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ハッピーエンドを求めて  作者: AiU
四章
42/50

チカラを追う者たち

 満天の星空が見える館の屋上、その中心に備えられたのは場違いのような天蓋つきのベッド。

 いくつものレースが飾り付けられ、薄いカーテンを閉じれば中を伺うこともできなくなる。使われている寝具もまるでこの世のものとは思えないような一級品のものばかりだ。

 天蓋やカーテンのせいで星空が見えないのは残念ではあるが、それでも高級な寝具たちのおかげでぐっすりと眠れることだろう。

 もちろん館の中にも豪華な部屋がいくつもあるので、わざわざ外で眠る必要はない。普通ならば。

 「……」

 そんな豪華絢爛なベッドを前にして、アステリは厳しい表情を浮かべて立っていた。

 純粋種の悪魔である彼女は、人々が眠りにつく今の時間が本領を発揮できる時間だ。

 いつもであれば彼女の統治するニフタ村へと赴き、見回りや()()に勤しんでいるはずであった。

 この辺りは他の人間より強い種族が多く存在している。ニフタ村を攻め込ませないため、アステリは目を光らせパワーバランスをとっていた。

 ヘタに均衡を崩してしまえば、すべてを巻き込む争い事に発展しかねない。

 それはどの種族も望んでいることではないのだ。

 ほとんどの種族はただ平和に暮らしていたいだけである。

 だが、そんな大切な役割を放り出してでも、アステリはここを動こうとしなかった。まるで、影を縫い付けられたかのように動く気配はない。

 「おや、ここにおいででしたか」

 不意に声をかけられ、アステリはわずかに振り向く。

 館の中から屋上へと出る扉から一人の若い男性が出てくるところだった。

 教会にいる神父が来ているような服を動きやすいように改造したような格好をしており、整った顔立ちになんとも胡散臭い笑顔を張りつけながらアステリへと近づいていく。

 「いくらアナタが悪魔の上位種におられる方でも、朝から晩まで魔力と想造力(イメージ)を消費し続ければ倒れてしまいますよ。どうかご自愛ください」

 「……ふん。心にも無いこと言うものじゃないわ。私のことなんかよりも、早く()()を完成させてほしいだけでしょう」

 上っ面だけの心配を一蹴するように睨み付けるが、男性は一切臆することはなかった。

 それどころか心外だと言わんばかりに首を横に振った。口元に笑みを残したまま。

 「ずいぶんと嫌われたものですね。私は本気でアナタ様の身を案じているのですよ。今ここで倒れられたら一年間の苦労が水の泡ですからね」

 「ご託はいらないわフーリオ。とっとと陣の調子を診なさい」

 「ええ、わかりました」

 言われるがままにフーリオと呼ばれた男はアステリの横へ立つと地面に手を置いた。目を閉じ、精神を集中させる。

 すると地面が淡く輝き出し、ベッドを中心とした場所に大きな魔方陣のようなものが浮かび上がった。

 その時、暗い夜の闇が具現化されたようなものが現れる。魔方陣から溢れる想造力(イメージ)に惹かれ、ティポスが集まってきた。

 ティポスたちは鋭い爪を構えて前を向いたまま動かないアステリへと飛びかかる。

 だが、その爪がアステリに触れることはなかった。

 控えていたメイドのマティが飛び出すと、手に持っていたフレイルを叩きつけた。

 鈍い打撃音を響かせながら、ティポスたちはそのまま空気溶けるように消えていく。

 「……ふむ。上出来ですね」

 後ろで起きている戦闘をまったく気にしないまま、陣の検査を終えたフーリオが立ち上がる。その表情からは結果に満足しているような雰囲気がうかがえる。

 「この溢れんばかりの想造力(イメージ)。これだけ満たされれば十分でしょう。あとは陣に想造力(イメージ)が定着するまで少し待ちましょう」

 「そう……。いよいよね……」

 アステリは大きく息を吐く。疲労を蓄積しているせいもあるが、このため息はそれだけではないようだ。

 期待と不安。そして少なからずの後悔と。

 そんな複雑な感情が入り交じっていた。

 「しかしまぁ、これだけの想造力(イメージ)をたった一年間で満たしてしまうなんて、さすがは純粋種の悪魔でございますね」

 「ふん。私にかかれば容易いものよ……」

 言葉とは裏腹にその語気は弱々しい。それは誰の目にも明らかな衰弱模様だ。

 「ええ、この『永夢の魔方陣』は本来ならばごく小範囲に限定された陣です。それでも複数人の想造力(イメージ)が必要となりますが。それをこれだけの超広範囲に及ぼすものにしたうえに、お一人で成し遂げるとは。驚愕ものですよ」

