ワンダーワールド
道にはビスケットが敷き詰められている。川にはチョコレートが流れ、遠くにはキャラメルが積み重なり雄大な山となっていた。
空を仰げばアメ玉の雨が降り、夜になれば金平糖が夜空に輝くだろう。
わたあめの雲がふんわり浮かび、陽の光に照らされてグミのオブジェクトがキラキラと輝いていた。
吹く風からは優しい甘さを感じられ、いつまでもここに居たくなる。
辺り一面お菓子の世界。
メルヘンチックなこの世界観は、まるで子どもの夢をそのまま具現化させたような世界だった。
おとぎ話を聞いた子どもは、夜にこんな世界を夢の中で訪れるのだろうか。
それはきっと幸せな夢なのかもしれない。
こんな幸せ夢のような世界に登場するキャラクターも、きっとメルヘンでファンタジーな面々であろう。
「ビスケットよりもせんべいとかスルメイカみたいな物のほうが酒が進むと思わねぇか?」
「こんな世界でもアンタはソレばっかりだね……。逆に尊敬するよ……」
悪態をつくヴノの隣でミラノがうんざりした表情をしていた。
連続で弓を射ち続けてさすがに疲れが出てきているのだろう。この世界にきてどれだけの敵を射ぬいてきただろうか。
地上にはモコモコのクマやライオンなどの獰猛な動物のぬいぐるみ。空にはフワフワしたコウモリやトリのような飛べるぬいぐるみが襲いかかってきた。
どの敵もパステルカラーの見た目鮮やかなモンスターであったし、見た目通りと言えば失礼かもしれないが、大して強くはなかった。
空を飛ぶぬいぐるみはミラノからすれば良い的であり、ゆっくりと動くぬいぐるみたちはヴノからすれば斬りごたえのある案山子である。
戦闘経験の豊富な二人にとっては肩慣らしくらいにしかならない。
「しかしまぁ……」
ミラノは襲いかかるコウモリを一本の矢で三体連続で射ち抜く。射たれたコウモリはそのまま空気に融けるように消えていった。まるでティポスのように。
「いったいどれだけいるんだい……」
消えた場所を補うようにすぐに新しいコウモリが飛んで来た。あざ笑うように威嚇するように空中を旋回しながらこちらを狙い続けている。
「射っても射ってもキリがないよ」
ため息混じりに話す声には軽い疲れを感じられた。
いくら弓名人のミラノでもこれだけの矢を射るのは辛いものがあるのだろうか。
「あら、こっちに咲いてる花は花びらがチョコレートみたいですよ。はい、どうぞ」
「わぁ、ありがとうファーネおばちゃん」
「うふふ。いいんですよ。せっかくこんな不思議な世界に来てしまったんですもの。少しくらいは良い思い出を作らないといけませんからね」
ミラノの背後から朗らかな会話が聞こえてくる。
戦場というほど緊迫している場所ではないが、さすがに気が抜ける笑い声に、さすがにミラノは振り返った。
「あのさ、もう少し静かに守られてくれないかい? さすがに気が散っちまうよ」
「あら、それはごめんなさいねミラノ。あ、こっちを向いてくださいアレグレ。口もとにチョコレートがついていますよ」
「ぶぶぶ」
取り出したハンカチでアレグレの口を拭うファーネ。その表情はとても嬉しそうだ。
「まったく、アンタならこの辺の奴らくらいなら一掃できるだろうに」
「はい、綺麗になりましたよ」
「聞きなよ」
緊張感のないやり取りにミラノはため息を吐く。
真面目に戦っている最中に後ろでピクニックをやられると気が散ってしょうがない。
「心配しなくても大丈夫ですよ。ミラノとヴノがいてくれれば安心ですし」
「よく言うよ」
「それに、ヘタに私が大きな想造力を使ったら、この世界にどれ程の影響が出てしまうかも分かりません」
「それは、そうかもしれないけどさ」
それこそファーネが本気で想造力を解放すれば、世界そのものを壊してしまいかねない。
