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ハッピーエンドを求めて  作者: AiU
三章 後編
33/50

君を呼ぶ

 人はいったい、人生でどれだけの本を読むのだろうか。

 知識を得るために、そして保存するために作られた本というものは、ほとんど世界に存在している。むしろ本の無い世界なんて存在しているのか、というほどだ。

 たどり着いた記録を忘れないための備忘録のように、後の人々に残しておけるように、想いを込められ作られていく。

 そして、本には記録や知識だけでなく物語を記す者が現れる。

 実際にあった物語であるドキュメントを。空想から生まれたフィクションを。

 膨大なジャンルと共に人々を楽しませてきた。

 その中からお気に入りを、人生の道しるべを見つける人もいるだろう。

 だが、その膨大な書物の中からたった一冊の本を探すということはどれだけ難しいことだろうか。

 友人に薦められた本を。旅先で何気なく手に取った本を。幼い頃に読み聞かせてもらった本を。

 一切の検索機の無い図書館に放り込まれて、ここに必ずその本があると言われて、見つけることは果たして可能であるのか。

 望めば望むほど奥へと進んでいき、やがて出口さえも見失ってしまう。

 途中で諦めて引き返すことなんて不可能だ。大切な記憶であればなおさらである。

 他の全てを無くしても、途中にあった別の幸せを見落としてしまっても。

 しかし、それでも孤独は寂しい。

 かつては温かさを知っていればより辛いと思ってしまう。

 そもそも、なぜこんな辛い思いをして本を探しているのだろうか。

 初めは失った大切なものから目を反らすために。

 次は訪れる孤独感から逃げるために。

 そして、失った大切なものをもう一度求めるために。

 手放すことのできない思い出は生きることの目標となった。

 さらに、その過程で新しい大切なものができた。

 その人は優しく、温かく、かつて失ったものをまた与えてくれた。

 とても嬉しかった。きっと、この人といればあの物語の最後を知れると思った。

 だが、それも失ってしまった。

 端から見ればとても小さな事だったかもしれない。

 引かれる手の温もりよりも、伸ばした手の冷たさに気を取られてしまう。

 遠ざかる大切な人のいる場所は、かつてと同じように深い悲しみを感じさせてしまった。

 二回目の絶望は耐えられなかった。

 しかし、ふと思う。もしかしたら、大切な思い出を忘れかけてしまった罰なのかもしれない。道しるべだった目標を裏切り、別の幸せで満足しようとしたからではないのだろうか。

 それはまるで、どれだけ幸せな思いをしても悲しみからは逃れられないと言われているようだった。

 だからもう一度探すことにした。

 わき目を振らず、真っ直ぐに目標に向かえばあの温もりにもう一度出会えると信じて。

 近づいてくるものを全て遠ざければ、きっともう大切なものを見失うことはないだろうから。




 要所ごとに照らしてくれている松明の光を目印に、冷たい石造りの廊下を進んでいく。外から見れば立派な城も、中に入れば全体的に薄暗く不気味な印象である。城の中央には吹き抜けがあり、外からの光を取り込んでくれているが、それでも扉を一つくぐれば暗くなってしまう。