 「……それでも、一年間もかかってしまった」

 アステリは拳を握りしめる。爪が刺さり、血が滲んできても構う様子はない。

 「私があの時、気を抜いてしまったせいでリムニの夢魔のチカラを解放させてしまった」

 「魔力が定着する前にチカラを使いきってしまったばかりに魔力はスッカラカン。それどころか、急激にチカラを使ってしまったがゆえに命の危機に瀕してしまったと」

 あっけらかんと話すフーリオをアステリが睨み付ける。どれだけ衰弱しようとも威圧感は健在だ。

 だが、フーリオはまったく意に介さないで話を続ける。

 「ふふふ、誰にでも間違いがあります。過去は戻せませんが未来は変えられます。ようはこれからどうするかでしょう。それに、とても頑張っておられると思いますよ。アナタも、そしてあのリムニお嬢様も――――」

 芝居がかった仕草でフーリオは語り続けるが、その言葉は塞がれてしまう。

 「アナタごときが、リムニの名を軽々しく口にしないで」

 突如現れた深紅の槍。血塗られた道を暗示させられるような紅い槍がフーリオの首に添えられていた。

 その槍は殺気と共にアステリから向けられていた。

 「ティポスの活性化がお前の目的だったはずよ。それだけの部外者が私たち家族のことを語ることは許さないわ」

 重苦しい空気が辺りにのしかかる。

 槍を向けるリムニも笑みを絶やさないフーリオも、どちらも動かない。

 一触即発の雰囲気だが、それも唐突に終わることとなる。

 館を揺るがすほどの衝撃が突如響き渡った。

 何かが暴れているような音が断続的に聞こえてくる。

 「やれやれ、失言でしたね」

 フーリオは一歩後ろに退くと、槍の先から逃れた。

 「お詫びの代わりと言ってはなんですが、()()()の対処は私が致しましょう。アステリ様も他のメイドの方々もお休みになられたほうがいいでしょう。次の夜は物語が大きく動きそうだ」

