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ハッピーエンドを求めて  作者: AiU
四章
39/50

夜空の下で哭く悪魔

 「ハァ、今日も疲れたわね……」

 屋敷への帰路の途中でアステリはぼんやりと呟く。

 普段は出すことのない飛行用のコウモリ羽をパタパタと動かしているが、別に空高く舞い上がっているわけではない。地面から少し浮いている程度だ。

 この羽も使用するには魔力を消費するのだが、それでも自分の足で歩くよりはマシである。本来であれば空に輝く月の光をより近くで浴びる時に使っているものだ。

 「人間の世界っていうのもめんどくさいことばっかり……。面倒なことは全部壊しちゃえばいいのに……」

 本日は特に大きな事件も起きないまま一日が終わったが、それでも雑務は残っている。村長とともにチマチマした事務仕事していると目の前の書類の束を切り刻みたくなる。

 「村の経営も楽じゃないわね……。はぁ、早く帰ってリムニの笑顔を見て癒されたい……」

 肉体的というよりも精神的に疲れているアステリはフラフラしながら屋敷へと急ぐ。

 『アステリ・グースリー……』

 森の中から自分を呼ぶ声が聞こえてきて、アステリはその場にとどまった。反響するような声は老人のように低く唸っているおり、森の中というよりも森自体が声を出しているようだった。

 「この声は……」

 アステリは声の主に心当たりがあった。ニフタ村に来て、自分たちの拠点をどうするか悩んでいた時に協力を仰いだ魔物。

 「こんな時間に話しかけてくるなんて珍しいわねトレント」

 『オオオオォォ。夜でないとお主は捕まらないだろう』

 近くの木に顔が浮かび上がり口が開いた。口の中からは風が吹いているような音が聞こえてくる。木の表面の樹皮からはシワの深い年老いた人間を連想させられた。

 「中立のアナタが出向いてくるなんて何かあったのかしら?」

 『うむ。中立だからこそ、この森に住むすべての者たちに話しておることがある。長い話になる。まずは座りなさい』

 トレントがそう言うと地面から木の根が這い出てきた。

 「あら、ありがとう」

 アステリは素直にそこに座る。立ち話をさせようとしたらそのまま帰っていたかもしれない。

 『オオオオォォ……。オオオオォォ……!』

 「なんか、アナタから邪な気を感じるんだけど……」

 吠えるように猛りたつトレントを訝るようにアステリは見た。

 『気のせい……』

 「どうだか」

 『そして、ワシは木の精……』

 「いや、あんたは魔物に近いでしょうが」

 そもそもトレントは森でさ迷って死んだ人間の亡霊が木に乗り移って生まれた魔物だと謂われている。世界によって解釈は違うが、少なくともこのトレントは魔力で動いているのは間違いない。

 「つまらない話をするだけなら帰るわ」

 『待て。短期は損気。今のは場を和ませようとしたギャグである』

 「じゃあ、私が座ったときに興奮したのも?」

 『……』

 「切り刻んであげようかしら」

 普段の拳で殴るのではなく、魔力の爪を出現させる。目の前の木くらいなら一瞬でバラバラだ。

 『待て待て。血の気の多いやつじゃのう。ちゃんと話はあるから座っていなさい』

 「じゃあ早くしなさいな」

 この木にリムニは会わせられないと思いつつ、トレントの言葉に耳を傾ける。

 『この世界に不可思議な影が現れておる』

 「影?」

 影、光あるところに影がある、みたいな話なのだろうか。

 「影使いでも現れたの? 影を眷族として使うのは魔界(あっち)じゃあわりとメジャーな能力だけど。ああいうのはイキってるだけのザコが大概よ」

 自らの影というのは自身に一番近しい別存在なので使い勝手がいいのである。大方、ちょっと戦う力を得た低級悪魔がやんちゃしにでも来たのだろう。そういうのはだいたいその地の守護者に滅せられるのだ。

