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ハッピーエンドを求めて  作者: AiU
三章 後編
27/50

守られた者

 「ココロ、辛いのは分かりますが顔を上げなくてはいけませんよ」

 「はい……わかってますファーネさん」

 放課後の高校。

 その化学準備室にやってきたココロは、うつむいたままでそう答えた。

 これから起こることを想像するととても苦しい気持ちになる。

 「ごめんなさいココロさん。あの時、やっぱり戻っていればこんなことにはならなかったのに……」

 ココロと同じように辛い表情でミヅキは言う。

 その後ろには彼女の世話役である紳士(ジェントル)が何も言わずに控えていた。

 「いえ、ちがうんですミヅキ。本来であれば私がミヅキに命令するべきでした。それをヴノが肩代わりしてくれたうえにミヅキに辛い選択をさせてしまいました。私が、神の偶像(ギフト)である私がしっかりしなければいけないところだったのに……」

 「ココロさん……」

 あの場で最も権力を持っていたのはココロだ。その気になれば本当に船を引き返させることもできたであろう。

 その場合、ペリペティアに乗っていた者たちがどうなってしまうかは別として。

 「ミヅキは良くやってくれました。そして、ヴノには辛い目に合わせてしまっています。今回の件はすべて私の力不足が招いた結果なんです」

 「でも……でもココロさん――――」

 「ふたりとも」

 ミヅキが続けて何か言おうとするが、ファーネがそれを遮る。

 「リキヤさんとシオリさんが来ます。今はその辺りにしておきなさない」

 ココロもミヅキも口を閉じる。

 ここに来たのは報告ためだ。

 マモルが未帰還者となってしまった報告の。

 「おーう、邪魔するぜー」

 「みんなお帰りなさい。連絡ないから少し心配したわ」

 準備室のドアが開き、リキヤとシオリが入ってきる。

 体つきのいいリキヤはこれからバイトなのか、中身の軽そうなカバンを持ち、シオリの方は部活を抜けてきたのか、髪を後ろで束ねていた。

 (ふたりとも、あんな笑顔で……)

 リキヤもシオリも上機嫌である。

 送り出した者たちが帰ってきたのだ。それは嬉しい気持ちにもなるだろう。

 (その笑顔を、これから私が壊すんだ……)