 「着いた。ここが最上階の一番奥の部屋で間違いないはず」

 そんな陰鬱な雰囲気の城の階段を登りきったところでココロは一息ついた。

 休息するため壁に背中を預け、ポシェットから携帯食料のブロック食を取り出してかじりつく。

 「なんとかここまで来れました。この先にミステルがいるはずです」

 確信を持ってココロは言うが、ここに来るのはもちろん始めてのことである。

 似たような城なら違う世界で訪れたことはあるが、あくまで似ているだけで違う城である。

 ならば、なぜココロは知っているのか。

 「『お月さまにいってみたい』にでてきたお月見城もこんなに立派な建物だったんでしょうかね」

 壁に手を触れてその感触を確かめる。冷たい石の感触しかしないが、それでも物語の舞台と言われたら違った印象をうける。

 「外の世界は『いちばんあまいもの』の舞台ですし、あのぬいぐるみたちは『おともだちさがして』に出てくるキャラクターでしたね」

 来たことはなくても読んだことはある。どれもココロがミステルに読んであげた本のことばかりだ。

 「ミステル……、あなたは本が本当に好きなんですね」

 読んであげた本がこうして出てくるということは、それだけミステルの心の中に残っているということであろう。

 「たくさん読みましたからね。ミステルの中に少しでも印象に残ってくれているなら読んだかいがありました」

 ミステルの想造武具(イメポン)である本は、彼女の読んだ本の内容が記録されているのだろう。

 そして、ファーネたちを閉じ込めたのは、本を閉じる能力の一つと思われる。

 不思議な能力だが、彼女らしい能力かもしれない。

 独りぼっちになって、本の世界にとじ込もってしまったミステルのようだ。

 「あなたの想造力(イメージ)はとてもステキな能力です。だから、ここにとじ込もっていないで、いろんな世界を知ればもっとステキになるはずです」

 ここはミステルの心象風景のようなものだろう。彼女がもっと多くの世界を知り、多く本を読めばこの世界はもっと良くなるはずだ。

 「……そろそろ行きますか」

 包み紙をポシェットにしまい、扉と向かい合う。

 この扉の向こうにいるミステルがどんな状態なのかはわからない。最悪、戦うことになるだろう。

 ここに来るまでに戦ったぬいぐるみたちにははっきりとティポスの気配を感じていた。どのぬいぐるみもココロが進むのを妨害しているようだった。

 それはきっと、ミステルが与えている役割なのだろう。

 ミステルはもう誰にも会いたくないのかもしれない。失う悲しみを知る彼女にとって、もう一度希望を与えることは酷なことだろうか。

 「確かにまた辛い思いをするかもしれません。それでも――――!」

 ココロは扉に手をかけると、強く押しこんだ。重たい扉であったが、鈍い音を立てながらゆっくりと開いていく。

 開いた扉の隙間からするりとなかへと入るココロ。

 中はかなり広い空間となっていた。

 壁には火か灯り、高い天井からは太陽でも月でもない不思議な光が室内を照らしていた。眩しすぎない優しい光はなぜか少し寂しさも感じさせられる。

 その不思議な光に照らされて、部屋の中央に一匹のドラゴンが鎮座していた。静かに眠るようにうずくまっている。

 全体的に火を想像させる赤い体。大きな翼や頭には短いが角も生やしている。腕は細いが手には鋭い爪が付いており、足がとても太い。そして、長い長い尻尾がグルグルととぐろを巻いていた。