 『そうではない』

 アステリの考えを否定するように唸るトレント。どうやら違うようだ。

 『それは、影であって影ではない』

 「……なぞなぞをしたいなら他をあたってちょうだい」

 ただでさえ疲労感を覚えているのに、年寄りの世間話になんて付き合いきれない。

 『どうやら魔力とは違う力のようだ』

 「うん? それはどういう?」

 『ワシにも解らん。じゃが、精霊の力に近しいような力を感じる』

 「……精霊と妖精はあんまり好きじゃないのよね」

 超自然的な存在である精霊と妖精はとことんまで自分勝手な存在なのだ。興味があれば他の種族にどれだけ被害が出ようと突き進むし、逆に興味がなければ自身が滅びることさえも構わない。

 そして、何より意思の疎通が極めて困難なのである。仮にコンタクトを取ろうとするならば、専門家の助力が不可欠だ。

 ある意味ではヘタな悪魔よりも悪魔的である。

 『うむ。精霊の戯れならばただの自然災害で済む話じゃ。じゃが、どうやらそれとも違うようなのじゃ』

 「さらに違うの?」

 「もっと別の……これまで感じたことのない異質の力なのじゃ」

 「……よくわかんないわね」

 『左様。じゃから忠告に来たのじゃ。得たいの知れない力には気をつけよと』

 「別に平気よ。私は強いもの」

 『たしかにお主は純正の悪魔じゃ。そこらの魔物なぞより余程強い力を持っておる。使役している人間も相当な腕をしておるようじゃしな』

 「ふふん、そうでしょう」

 身内を褒められて悪い気はしない。

 『じゃが、未知の力に魅了される者もおる』

 「この私が、そんなよくわかんない力に溺れるとでも?」

 『用心はせよと言っておるのじゃ。お主は力任せに暴れる存在じゃが、それでもこの森のパワーバランスを取るのに必要な存在となった』

 「なによ、結局は自分たちのためじゃない」

 『ワシらトレントは森の平和が一番じゃ。あとはお主らで好きにやるといい』

 そう言って目の前の木から顔が消えた。トレントの意思は別の所へと飛んでいったようだ。

 「……影、ね」

 得たいの知れない存在が近づいているのは確かなようだ。トレントもあちこちに行っているようだし、ただ事ではないのだろう。

 「……帰るか」

 アステリは改めて羽を出現させると屋敷へ向かって羽ばたき出した。先ほどよりもスピードを上げて。


 「って言われたんだけど、どう思う?」

 「影、ですか……」

 屋敷へと戻ったアステリはさっそくマティに相談してみることにした。マティはお茶を準備しつつアステリの言った言葉を聞いていた。

 「影使いと言ってもいろいろな種類がいますから。アステリお嬢様のおっしゃったように影が意思を持ち、主の命に従う眷族として使役する者。影が実体を持つ剣や槍といった武器に変化させる者。影と影を繋いで移動手段として使う者」

 「そう。影とはその者の表裏(ひょうり)の裏を表すことが多いわね。生きているならこの呪縛からは逃れるできない。ならばそれを逆に利用してしまうということ。わりとよくある話よね」

 光に当たった時に写し出される影は昔から心の闇として扱われることがあった。負の感情の具現化だと言われれば、いかにも魔界の住人が好みそうな感じではある。

 「陰気な感じよね、影って。とくに人間はそういうの嫌いでしょ?」

 「そうですね。人間のほとんどは高潔でありたいと思う者ばかりですから。黒くてよくわからないものは忌避してしまいます」

 「まったくつまらないわ。清濁あわせ持っての世界なのに。もっと混沌を楽しまなきゃ」

 危険な物には近寄らないのは生き物の持つ生存本能である。理解が及ばない物は恐ろしい。恐怖心を乗り越えて関わろうとするのは、ただの強者か何かが外れてしまった者だけであろう。

