夜空に叫ぶ
「しばらくぶりだなマモル。ここ最近顔を見なかったから寂しかったぞ」
「うん。そうだね」
喫茶店『KURO』のマスターであり、シオリの父親であるおやっさんは久しぶりに店に来たマモルを歓迎した。
混み合うお昼時よりもだいぶ前という時間で、喫茶店内はそれほど人はいない。
「便りがないのは元気な証拠とは言うがな、それでも一切の連絡もないのはいただけないな。これでもお前の親から任されてる身ではあるからな」
「うん。そうだね」
「だが、若いやつは動き回ってないとな。それに、お前なら心配いらないと信じていたぞ」
「うん。そうだね」
「さて、せっかく来てくれからな。再会祝いを兼ねてコレでも食ってけ」
マモルの前にカレーが置かれる。
世にも珍しい祝いカレーだ。
おやっさんなりの歓迎の仕方なのかもしれないが、この人が普通の祝い方をするわけがない。
まずこのカレー、見た目がとても赤い。ポコポコと気泡が弾ける中で、共に盛り付けされたご飯がカレールーから遠ざかろうとしているように見える。
匂いも刺激的で、少し吸っただけで顔から汗が吹き出るようだ。
「いただきます」
そんなマグマのようなカレーを前にして、マモルはいっさい臆することなく挑もうとしている。
だが意気揚々という感じではなく、どちらかというとまったくの逆で、むしろ虚無のようだ。
心ここにあらずで、いつものルーティーンのようにカレーを食べようとしていた。
スプーンを手に取り、ルーとご飯が半々の部分をすくい上げ、そのまま口に運ぶ。
「……」
マモルは何も言わない。
自動化された機械のようにカレーを口に運ぶ作業を繰り返す。
見ているだけで唾液が出てくるような光景である。
「ごちそうさまでした」
そして、とうとう一度もスプーンを置くこともなく完食を遂げた。
それを見ていた観客たちから称賛の声が上がる。
誰もが挑戦し、そして散っていった『おやっさんの激辛カレーチャレンジ(無報酬)』をマモルが達成したのだ。
「……」
だが、異変はすぐに訪れた。
マモルの体が痙攣し始める。
顔から汗が吹き出し、全身が真っ赤に染まっていく。
そして、そのまま机に突っ伏してしまった。
「み……みず……」
「ミミズだと? この俺が掃除をしてるんだ。食欲減退させるような生物を見逃すわけないだろう」
「うぉ……うぉーた……」
掠れるような声を最後に、マモルは動かなくなった。
「……で、どうしたんだマモルは。この放心っぷりはなかなかないぞ」
「たしかにそうね。でもねお父さん。とりあえず水くらいあげたら?」
マモルの横で座っていたシオリは、水を汲みに行こうと立ち上がる。
だが、そこに飲み物が入ったコップが置かれた。
「これは?」
「牛乳だ。ヘタに水を飲ませると辛味が広がってもっと面白いことになる。牛乳には辛味を抑える効果があるからな。今のこいつにはちょうどいいだろう」
「原因を作ったのはお父さんだけどね……」
いつもの悪ノリだ。言ってもしょうがないだろう。
シオリにとってはこのようなことは日常茶飯事である。
「ほらマモル、コレを飲みなさい」
シオリはコップを持つと、マモルの背中をさするように手を置いた。
するとマモルの顔が上がる。
くちびるを赤くしながらシオリからコップを受け取り、一気に飲み干す。
「んぐ、んぐ、ぷはー。……死ぬかと思った」
「ふっ、牛に感謝しとけよ?」
「牛さんありがとう」
「ついでに俺にも感謝しとけ」
「おやっさんありがとう」
「いや、その感謝は絶対おかしい」
あまりにも言われるがままである。
昨日マモルが目を覚まし、互いに事情を話しあってからこの調子だ。
「いったいどうしたのよマモル。いつものマモルだったら、カレーが目の前に置かれたら見境なくハチミツをかけてたのに」