 「がおたん……」

 ココロが呟くようにそのドラゴンの名を呼んだ。

 そう、ココロはこのドラゴンの名を知っている。ミステルが四六時中手離さなかったトカゲのような姿をしたぬいぐるみ。両親を失ってから最初に願った彼女のお気に入り。

 最初からティポスだったのか、それともティポスが彼女のお気に入りに変化したのかは定かではないが、それでもミステルと長い間一緒だったことは事実であろう。

 きっと、ミステルの孤独の感情に惹かれて無意識取り込んでしまったティポスである。どういうわけか、もうほとんどティポスの気配はしないが、れっきとしたティポスだ。

 『……』

 がおたんは入ってきたココロに気がつくとゆっくりと顔をあげた。その体の元はぬいぐるみのはずなので、綿に近い性質であるとは思うが、いかんせん大きいので迫力がある。

 ココロはとっさに指揮棒のような簡易杖を出して身構えたが、がおたんはすぐに襲いかかってくるようなことはしなかった。

 「……戦う意思はないんですか?」

 『……』

 がおたんは何も言わない。

 かわりにゆっくりと顔を動かして自身の尻尾を見た。

 「あ、ミステル」

 とぐろを巻いた尻尾の中央。そこにベッドが置いてあり、そこでミステルは眠っていた。

 「ミステル、今、行きます!」

 ミステルのもとへ駆け出そうとするココロだったが、がおたんが腕を伸ばしてその道を阻んだ。

 攻撃されたと思ったが、がおたんはあくまでミステルに近づくことを邪魔しただけだった。

 「……ここから呼びかけるしかないみたいですね」

 下手に近づけばおとなしいがおたんが暴れ出してしまうかもしれない。

 ココロは息を吸うと、眠っているミステルに届くように大きな声をあげた。

 「ミステル! 起きてくださいミステル!」

 もしかしたら、大声にがおたんが反応してしまうかと思ったが、がおたんは動かなかった。静かに成り行きを見守っているように見える。

 「迎えにきましたよミステル!」

 「……ん」

 もう一度呼びかけるとミステルに反応があった。

 重そうなまぶたを手でこするようにしながら体を起こすと、虚ろな瞳をココロに向ける。

 「……だれ?」

 「よかった……。ミステル、迎えにきましたよ。一緒に帰りましょう」

 「……」

 起き上がったミステルに安堵して手を伸ばすココロ。

 だが、ミステルは動こうとしなかった。

 虚ろな瞳は宙をさまよい、ココロのことを見ていないようだ。

 「―――――きゃ」

 「え?」

 「さがさなきゃいけないの」

 ミステルの口から独り言のような言葉が聞こえてくる。そして、感じるのは焦りと悲しみ。

 「ママがよんでくれたおはなしを。パパがよんでくれたおはなしを。さがさなきゃ、いけないの……」

 「ミステル……」

 ミステルが本を探していることは彼女自身から聞いていた。悲しみに捕らわれている今、その願いを拠り所にしているようだ。

 「わかりました。一緒に探しましょうミステル。だから、今は手を!」

 ココロは再度手を伸ばす。がおたんに阻まれている以上、ココロにはこうすることしかできない。

 「じゃま……しないで!」

 ミステルが叫ぶとがおたんが動いた。

 通せんぼしていた腕をココロに向けて振るってきた。

 「くっ、防御結界!」

 想造力(イメージ)を集中させて、透明な障壁を具現化させる。

 とっさのことで弾き飛ばされてしまったが間一髪無傷でやり過ごせたようだ。

 これだけの巨体が繰り出す攻撃なので肝が冷えたが、やはり元がぬいぐるみのせいか、少しクッション性を感じられた。

 これが本物ドラゴンであったら今の一薙ぎでバラバラにされていたかもしれない。

 「わたしは、ママとパパにあうの……! あのおはなしをみつけることができたら、きっとあえるの……!」

 ミステルの側にティポスが現れる。

 黒い顔に貼り付いた目が、じっとミステルを見上げていた。

 ミステルとティポスが見つめ合う。

 「ダメです! ミステル!」

 ココロが叫んで止めようとするが、ティポスは赤い宝石に変化するとミステルの額に貼り付いた。ミステルが黒い霧を纏い出す。

 「ア、アアア……!」

 「ミステル!」

 ミステルは自分の小さな体を抱きしめるようにして震えている。ティポスの強い力が、彼女の想造核(イメージコア)を蝕んでいるのだ。

 このままではミステルがティポスに侵蝕されてしまう。

 「ミステル! 今助けに――――!」

 ミステルのもとへ走り出したココロだが、巨大な影が覆っていることに気がついて全力で跳んだ。

 ココロのいた場所にがおたんが降ってきた。その衝撃で城全体が揺れる。

 「くっ、どいてくださいがおたん! このままではミステルが!」

 『ガオオオオオオ!!』

 がおたんは暴れるようにココロを追いかける。

 先ほどまでぬいぐるみのように見えた体も硬くなっているように感じた。見える部分の爪や角もティポスの力に染まって黒くなっているようだ。床や壁を傷つけながら迫る姿は恐ろしくもあるが、自身をも傷ついている。

 「……想造力(イメージ)!」

 ココロが手をかざすと陣が広がり(ぎょく)が浮かび上がる。

 「ごめんなさい……!」

 謝りながら玉を操り、追いかけてくるがおたんに向けて何度もぶつけていく。

 ミステルに取りついたティポスの力はがおたんにも強い影響をもたらしているようだった。

 早くミステルを解放しなければがおたんもどうなってしまうかわからない。ならば多少無理をしてでもおとなしくなってもらわなければならない。

 「痛いと思いますけど、おとなしくなるまで我慢してください!」

 回避を優先しながら攻撃をしているので効果は薄いかもしれない。それでも何度も玉を当て続けているとがおたんはよろけるようになる。

 足を狙って転ばしたり、壁にぶつかるように誘導して少しずつダメージを蓄積させていく。

 ココロの想造武具(イメポン)である玉はそこまで高い攻撃力を持っているわけではないが、操作性次第では十分に戦闘することができる。

 「やれる……! 私ひとりでも戦えるんです!」

 飛びかかってきたがおたんを大きく跳んで避けたところでココロは確かな実感を得た。

 他の神の偶像(ギフト)と違い、ほとんどの能力で劣っているココロにはどうしても劣等感が付いて回っている。力が弱いのに重要人物として扱われ、自分だけ能力の高い守り人を宛がわれていたことが申し訳ないと思っていた。