 締め付けられるような胸の痛みにココロは拳を強く握った。白い手がさらに白くなっていく。

 「何が少しだ。めちゃくちゃ動揺してたじゃねぇか」

 「そんなことないわよ。ちょっと調味料を間違えたくらいじゃない」

 「おやっさん泣いてたぜ。『こいつは人生のようなコーヒーだな』って」

 「なによ、塩と砂糖を間違えるくらい誰にでもあるでしょう」

 「古典的なことしやがって。今どきそんなことをするやつなんてお前くらいだろうよ。少しはこの俺を見習えってんだ。このハガネのような()()()の精神を」

 「無理して難しい漢字を使おうとしないでよ。不動でしょうが」

 「細かいことは気にすんなって」

 「それに、ずっとスマホを握りしめてたアンタが何言ってんの」

 「バッ、それは言うんじゃねぇよ! 俺はただ、何かあったらすぐに駆けつけてやれるようにずっと待ってただけだ。さながらヒーローのようにな」

 「スマホを見てはメッセージを確認して、何もなくてため息を吐く。あの感じだと、ヒーローというよりは返信を待つヒロインのような感じだったけどね」

 「あぁ!? この筋肉に向かってずいぶん言ってくれるじゃねぇかシオリさんよぉ!?」

 「これからは新しいジャンル『筋肉系ヒロイン』として生きて行きなさいよ」

 「……待てよ。それもアリか」

 「ナシよ!」

 「あの、お二人とも、そろそろいいですか?」

 延々と続くやり取りの間にファーネが切り込む。このままでは先に進まない。

 「大事な話があるので落ち着いてください」

 「ああ、悪いなファーネさん。って、マモルがいねぇじゃねぇか。あいつはどうしたんだ?」

 「それを含めて、大事な話をします」

 「?」

 「……何かあったんですか?」

 リキヤは未だよくわかっていない感じだが、シオリは重苦しい空気を感じとっていた。

 「マモルさんの事ですが――――」

 「待ってくださいファーネさん」

 説明しようとしたファーネをココロが止める。

 「私が、話します」

 「……わかりました」

 ファーネが一歩退くと、入れ替わるようにココロが前に出る。

 沈痛な表情のまま、ココロは二人と向き合った。

 「シオリ、リキヤ。今からとても辛いお話をします。どうか気を強くしてお聞きください」

 ココロの雰囲気を感じて、リキヤもシオリも真っ直ぐにココロを見つめた。

 「実は――――」

 ココロは話し始める。

 リーモ王国であったこと。

 ハウラであったこと。

 そして、ペリペティアであったこと。

 「――――マモルは私をティポスから守ってくれました。マモルもうまく戦ってティポスを飛空船の外へ放り出すことに成功しました。でも、ティポスも最後の力を使ってマモルを道連れにしたんです」

 あの時の光景が頭をよぎる。

 どうにもならないと悟ったマモルが、ティポスに手をつながれたまま笑顔でハウラへと落ちていく姿が。

 「マモルは最後、笑って落ちていきました。私たちに心配させないために……」

 ここまで話し終えたココロは、一度大きく息を吐いた。

 ざわつく心を鎮めようとしたがうまくいかない。

 「今回の結果はぜんぶ私が悪いんです。本当にすみませ――――」

 「ちがうんです!」

 ココロが頭を下げようとしたところをミヅキが叫んで止める。

 ココロが振り返ると、瞳を潤ませたミヅキが辛そうに立っていた。

 「ペリペティアを操縦していたのは私なんです! 私、が、私がマモル先輩を、見捨て、たんです!」

 「ミヅキ……」

 「あの時、マモル先輩が落ちたと聞いた時、一切のためらいもなく船を旋回させるべきでした。もしかしたら間に合ったかもしれないのに。私はすでに諦めてしまっていたんです!」

 仮にあの時、ミヅキがマモルを助けに戻ろうとしたらどうなっていただろうか。

 急旋回と急降下が間に合いマモルを回収する。

 そこまではできたかもしれない。

 しかしブースターの使えないペリペティアでは再び上昇することはできたかっただろう。

 下手をすれば降下の勢いすら殺せず、そのまま墜落していたかもしれない。

 よしんば無事に着陸できたとしても、ハウラはすでに滅びの始まっている地。

 そのまま滅びに巻き込まれ、ハウラの想造核(イメージ・コア)に取り込まれてしまっていただろう。

 他に選択肢なんてなかった。

 それはミヅキ本人にも分かっている。

 それでもマモルを救わなかった罪悪感からは逃れられないのだ。

 「私が、私が―――――!」

 「ミヅキ」

 うろたえるミヅキをシオリがそっと抱きしめる。

 「シオリ、先輩……!」

 「ミヅキ、お帰りなさい」

 シオリは優しくゆっくりと背中を叩きながらミヅキを落ち着けようとする。

 「その場にいなかった私には、ミヅキのしたことが正しかったかなんて分からない。でもね、ミヅキが無事に帰ってきたことはとても嬉しい。ちゃんと帰ってきてくれてありがとう」