「いや、たしかに僕は甘党なのを自覚してるけど、そこまでハチミツジャンキーになった覚えはないよ」
軽く咳払いをしてからマモルは続ける。
「大丈夫だよシオリ。別になんでもないから」
「ほら、箸休めだマモル」
「ああ、ありがとうおやっさん」
目の前に置かれた漬物のような物をためらいなく口に運ぶマモル。
「……ぴ!?」
マモルは短い悲鳴を上げ、また机に突っ伏してしまった。
「……今度は何?」
「『辛そうで辛い、だいぶ辛いラー油』。つまみにと考えたがダメだなこりゃ。辛すぎて酔いが覚めちまう」
おやっさんが再びコップに牛乳を注ぐと、マモルは間髪入れずに飲み干す。
「牛乳は万能だね」
「飲み過ぎるとお腹壊しちゃうわよ?」
「ハハハ」
マモルは乾いた笑いをすると、またすぐに遠い目をしてしまう。
こうなると何を聞いても上の空だ。
「うーむ、やってる分には面白いんだが、いかんせん罪悪感が芽生えそうになるな」
「まだ芽生えてないのね」
マモルの横顔を見ながらシオリはため息を吐く。
普段なら笑ってあげられる場面でも、なんだかスッキリしない。
シオリやリキヤが聞いてもマモルは話そうとしなかった。
笑ってごまかされてしまう。
「こいつは重症だな」
おやっさんは二人の様子を見ながら考えていると、やがてスマホを取り出しどこかに電話をしだした。
「……俺だ。……ああ、今いいか? 救援要請だ。質の良い人間を用意してくれ。……いや、武器はいらん。バトルするわけじゃない。注文の受け答えと皿洗いができれば十分だ。……残念そうな声を出すな。……ああ、よろしく頼む」
おやっさんは通話を切ると、シオリの方を向く。
「ということだシオリ。ここは任せてお前は先に行け」
「いや、意味わかんないんだけど。これからお昼じゃない。お店はどうするの?」
「そんなことは気にしなくていい。それよりも、そんな暗いオーラを出してるやつがいたんじゃ店の雰囲気が悪くなる。適当にブラついてるであろうリキヤも拾って気晴らしにでも行ってこい」
おやっさんは追い出すように手を振りながらぶっきらぼうに言うと背を向けてしまった。
「若いやつには立ち止まって悩む時間が必要になるときもあるが、それは今じゃない。考えるよりも動かなくちゃいけないこともあるんじゃないか、マモルよ?」
「……」
おやっさんはマモルに向けて問いかけるようなことを言うが、はたして遠い目をしているマモルに届いているのだろうか。
「なるほどな。それでこの俺の出番というわけか。さすがおやっさんだ。筋肉の使いどころを心得ているな」
「マモル、どうしちゃったのかな。やっぱりココロと何かあったのかな」
準備を整え、リキヤとも合流し、シオリたちはマモルと待ち合わせをしたベンチへと向かっているところである。
リキヤもバイトを入れていなかったようなのですぐに掴まえることができた。
「さあな。マモルのやつ、昔から話さないと決めたことはなかなか話さないからな。あいつが話そうと思わないと無駄だろう」
「それは、そうなんだけど……」
あれで頑固なのである。
周りに心配をかけさせたくないのか、ただ単に恥ずかしいのか分からないが、一度話さないと決めたマモルは口がかたい。
「でもマモルのことだ。ゲームやって甘いモン食わしてやれば少しはマシになるだろ」
「……そうね」
はたしてそう上手くいくだろうか。
浮かんだ疑問をスルーして向かうと、待ち合わせをした商店街のベンチが見えてきた。
「さて、マモルは来てるか?」
リキヤが辺りを見回す。休日の昼間というのもあって人の数がすごい。
「あ、あれじゃない?」
シオリが指を指すと、マモルの姿が見えた。
マモルはベンチに座って携帯ゲームをやっていた。
「なんか、異様な光景ね……」