 そして、自分の弱さのせいで大事な仲間を二人も犠牲にしてしまっている。これ以上誰かの犠牲の上に生きて行くのは耐え難かった。

 「シュピラーレ!」

 高速回転した玉が、バランスを崩したがおたんの頭を捉える。起き上がろうとしたところを再び床に叩きつけた。

 「ハァ……ハァ……」

 倒れたまま動かないがおたんを見ながらココロは息を整える。壊れた壁や床を見る限りにおいて、がおたん自身の重さもかなりのものとなっているだろう。ぬいぐるみのように綿が詰まっているだけでは、あのようにはなるまい。

 こちらが攻撃を受ければかなりのダメージを被ることになるだろうが、逆に言えば攻撃を外した時の反動も大きいはずだ。

 攻撃を外すたびにがおたんはダメージを負っていることだろう。

 「今ので、終わりましたか?」

 そうあって欲しいと思う願望と共に見ていると、倒れたがおたんによじ登っている影が見えた。

 「ミステル、何を……?」

 ミステルは虚ろな瞳のままがおたんの首に後ろから手を回すように抱きしめる。その手が少し光ったように見えた。

 『が、ガオオオオオオ!!』

 「な!?」

 次の瞬間、まるで全回復したと言わんばかりにがおたんの咆哮が轟いた。

 その凄まじい声は近くにいる生き物を萎縮させる本物のドラゴンのようであった。

 「ミステルが直接想造力(イメージ)を与えたことで、さらに強くなったんですか!?」

 がおたんからはとても強い想造力(イメージ)を感じとれる。先ほどまでとは気迫が違うようだ。

 力強いがおたんの視線がココロを貫く。

 「来ますか!」

 『ガオオオオオオ!!』

 ミステルを背負ったままのがおたんが動く。その巨体からは想像もできない軽快さでココロへ向かって突っ込んできた。

 なんとかギリギリのところで避けるが、そのスピードとパワーに戦慄してしまう。

 「これは、マトモに当たってしまったらおしまいですね……」

 破壊された壁の残骸がその衝撃を物語っている。直撃すればココロもこの瓦礫と同じようになってしまう。

 「ぜったいに避けないと……!」

 がおたんは壁にめり込んだ顔を引っこ抜くと、また走ってきた。攻撃が単調なだけ救いがあるが、それでも一度のミスで取り返しがつかない状況は精神的にも負担が大きい。

 それでもココロはひらりと身をかわす。闘牛士さながらの身のこなしである。

 すれ違いざまに隙を見て玉をぶつけようと手を振るおうとした瞬間、目の前に迫る尻尾に気がついた。

 頭を避けることはできたが、尻尾には注意をしていなかったのだ。

 「くっ、防御結界!」

 反射的に限界まで想造力(イメージ)を集中させて、防御に専念する。ココロができる最大の守りである。これほどの防御結界ならばトラックの正面衝突にも無傷で耐えられるだろう。