 フーリオは返事を聞かないまま館へと入って行ってしまった。その軽い足取りに続くようにティポスたちが出現する。

 「……ふぅ」

 フーリオの姿が見えなくなると、アステリの体が揺れる。緊張の糸が切れると同時に疲労が溢れたのだろう。槍の想造武具(イメポン)も消えてしまった。

 その体をマティが支える。

 「アステリ様……」

 心配そうな顔でマティが見つめる。言いたいことは多々ありそうだが、それでも何も言わずに寄り添うだけであった。

 「大丈夫よマティ。そんな顔する必要はないわ」

 マティの手を押し退けるようにしてアステリは立ち上がった。

 気を抜かなければ一人で立つことくらいはできる。

 「ようやく望みが叶うんだから。あと少しなのよ。……例の物の様子はどう?」

 「……はい。ミティがしっかり管理をしております。このまま滞りなく事が運べばベストタイミングになるとのことです」

 「そう。それを聞いて安心したわ」

 アステリは少し微笑んで屋上の端にある小屋を見つめた。

 しかし、すぐに表情を引き締めると館に向かって歩きだした。

 「さて、アイツに言われた通りにするのは癪だけど、少し休みましょう。次の夜からはとても忙しくなるわ。アナタたちもしっかりと休みなさい」

 「アステリ様」

 館へ向かうアステリの足をマティが呼び止める。アステリは振り返らないまま足を止めた。

 「本当に、よろしいのですか?」

 マティ少し躊躇ったあと、それだけ言葉にした。これから起こることを考えれば聞かずにはいられないだろう。

 「……良いに決まっているでしょ。これがあの子の為になるのならどんな犠牲も(いと)わない。それに――――」

 アステリは少し寂しそうな微笑みをマティに向ける。

 「私は、悪魔なのよ。これからする事がどれだけ悪行と言われても、それを善しとしてみせるわ」

 強い決意と共に、アステリはこの道を決めたのだ。

 そのせいでどれだけ被害が出るのかはわからない。それでもアステリは止まらないだろう。

 他ならぬ、ただ一人の妹であるリムニのために。



 「うーん。ちょっと分かんないなぁ」

 「そうですか、ありがとうございました」

 「悪いねぇ、力になれなくて。ふわぁ、それじゃあ」

 人当たりの良い若い男性は、眠そうにあくびをしながら手を上げると行ってしまった。

 「これで四人目か……。なかなか見つからないなぁ」

 ため息を吐きながらマモルは手に持った写真を見た。

 そこには利発そうな男の子が一人で写っている。世界の守護翼の支部であるビャコ支部の門の前でしっかり気をつけをして立っていた。緊張しているのが見ているこちらにまで伝わってくる。

 「行方不明、とはい言うものの、転移先が分かっているなら別にここまで大事にしなくてもいいような気がするけど。ファーネさんの意図は読みづらいなぁ」

 あの日、喫茶店KUROを訪れたファーネから言われたのは新しい仕事についてだった。

 内容は行方不明になったビャコ支部の人間をひとり探してきてほしいということである。

 支部の人間ということだけあって、顔写真から簡単なプロフィールまできちんと揃っていた。

 マモルは渡された資料を読んでみる。

 「なになに、名前はアレス。年齢は10歳、まだまだ若いね。想造力(イメージ)は発現済みで想造武具(イメポン)は、不確定? そんなこともあるんだ。身長、体重、好きな物、嫌いな物、趣味、エトセトラエトセトラ」

 ずいぶんと踏み込んだ情報まで記載されているが、組織のプロフィール用紙というものはこういうものなのだろうか。

 マモル自身はバイトの面接すらしたことがないので履歴書すらちゃんと見たことがない。

 「よく分からないけど、人探しする身としては情報が多いほうが探しやすいかな」

 趣味嗜好の欄が不自然なくらい多い気がするが、実際は顔写真があればほとんど事足りるであろう。

 何もお見合いをしに行くわけではないのだ。

 「ファーネさんもずいぶんと心配しているみたいだったし、早く見つけてあげたいな」

 あそこまで弱っていたファーネを見るのは、マモルは初めてのことであった。

 いつもは凛々しくマモルたちと接してくれていたが、そのギャップにずいぶんと驚かされた。

 「ワケ有りなんだろうけど、なんとなく聞きそびれちゃったからな。まぁ、あんな状態の人に話なんて聞けやしないけどね」

 「マモルー」

 ぶつぶつと考え事をしていると、手分けしていたココロが走ってきた。艶のある白い髪とピンク色のリボンが揺れている。

 「ココロ、見つかったの?」

 「いえ、残念ながらまだですが。でも、村長さんがアレスの顔に見覚えがあるみたいで。せっかくだから二人で聞こうと思いまして」

 「おお、さすがココロだね。さっそく行ってみようか」

 「はい」

 マモルとココロは村長の元へと向かう。

 途中すれ違う人たちはなんだかフラフラしている人が多く、こちらが気をつけて歩かなければぶつかってしまいそうだった。

 「みんな眠そうに見えるね」

 「きっと働き者が多いんですね」

 呑気なことを言いながら歩いていると、他の家と比べて大きな家へと着いた。

 扉の横に椅子が置いてあり、老人がうつ向いて座っていた。

 「お待たせしました村長さん。お話をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 ココロが話し掛けるが、村長に反応はない。うつ向いたまま動かなかった。