それもそのはず、虚ろな目でゲームをしているマモルから負のオーラを感じとれるようだ。周りにいる人たちも、そのオーラを感じ取って近づこうとしない。
「おぅマモル。何やってるんだ?」
そんな負のオーラだだ漏れの中でも憶さずに軽く挨拶をしたリキヤがマモルの持つゲーム機の画面を覗き込む。そして、その顔がすぐに引きつる。
「お前、『パートヘブン』やってるのか……」
「『パートヘブン』?」
知らないタイトルである。
シオリはゲームをやるほうではない。やるとしてもメジャーなパーティー系などをマモルたちと付き合いでやる程度だ。
「どんなゲームなの?」
「まあ、有り体に言えばミニゲーム集だな。世界中のパートで働く人の仕事内容をゲーム感覚で遊べるってやつだ」
「へー、なんだか社会に役立ちそうなゲームね」
教養系のゲームなのだろうか。
今どきゲーム機で勉強することも少なくない。とっかかりとしては十分だと思う。
シオリも気になって画面を覗き込む。
「……何これ」
「ボールペン検査場だな」
そこに映るのはボールペンであった。
大量に並べられたボールペンとキャップが左から右へと流れている。
ボールペンにはキャップが無いものや上下がさかさまになっているものがあり、キャップをはめ直したり向きを揃えたりしていた。
「これ、楽しいの……?」
「俺は五秒で飽きた」
それが普通の感覚なのだろうか。
「こんなのずっとやってたら気が狂っちゃうわよ……」
マモルは無言で淀みなくボタンを押している。大した集中力だとは思うが、若干の狂気を醸し出している。
「……ほらマモル、リキヤも来たわよ」
軽く肩を揺するとマモルの指が止まり、顔を上げた。
「ああ、揃ったみたいだね。ちょっと待って。終わりにするから」
マモルはボタンを操作してボールペン工場を終了する。
「うん、一時間くらいやって850円か。こんなところかな」
「なんだか無駄にリアルな数字ね……」
リザルト画面に点数の代わりに金額が表示されている。
なんだか気が重くなるような話だ。一時間も働いてこれだけしかもらえないのか。
マモルはゲーム機をしまうと顔を上げた。
「さて、どうしようか?」
「とりあえず飯にしようや。何をするにもそれからだろ」
「そうね。お父さんに言われるがまま出て来ちゃったからノープランなのよね。ご飯食べながら考えましょうか」
「わかった」
マモルが立ち上がると、三人は中心街へ向かって歩き出す。
他愛もない会話はほどよく弾むように感じるが、やはり時折見られるマモルのぼんやりとした雰囲気にシオリとリキヤはため息を吐いた。
「どうしようかしらねマモル」
「適当にゲームやってスイーツでも食わして様子を見るしかないな」
「やっぱりそれしかないわね……」
チラリと後ろを振り返るとマモルはちゃんと付いてきてはいる。
なぜだか居たたまれなくなり、シオリはマモルの手を掴むと走り出した。
「ほらマモル。早く行くわよ。リキヤも」
「え、ああ、うん」
「ったく、しょうがないな」
三人は街を駆け抜ける。
立ち止まらないように。
それから三人はあちこちの店をまわっていった。
デパートへ行ったり、ゲームセンターに行ったり、カラオケやボーリングなんかもしたりした。
思えば1日でやりきることではなかったかもしれないが、何もしていない時間がもったいなくて、追われるように遊び倒していった。
「ふー、久しぶりに遊びまくった」
公園のベンチに座ると、リキヤは大きく息を吐いた。
気がつけば夕陽は沈みきり、夜の闇が迫っていた。
昼間は賑わっていた公園も夜になれば人気はほとんどない。
周りにはシオリたちしかいないようだ。
マモルもリキヤの隣に座る。
「そうだね。あのゲームも新キャラが追加されてたし、リキヤが使い込んでるとは思わなかったよ」