 しかし、この一撃はそんなものでは済まなかった。

 迫りくる尻尾はココロの結界を破り、そのまま突き飛ばした。

 結界の透明な破片にまみれながら壁に叩きつけられる。

 「あうっ!?」

 結界の効果で威力を和らげることはできたが、それでも衝撃で呻いてしまう。

 背中の方を見ると、今の衝撃で壁に穴ができてしまっている。何度かがおたんが突っ込んだため脆くなっていたのだろうが大した威力だ。

 「起き、ないと……!」

 追撃に備えてココロは体を起こそうとする。打った背中に痛みを感じるが、動けないほどではない。十分に再起可能だ。

 なんとか体を起こしたココロであったが、次の瞬間さらに絶望することになる。

 がおたんはすぐに突っ込んでくることはなかったが、その場で大きく息を吸い込んでいた。あまりの勢いで風が渦巻いているようだ。がおたんの体が膨らんでいく。

 「ま、まさか……」

 イヤな予感に汗が頬をつたっていった。

 かつての守り人であるジルエットがドラゴンに関して言っていたことがある。

 あらゆる竜種が自ら宿した属性を攻撃に転用する場合、特に簡易的な方法がある。簡単な話だ。体内の特別な器官に蓄えた属性を吐き出せばいい。

 がおたんの口の近くが熱気を帯びたことで陽炎のように歪んで見える。

 「……っ! 想造力(イメージ)!」

 先ほどと同じように攻撃に備えて想造力(イメージ)を集中させていく。どれほどの威力なのかはわからないが、どんな攻撃にも耐えられるように結界を張る。

 全方位に透明の障壁が展開されたところで、がおたんの口が大きく開いた。

 『ガオオオオオオ!!』

 赤く光る口の奥から吐き出されたのは、灼熱の炎だった。燃え盛る炎にココロは包まれる。

 「くっ、熱い……!」

 結界内の温度が上がっていき、蒸し焼きにされているようだ。

 「熱いだけじゃない……。このブレス、勢いが強い……!」

 突風のような勢いもココロを苦しめていた。体重の軽いココロでは、踏ん張りが利かないのである。ジリジリと後ろにさがっていく。

 部屋の端まで追いやられているので、これ以上押されてしまえば部屋の外へと追い出されてしまう。

 「なんとか耐えたい……でも……!」

 体全体が焼けるような感覚と、突風に押される衝撃に体力が奪われていく。

 そして、目の前の結界にヒビが入った。少しでもヒビが入ってしまえば、そこからクモの巣のように広がっていく。

 ここぞとばかりにがおたんは炎の勢いを強める。

 「きゃっ!?」

 最後の一吹きによって、とうとうココロはその勢いに負けて吹き飛ばされてしまった。

 床から離れてしまった体はそのまま部屋の外へ追い出されてしまい、城の吹き抜け部分まで運ばれる。

 吹き飛ばされながらもココロはがおたんにしがみついているミステルを見た。

 暴れるがおたんから振り落とされないようにきつく目を閉じて耐えているが、その目から涙が出ているように見えた。

 (ごめんなさい……ミステル……)

 力及ばずゆっくりと宙を行くココロはただ謝ることしかできなかった。このまま何もできず、吹き抜けから一階まで落とされれば一溜りもないだろう。

 (大切な仲間を犠牲にしつつも、なんとか生きてきた私でしたから、せめてあなただけでも救ってあげたかった……)

 ジルエットを犠牲にし、マモルを犠牲にし、そして今回はミステルさえも犠牲にしてしまう。

 神の偶像(ギフト)という重い使命を背負いながら、犠牲ばかりを増やし、目の前の女の子すら救うこともできない。

 (やっぱり、私一人では何も救えない……。本当に私は無力です……)

 視界が滲む。

 かつてジルエットが消える際にあまり泣くなと言われたこともあり、遠ざかるマモルへ手を伸ばした時にも涙は流さなかったのに。

 ――――。

 後悔で心が埋め尽くされたココロ。その中から最後に想いが出てきた。

 (せめて最後に、マモルに謝りたかったな……)

 ―――――ロ―。

 もはやどうすることもできない想いを抱えたまま、ココロは静かに目を閉じる。このまま閉じてしまえば全て終わると感じて。

 ―――コ―ロ―。

 (ああ……聞こえるはずのないマモルの声まで聞こえてきました……)

 ありもしない声を感じ、こんなときにさえ誰かにすがってしまう自分に自嘲してしまう。

 「マモル……」

 それでも浮かび上がった想いは止めることができず、小さく呟くように漏れてしまった。

 もう、届くはずなんて――――

 「ココローーーー!!」

 「っ!?」

 はっきりと聞こえた気がして、失いかけた意識を呼び覚ます。求めているものがそんな都合良く現れるはずもない。

 (それでも……それでも……!)

 どこにも届かないかもしれない。でも、もしも奇跡が起きるなら。悲しく戦い続けるミステルを助けてくれるなら。夢でも奇跡でもかまわない。ココロは心を込めて叫んだ。

 「マモルーーーー!!」

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