 「余談ですが、お嬢様のお嫌いな妖精族には影が無いそうですよ。実際に見たことがないので真偽のほどは分かりませんですが」

 「ふん、あいつらはフワフワ能天気だから。負の感情なんか持ち合わせていないんでしょう」

 アステリはぶっきらぼうに吐き捨てるように言った。どうやら本当に妖精が嫌いなようだ。

 「ただ、わざわざトレントが忠告に来たくらいだから不審者がいるのは間違いないようね。マティ、とりあえずソイツの正体が判るまでは用心しておきなさい」

 「かしこまりました」

 「武装も許可するわ」

 「……そこまで致しますか?」

 主の不穏な気配を感じ取ってマティは聞き返した。武器を持っての家事がしづらいというのもあったが、アステリが警戒しているのは珍しいことであるのだ。

 「……何か、嫌な予感があるのよ。思い過ごしならそれでいいのだけどね」

 「かしこまりました。アフティとミティにも伝えておきます」

 「お願いね。じゃあ私はリムニの様子を見てくるわ」

 「はい、行ってらっしゃいませ」

 アステリは席を立つと、部屋を出てリムニの部屋へと歩き出した。

 薄暗い廊下には所々に明かりは灯っているが、普通の人間には不気味に感じるだろう。だが、悪魔であるアステリとリムニにはこれくらいがちょうどいいのだ。

 (そう、何もなければいいの……)

 歩きながらアステリは考える。館の中は静かで自身の足音しかしない。

 元々ここにはアステリとリムニと三人のメイドしか住んでいないが、今夜は特に静かに感じる。

 窓の外は無風で木々は揺れていないし、虫の声も聞こえてこない。こういう夜は月や星を眺めながら悪夢を肴にワインを飲むのが最高だが、残念ながらそんな気分にもなれない。

 (リムニもここまで成長した。あの子が一人前の夢魔となればわたしたちはどこでだって生きて行ける。それまでの辛抱なの)

 魔界で強すぎる魔力に充てられしまっていたリムニを連れて人間界に来て早数年。夢魔としての力の安定化が進み、もう少しでリムニは自由になれる。

 (あと少しでリムニの『夢』が叶う。せめてそれまでは……)

 そうこう考えているうちにリムニの部屋までたどり着いた。

 この時間なら夢の世界へ精神を飛ばし、村の人間の夢を喰らっているはずだ。つまり、眠っているはずである。

 「さて……」

 アステリは軽く拳を握ると扉を三回叩いた。眠っているとは分かっているが、それでもノックは欠かせない。

 返事はないと思っていたが、しばらくしてかすかに扉が開いた。

 「ああ、アステリお嬢様でしたか。こんばんは」

 扉の隙間から顔を出したのはリムニの専属メイドであるミティだった。

 三人のメイドの末っ子であるミティは、リムニに特に好かれており、いつからかリムニ専属になっていた。同じ妹同士でシンパシーを感じたのかもしれない。

 「こんばんはミティ。でも、今夜はアナタお休みでしょう。どうしてリムニの部屋に?」

 三人のメイドはいつも交代で夜の時間を過ごしている。

 悪魔であるアステリとリムニは夜が主な活動時間だ。その世話をするには夜も起きていなければならないが、それでもアステリは三人が人間であることを考慮して、夜は一人でいいと言った。

 そのため明るいうちにほとんどの仕事を片付けてしまい、夜はなるべくアステリとリムニに付きっきりになれるようにしているのだ。

 先ほどマティが起きていたので、本来ならば今の時間アフティとミティは休んでいるはずだった。

 「いえ、実はリムニ様の様子が少し気になりまして」

 ばつの悪そうにミティは視線を泳がす。

 「リムニがどうかしたの?」

 「なんだか、少し不安がっているようなんです」

 「不安……」

 ミティはほとんどずっとリムニと行動を共にしている。まあ、そうするようにアステリが命令しているのだが。

 そのミティがそう言うのだから、きっと気のせいではないのだろう。

 (影の話もあるし、リムニも何か感じているのかもしれないわね)