「でもお前、すぐに対応してきたじゃないか。せっかくマモルのいない間に使いまくって圧倒してやろうとしたのによ」
「次やるときは今日のようにはいかないよ」
興奮気味に話すマモルは楽しそうだ。
少しは気晴らしにはなったのかもしれない。
「新しくできた和菓子屋さんもおいしかったね。あんこだけじゃなくて次はみたらしも試してみなくちゃ」
「きな粉もおいしかったよ。あのザラザラ感はきな粉であってこそだね」
和喫茶店も上々である。
シオリ自身も行きたかった場所だったが、マモルにもうけたようだ。
「次に行くときはミヅキやココロも誘って――――」
上機嫌で話していたマモルだったが、ふいに表情がまた曇ってしまった。そのままうつむいてしまう。
これはもう間違いないだろう。
シオリとリキヤは目を合わせると互いに頷き合う。
話を聞くなら今しかない。
「なあマモル、いいかげん話してくれよ。俺たちの仲だろ?」
「ここには私たちしかいない。誰が聞いてるわけじゃないし、話しちゃえば楽になるよ?」
二人に優しく語りかけられ、マモルは顔を上げた。
そして、マモルはリキヤとシオリの顔を見る。その視線を真っ正面から受け止めた。
「僕、ココロと約束したんだ」
手元に視線を落としながら弱々しくマモルは話し始める。
「『僕は僕自身の命を最優先にする』って。ココロ、あの時すごく不安がっていたから、少しでも安心させたいと思って」
「うん。良いことだと思う」
「でも、その後すぐにあんなことになっちゃって」
ミヅキやマモルから話は聞いている。
空を飛ぶ船ペリペティアでの話のことだろう。
ココロを守るために戦ったマモルがティポスに道連れにされた話だ。
「あの時は何がなんでもココロを守らないといけないと思った。頭の中はそれでいっぱいだったんだ。でも、ペリペティアから落ちて、手を伸ばしてくれてたココロを見たときにその顔が見えたんだ」
マモルの握る手に力がこもる。少し震えているようにも見えた。
「ココロ、すごく悲しそうだった。その瞬間、僕は間違えたんだなって思った」
マモルの独白は続く。
切迫した場面で人はどれだけ最善策をとることができるだろうか。少なくとも、その場にいなかったシオリには何も言えない。
シオリもリキヤも黙って聞いていた。
「結果的にはこうして生き残ったわけだけど、もしかしたら、またココロを悲しませるんじゃないかもしれない。それが、怖いんだ……」
そして、マモルは握っていた手を解いた。
「……世界の守護翼への連絡手段がなくなったって聞いたとき少し安心した。きっと、僕はもうココロには会わないほうがいいんだと思う」
そう言うと、マモルは息を吐いた。思っていたことは吐き出せたのだろう。スッキリした様にはとても思えないが。
「なるほどな。そういうことか」
話を聞き終えたリキヤはそう言うと立ち上がった。
「じゃあ、別に良いんじゃないか。会わなくても」
「え?」
「そうね、私もそう思う」
シオリもリキヤに続いて頷いた。
マモルが驚いた顔でシオリを見る。
「引き止めてもらえると思った? でも、そんなことはしない。それがマモルの決めたことなら私もリキヤも何も言えないわ。でもね――――」
「おい、お前ら!」
言葉続けようとしたシオリだったが、リキヤの緊張した声に中断させられる。
「何よリキヤ? これからちゃんと励まして――――」
「違う違う、後ろ見ろって!」
「後ろ?」
そう言われてシオリは後ろを振り返る。
すると、夜の闇にまぎれて黒い影のようなモノがうごめいていた。
「そんな、コイツらって……」
「ああ、ティポスだろ」
頭に触角のようなものを生やし、手足に爪を付けた黒いシルエット、公園の街灯に照らされてもなお黒いままである。