 「……」

 「あの、村長さん!」

 「ほわっ!?」

 先ほどよりも大きな声で呼び掛けると、驚いたように村長がとび起きた。

 「だ、大丈夫ですか?」

 「あ、お、う、うむ。ようこそ旅のお方。ニフタ村へようこそ。ようこそおいでくださいました」

 「めちゃくちゃようこそ言いますね村長」

 村長はひとつ咳払いをすると改めてマモルたちを見た。

 「それで、お二方は何をしにニフタ村へ?」

 「はい、先ほども言いましたけど人を探しておりまして。こういう人なんですけど」

 ココロはそう言って例の写真を渡す。

 「ほぅ。たしかに見覚えがある少年ですな」

 「本当ですか?」

 ココロが念を押すように確認すると村長は大きくうなずいた。

 「うむ、よく覚えていますとも。見た目の幼さのわりにずいぶんと礼儀正しい少年でしたからな」

 「それで、どこへ向かったんですか?」

 ココロが聞くと、村長は少し渋い顔をして蓄えたひげをいじりだした。

 「その少年はこの地域に伝わるとある伝説を探しておるみたいでしたな」

 「伝説?」

 不思議そうに首をかしげるココロをよそに、村長の目が妖しく光った気がした。

 「魔神伝説」

 「ま、魔神?」

 「うむ、その少年は魔神を探しておるようでしたな」

 聞き慣れない言葉に戸惑うマモルたちだが、村長は妖しく笑うだけだった。


 悠久の時を平穏に過ごす我らが世界あり。

 万物は手を取り合い、無数の形の魂、生まれいずる。

 そこにあるは永遠の幸福なり。

 されど空に暗雲立ちこめ、黒き魂、生まれ落ちる。

 その者、魔神なり。

 悪逆無道の魔神、世界を手中におさめんとす。

 されど我らに希望の光あり。

 四人の勇士立ち、魔神を封印せし。

 小さき者、魔神の魂と共に眠らん。

 世界に再び光満たされん。

 願わくは、永久の光とならんことを。


 「早い話が、平和な世界に魔神って言うなんか悪いやつが現れて、四人の勇士が魔神を封印したってこと?」

 「そうですね。そういう解釈で十分だと思います」

 うっそうとした森を歩きながらマモルとココロは村長の話を思い出していた。

 結局、村の中にアレスはすでにいないようで、魔神伝説を追ってニフタ村を出たようだ。

 村の中でもすでに古い話になっており、知る者もずいぶん減ってしまったそうだ。

 戦いの歴史が忘れさられるということは、そんなことを、気にしなくていいほど平和が続いたということである。

 それは良いことなのか悪いことなのか。

 「魔神のことは同じ魔である悪魔に聞いた方がいいって言われたわけだけど、悪魔なんてその辺にいるものなんだね」

 村長自身も魔神伝説については聞いたことがある程度だったのでたいした情報は得られなかった。なので、ここは村を実質統治しているというアステリを訪ねるよう勧められた。

 アレスもどうやらアステリの元へ向かったそうだ。これで追い付ければいいのだが。

 「その辺にはいないでしょうけど。悪魔は基本的に魔界に住んでる種族の総称ですから。中には魔界を出て他の世界に進出する方もいるんだと思います」

 「そうなんだ」

 「一個体の潜在能力が高いので、気まぐれな方が多いんですよ。一度協力を仰ごうとザクス支部のカルディアたちが向かったんですけど……」

 「けど?」

 「危うく大戦争に発展してしまいそうになったらしくて……」

 「ああ……なんとなく目に浮かぶね……」

 カルディアも血の気の多い人である。軽い挑発でもすぐに沸点に達してしまうだろう。

 「ああでも、魔界から出た悪魔の方々は比較的話の通じやすい人たちなので」

 「比較的ね……」

 嬉々としてココロは話すが、マモルは少し不安であった。

 このまま何事もなくアレスを見つけることができればいいのだが。

 「それで、アレスはその魔神伝説を追っているんだよね?」

 「そうですね」

 「でもさ、そもそもなんでこの世界の魔神伝説の資料がビャコ支部にあったの?」

 魔神伝説の資料はビャコ支部の金庫内に保管されていた。

 何かいわくがありそうだ。

 「ここはファーネさんの故郷の世界なんですよ」

 「え、そうなの?」

 「はい。ファーネさんはこの世界で冒険者として暮らしていたところ、先代の支部長にスカウトされて世界の守護翼へ加入されたんです。光系統の精霊術に精通され、想造力(イメージ)を覚醒してからは陣術も扱えるようになったそうです」

 「さすが、支部長になれるだけの人なんだね」

 「それで、ここはそのファーネがいた世界なんで、この世界に残っている魔神伝説も知っていたということです」

 「なるほどね」

 出身者ということなら納得である。

 きっとファーネもこの世界で果てしない冒険をしてきたのだろう。

 「……ん?」

 何か重要なことを忘れているような気がしてマモルは考え込む。

 「どうしたんですかマモル?」

 「いや、この世界とファーネさんのことはだいたい分かったけど、じゃあなんでアレスは魔神伝説のことを知っていたのかなって。まさかアレスもこの世界の出身だったりする?」