 リムニも悪魔の一員だ。普通の人間では感じられない事に気づくこともできる。館にとじ込もっている分ささいな変化にも気づきやすいのかもしれない。

 「あの、アステリお嬢様?」

 「ああ、大丈夫。聞いているわ」

 少し考え込んでしまっていたようだ。気になることは多いが、今は何よりリムニのことだ。

 「だいたい分かったわ。とりあえず、リムニには私が付いているからアナタは休みなさい」

 「え、でも……」

 主の命に反論しようとするミティ。凶悪な悪魔であればこれだけで殺されかねない。

 マティやアフティがこの場にいればすぐさまお説教されているだろう。

 それだけリムニのことを心配しているわけなのだが。

 「アナタも体力の限界でしょう? 日中リムニの相手と家事をこなしているんだからね。明日も同じだけがんばってもらわないといけないんだから、ここは大人しく命令に従いなさい」

 「か、かしこまりましたお嬢様。何かあればすぐさま起こしてくださいね」

 「分かっているわ。おやすみなさい」

 「はい、失礼致します」 

 アステリに促されミティは部屋を出ていく。廊下を歩く後ろ姿が少しふらついているように見えるので、わりと本気で限界が近かったのかもしれない。

 「さて」

 改めて静かになったところで、アステリはリムニの部屋へと入っていった。

 リムニ部屋は相変わらずいろいろな物があった。本やら玩具やらが綺麗に整頓されている。

 リムニに自身が片付けたのかは定かではないが、まあ、メイドたちが片付けているのだろう。

 そして、広い部屋にふさわしいくらいに大きなベッドの中にリムニはいた。

 天蓋付きのベッドは少女が一人で眠るには大きすぎるような気がするが、それでもリムニは穏やかな寝顔をしていた。

 アステリはそっとベッドに腰かけるとリムニの寝顔を覗きこんだ。

 「がんばりなさいリムニ。アナタならやれるわ」

 今ごろリムニは夢の世界を飛び回っているはずだ。

 夢魔は夢を喰らって成長する。それはどの夢魔にも共通する存在理由と言ってもいいほどの重要なことだ。

 食べれば食べるほど夢魔の格は上がるが、それでも一度に取り込める量には限度がある。そして、リムニはその許容量がとても小さい。いわば少食なのだ。

 それに加え、リムニは自身の魔力に体が対応しきれていなかった。純粋な夢魔であるリムニはとても大きな力を持っているが、リムニは少食ゆえに成長が追いついていないのだ。

 (人間が見る夢は程よく欲望が入っている。魔界の強すぎる連中と違って、ここでならリムニも緩やかに成長できた)

 魔界から出たのは正解だった。一度成熟してしまえば、後はどうとでもなる。リムニは自由になれる。

 アステリはそっと空いていたリムニの手を握った。小さい手だが、しっかりと熱を持っている。

 すると、その手が握り返してきた。

 「リムニ、戻ってきていたの?」

 「おねえちゃん……」

 アステリはベッドに入ったままのリムニを視る。魔力が上がっているのを感じられ、しっかりと夢を食べてきたことが分かった。

 「……うん、着実に強くなっているようね。ちゃんと夢魔の役目を果たせて偉いわリムニ」

 「うん……」

 アステリは優しい言葉で褒めるが、リムニの表情は晴れない。

 「……どうかしたのリムニ?」

 明らかに元気のない様子にアステリが訊ねると、リムニは少し怯えた目を向けてきた。

 「なんかね、黒いモヤモヤがいたの」

 「モヤモヤ?」

 人間の見る夢は時として理解不能な時がある。そういうのは悪夢となるのだが、形の定まらないものもある。

 (モヤモヤ……。煙とか陽炎とか、影とか……?)

