神の偶像
世界の守護翼ビャコ支部にはおよそ千余名のメンバーが登録されている。
様々な世界から集められた者たちが、年齢や種族に関係なくティポスの脅威から世界を救うべく活動しているのだ。
ティポスによって世界を滅ぼされ行き場を失った者、世界の守護翼の技術に魅了された者、純粋に世界を救いたいと奮い立った者など事情も様々である。
だが、世界の守護翼に登録している全ての者が想造力を扱えるわけではない。
現地で戦える者は以外と少なく、ほとんどがサポート要員である。
かといってそういった者たちが不要ということではなく、むしろ不可欠であった。
様々な世界を支援なければならない世界の守護翼の活動は情報力が鍵を握るのだ。
転移先の世界をこれまでの世界と照らし合わせ、いかに早く把握し、現地スタッフたちに情報を提供する。
すべてはライゼストーンしだいではあるが、情報の蓄積と整理に助けられた現地スタッフは、常日頃から支えてくれている者たちにとても感謝しているのだ。
かといって、現地スタッフがいなければ話にならないのも事実である。
実際にティポスと戦う者は命の危険にさらされることが多い。
戦う者、戦える者というのはなかなかにして少ない。
当たり前だ。
誰だって命懸けは躊躇するものである。
物怖じせずに前線に立てるというのはそれだけで才能なのだ。
なのでそういった者はなるべく勧誘したいと思うのがビャコ支部だけでなく、世界の守護翼全体の考えではあった。
たとえその者の素行が、どれだけ悪くても。
ファーネが離れの隔離部屋のドアを開くと中に充満している匂いに眉をひそめる。
たしかにこの部屋は普段から使用していないので、埃やカビの匂いがあったかもしれない。
働くスタッフのわりに、なかなかに大きな施設であるビャコ支部は、ほとんどの機能をもて余している。
その中でもこの部屋は特に使用頻度が低かった。
だがしかし、この部屋にこもっている匂いはそんな優しい匂いではないようだ。
「あー、ファーネ支部長。お疲れ様ですー」
書類を読んでいた女性が気だるげに話しかけてきた。
「お疲れさま。様子はどうかしら?」
「あー、元気も元気。どこからか持ってきたお酒を朝から晩までずっと呑んでばっかり。匂いを嗅いでるだけでこっちまで酔っちゃいますよー」
そう言って女性は頭を抑えた。言葉だけでなく、本当に参っているようだ。
「ご苦労様。あとは私が引き継ぎますから。あなたは少し休んできなさい」
「そうさせてもらいます」
女性はゆっくり立ち、ファーネへ鍵を渡したのちにドアへと向かう。だが、出て行く前に一度だけ振り返った。
「支部長。もしかしてあの男を世界の守護翼に入れるつもりですか?」
「ええ、そのつもりです」
「ハァ、人手が足りていないのは理解していますけど……。まあ、いつか解消されるといいですね」
それだけ言うと、女性は出ていった。
「そうですね……」
そう呟くと、ファーネは奥へと進んでいった。
奥に進むにつれて匂いはさらに強くなっていく。
(そういえばお酒なんてずいぶん呑んでいないわね……)
ビャコ支部を任されてからずいぶん経ったが、気を抜ける暇はなかった。
増え続けるティポスへの対応でほとんど休めてはいない状態が続く。
この緊張の中で酒を飲みたいと思うことすらなかったのだ。
(一段落したら慰労会でも開こうかしら)
そんなことを考えて歩いていると匂いの発生源までたどり着いた。
リノリウムに似た材質の冷たい壁からは温かみを感じられず、照明も最低限だ。
特別な材質でできた柵で区切られた部屋がいくつか並んでおり、小さな窓から射す日の光だけが、唯一の温もりと言ってもいい。
ずいぶんと劣悪な環境だと思っていたが、たった一人の使用者はそう感じてはいない様子でファーネを迎えた。
「ぐごー、ぐごー」
「……」
大男が一人、雑に敷かれた御座の上で眠っていた。
近くには瓢箪が転がっており、直前まで中の酒を呑んでいたことが伺える。
「まったく……。しょうがない人ですね……」
ファーネは想造力を集中させると想造武具を具現化させる。
先端に宝石のようなものが付けられた杖がその手に握られた。
「発射」
「ぐごっ!?」
ファーネが杖を掲げると宝石が光り出し、そこから小さな光弾が放たれた。
光弾は男の後頭部に炸裂し、その衝撃で無理やり目覚めさせる。
「ってーな……。なんだってんだ」
男はゆっくりと体を起こし、辺りを見回す。