限定的な小さな世界であると考えたファーネは、世界に刺激を与えないように静観することに決めたようだ。
「それにほら、アレグレを見ている者も必要ですからね」
「そうそう」
自分の名前が呼ばれたことで、アレグレは調子良くファーネに同意した。
「調子の良い子だねアンタは。今回の騒ぎの元はアンタだって自覚してるのかい?」
「そんなこと言われてもなぁ。オレはただミステルと遊びたかっただけなんだけど……」
ペロペロキャンディー片手にアレグレは頭をかく。
「まさかこんな事になるなんて思わないじゃん」
「そうですよねぇ。分かるわけないですよねぇ」
ファーネがとても良い笑顔でアレグレの頭を撫でている。
「このショタコンが……」
「何か言ったかしら?」
「いいや、なんにも」
ボソッと呟いたミラノの言葉にもしっかりと反応するファーネ。
支部長の名は伊達ではないようだ。
「先ほども言いましたが、ここは二人が居ますし、今ごろココロが他の支部に救援を要請してるはずです。今は救援を期待して待ちましょう」
「そう上手くいけばいいけどね」
「なあ、おい!」
ずっと暴れていたヴノが退いてきた。
延々と斧を振るっていたがさすがに疲れたようだ。
「いい加減疲れたぞ。いつまでこんな事させられるんだ俺は!」
「いやヴノ、その辺のくだりはもう終わったから」
「なんだと。俺も呼べよ!」
「楽しそうだったから邪魔しちゃ悪いと思ってね」
「そりゃよう、楽しかったけどよ……」
最近は資材運びのような下っ端作業ばかりであったヴノにとって、斧を存分に振るえる今の状況はストレス発散になっているようだ。
「いや、でもよ、さすがに数が多すぎてだな……」
「おっちゃんカッコいいな! 俺も大きくなったらおっちゃんみたいな強くてカッコいい男になりたい!」
「お、そうか! よく分かってるじゃねぇかボウズ! ならもっと俺様のイケてる姿を見せてやらねぇとな!」
アレグレにはやし立てやれてヴノは揚々と敵の元へ走っていった。
「ヴノのおっちゃんは良い人だねー」
「あなたは悪い子ですねぇ」
「えへへ」
「頭が痛くなるよ……」
悪そうな笑顔で笑い合う二人を見てミラノは頭をおさえた。
「まぁ、もう少し付き合ってやるか」
改めて弓を握り直し、ミラノはヴノの後を追った。
救援部隊が来るまでどれくらい掛かるか分からないが、いざとなればファーネが強力な結界を張ってくれるだろう。
ファーネの結界ならば、ここらの敵の攻撃なら歯牙にもかけないだろうし、結界を張っている間にミラノとヴノも休息をとればまた戦うことができる。
ミラノとヴノが戦っている間はファーネが休み、二人が疲れたらファーネが結界を張る。
この2パターンを繰り返していればかなりの長時間防衛が可能となるだろう。
少なくとも、救援部隊が来るまでは保てるとファーネは考えているようだ。
「よし、ココロが来るまでの辛抱だ」
ファーネは気合いを入れつつ戦線に復帰すると、ヴノの隣に立つ。
「来たか、ミラノ」
「どうしたんだいヴノ? あのぬいぐるみたちに突っ込んでいかないのかい?」
「そうしようと思っていたんだがな、なんか様子がおかしいぞ」
「え?」
言われて見ると、たしかに先ほどと様子が変わっていた。
空を飛んでいたコウモリは辺りの木や石に降りて羽を休めているし、クマたちも無闇に襲ってこないでいる。
動きを止めて何か様子を伺っているようだ。
「コイツら、どうしたんだろうね?」
「わかんねぇ。だが、なんか嫌な感じがするな」
そうしてお互いに睨み合っていると、ぬいぐるみたちの間を縫うように人影が歩いて来た。
軽装の旅人風の男性で歳は十代半ばくらいだろうか。外套を羽織り、その下には小さめのバッグや水筒のようなものを身につけている。大きな帽子やブーツも長いこと使いこまれていることが分かるくらいくたびれていたが、どことなく気品を感じさせられた。