 気になるキーワードがアステリの頭を(よぎ)る。

 「そのモヤモヤに何かされたの?」

 そのモヤモヤが巷を騒がす影と同じであるなら、現実世界だけでなく夢世界にまで来てしまう存在ということだ。そして、ソイツがリムニに危害を加えようものならアステリが黙っていない。

 大切な妹を怯えさせただけでも万死に値するするが、アステリひとまずリムニの話を聞こうとした。

 「ううん」

 だが、リムニはゆるゆると首を横に振った。

 「ただ、じっと見てただけ。少ししたら消えちゃった」

 「あら、そうなの」

 少し肩すかし気味である。

 「なんかちょっとヤな気分になったから一回帰って来ちゃった。もうちょっとがんばってくる」

 「そう、じゃあ今度は私も一緒に行くわ」

 リムニの護衛目的でアステリはそう提案したが、リムニの目が輝いた。

 「……いいの?」

 「ええ、久しぶりに一緒に行きましょう」

 「えへへ、うれしいな」

 アステリはリムニのベッドに入り込むと両手を握って向かい合った。

 「おねえちゃんとお出かけだね」

 「夢世界でだけどね。早くアナタの夢が叶うようにがんばりましょう」

 「うん」

 そう言ってリムニが目を閉じたのを確認するとアステリも同じように目を閉じる。

 精神を夢世界へと飛ばし、夢を食べる。

 結局、リムニの言う黒いモヤモヤは見つからなかったが、それでもアステリとリムニは一緒にいられて満足そうだ。

 (リムニとずっと一緒にいられたらそれだけでいい。リムニが私にとってのすべてだから……)