「なんで!? ティポスが出てくるっていう『世界渡り』の門はココロが閉じてくれてたはずでしょう!?」
シオリが戸惑っている間にも、ティポスはどんどん増えている。
あっという間に囲まれてしまった。
「へっ、いるもんはしょうがないだろ。なんにせよ久しぶりのバトルだ。全力でやらせてもらうぜ!」
リキヤは不敵に笑みを浮かべると想造力を集中させる。
想造力の光が手のひらに集まっていき、やがて光が弾けるとリキヤの手にダンベルの想造武具が握られた。
「さらに!」
リキヤが叫ぶとダンベルは形を変えて大きくなり、形のおかしいバーベルへと変化した。
片側に重心を集中させたこのバーベルはメイスのような役割をはたす。
「行くぜ!」
リキヤが駆け出すと同時に、リキヤの想造力に反応したティポスたちも動き出した。
想造力を奪わんとリキヤへ殺到する。
「もう、しょうがないわね!」
シオリも想造力を集中させるとフライパンの想造武具を具現化させる。
「マモルも行くわよ!」
「う、うん……」
マモルに声をかけるとシオリもティポスたちへと走り出した。
「やぁっ!」
フライパンを横からスイングするように叩くと、小気味好い音を立ててティポスが飛んでいった。
ティポスはそのまま空気に融けるように消滅する。
「久しぶりにやってみたけど、やれるものね」
シオリは手に馴染んだフライパンを見て呟いた。
学校での事以来リキヤにツッコミを入れる時にしか使わなかったのに。
「この程度なら三人でやれば余裕だな」
リキヤもバーベルを振り回してティポスを減らしていた。
相変わらず豪快な戦い方だ。
「マモルも頼りにしてるからね」
隙を見てマモルの方を振り返るシオリ。
だが、そこには絶望した表情で自分の手を見つめるマモルがいた。
「なんで……どうして……」
「どうしたのマモル」
「想造力が、使えない……」
「使えないって、どういこと!?」
「いつものように盾を出そうとしてるんだけど、ぜんぜん出てこないだ……!」
想造力の光は集まっているようだが、それが盾の形に固定されないようだ。
想造力という力がどういうものなのか理解できていないシオリたちだが、マモル自身に不調があるのだろうか。
「ダメ、なのか……」
マモルはそのままヒザをついてしまう。見ていて痛々しい光景だ。
「どういことかしらね?」
「俺が知るかよ。だが、戦えないならそこで休んでろマモル!」
まだマモルも本調子ではないのだろうか。
ハウラではずいぶん激しい戦いだったらしいから無理もないとは思うが。
「僕は……僕には……約束を守ることはおろか、友だちを助けることすらできないのか……」
マモルの弱気な声が聞こえる。
ココロとの約束を守れず、今も戦うことすらできないマモルは、精神的に辛いだろう。
マモルがとても小さく見えた。
「……リキヤ、ちょっと離れていい?」
それを見ていたシオリは気がつくとリキヤにそう聞いていた。
それを見てリキヤは笑う。
「ああ、こっちは任せろ。こんな奴ら俺一人で十分だ!」
「じゃあ、よろしく」
言うや早いやシオリは戦いから離脱するとマモルのもとへと走る。
そして、マモルの肩を掴むと無理やり上を向かせた。不安げに揺れる目にシオリの顔が映る。
「マモル、マモルがしたいことは何?」
「え……?」
「ココロとの約束を守れなかったと思ってるのはマモル自由。でも、本当にそのまま終わりにしてもいいの?」
「でも、僕はもう……」
「マモルは幸せになりたいんでしょ? このままココロと話をしないままサヨナラしちゃってマモルは幸せになれるの? ココロに悲しい感情を押しつけたままで本当にいいと思っているの?」
「僕の幸せ……。そうだ……僕は幸せになりたいんだ……。今のどこに幸せがあるっていうんだ……」