端正な顔立ちをしており、優しい目をしているが、同時に強い意思に満ちていた。
「我が名はグレープ」
男性はミラノたちをそれぞれ見た後にそう名乗った。
「天空に実りし神聖な果実より生まれ、優しき義祖父母に育てられた。今は各地を巡り、悪事を働く鬼を討伐せんとする者なり」
張り上げる名乗りは力強く響く。
だが、その直後にグレープは首をかしげる。
「……いや、違うな。それはもう終わった話だ」
何やらブツブツと独り言を呟くと、改めて名乗り直す。
「我が名はグレープ。かつては鬼を討伐せんとしたが、鬼側と和平を結び、鬼の所業を正す旅に出た者。今は我が主の意思の下、この本の世界の番人が一人である。……うむ、これでいいな」
グレープは腕を組むと、自分の言った言葉を確かめるようにうなずいた。
「なんか、不思議な名乗りをする奴だな」
「そうだね。なんか、記憶をたどってるような感じがするね」
「それが、彼の設定なのでしょう」
「ファーネ」
ミラノが振り返ると、ファーネがアレグレと手をつないで近くまで来ていた。
「彼はグレープ王子。天空に住む神様がうっかり落としてしまった果実から生まれた男の子ですね」
「なんだい、知り合いなのかい?」
「いえ、初対面です。だけど、彼の登場するお話なら読んだことがあります」
「お話?」
「『グレープ王子の大冒険』。鬼退治をしながらやがて一つの国を治める男の子の話です。なかなか面白い話でしたので、戻ったら読んでみるといいですよ」
ファーネはそう言うと一歩前に出てグレープと対面する。
「グレープ王子」
「む、ご婦人。貴女はこの身が王子であると知っているのか?」
「ええ、いくつかのシリーズは読ませていただきました。過酷な旅路の中にもユーモアのあるお話には胸を打たれるものがありました。お目にかかれて光栄です」
ファーネは優雅に礼をする。まるでどこかの貴族のようだと思った。
「そう言われるとこそばゆいものがある。だが、我はまだ修行の身。畏まる必要はない」
「ありがとうございます」
ファーネは頭を上げる。
「グレープ王子、お尋ねしたいことがいくつかあります」
「許可しよう」
即答するグレープ。尊大な態度であるがあらゆる場所を旅したことからわりとフレンドリーなのかもしれない。
「貴方の言う主と言うのはミステルのことでよろしいでしょうか?」
「うむ、そうだ。我らはミステルの意思により役割を与えられた存在だ」
「なるほど……。やはりこれがミステルの想造力……」
納得するようにファーネはうなずいた。
「どういうことなんだい?」
「おそらく、ミステルはこれまで読んだことのある物語を想造武具である本に内包させているんです。そして、想造力を使って登場キャラクターを召還させている」
「そりゃまた、変わった能力だねぇ」
架空の物語のキャラクターを登場させて自らの味方を増やす能力。
様々な本を読んでいるミステルらしい能力とも言えるだろう。
「あの子、たくさん本読んでたからねぇ」
「しかし、本の中という限定的な空間ですが、まるまる世界を一つ作れるくらいのこの能力。とてもミステル一人の力とも思えません」
たくさんのお菓子の世界にファンシーなぬいぐるみ。さらにはグレープ王子まで出てきている。
覚醒したての想造力使いでは、せいぜい想造武具を具現化させ、少しばかりの能力を引き出すくらいが限界のはずだ。
それ以上の力を望むならば外的要因が必要である。
「ミステルはティポスの力を使ってるって言うつもりかい?」
「それ以外考えられません」
「でも、ビャコ支部の防衛装置は作動してなかったじゃないか」
世界の守護翼の各支部には、それぞれティポスに対する防衛措置が施されている。