 はしゃぐ妹を見つめながら、姉はそれだけを想うのだった。


 翌日、アステリはさっそく調査を開始した。

 といっても、ニフタ村の人々に話を聞くことが主だが。

 日が沈みかけた夕方に村長を訪ねて話を聞いてみると、村人の幾人から話は持ち上がっているようだった。

 『黒くて小さい動物を見た』だとか『見かけない格好をした者と話した』だとか。こんな噂話程度の報告が来ているらしい。

 真偽のほどはともかく、一般人にも発見されるものなら自分が見つけるのも容易であるとアステリは考えた。

 だが、現実はそううまくいかない。とりあえず目撃場所をいくつか回って何か痕跡がないか調べてみるがこれといって成果はなかった。

 「影も影使いも見つからないわね」

 目撃場所の一つである街道へと来てみたが、ここも空振りのようだ。

 魔力も感知することもないし、戦闘があったようにも見えない。見た感じは何も起こっていないのと同じである。

 「でも、これだけ噂になっているわけだし、何もないなんてことはないと思うんだけど……」

 今のところ襲われたなどの被害は報告されていない。だが、被害が出てからでは遅いのだ。

 何事も予防できるならその方がいい。被害も最小限に抑えたいわけである。

 しかし、何もないなら調査のしようもない。

 「影も形もないってことね……。ここに居てもしょうがないし、いったん帰って――――」

 アステリが諦めて帰ろうとしたその時、視界の端で動くモノが見えた。夜の闇の中でもはっきり見ることができるソレは、世界から切り取られたかのように佇んでいる。

 影とも闇とも違うソレは、黄色い目をじっとアステリに向けていた。

 「――――見つけた」

 探し回った成果があったことにアステリは少し安堵する。

 まじまじと視てもよく解らないソレからは魔力どころか生気も感じない。意識があるのかも微妙なところだ。

 「お前、何者なの? 何の目的でここにいるの?」

 見つめ合ってても埒が開かないのでアステリは話しかけてみることにした。

 コミュニケーションが取れるなら楽ではあるのだが果たしてどうか。

 「あっ!」

 しかし願いとは裏腹に、影は森の奥へと走って行ってしまった。

 「逃がさない!」

 アステリはすぐに後を追いかける。邪魔な枝を払いながら進むと少し拓けた場所へと出た。

 「待っていたぜ、クソガキ……!」

 だが、そこに居たのは以外な人物だった。

 片手に斧を持ち、無精髭を生やした大男。

 「お前は……だれ?」

 「うぉい!」

 大男はズッコケた。斧を持ったままリアクションするのはとても危険に思う。

 「テメェ、あんだけ人をコケにしておいてなんて態度だ」

 「……ああ、思い出した。ちょっと前に村に来たかわいそうな山賊じゃない」

 数日前にニフタ村を襲い、アステリに返り討ちにされた山賊、その(かしら)だった。

 「まさか、あの黒い影はお前の仕業なの?」

 魔力どころか脅威すら感じさせないこの山賊が元凶だとは想像もできない結末だ。

 「クックックッ、さぁどうだろうなぁ」

 山賊の頭は不敵に笑う。底知れない雰囲気が不気味に感じられるが、所詮は人間ということもあり、アステリは身構えることすらしない。

 「泣いて詫びるまで許してやらねぇぞ。いくぞオラァ!」

 山賊の頭は斧を振りかぶり走ってきた。

 相変わらず隙の大きい動作だ。以前と同じように片手で受け止めようとアステリは手を伸ばす。

 「……ッ!?」

 だが、その瞬間に妙な悪寒を感じて横に跳んだ。完全な直感による回避行動である。草むらに転がり態勢を立て直す。

 たかが普通の人間の攻撃に全力回避を取ってしまったのはいささか恥ずべき行為だが、すぐにそれが正しいことが証明される。

 アステリの立っていた場所の後ろにあった木が触れてもいないのに割れたのだ。あのまま素手で受け止めようとしていたら、あの木と同じになっていたかもしれない。

 「へっ、よく避けたじゃねぇか」

 山賊の頭は空振りした斧を肩に担いで振り返る。

 「……それは」

 肩に乗せた斧を見てアステリは疑問に思う。先ほどまでと形が変わっていたのだ。

 刃の部分が大きくなっており、先端に槍の穂先のような物が付いていた。特にその穂先の物に不思議な力を感じるようだ。

 「ハーッハッハッ! ザマァねぇなクソガキ! 俺様の力にさぞかし怯えているんだろうよ!」

 山賊の頭は勝ち誇るかのように斧を向ける。その持ち手の手の甲に赤い宝石が埋め込まれいるのが見えた。

 「この力はよ、想造力(イメージ)って力よ。『あのお方』から頂いたこの力でテメェに俺様の強さを分からせてやるよ!」

 山賊の頭は高笑いしながら斧を振り回してアステリへと襲い掛かる。

 一撃一撃が恐ろしいほどの破壊力を秘めており、アステリが避けるたびに木々がなぎ倒されていく。

 「これは……あとでトレントに怒られるかもしれないわね」

 「あ?」

 「こっちの話よ」

 アステリは木から木へと飛び移り、華麗に斧を回避していく。

 そして、注意深く観察していた。

 「逃げるので精一杯だなぁ!」

 斧を振るうたびに手の甲にある赤い宝石が輝いているようだ。

 (試してみようかしらね)