「……お」
そして、ようやくファーネが来ていることに気がついた。
男と目が合うと、ファーネは少し顔を弛ませた。
「おはようございますヴノさん。気分はいかがですか?」
問いかけられたヴノはあくびをしながら御座の上であぐらを掻く。
本人の希望ではあったが、御座が部屋の雰囲気にまったく合っていない。
「ああ、たしかファーネだったか。ここは最高の場所だな!」
ヴノは上機嫌で瓢箪の栓を開けると、酒を呑み始める。
「寝床は用意してくれるわ、寝ているだけで飯と酒をくれるわで。天国ってのはこういう所のことを言うんだろうな!」
「いえ、ウチはそういう施設ではないので……」
まったく堪えていない様子のヴノを見てため息をこぼす。いちおう罰のはずなのに。
「だいたい、お酒なんて支給した覚えはありませんよ。その瓢箪はどうしたんですか?」
「コレか?」
瓢箪から口を離すと、ヴノは不敵に笑う。
「そこの窓から放り込まれたんだよ。きっと神様からの思し召しってやつだな」
「……はぁ、まったくあの子ったら……」
すぐに事情を把握したファーネはまたため息を吐いた。
(罪悪感からの行為なのでしょうけど、これじゃあ禁固刑にした意味がないでしょうに)
牢屋の中で酒盛りをされてはたまったものではない。
「ヴノさん。あなたは神の偶像であるココロを脅し、ペリペティアを乗っ取った罪でそこに入っているんですよ? もう少し受刑者としての自覚みたいなものを……」
「そんなことより飯の時間はまだか? ツマミが欲しいんだが」
「……無理そうですね」
贖罪どころか反省する気すら無さそうである。
神の偶像を恐喝するなんて他の支部であったら最悪の場合、極刑を宣告させるかもしれないのに。
「まあ、いいでしょう。とりあえず、あなたは釈放です」
「あん? もういいのか?」
「はい。残念ながら無償で人を養ってあげられるほどウチに余裕はありませんので」
そう言いつつファーネは先ほど受け取った鍵を牢屋の鍵穴に差し込んだ。
すると、ヴノを捕らえていた柵が空気に溶けるように消えていった。
「しかしスゲェ技術だな。ペリペティアでもそうだったが、扉が自動で開いたり誰もいないところから声が聞こえたり。俺のいた世界じゃあ考えられねぇよ」
「少し文明が進んでいるだけですよ。いずれはあなたの世界でもこんなことが当たり前になります」
「そういうもんかね」
「それより」
ファーネは書類を取り出してヴノにつき出す。
「ここに世界の守護翼に加わるための書類があります。目を通してください。いちおうココロに翻訳を頼みましたけど、読めない文字があったら言ってください」
「お、すんなり入れてくれるのは予想外だ。でもいいのか? いちおう俺、犯罪者なんだろう?」
「まあ、本来であればしかるべき処罰ののちに元の世界への強制送還なんですけど。今回は緊急時だったことと神の偶像への理解がなかったということで良しとしましょう」
「神の偶像ねぇ……。あの生意気なガキも言ってたがココロの事だろ? あいつがなんだってんだ?」
生意気なガキというのはリーモ王国で出会った少年のことだろう。
ティポスを操り、世界の守護翼や神の偶像であるココロのことを嫌っていた。
「そうですね。せっかくですし話しておきましょう。世界の守護翼としてこれから働くのならココロについて……神の偶像について話しておきましょう」
そう言ってファーネは近くにあったイスを引き寄せて座る。
「さて、どこから話したものでしょうか……」
「その前によ」
ヴノは瓢箪を軽く振った。
「呑みながらでいい?」
「……ちゃんと聞いてくれるなら」
『世界の守護翼』という組織が発足する前、ひとつの世界が滅びの危機に瀕していた。
突如として現れた黒い異形なるモノであるティポスによって追い込まれていたのだ。
その世界に住む者たちは武器を手に応戦していく。
最初は数も少なく、弱い個体ばかりであったティポスたちはそれほど脅威ではなかった。
もとからその世界にいた野良の魔物のほうがよっぽど強いくらいである。
だがしかし、いつからかティポスの目撃数と魔物の目撃数が逆転してきたころから状況が一転してきたのだ。
そして、ティポスによる被害が報告されたころにはもう遅い。
集落がティポスによって壊滅した。
その次の日には街が襲われている。
そんな報告が毎日のように報告されるようになった。