 「先……輩……!」

 「ココロも」

 シオリはミヅキを抱きしめながらココロの方を向く。

 名前を呼ばれたココロは一瞬震えたが、シオリと目を合わせる。

 「大変だったみたいね。マモルを助けようと動き回ってくれてありがとう」

 「いえ、私は結局なにもできなかったんで……」

 ただただ無力であった。

 もっと自分に力があればと思わずにはいられない。

 「確かにマモルも一緒に帰って来られなかったのは残念。でもね、大丈夫よ」

 「「え?」」

 ココロとミヅキの声が重なる。

 大丈夫。大丈夫とは、何が大丈夫なのだろうか。

 「ああ、そうだな。俺もそう思う」

 リキヤが組んでいた腕を解くと、ニカッと笑う。

 その表情からは一切の不安なんて感じさせない。

 「約束したんだろ? マモルと。あいつは普段からぼんやりしてるようなやつだけどな、約束を破るようなやつじゃないぜ」

 「そう、ああ見えてマモルは頑固なところがあるからね。今ごろ約束を守るために必死なはずよ」

 リキヤもシオリも一切疑っていない。

 マモルの生存を。マモルが懸命に生きようとしていることを。

 「で、でも、いくらなんでもあの状況じゃあ――――」

 「そうです」

 ココロの後に続くようにファーネが言葉を重ねる。

 「高高度を飛ぶ飛空船からの落下。ティポスに拘束されている状態。そして、滅ぶすんぜんの世界。この絶望的な要因の数々の中での帰還は前例がありません。生存確率は著しく低いんです」

 いたずらに希望を残したくなく、事実を受け入れさせようとファーネははっきりと言った。

 ファーネも始めてではない。

 むしろ何度も経験してきた。

 支部長という立場から苦渋の決断を強いられる場面もある。

 仲間を犠牲にしてでも先へ進んできたのだ。

 その過程で現実を受け入れられない者も数多くいた。

 そういった者たちに向かい合うことも自身の仕事であると思っている。

 「事実を信じられない気持ちは察しますがこれが現実なんです。辛いと思いますが、どうか受け入れてください」

 「ふっ、違うなファーネさん。俺たちはただ知っているだけだ」

 「知っている?」

 「あいつのスゴさをな」

 ファーネの言葉を受けてもリキヤは一切揺るがない。

 不敵な笑顔のまま、ファーネと向かい合っている。

 「マモルは俺より力はないし、シオリよりも器用じゃない。何考えてんだか分からない時もある。けどな、それでも約束を守ることだけは、守ろうとすることだけは誰かに負けたことはないんだ」

 リキヤとシオリの力強い瞳を見ていると、すべてを諦めていたココロたちでさえ信じてしまいそうになる。

 そしてリキヤは戸惑いつつあるココロに目を向けた。

 「だからなココロ。マモルを想ってやってくれ」

 「想う……」

 ココロは胸に手を当てると体の中心が暖かくなるのを感じた。

 先ほどまであんなに重苦しい気持ちだったのに、今はマモルを信じたい想いが微かに芽生えている。

 「ああそうだ。心配すんなって。あいつは、一方的に約束を破るようなやつじゃないからよ!」

 そう言ってリキヤは親指を立ててみせたのだった。



 ビャコ支部の自室へと帰ってきたココロはイスではなくベッドに腰を降ろした。

 スプリングが静かに軋み、体重の軽いココロであっても優しく包み込む。特別な仕様で、質の良い素材を使っているベッドは、一度眠るだけでほとんどの疲労を取り除いてくれる。