 山賊の頭が斧を振り上げた瞬間を見計らって、アステリは懐に飛び込んだ。ついでに鼻っぱしらに拳を叩き込む。

 「ぐぼぅっ!?」

 山賊の頭はのけ反り、反射的に顔を守ろうと腕で顔を覆った。赤い宝石が晒される。

 「あら、わざわざありがとう」

 「へっ?」

 山賊の頭が腕の間から見たのは、笑顔で手を振りかぶるアステリの姿だった。その手には魔力で精製された爪が伸びていた。

 「喰らいなさい!」

 アステリの爪が振り下ろされ、山賊の頭を切り裂く。裂傷からは血が吹き出し、赤い宝石も砕け散った。

 「グオオオオッ!?」

 山賊の頭は悲鳴を上げながら後ろに倒れた。持っていた斧も消えていく。

 「いくらパワーがあっても隙だらけなのよオジサン。私を分からせるなんて百年早いわ」

 長い髪を払うようにしてアステリは吐き捨てた。

 「さて、倒したはいいけど……どうしようかしら」

 情報を聞き出そうにも山賊の頭は気絶してしまっているだろう。

 「たぶん『あのお方』ってのが黒幕なんだろうし、グズグズしてられないわ」

 とりあえず、殴ってでも山賊の頭には起きて情報を提供してもらわなければならない。そう思ってアステリは山賊の頭へと近づいていく。

 「……クックックッ」

 だが、そこで山賊の頭から声が聞こえてきてアステリは足を止めた。

 「呆れた。さっきのを喰らってまだ意識があるなんて」

 ため息を吐きつつも無駄に手をくだす必要ななくなって安堵する。

 「起きているなら話が早いわ。教えてもらうわよ。お前の言う『想造力(イメージ)』という力と、そして『あのお方』ってやつの事を」

 「クックックッ、別に、教えてやっても、いいけどよ……。お前、こんなとこで油売ってていいのかねぇ……」

 さすがにダメージが深いのか、山賊の頭は途切れ途切れに言う。

 「どういう意味かしら」

 「なぜ俺が一人で、お前と戦ったと思う?」

 「人徳がないからでしょ」

 「うるせぇよ!」

 むせるように山賊の頭はツッコミをいれる。

 「何が言いたいの?」

 「さぁてな。俺様の手下たちは……どこへ……向かった……のかねぇ……」

 それだけ言って、山賊の頭は気を失ってしまった。

 「……」

 山賊の頭を見下ろしながらアステリは考える。

 「コイツの目的は私への仕返し。なら、私の次に標的となるのは……!」

 ハッとしてアステリは魔力の羽を出して一直線で飛び出した。

 「リムニ……!」

 向かう先は自分の家である屋敷。そこまで全速力で駆け抜ける。


 屋敷の外見は悲惨なものだった。

 庭にあった花壇は踏み荒らされ、窓はいくつも割られており、玄関のドアも立て付けが壊され開け放たれていた。

 大勢の人が攻め込み、石を投げたりドアを蹴破っていったのだろう。突然現れた乱暴者たちに中にいた者たちはさぞ驚いたことが想像できる。

 「やってくれたわね、山賊ごときが……」

 荒らされている自宅を空から見下ろしながら、アステリは込み上げる怒りを抑えることに必死だった。

 火の手が上がっていないのは救いであるが、それでもここまで荒らされた屋敷を見ては冷静でなんていられない。

 「……違う、屋敷なんてまた直さばいい。重要なのはリムニのこと」

 屋敷の中からは争っている音が聞こえてくる。マティたちが山賊の進攻を防いでくれているのだろう。そのひとつがリムニのいる部屋からも聞こえてきていた。

 ならば、アステリの取る行動はひとつしかない。

 「……せーのっ!」

 アステリは羽に魔力を込めると、一直線にリムニの部屋の窓へと突っ込んだ。

 壊れた窓の破片を散らかしながら部屋へとなだれ込む。

 「おねえちゃん!」

 リムニの歓喜の声が聞こえてきてアステリは少し安堵する。

 リムニはベッドの上で枕を抱えていた。

 「リムニ、無事ね!」

 「うん! みんなが守ってくれてるから!」

 見回すとこの部屋でもミティが二人の山賊と戦っていた。部屋の隅にはもう一人山賊が気絶していたので、ミティは一人で三人の山賊と戦っていたようだ。

 「おねえちゃんお願い、ミティを!」

 「分かってるわ!」

 アステリはすぐに飛び出す。

 ミティはトンファーを使って山賊の攻撃を防いでいたが、いくらかダメージを負っているのか、苦しげな表情で耐えていた。