マモルの瞳に光が灯っていく。
熱い決意を感じさせるそれを見たシオリは安堵して微笑んだ。
「もう一度聞くわマモル。マモルのしたいことは何?」
「僕は――――」
「おい、お前ら!」
リキヤの声に二人して振り返る。
「全然平気なんだが、ちょっと手を貸してくれないか!」
数で圧倒されているリキヤが助けを求めていた。いくらなんでも敵の数が多いのだろう。
「まったく、だらしないわね」
「待ってシオリ」
立ち上がろうとしたシオリの肩に手を乗せて止める。
「ありがとう。ここは任せて」
「そう? じゃあ、行ってらっしゃい」
「うん、行ってきます!」
マモルは想造力を集中させるとリキヤのもとへと走り出した。
その両手に盾の想造武具が握られる。
「反射攻撃!」
マモルは群がるティポスに一撃を喰らわせると、リキヤの後ろに立った。
「お待たせリキヤ。少し待った?」
「へっ、待ちくたびれたぜマモル!」
そう言って笑い合うと、二人でティポスを倒していく。息のあった二人の立ち回りによって、ティポスたちをまったく寄せ付けない。
「これで最後!」
残った一体をバーベルで突き飛ばし、マモルたちは勝利した。さっきまでの戦いが嘘のように静まりかえる。
「終わったみたいね」
シオリは終わった二人近づくと片手を上げた。リキヤも感づいて同じように片手を上げる。
それを見たマモルは想造武具を消すと、二人の間を抜けるように手を上げた。
「僕たちの勝利だ!」
息のあったハイタッチが決まり、三人で笑い合う。
「さて、マモル」
ひとしきり笑ったあと、シオリはマモルの方を向いた。
「三度目の正直よ。マモルがしたいことは何?」
マモルは微笑むと、夜空に向かって拳を突き上げた。
「僕、ココロに会いたい! ココロに会って、ちゃんと謝りたい!」
晴れやかなその顔を見て、シオリもリキヤも安堵するのだった。
「それを聞いて安心しました、マモル先輩」
その声にシオリたちが振り向くと、公園の出入り口からミヅキと彼女の世話人である紳士が歩いて来ていた。
ミヅキはいつもの白衣を翻させるとシオリたちの前で立ち止まる。
「マモル先輩にココロさんと会う意思がなかったらどうしようかと思いました」
「あれ、どうしたのミヅキ? もう日も沈んじゃった時間なのに」
マモルが問いかけるとミヅキは不敵な笑みを浮かべる。
「ふっふっふっ、やっと終わったんですよ。あの緑石の解析が!」
そう言ってミヅキは白衣のポケットから緑石を取り出した。
「おお、さすがミヅキだね」
「って言っても、解ったことはほとんどないんですけどね」
ミヅキはマモルに緑石を渡す。見た目には特に変化はないように見える。
「マモル先輩、その石に想造力を込めてみてください」
「え、こうかな?」
マモルは緑石に想造力を集中させる。
すると、うっすらとだが緑石が輝いたように見えた。
「やはりりそうでしたか!」
だが、緑石以上にミヅキが目を輝かせる。そのあまりの圧にマモルが一歩引いていた。
「普通のライゼストーンにあった紋章のような傷跡を緑石にも確認できました。端から見ればただの傷にしか見えませんでしたが様々な側面から解析派を当てることで見つけたんです。ただその傷の他にも微細化された紋章がいくつか彫られていて、一つ一つの意味までは解りませんでした。でも、この石をマモル先輩が持っていたという観点から見れば簡単な話だったんです」
「えっと、つまりどういうことなの?」
話を聞いていても理解しきれなかったシオリが問いかけると、ミヅキの目がキラリと光った。
「つまり、その緑石はマモル先輩専用のライゼストーンなんです」
「へー、専用って言われると愛着が湧くね」
マモルは改めて緑石をまじまじと見つめた。