 「私は、どうすればいいんだろう……」

 ため息を吐きつつ部屋の中をぼんやりと見回す。

 ココロの部屋はあちこちに寄贈された物があるが、どれも綺麗に収納されている。ほとんどが世界ごとの特産品だが、中には用途の分からない物も混じっていた。

 神の偶像(ギフト)と呼ばれるココロは世界の守護翼の中でも特別な地位を与えられている。

 その期待からココロへと寄付のような事をする者がいるのだ。

 寄付をする人にとっては道端の道祖神にお供えをするようなものだろう。

 尊い存在に持参した物を捧げることによって恩恵を得ようという行い。

 もしくは、純粋に(たっと)ぶための行い。

 善意による行為だが、受け取る側の気持ちはどうだろうか。

 過ぎた期待は重荷となってのしかかる。

 本物の神だったら、そんな想いも受けとめられるのだろうか。

 「私には、神の偶像(ギフト)としての使命がある。だから、小さな希望なんかにすがることは許されない」

 自らを戒めるように呟く。

 今この瞬間にも滅びに向かう世界を救うべく動いている人たちがいる。

 こんなところで夢や希望にうつつを抜かしている場合ではない。

 「それは、分かっています……」

 頭では分かっている。

 かといって、マモルの生存を信じたい気持ちは捨てきれない。

 「でも、私に何ができるのかな……」

 ライゼストーンのマーキングをしてない以上は再びハウラに行くことはかなわない。

 何よりハウラ自体がすでに滅んでしまっている可能性が高いのだ。転移をするのは現実的ではないであろう。

 「信じる……っていっても、何かしてあげたい」

 というよりは、動いていないと不安に押しつぶされてしまうのだ。

 しかし、今のココロは休暇命令がくだっている。

 異世界から帰ってきたばかりなのでファーネから休むよう言われたのだが、どうしても落ち着かない。

 気持ちの整理のために設けたわけだが、罪滅ぼしをしたくなるココロを抑えるために、ファーネは『命令』という強い言葉を使用した。

 休むのも仕事の内だとは言うが、はたして今のココロは休めているのだろうか。

 「……ふぅ」

 大きく息を吐いてベッドに背中をあずける。

 (少し休もう……)

 いいかげん思考のし過ぎである。

 答えの出ない思考は精神を磨耗させるだけだ。

 ココロは目を閉じてぐるぐると回り続ける思考を止めようとする。

 ――――ピンポーン

 ようやく休もうと決めたところでインターホンが鳴った。

 (……誰だろう?)

 ココロの部屋を訪れる者は少ない。

 場所的にもビャコ支部の奥まった所にあるうえに、神の偶像(ギフト)という肩書きがココロを近寄り難い存在にしていた。

 長年ここに住んでいるが、ここに来た者は十人にも満たないだろう。

 いつだれが来てもいいように整理整頓を心がけてきたが、それが功をそうしたことはない。

 気だるげな体を起こしベッドから降りて外の様子を映すモニターを確認する。

 そこには長い金髪をなびかせた女性が立っている姿が映っていた。

 (ミラノ?)

 世界の守護翼ビャコ支部所属であり、飛空船ペリペティアの船長である。

 少しきつめの目もとを弛ませてカメラに向かって手を振っていた。

 (なんの用だろう?)