大きな国の兵士たちは救援に向かうが、そこで見たのは、ティポスとティポスに寄生された魔物と人間だったという。
ティポスはその世界にいるモノたちに寄生することができる。
そのことが分かってからなんとか数年間は耐えることができたが、日に日に増えるティポスたちを前に成す術は限られていた。
ゆっくりと、だが確実に世界は黒く覆われていく。
王国が落とされ、逃げ惑う人々が最後に残され土地に集まる。
だが、その場所にもティポスたちが迫ってきた。
もはや逃げ場もなく死を覚悟したその時、空から数人の羽の生えた者たちが舞い降りてきたのだ。
彼らは何もない宙から武器を取り出し、辺りを埋め尽くしていたティポスたちを一掃していく。
やがて静かになると、位の高そうな者が生き残った人々に語りかける。
「我々は神の国より遣わされた天使である。この世界は滅んだ。このまま世界に残り死を待つか、我々と共に行き世界を守る翼となるか選びなさい」
選択の余地なんてなかった。
死ぬか生きるかを前に、人々は生きることを選んだ。
天使は不思議な石を取り出すと人々を別世界へ転移させる。
その世界は青々した草原が広がり、空や水が澄んだ美しい世界であった。
「この世界にて拠点となる場所を4つ造りなさい」
天使にそう言われ、人々は建築に励んだ。
資材などは天使たちに言えばどこからか調達してくれるようで困ることはなかった。
建築していく最中でも天使たちは世界間を往き来し、滅びへ向かう世界の人々をこの世界へと集めていく。
そして4つの施設が完成すると、天使たちは天空に自らの住む宮殿を造った。
「これから我々はあの場所にてあなたたちを見守っています。最後にコレを」
そう言って天使たちは各々の武器を宮殿に向かって掲げる。
すると、世界を転移するための石であるライゼストーンと四人の少女が舞い降りてきた。
「コレは我らが造りし代弁者。以後はこの者たちを『神の偶像』として崇め従いなさい」
そう言い残して天使たちは天空の宮殿へと昇っていった。
残された神の偶像である少女たちは天使たちの使っていた想造力を人々に与える。
こうして人々はティポスに立ち向かうための力を手に入れたのだ。
さらに神の偶像たちにはそれぞれに絶大な能力が秘められていた。
その人並み外れた力で人々をティポスたちの脅威から解放していく。
だが、四体の神の偶像の中で能力の低い個体がいた。
なぜその少女だけ能力を低くされたのか誰にも分からない。
神のイタズラと揶揄する者もいる中で少女は一人、使命を全うするために白い髪を揺らす。
ひとしきり話したところでファーネは大きく息を吐いた。
支部長となりココロを見てきたが、なぜ他の神の偶像よりも能力が低いのかが分からない。
他の神の偶像は召還された時から個人で百のティポスを消滅させる力があったのに、ココロだけは一体倒すだけでもやっとだった。
なのでファーネは結界術を教え、最低限の身を守る術を教えたのだ。
(本当なら前線に出さずに支部に留まっていてほしいところなのだけど、覚醒は神の偶像でなければできないなんて……)
想造力を強制的に覚醒させることは神の偶像にしかできない。
だからどうしてもココロには異世界へ行ってもらわなければならないのだ。
「……と、ここまで話しましたけど、大まかなことは理解できましたか?」
考え込んでしまっていた頭を切り替えてファーネはヴノの方を見た。
「ぐごー」
案の定というか、ヴノはまた眠ってしまっていた。
「……」
ファーネは無言で光弾を飛ばしてヴノを起こす。
「ちゃんと聞いていたんでしょうね。いい加減にしないと禁酒命令を出しますよ?」
そんな命令、出したこともないが。
「……聞いてたよ。なんだか酒の不味くなる話だったから寝ちまっただけだ」
先ほどまでの上機嫌さが嘘のような沈んだ声でヴノは言った。
「ココロは、人間じゃないのか?」
「そうです。ココロ、というより神の偶像は対ティポスと異世界間との関係を取り持つために造られた『想造力の塊』です。見た目は少女の姿をしていますが、人に近いというだけで本質は違います」
「マジか……」
人の形を成し、言語や文字をいち早く把握する事で世界に馴染むことができる。異世界を股にかける者としては不可欠な能力だ。
そういう機能が神の偶像には備わっている。
ファーネは想造武具である杖を消すと立ち上がった。
「さて、ずいぶん話し込んでしまいましたね。さっそくあなたには働いてもらいます。何か質問はありますか?」