 先ほど読んだアレスについての資料には、彼の出身地はビャコ支部ということになっていたはずだ。

 それはあり得ないと思いつつマモルは口にしたが、ココロは難しい顔をした。

 「うーん、当たらずとも遠からずと言ったところでしょう」

 「というと?」

 「それはアレスのご両親に関係するんです」

 「両親?」

 「はい、実はアレスは――――」

 ココロが説明しようと口を開いたが、その先の事を聞くのは後のこととなった。

 マモルたちの歩いている頭上、そこに生い茂っている木の枝がガサガサと揺れたのだ。

 目を凝らして見ると人影のようなものが見える。

 「マモル……!」

 「うん、気をつけてココロ」

 二人して身構える。

 だが、まだ想造武具(イメポン)は出さない。

 不用意な武装は相手に威圧感を与えてしまうからだ。いきなり襲い掛かられたらたまらないが、それでも二人はこの世界にとっての部外者なのだ。

 穏便にことが済むならそうしたい。

 枝のしなりが大きくなったタイミングで、人影はマモルたちの前に降りてきた。

 「よっと」

 果たして、人影の正体は少年だった。

 印象的な青い髪を揺らしながら降りてきた少年は、着地の衝撃を消すように片ひざを地面に着けるように着地した。ほとんど音の無い静かな着地だ。

 「まったく、自分で降りられなくなるなんてバカなやつだぜ」

 「にゃー」

 少年は胸元に抱いていた猫を地面に降ろす。

 「ほら、こっちはいいから行きな」

 猫は何度か少年を振り返りながら森の奥へと走っていった。

 「アレス、ですか?」

 猫が行ったタイミングで、ココロは少年に声をかけた。少年の背中がピクリと震える。

 「うわ、まさかココロか?」

 声で気がついたのか、アレスは驚いたように振り向いた。

 「まさかもう追っ手がくるとはな」

 ばつが悪そうにアレスは頭をかいている。

 (この子がアレスか……)

 資料で確認したことを思い出しながらマモルはアレスを見た。

 たしかにいろいろと特徴が一致している。だが、写真の人物よりも成長して見えた。たぶん小学生くらいだろうか。一挙一動が大きく、首にぶら下げているお守りのようなものが揺れていた。

 「アレス」

 ココロがアレスを呼ぶと前に出た。

 「ファーネさんが心配していますよ。ビャコ支部へ帰りましょう」

 ココロは手を差し出すが、アレスは鼻を鳴らして腕を組んだ。

 「ふん、やなこった。まさか追ってにココロを仕向けるなんて少し驚いたけど、それでもオレは帰らないぞ。魔神の力を手に入れて呪いを解くんだ」

 「呪いだなんて、それはファーネさんがアレスを心配して施したんですよ」

 「何言ってんだ。オレの許可もなくこんなことしやがって。思い出すだけでも腹立たしいぜ」

 ご機嫌斜めなままアレスは話し続ける。どうやらファーネとの間で何かあったようだ。

 しかし、ココロの説得も効果は薄い。このままでは平行線である。

 「まあまあ、ここは一旦落ち着いて話そうよ」

 間に入るようにマモルが話し掛ける。少しでも緩衝材になればと思って。

 「ん? 誰だあんた?」

 「やぁアレス、はじめまして。ボクはマモル。えーと、ココロの守り人ってことでビャコ支部に置いてもらっている身かな」

 あまりしゃっきりしない挨拶だが、マモルはそう自己紹介をした。

 「む、そうか。あんたがマモルか。なるほどなるほど……」

 微妙に自己紹介を失敗したと思っていたが、アレスはマモルに興味を示してた。

 目が鋭く光り、何かを吟味しているようだ。

 「おあつらえ向きだぜ」

 「は?」

 「よし、じゃあバトるぞマモル」

 「……え、なんで?」

 状況がまるで理解できず、マモルは聞き返すことしかできなかった。

 「なんでこの流れで戦うことになるの?」

 「ばかやろう、お互いのことを知るには拳を交えるのが一番手っ取り早いだろうが」

 「そうかな、話し合いでも十分だと思うけど」

 「十分どころか五分にも足りないぜ。力を持った人間がこうして対峙してるんだ。バトらなくちゃウソだぜ」

 アレスは握りしめた拳をマモルへと向ける。敵意とは違うがやる気満々のようだ。

 だが、そんなアレスとは反対にマモルはどうすれば戦いを回避できるか考えていた。

 (いや、ボクには戦う理由が一切無いよね)