どこからともなく現れるティポスに対してすぐに対応できるように、ティポスを感知するレーダーがビャコ支部にもちゃんと取り付けられていたはずだ。
「まさか、本拠地が狙われるはずないと思って機能が死んでたなんて言わないだろうね?」
「いえ、ティポスを感知するレーダーはちゃんと動いていました。定時チェックは怠りませんし、私も確認しています」
「なら、どうして今回は発動しなかったんだい?」
「おそらく、ミステルの想造力に覆われていたんだと思います。読んだ本の物語を大事に思う想いが、ティポスを包み隠していたのでしょう」
「ご名答」
グレープが手を叩いて称賛する。芝居がかっているような仕草に見えるが、素直に誉めているのだろう。
「なかなかに素晴らしい洞察力だ。貴女はなかなか切れ者のようだな」
「お誉めにあずかり光栄ですわ」
言葉は敬意を表しているが、ファーネは自らの想造武具である杖を具現化させる。
「ですが、相手がティポスと分かった以上、手をこまねいている場合ではありませんね」
「お、ようやく話が終わったか」
戦いの気配を感じ取ったヴノが顔を上げる。
「あなたにしては黙って聞いていましたね」
「聞いても分からねぇ話は聞き流すって決めてんだ」
ファーネが戦闘態勢に入ったことで、黙って酒を飲んでいたヴノが立ち上がった。
「話が長くて寝ちまうところだったぜ。戦るならとっととやろうや」
「そうだね。こうなってくるとミステルのことも心配だし」
ミラノも弓を構える。
ティポスが関わっているとなると、ミステルの身も危ない。
「そんなに焦る必要もあるまい」
グレープは敵意を向けられてもまったく動揺を見せない。外套の中に腕を隠したまま動く気配がない。
「我が主は安寧を望んでいる。主の願いは我らの願い。それは意識の弱い者たちも分かっているはずだ」
「ティポスの言うことは信用できません」
「それに賢明でもないな。強い力を使って刺激したくないと言ったのは貴女だ」
「……想造力をセーブして戦うこともできます」
「その童子を守りながらか?」
「むしろ、その方がやる気が出ます」
「へっ、無理すんなよファーネ」
ヴノが二人の話に割って入る。
不敵に笑み浮かべてグレープと対峙した。
「コイツの相手は俺がしてやる。お前らは先に行け」
「ふむ。貴方もなかなかの武を持っているようだ。だが、そう簡単にここを行かせるわけにもいくまい」
グレープが手を上げて合図を送ると、大量のぬいぐるみたちがファーネたちを取り囲んだ。その数は先ほどの比ではない。
グレープの後ろにもぬいぐるみたちが現れる。
そのままグレープも武器を取り出した。
刀身に複雑な切れ込みのある短剣だが、見た目より不思議な能力が秘められているかもしれない。
「あなた方の力は先ほど把握したつもりだ。その程度であれば無限の同胞と我が愛剣グレープニールで十分にことが足りる。この世界にいる限り我らを倒しきることはできぬぞ」
「マジかよ。インチキ野郎じゃねぇか」
悪態をつくヴノだが、グレープはまったく意にかえさない。
「それが戦いというものだ。敵のテリトリーで戦うこと。アウェイという状況こそがあなた方の敗因だ。不憫とは思うが、あなた方には永遠に我らと付き合ってもらうぞ!」
グレープが言い終えるとぬいぐるみたちが殺到し始める。これでは先に進むどころか耐えることすら厳しくなってきた。
ファーネたちも迎撃するために身構える。
だがその時、グレープの後ろにいた大量のぬいぐるみたちが吹き飛んでいった。
「なにごとだ!」
不測の事態にグレープが振り返る。
「たああああ!」
聞いたことのある声が聞こえたと思うと、飛んでいくぬいぐるみたちに紛れて3つの影がミラノたちの前に降り立った。