「……なあ、今ココロはどうしてる?」
「心配しなくて大丈夫ですよ。あの子は今、前を向くための新しい理由を探すために頑張っています」
「……そうかい」
納得したのかは分からないが、ヴノは立ち上がると瓢箪を腰に付けてファーネの後を追った。
「本当に、酒の不味くなる話だぜ……」
ボソッと呟くようなヴノの声はファーネの耳に届いたが、ファーネはそのまま外へ出るための扉へと歩いていった。
異世界から集められた情報や資料は内部スタッフにより整理整頓されている。
失くなってしまった世界の遺物を保管し、その世界が確かに在った証を遺し続けていく。
そして、その遺物たちには危険区分がされている。
特殊な遺物は使うどころか解析にも時間と危険が伴う。
慎重な取り扱いが必要だ。
だが、それとは別に一般的に解放されている物もある。
そういったものは図書資料館にて誰でも閲覧可能だ。
異世界の知識や歴史を少しでも多くの人に知ってほしいということである。
「しかしミステルは本当に本が好きなんですね」
「うん。ほん、たのしい」
びっしりと並べられた絵本を物色しながらココロとミステルは小さな声で会話をする。
ココロの部屋にあった本を読み終えてしまった二人は、ミステルの希望により新たな本を探しに図書資料館に来たのだ。
ミステルの読書意欲はなかなかのものであり、ココロの部屋にもそれなり本はあったがすぐに足りなくなってしまった。
「それに、さがしてるのがあるの」
「探してる? 本をですか?」
「うん」
本好きのミステルのことだから昔読んだお気に入りの本をもう一度読みたいのだろうか。名作は何度読んでも面白い。
「見つかるといいですね。それと、貸し出し上限は五冊までなので、私の分と合わせて十冊まで選んでいいですよ」
「わかった」
ミステルは夢中で本を選んでは、時おり中をパラパラとめくっている。ぬいぐるみの『がおたん』を片手で抱えたままで器用なものだ。
(図書資料館のなかでは静かに、と説明しておきましたけどミステルなら言うまでもありませんでしたね)
ココロがいままで出会ってきた人の中でもミステルは特に口数が少ない。
最初は両親を失ったことによる悲しみから心を閉ざしてしまったのかと思っていた。だが、ミステルの場合は純粋に読書が好きで過ぎて、話しかけられても聞こえていなかったのかもしれない。
そのまま日常を過ごしていくうちに『寡黙なおとなしい子』と思われてしまったのだろう。
実際は物語が好きな普通の女の子なのだ。
(どことなくミヅキに似ている気がします)
好きなことに一直線。その姿勢はココロには無いものである。
(少し、うらやましいですね……)
神の偶像としての使命がそのままココロの生き甲斐である。
そのために生まれたはずだし、そう生きてきた。
(これじゃあマモルのこと言えないですね……)
ココロはミステルに気づかれないように小さくため息を吐いた。
「あら、そこにいるのはココロ様ですか?」
すると、本をいくつか重ねて運んでいた女性が通りすがりに声をかけてきた。
どうやらここの司書のようだ。
「どうも、ご苦労さまです。お邪魔してます」
「お邪魔だなんてそんな……。どうぞごゆっくりしていって下さい」
司書は近くの棚に持っていた本を置くとココロへと近づいてきた。
「こちらへ来るなんて珍しいですね。ココロ様のお部屋にも書籍はあったはずですが?」
「いえ、ちょっと足りなくなってしまったので」
「さすがココロ様! 勤勉でありますね!」
「ああ、えっと。そうですね……」
嘘はついていないが、ちょっとニュアンスが違ってしまったかもしれない。
だが司書の女性は少し興奮気味にココロへと詰め寄る。
「聞きましたよココロ様。大活躍でしたって!」
「え?」
「新しい世界『リーモ』の開拓とミラノチームの救出についてのことです」
「……ああ」
一瞬暗い感情が頭をよぎったが顔には出さずにすんだ。
「いえ、みんなの援助のおかげです。私一人ではどうあっても成し遂げることなんてできませんでしたから」
「ご謙遜されるとは謹み深い。しかし、ちゃんと戦果は聞きましたよ。『異世界リーモにてティポスの侵略から王国を救いだし』『滅びに瀕したハウラにて犠牲者を出すこともなく、全員で支部へと帰還かれた』と」
「――――え?」
一瞬、何を言っているのか理解ができなかった。
犠牲者が出ていない?