 まさに、その通りである。

 「アレス、もう一度落ち着いて話し合おう。よし、とりあえず握手でもして友好を確かめ合おう――――」

 「しゃらくせー!」

 「うわっ!?」

 マモルの話しを無視したまま、アレスは飛び掛かってきた。

 走りながら想造力(イメージ)を集中させ、握った拳に纏わせる。

 そして、思い切りマモルに叩きつけた。

 マモルもとっさに右手に盾の想造武具(イメポン)を具現化させ、アレスの攻撃を受け止める。

 追撃を警戒して後ろに跳んだがアレスは感触を確かめるように両拳を合わせた。

 「へへっ、よく防いだな。さすが守り人になっただけのことはあるぜ」

 アレスは嬉しそうに笑う。どうやら戦いを楽しむタイプの人間らしい。

 「……ずいぶんと乱暴だね。いきなりこんなことするなんて」

 「お前がごちゃごちゃうるさいからだ」

 アレスは威嚇するように何度も拳同士を叩き合わせる。執拗に何度も何度も。

 「ん?」

 といったところでマモルは違和感を覚える。

 それは、アレスの想造武具(イメポン)がずっと想造力(イメージ)の光を纏ったままだったからだ。

 これまで出会ってきた想造武具(イメポン)使いは、形が造られるとすぐに具現化された。

 あのように光ったままなのは初めてだった。

 ボクシンググローブのように見えなくないが、どうにも不安定のように感じる。

 「あ、マモルお前、オレの想造武具(イメポン)を見てバカにしてやがるな!」

 マモルの視線に気づいたアレスが怒りだした。

 「え、いや、なんだかいままで見てきた想造武具(イメポン)とは違うなーとは思ったけど」

 「ほらみろ。やっぱりバカにしてる!」

 アレスは地団駄を踏んで不満を表す。

 「アレスは想造力(イメージ)を覚醒しきってはいないんです」

 そう説明したのはココロだった。ココロは申し訳なさそうに話す。

 「アレスにお願いされて想造力(イメージ)の覚醒をしたのですが、どうやら想像が足りず、不完全なままで終わってしまったみたいなんです。それに、きっとわたしも未熟な神の偶像(ギフト)だから……」

 「違う!」

 いまだ地団駄を踏んでいた勢いのままアレスは叫んだ。

 「これはオレの修行不足の結果だ。それを人のせいにするほどオレは落ちぶれてないぞ!」

 「アレス……」

 「だからオレはいろんなやつと戦って、早く真の覚醒をしなくちゃいけないんだ」

 「なんだ、そういうことだったんだね」

 だいたいの事情は理解した。

 きっと不完全な覚醒をさせてしまったココロに負い目を感じているのだろう。

 それをこんな片っ端からケンカを売るという方法でしか解決できないと思ってしまうのは不器用というか幼いというか。

 「じゃあやっぱり、ボクたちが戦う理由はないよアレス」

 「マモル……」

 「アレスは強くなるためにがんばっていたんだね。ボクも同じさ。だから、一緒にがんばろう」

 マモルはそう言って手を差し出した。

 「そっか、ありがとなマモル」

 アレスは微笑むと、改めて構えを取った。

 「じゃあ、仕切り直しだな。行くぞマモル」

 「……なんで? ここはお互いの誤解が解けて友情の握手をしてハッピーエンドって流れじゃないの?」

 「それこそ何言ってんだ。オレが強くなりたいって知ったんだろ? じゃあやっぱりバトるのが筋だろうが」

 「そうかな、本当にそうなのかな?」

 マモル自身は納得していないが、このままでは押しきられてしまいそうだ。

 アレスを連れ戻すだけだったのに、なぜこんなことになっているのかマモルには分からなかった。

 「よっしゃ、行くぞマモル!」

 アレスはいまだ光り続けるグローブを構え、マモルに飛び掛かってきた。

 「どうしてこうなるのかな!?」

 煮え切らないまま、向かって来るアレスを迎えるためにマモルは盾を構えた。

 「おらぁ!」

 叩きつけたアレスのグローブはマモルの盾に防がれる。鋭い一撃だが、強力というほどではない。

 「まだまだ行くぞ!」

 先ほどとは違って、追いかけるようにアレスは連続して殴り続ける。

 マモルが一歩下がればアレスも一歩追いかけ、足を止めればグローブを叩きこむ。

 まるでおいかけっこのような戦い方だ。

 「どうしたマモル、防いでばっかりじゃあ勝てないだろう!」

 「……」

 挑発するような物言いだが、マモルはそれに耳を貸さずにアレスの攻撃を受けていた。

 (威力は大したことない。速さもこれくらいなら対応できる。想造力(イメージ)が覚醒しきっていない状態ならこういうものなんだろうけど)