一人はフライパンを持った少女である。一人はメイスを構えた少年である。
どちらもミラノには見覚えのなかったが、もう一人の盾持ちの少年の姿を見た瞬間に驚きで弓を落としそうになってしまった。
「ま、マモルじゃないかい!?」
「えっと、久しぶりだね。ミラノさん、ヴノさん、ファーネさん」
「な、お前、マジかよ!?」
「まさか、本当に生きているなんて……」
ヴノとファーネも突然のことに驚きを隠せないようである。
突如現れたマモルは、少し照れたように頭をかく。
「いろいろと心配かけたかもしれないけど、こうして無事に帰ってきました。またよろしく――――って、わあっ!?」
たどたどしく説明しようとしていたマモルだったが、ヴノが肩に腕をまわして強引に引き寄せた。
「てめぇ、マモル! 心配かけさせやがって!」
「痛いし、お酒臭いよヴノさん」
「うるせぇ! 少し我慢しろバカ野郎!」
「あはははは」
ヴノとマモルも笑顔でじゃれあっている。
もう会えないと思っていただけに、喜びも一入であろう。
「ファーネさん」
「シオリさん、どうしてここに?」
フライパンを持ったシオリと呼ばれた少女がファーネへと駆け寄る。
「マモルが帰ってきたことを報告しにビャコ支部へと来たら、スタッフの人にココロたちが本の中に閉じ込められたって聞いて」
「そうですか。でも、危険かも分からない場所にいきなり飛び込むのは感心しませんね」
「う、ごめんなさい……。ココロのことを聞いた瞬間にマモルが飛び込んじゃって」
「ああ……」
なんだか目に浮かぶようだ。
ペリペティアの時でもそうだったが、マモルは何も考えていないような顔をしているが、わりと脊髄反射で突発的に動くことが多い。
「マモルも案外、熱血タイプだね」
「うぅ、すみません。周りにいる人間のせいなんです」
ということはアンタも関わっているんじゃないのかい、とはミラノは言えなかった。
だが、どうやらマモルはとても良い人たちに囲まれているのだと思う。
(これならココロも、もっと前向きにやっていけるかもしれないね)
世界の守護翼では他の神の偶像と比べられて窮屈な想いをしていたはずだ。かつての守り人であるジルエットを失ったことも、さらにココロを追い詰めていたことであろう。
そんな彼女が少しずつ明るさを取り戻したのはマモルたちのおかげだ。
それを嬉しく思う反面、成し遂げられなかった自分を少し残念に思うミラノであった。
「ん? ココロたち? ココロもここへ来てるのかい?」
ココロのことを考えたことでシオリの言葉にあった違和感に気がついた。
「そうなんです。今、ビャコ支部が大変なことになっているみたいなんですよ」
少し慌てた様子でシオリが話し始める。
転移の霧が晴れると見慣れない部屋に来たようだ。
用途の分からない物がたくさんあるが、どれも丁寧に棚に収められており、この部屋の主が物を大切にする人物であることが分かった。
「着いた、のか?」
「なんだか不思議な感覚ね」
リキヤとシオリがそれぞれ感想を言っている。
始めての転移ということもあって慣れない感覚に少し戸惑っているようだ。
周囲をキョロキョロと見回している。
「とりあえず、どこかしらには着いたみたいだけど……」
マモルも二人と同じように部屋を調べる。
よく見ると用途不明な物の中にも見覚えのあるものが見つかった。
折り畳まれたメイド服、リキヤのオススメしたエクササイズ用のリング、シオリが用意した調味料セット。
「たぶんここは、ココロの部屋なのかな」
部屋の様子からして間違いないようだ。
ココロの部屋と分かったとたん、あんまり物色するのはさすがにはばかられてしまう。
「そうだな。思い立ったらすぐに使えるところにリングがある。日頃から使っている証拠だ。感心感心」
「でも、肝心のココロがいない」