「ちょ、ちょっと待ってください! 犠牲者がいないってどういう……」
感情が抑えられず少し語気が強くなってしまう。
司書はそんなココロの様子にたじろぎながら答える。
「いえ、間違いないはずです。ちゃんと名簿を確認しましたから。異世界からの避難者も登録されているビャコ支部員も全員います」
「登録、されている……? ああ、そうですか……」
話を聞いてようやく合点した。
なんてことはない。マモルはまだ仮登録のままなのだ。
本登録されなければその名が名簿に記載されることはない。
(マモルのことは、世界の守護翼の歴史に残ることはない……)
それは仕方ないことではある。
仮登録のままでいたのはマモルの意思だったのだ。
(あんなに、がんばってくれたのに……!)
命を懸けてくれたマモルに対して、何もしてあげられることがない。
その事が悔しくて、ココロは自然と拳を握っていた。
「ココロ様!」
「え、あ、はい。なんですか?」
「よろしければ、今回のことを詳しく聞かせて頂けないでしょうか!」
司書は興奮気味にココロへ詰め寄る。
「私なりに今回のことをまとめてみたいと考えておりまして。当事者で神の偶像であるココロ様からお話を聞くことができれば、より良いものが書けるはずです!」
「ああ、いえ、今はちょっと……」
強く迫られてココロは気圧されていく。
だが、それに反して司書の熱意は燃えていくようだった。
「大丈夫です! これでも会議では議事録を作ることを任されることもあります。書き物には自信があります!」
「いえ、そういうことではなくて……」
「お時間がよろしければコレからすぐにでもいかがでしょうか!」
「あ、あの……」
このままでは断りきれない。
ココロの口が動く。
別に話したくないわけではない。
むしろマモルのことを知ってほしいという気持ちすらココロにはある。
だが、今の不安定な気持ちで果たして上手く受け答えができるだろうか。
かといってこの司書の熱意を蔑ろにもできない。
「……」
そんな想いのせめぎ合いを止めたのはココロのスカートの裾を引くミステルであった。
ミステルはココロに言われた通り十冊の本を抱えていた。
「あ、ああ、決まりましたかミステル」
ミステルは無言で頷くとココロに本を渡す。
すると司書の方へと向かった。
「しー」
「え?」
司書を見上げて口の前に人差し指を立てる。
すると、興奮していた司書は一瞬理解できていないようだったが、すぐにハッとした。
「そうでした。この図書資料館では静かにしなければいけませんでした。ごめんなさい」
司書は申し訳なさそうな顔をして頭を下げる。
「すみませんでした。ココロ様の用事も考えず問いただすようなことをしてしまって。少し頭を冷やしてきます」
そう言うと司書は棚に置いておいた本を持って奥へと行こうとした。
「……」
だが、その司書を服を掴んで無言で止めるミステル。
「えっと、まだ何か?」
「ほん、かして……」
「ああ、貸し出しですね。ではカウンターでお待ちください。すぐに行きますので」
「わかった」
ミステルは司書を離す。
司書は軽く頭を下げて、改めて奥へと向かっていった。
司書を見送っているミステルのもとへココロが近づいていく。
「ありがとうございましたミステル」
「?」
「いえ、分かっていないならそれでいいんです。ただ私がお礼を言いたかっただけなので」
「どう、いたしまして?」
特に気にしていないようだったミステルはココロから本を受け取るとカウンターへと向かっていった。
「しっかりしなくちゃ……!」
沈んだ気持ちを奮い立たせるためにココロは頬を叩いたが、その音が響き、振り返ったミステルが無言で立てた人差し指を口に当てていた。