 直情的とも言えるようなデタラメな連続攻撃に見える攻撃。端から見れば難なく防いでいるように見えるだろう。

 (……っ! まただ!)

 だが、受けるマモルは絶妙な攻撃に驚いていた。

 (メチャクチャに見えて、確実に防御を崩そうとしてる)

 叩きつけるグローブの角度によって、少なからず盾が持っていかれそうになる。

 もちろん盾をすっ飛ばすほどの威力はないものの、このグローブに確かなチカラが乗っていれば確実に苦戦を強いられていた。

 高い戦闘技術を感じる。

 「くっ、人のことをジロジロ観察しやがって!」

 観られていることに気がついてアレスは苛立ち始める。

 「いや、すごいよアレス。ボク、防ぐのに精一杯だもん」

 「じゃあ、防ぎきれるってことじゃんか!」

 アレスは苛立ちをぶつけるようにグローブを振るい続ける。息を切らしつつもなお。

 マモルとしては、このままアレスが間髪いれずに戦い続ければ、いずれは限界がきておとなしくなるだろうと思っていた。

 「くそっ、くそっ、オレは、強くなって自由になるんだ。負けてたまるか!」

 「……はっ、そうでした!」

 二人の戦いを見ていたココロが何かに気がついたように声を上げた。

 「マモル、ダメです! これ以上アレスと戦ってはいけません!」

 「え、なんで!?」

 突然のココロの言葉にマモルは驚く。

 「はい、それはアレスが――――」

 「隙ありだぁ!」

 ココロの声に気をとられ一瞬だけ反応が遅れる。

 防ごうとした盾をずらされ、土手っ腹に隙ができてしまった。

 「くっ!」

 迫り来るグローブをなんとか空いていた左手で守ったが、このチャンスをアレスは見逃さなかった。

 「くらえー!」

 追撃に来るアレス。このままではマモルはタコ殴りである。

 「しかたない……! 反射衝撃(リフレクション)!」

 飛び込んできたアレスに向かい盾を突き出し想造力(イメージ)を解放した。

 完全に反射してしまわないように、衝撃波だけをアレスに浴びせた。

 「うわっ!?」

 まさかここから反撃されると思っていなかったのか、アレスは空中でモロにくらってしまい、後ろの木に叩きつけられた。

 「うぅ、くそ、いってー!」

 「ご、ごめんアレス。大丈夫かい?」

 悪態をつくアレスにマモルが駆け寄ろうと近づく。多少のダメージはあるだろうが大したことはなさそうだった。

 だがその時、アレスが首に下げていたお守りが光出した。

 「今度は何!?」

 マモルは光に驚いて顔を庇ったが、お守りを付けていたアレスはそれ以上に狼狽えていた。

 「ちょ、ちょっと待てって! オレはまだ戦え――――」

 だが、アレスの言葉は最後まで聞こえなかった。

 アレスのお守りから放たれた光は薄い膜の球体になってアレスを閉じ込める。

 膜の中でアレスは暴れていたが、やがて気を失うように眠りについてしまい、球体も高く飛び上がってどこかへ行ってしまった。

 「……」

 マモルはただあっけにとられて見ていることしかできなかった。

 「ああ、遅かったです……」

 申し訳なさそうにココロがマモルの横に立つ。

 「えっと、ココロ。アレスはいったい……」

 「今のはファーネさんが施したお守りによる効果なんです」

 「お守り……。あの首に下げていたやつ?」

 ココロはうなずく。

 そして、続くココロの言葉は先ほど聞きそびれた話しの続きであり、衝撃の事実だった。

 「そうです。ファーネさんが光の精霊術と陣術を組み合わせて造った、ご自身の息子を守るために施したおまじないなんです」

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