部屋の主は不在のようだった。
ミヅキに言われたように、マモルは転移するときにココロの身につけているものを想像したというのに。
「マモル、コレを見て」
シオリが何かを見つけたようで、机の上に置いてあったものを見せてくる。
「これは、ココロのリボンだね」
前にサトゥイでシオリに試着攻めにあっていたココロを解放させようとしてマモルが買ってあげた物だ。
大した値段ではないがココロが喜んでくれたことが思い出される。
「ここにリボンが置かれてるせいでここに来たみたいね」
「え、そうなの?」
「そうなのって、ピンク色のこのリボンを想いながら転移したんじゃないの?」
「え?」
「うん?」
二人の会話が噛み合わない。転移先を指定するためにココロの身につけているものを想像したはずであるが、マモルが想像したものはリボンではなかったようだ。
「マモル、いったい何を想像したの?」
「何って、ピンク色でココロが身につけているものと言えばピンク色のぱ――――」
「ぱ?」
「そう言えば、なんか部屋の外が騒がしいね」
マモルはシオリから目をそらしてドアの方へと向かっていった。
「あまりにも強引な話題そらし。私じゃなくてもバレバレよね」
「いやでも、なんか本当にバタバタしてるみたいだよ」
部屋から顔を出し外の様子を伺うと少し遠くの廊下をビャコ支部のスタッフらしき人たちが走り去って行くのが見えた。
「聞いた方が早そうだな」
「そうだね」
三人とも部屋から出て廊下を進んでいく。
廊下は広く、しっかりとした造りをしていそうだが、壁に絵が飾ってあったり、調度品があったりしないために少し殺風景な気がした。
見た目は洋館風だが、見慣れない機械や木や石の感触の違いで、少しちぐはぐのような印象をうける。
「ちょっとすみません。ココロどこですか?」
マモルは目の前を通りすぎようとしたスタッフを呼び止める。
スタッフは慌てた様子振り返ると、怪しい者を見るような目付きでマモルたちを見た。
「ココロ様だって! あなたたちはいったい何者ですか!?」
「えっと、ココロの友だちなんですけど……」
「ココロ様のご友人? そう言えばどこかの世界から帰還された際に仮登録のスタッフが増えたという話でしたけど、それがあなたたちですか?」
仮登録。正式ではないがお手伝いのような感じで活動に関われるということ。
マモルたちはファーネとそんな契約を結んでいたのである。
「そうです。その仮登録のメンバーです」
「そうでしたか。ココロ様は突然現れた本に閉じ込められたファーネ様たちを救出すべく、お一人で向かわれました」
「ええっ、大変じゃないですか!?」
到着したとたんなにやら事件が起こっているらしい。
スタッフはこんなことをしている場合じゃないと言わんばかりに走り走り去ろうとする。
「そうなんですよ。他の支部へ救援要請をしようとしているんですが、なぜか全てのライゼストーンが使えない上に通信機器も繋がらない状態なんです!」
助けを求めようにもどこにも繋がらない。つまり今、ビャコ支部は孤立した状態になっているようだ。
「とにかく、我々は通信機器の復旧作業をするので忙しいんです。あなたたちの相手はできませんので、そこでじっとしていてください!」
「あ、最後に一つ」
マモルは走り出したスタッフを再度呼び止める。
スタッフはとてもイヤそうな顔をしながら振り返る。
「その本ってどこにあるんですか?」
「ここの廊下の突き当たりにある扉の先の広場に置いてあります。本に吸い込まれる危険があるので柵で囲ってありますけど、あなたたちも近づかないようにしてください」
お礼を言う暇もなく今度こそスタッフは言ってしまった。
「じゃあ、僕たちも行こうか」
「おぅ、そうだな」
「ココロを助けなくちゃね」