 「喰らいなさい山賊が!」

 魔力を込めた爪で山賊二人を切り裂く。山賊たちはそれぞれ壁に叩きつけられた。

 「アステリお嬢様!?」

 突然現れたアステリにミティは驚きを隠せないようだった。

 「ミティも無事ね」

 安心させるように微笑んでみせるが、ミティは山賊たちを指差す。

 「お嬢様! 額の宝石を壊してください! じゃないとコイツら止まりません!」

 「なに?」

 振り返ると、まさに山賊たちは立ち上がろうとしているところであった。

 「しゃらくさいわね!」

 すぐさま山賊に近づき、その額についた紫色の宝石に拳を叩きつけた。宝石にヒビが入り、そして砕け散る。

 「ガアアアァァ……!」

 断末魔のような声を上げて、ようやく山賊たちは静かになった。

 「まるでゾンビね……」

 トドメをささなければいつまでも戦い続けていたのだろうか。

 「ふぅ、ありがとうございました、アステリお嬢様」

 気が抜けたようにミティが尻もちをついた。他の二人のメイドと違って実戦経験が少ないままでよく耐えたものだ。

 「よく耐えてくれたわミティ。リムニも無事のようだし、花丸をあげるわ」

 「えへへ」

 アステリが微笑んだのを見て、ミティは頬を赤らめる。

 「えへへ、じゃないですよミティ」

 「いてっ!?」

 照れていたミティの頭を、部屋へ入ってきたマティが容赦なく小突く。

 「あああらマティお姉さまにアフティお姉さま、ご無事で何よりです」

 「主に助けられる従者がありますか。まだまだしごき……修行が足りないようね」

 「ひいぃ、勘弁してくださぁい!?」

 絶望した表情のミティの後ろでアフティが腕を組んでうなずいていた。

 「大事ないようねマティ」

 「はい、奇襲だったうえに妙な力を使われてしまい手間取ってしまいました。申し訳ございません」

 「別にいいわ。リムニが無事だったんだし」

 ここにきて、アステリはようやく気を抜いた。

 影の究明のためにニフタ村で情報収集。その情報をもとに各地の調査。山賊の頭との戦闘。

 夜の間にずいぶんと駆け回っていた。山賊たちとの戦闘も余裕ではあったが疲労は溜まっていた。

 だから、部屋の中に突如現れたいくつかの爆弾に気づくことに遅れてしまった。

 「……!!」

 本当に何の予兆もなく爆弾は現れた。まるで最初からそこにあったかと錯覚してしまいそうなくらい、さりげなく出現したのだ。

 アステリが全力で動けば全ての爆弾を無理やり窓の外へ投げ捨てることができたかもしれない。常識はずれな動きでみんなを助けることができただろう。

 しかし、気を抜いた時にはもう遅い。部屋は爆風にのまれ、灼熱が辺りを包み込んだ。




 今回の騒動の一部始終をずっと見ている人物がいた。

 黒いローブを纏い、目元まで隠しているこの人物は、爆発の起きたリムニの部屋の外にある木の枝から様子を伺っていた。

 「さて、準備はいろいろかかってしまいましたが、これで純粋な悪魔の想造核(イメージ・コア)が手に入りますね」

 若い男の声で呟くこの青年は、部屋から煙が晴れるのを待っていた。

 モクモクと立ち上る黒煙は星が輝く夜空へと消えていく。

 「そろそろですかね……ん?」

 煙が少なくなって、ようやく部屋の中の様子が見えてきた。

 だが、中の様子は青年が思っていたものとは外れる。

 純粋種の悪魔が重傷、他は瀕死。それが青年の思い描いていたものだ。

 しかし、実際は違っていた。

 部屋の惨状は予想通りだが、倒れているのはベッドの上にいる者一人だけだった。他の者は煙で汚れてはいるが、完全に無傷だ。

 悪魔をはじめ、メイドたちも傷ひとつない。あの爆撃を受けてこの結果はまるで奇跡のようだ。

 動ける者はベッドで倒れている夢魔に駆け寄って涙ながらに介抱している。

 「これは……なるほど……」

 この光景を見て青年は何か考えているようだ。

 「この物語、まだまだ楽しめそうですね」

 青年の近くに影――――ティポスが現れる。

 ティポスは黒い孔となって青年を包み込んだ。ティポスによる『世界渡り』というものだ。

 青年もティポスも消えてしまい、あとに残ったのは、夜空に響く妹を呼ぶ姉の声だけであった。

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