「私が想造力を込めても何も反応がありませんでしたから間違いないと思います。ただ他のライゼストーンのようにマーキングを刻む場所がないことから転移の仕方にも違いがあると思うんです」
ミヅキは考えるようにアゴに手を当てる。
「このまま転移してみてビャコ支部へと行けるかは分からないんです。ヘタをすればここへも帰ってこられないかもしれません」
「そ、そんな……」
話を聞いていたシオリが不安そうな声を漏らす。
行きも帰りも未知な転移と言われるとさすがに躊躇してしまうだろう。
「大丈夫だよ」
そんな不安を一切かき消すようにマモル言いきった。
「なんだか分からないけど、大丈夫な気がする。このライゼストーンはちゃんとビャコ支部に連れてってくれるし、ここへもちゃんと帰ってこれる気がする」
「気がするって、マモル……」
楽観的なマモルにシオリは呆れてしまうが、リキヤがマモルの肩へと腕を乗せる。
「いいじゃねぇか。行けるって言えば行けるんだろ。な、マモル」
「うん、そうだよねリキヤ」
二人して笑い合うのを見ていると不安がっているのが馬鹿馬鹿しくなってくる。
「まったくしょうがないわね。マモル、今回は私も行くわよ」
「俺も行くぞ。おあずけはもうこりごりだ。俺も暴れさせろ」
「うん、わかったけど……。リキヤ、別にココロに会いに行くだけだよ?」
「関係ないぜ! きっと熱い冒険が待っているんだろうからな!」
「……まあいいけどさ。ミヅキはどうする?」
みんなで行こうと思っていたマモルだったが、ミヅキはゆっくりと首を振った。
「私は残らせてもらいます。もしココロさんやファーネさんから連絡があった時は私が対応しなければいけませんから」
「そっか、じゃあ、そっちはよろしくね」
マモルを中心にシオリとリキヤが並ぶ。
あとはマモルがライゼストーンに想造力を込めるのみだ。
「マモル先輩」
ミヅキの助言がマモルへ送られる。
「今回、転移の仕方はランダム転移となります。普通に転移してしまうとティポスに干渉し合ってしまいます」
「じゃあどうすればいいの?」
「今回はココロさんの所へ行くので、ココロさんのことを想ってください」
「ふむ、なるほど」
「ただココロさんは強すぎる想造力をお持ちで、もしかしたらこちらの想造力が妨害されてしまうかもしれません。なので、ココロさんの身につけているものを想像してみてください。服でも装飾品でもなんでもいいんで」
「む、急にそんなこと言われても……」
マモルが唸って考え込んでしまった。
パッと思いつく物がないのだろう。
「いやマモル。すぐに思いつくでしょ」
見かねたシオリが助け船を出すが、まだマモルは唸っている。
「うーん、何かあったかな……」
「ほら、ココロがよく身につけている、ピンク色のお気に入りアイテムがあるじゃない」
「ピンク色……」
シオリの助言を聞いていたマモルだったが、その顔が急に赤くなった。
「い、いやシオリ! いきなり何を想像させるんだよ」
「え? でもココロ、気に入っているからよく身につけているって言ってだけど……」
「そ、そっか。たしかにソレなら目に焼き付いているから想像しやすいかな……」
「?」
シオリは疑問に思うがマモルの想像は固まったようだ。
(リボンって、想像しにくかったかな?)
男女の違いだからだろうか。
少し腑に落ちないが、ここはマモルを信じよう。
「よし、じゃあ行くよ二人とも!」
「おう!」
「うん!」
マモルのかけ声と共にライゼストーンが輝き出す。
ライゼストーンから発生した転移の霧がシオリたちを包み込んでいく。
「皆さん、行ってらっしゃいませ」
ミヅキの声を最後に、シオリたちの意識は遠のいて行った。
次に気がついたとき、ココロがそこにいると信じて。