話し合う必要もなく、三人は広場があるという扉へと走り出した。
「っていうことなんです」
シオリが話し終える。
どうやらファーネたちが本へ閉じ込められている間にビャコ支部自体が混乱しているようだ。
「ライゼストーンや通信機器の異常……。そんなことが偶発的に重なるなんてことがあるのかしら……?」
なにやら引っかかることがあるらしくファーネは考えこんでしまった。
「なんにせよ、ココロもここへ来てるってことは、きっとミステルのところへ行ったんだろうね」
「ミステル?」
「この本の世界の持ち主さ」
「そうですか。じゃあ、私たちはそっちへ向かいます。マモル、リキヤ」
言うや早いや、シオリはすぐにマモルたちの方へと振り返る。行動に迷いを感じられない。
男たちは何か話し合っているようだった。
リキヤと呼ばれた男の子が、しきりにヴノの体に触れている。何かを確かめるように。
「おい、マモル。コイツはなんなんだ?」
「ごめんねヴノさん。これはリキヤなりの挨拶みたいなものなんだ」
「挨拶っておい……。ええい、うっとうしい。離れやがれ!」
ヴノな腕を振るうとリキヤは一歩距離を取った。
「うーむ」
リキヤは腕を組んで唸っていると、不意に顔を上げて親指を立てた。
「ナイスキンニク!」
「……」
「この上質な上腕二頭筋。それを支える背筋から足腰に向けての締まり具合。どれをとっても一級だ。なかなかのキンニク使いと見たぜ」
笑顔で話すリキヤとは裏腹に、ヴノは顔をしかめる。
「おい、マモル。コイツ普通に気持ち悪いぞ」
「よかったねヴノさん。どうやらリキヤに気に入られたみたいだよ」
「嬉しくねぇ……」
「どうだいヴノさん。友好を深めるためにいっちょ俺と腕相撲でも――――ぐはっ!?」
小気味良い音と共にリキヤの頭にフライパンが炸裂し、リキヤは頭を押さえてうずくまった。
「遊んでる場合じゃないでしょうが。マモル、リキヤ、ココロはここにいないみたい。次に行くわよ」
「おっけーシオリ。もう一つ強い想造力を感じところがある。そっちへ行ってみよう」
「分かった。ほらリキヤ。ココロが私たちを待ってるわよ」
「おっと、そうだったな。行こうぜ!」
マモルたちは走り出そうとしたが、その先に短剣を持ったグレープが立ちふさがる。
「悪いが少年少女たちよ。我が主のもとへは行かせるわけにはいかない。ここにはお菓子も観客もいる。我がパーティーに付き合ってもらうぞ」
「どりゃゃゃゃ!」
「む!?」
ヴノが斧を振り下ろしてグレープへと襲いかかる。
「そのパーティーには俺たちが付き合ってやるぜ!」
「ならば、同胞たちよ!」
グレープが合図を送ると、ぬいぐるみたちが一斉に動き出した。
ティポスの力である黒いツメやキバなどをむき出しにしてマモルたちの行く手を阻む。
だが、マモルたちの後ろから矢と光弾が飛んできて、ぬいぐるみたちを蹴散らした。
「道は作ってあげるよ!」
「ココロのこと、お願いします!」
ミラノとファーネの援護により道は拓かれた。マモルたちはその道を突き進む。
「マモル!」
ミラノの声にマモルは足止めて振り返った。
「今度は、しくじるんじゃないよ!」
「うん、大丈夫!」
マモルは親指を立てて見せると走り出した。
「ふっ、無駄なことを」
「なんだとっ!?」
ヴノの斧を片手でいなしていたグレープがうっすらと微笑む。
「あそこには我が主の寵愛を受けた同胞がいる。あの少年少女たちも無事では済むまい」
「人の心配してないでテメェの心配しやがれ!」
ヴノが縦横に斧を振り回してグレープを引き付ける。グレープも応戦しているがお互いの力は拮抗しているように見えた。
「頼んだよ、マモル……」
ミラノはマモルたちを信じて、飛び回るぬいぐるみたちを射ち落とし続けるのだった。




