲しかったし、母さんも辛そうだった。でも父さんはたくさんの人に讃えられて力強く死んでいった。そんな生き方を見せてくれた父さんをオレは誇りに思う」
「……そうか」
アレスがそう語ると、魔神はまた少し笑った。
「そういえば、まだお前の名を聞いていなかったな」
「アレスだ」
「ふむ、ではアレスよ。ここへは何しに来た? わざわざ父親の報告に来たわけではあるまい」
「もちろんだ。オレは、魔神にチカラを貸してほしくてここへ来た」
「ほぅ、我のチカラをか?」
「そうだ。今のオレにはとある結界がかけられているんだ。悔しいが、オレの想造力だけじゃあどうにもならない。だから、魔神の想造力を借りて何とか突破したいんだ」
「……結界か。ふむ、少し診てやろう」
魔神が手をかざすと、アレスの足下に魔方陣が現れた。
魔方陣はゆっくりとアレスの頭まで上がると、同じように足下へと戻り、そして消えた。
「なるほど。たしかに結界が張られているな。大元はその首から下げている物か?」
「そうだ」
「……」
魔神は物思いに耽るように巨木を見上げた。葉が生い茂っており空は見えない。それでも魔神は遠くを見ているような気がした。
「……チカラを貸すという話。受けてやってもいい」
「本当か!」
「ただし!」
魔神は指を突きつける。
やはり、魔の者からチカラを得るということは容易ではないらしい。
「一つ、質問に答えてもらう。我が納得できる答えを示すことができれば協力してやろう」
「なんだ、そんなことか」
戦ってチカラを示せみたいなことになるかと思って身構えたが、そんなことではなかった。
魔神なんて大層な名前のわりには平和的だ。
「お前、魔神のチカラを手にし、何をするつもりだ?」
「何を、する?」
「強大なチカラというものは常に破滅と隣り合わせだ。ほとんどの者は身の丈に合わぬチカラを手にし、死んでいった。そんな危険を犯してまでチカラを得たい理由が知りたいのだ」
「チカラを得たい理由、か……」
アレスは自身に問いかけるように目を閉じる。
始めはファーネにかけられた結界から解放され、自由になるためだった。
そしてこの世界に来て、リムニと出会った。
リムニは姉であるアステリを大切に思うあまり、アステリの言いなりとなっていた。
外に出たい気持ちを押し殺し、自ら殻に閉じこもる姿にイラつくこともあったが、それでも夢を見続けようとすることには好感が持てる。
そして、アステリに挑みほとんど一方的にやられてしまった。
初めてビャコ支部から飛び出し、いろいろな者と戦うことになったが、それでも思うところがある。
(みんな、いろんな想いを持って戦っていた)
みんな何かを思って戦っていた。
それが戦う理由だったのだろうか。
(なら、オレにとっての戦う理由は?)
初めて外へ出たばかりのアレスにそんな大層な理由はない。
だが、それでも戦いたいと思う。勝ちたいと思う。
「……オレの、戦う理由。それは」
「それは?」
アレスは頭に浮かんだ様々な理由を打ち消すように手を振るった。
「気に入らない奴らを、ぶん殴りたい!」
「……ほぅ!」
「みんなごちゃごちゃ面倒なこと考えやがって、そんなのオレが知るか! オレは強くなりたいだけなんだ!」
短絡的と罵られるかもしれない。だが、これがアレスの言える全てだった。
「よく言った!」
ただ何も思いつかなかっただけのアレスの言葉に、魔神はとても喜んだ。
「戦いに高尚な理由などいらぬ。ただ我を通すためにチカラを振るう。気に入った!」
魔神は再び大きく笑うと、アレスに向かい手をかざした。
アレスの足下に魔方陣が現れ、強く輝き出す。
「こ、これが、魔神のチカラ!」
眩いばかりの熱い光アレスを包む。痛みは感じないが、何か大きなチカラが流れてくるのを感じる。
魔方陣の輝きが消えると、アレスは分かる範囲で自身を調べた。
「……何か、変わったのか?」
軽く腕を振り回すが特になんの変化も感じられない。
首に下がっているお守りもそのままだし、想造武具を出しても変化なし。
アレスが疑問に思っていると、深く座り直した魔神が大きく息を吐いていた。
「……我がチカラがお前の想造核に定着するまでには時間を要する。気長に待つことだな」
「マジかよ。すぐにでもチカラが必要だったのに」
「ククク、せいぜい我を楽しませることだなアレスよ」
「くそぅ、しょうがないな。このままでやってやる」
魔神のチカラを得ることには成功したが、予想とは違う結果となった。
けれども永夢の魔方陣が完成するまで時間もない。
これでアステリに対抗できるかは未知数だが、これで再挑戦するしかないようだ。
決意を込めて拳を突き上げるアレスを、ただじっとキッポが見ていた。