 ちなみにミラノは何度かココロの部屋へと来たことがある数少ない者の一人だ。

 たまにココロのもとを訪れて他愛もない話をしたり、ちょっとした厄介事を持ってくる。

 ココロにとって気兼ねしないで話せるという意味でも大切な存在だ。

 「今開けます」

 ココロは一言声をかけてから扉のロックを解除する。

 ロックを解除された扉は、ココロが前に立つと静かな音で横にスライドした。

 「悪いねココロ。休みの日に来ちゃってさ」

 ミラノは少しばつの悪そうな顔をしていた。

 「いえ、気にしないでください。やることもなくて横になってただけですから」

 「……そうかい。まあ、その、なんだ。あんまり落ち込むんじゃないよ?」

 「……え?」

 唐突に励まされ、ココロは思わず聞き返してしまった。

 戸惑うココロを置いてミラノは少し早口で話し始める。

 「アンタもマモルも精一杯がんばったんだ。マモルもがんばったし、ココロもがんばった。結果は残念だったけど、落ち込んでばかりだとマモルが悲しむよ」

 「……はい。そうですね」

 どうやらミラノはココロを励ましに来たようである。

 だが、慣れないことをしているせいか、ミラノはココロと目を合わせず、視線をあちこちに泳がせていた。少し照れているようにも見える。

 そんなミラノの様子を見ていたココロは、少し安心した気持ちになっていった。

 「ありがとうございますミラノ。わざわざ励ましに来てくれて」

 ココロは丁寧に頭を下げる。

 心配されるのは少し申し訳ない気もするが、ミラノの気持ちは素直に嬉しかった。

 「まだ気持ちの整理はついていませんけど、ミラノのおかげで少し楽になりました」

 「なに、気にしなくていいよ。用はそれだけじゃないから」

 「……え?」

 素直に頭を下げたことを少しだけ後悔した。

 どうやらミラノは他に用件があるようだ。

 「ミラノは私を励ましに来てくれたんじゃないんですか?」

 「いや、そっちも大切な用事だったさ。ただ、他にもちょっとした頼み事があってね」

 「はぁ……」

 以前あったミラノからの頼み事は、溜まった書類の整理だった。

 ペリペティアを任されているミラノは、彼女の手下たちをまとめる存在でもあるのだ。

 そこは一つのチームとして成り立っているので、重要な判断は船長であるミラノに一任されている。

 人を率いる能力は申し分ないのだが、なにぶん細かいことが苦手であり、事務仕事も苦手であった。

 その結果、とても一人で捌ける量をはるかに超えてしまい、ココロに泣きついたのだ。

 (あの時は結局、休みを一日潰したあげく、次の日も徹夜でしたね……)

 ココロはその時のことを思い出してため息を吐いた。

 「なに、心配しなくていいよ。きっとココロになら任せられる事だから」

 「そうなんですか?」

 「ああ、実はこの子なんだけどね」

 そう言ってミラノは足下を振り返った。

 しかし、そこには誰もいなかった。

 「あ、あれ? どこ行ったかな?」

 辺りを見回すがそれらしい姿は見当たらない。

 「……ミラノ、人を励ますなんて慣れないことをしたせいで幻覚まで見えるようになるなんて……」

 「いや違うよ! 何言ってんだい!」

 「でもいいんですよミラノ。私なら大丈夫ですから。少し休んでください。そうだ、頂き物ですけどお茶を淹れますね。たしか気持ちが落ち着く効果があるとか書いてあったはずです」

 「いや、それはアンタが飲みなよ……」

 ココロがミラノの想いを勘違いしていると、廊下の曲がり角からココロたちの様子を伺っている女の子が見えた。

 黒いおかっぱ頭を出してじっと見ている。

 「あの子は……?」

 「あ、そんなとこにいたのかい。こっちにおいで」

 ミラノが手招きすると、女の子はおずおずと角から出てくる。

 大きなトカゲ(?)のぬいぐるみを抱き抱えて小走りでココロの前まで行くと、じっとココロの顔を見上げた。

 まっすぐに見つめられて、ココロは少したじろいだ。

 「え、えっと、こんにちは」

 「……」

 女の子は何も言わない。

 じっとココロの顔を見つめるだけであった。

 「た、たしか、ペリペティアで会いましたね」

 「……」

 「キャラメルはおいしかったですか?」

 「……」

 「あのあとすぐに行っちゃいましたけど、また会えてよかったです」

 「……」

 「あ、あの……」

 「……」

 「……」

 ココロが泣きそうな顔でミラノの顔を見る。

 「落ち着きなよココロ」

 「この子は、私のことが嫌いなんでしょうか……」

 「いや、大丈夫だよ。アタシも最初はこんな感じだったし。この子はちょっと訳あって極端に無口なんだ」

 「訳?」

 「どこにでもある話さ。とりあえず諦めないで会話してごらんよ」

 「は、はい!」

 ココロは改めて女の子に向き直ると少しかがんで目線を合わせた。

 「えっと、こんにちは」

 「……」

 「私の名前はココロです」

 「……」

 「お名前を教えていただいてもいいですか?」

 「……」

 「……」

 「……が」

 「……ん?」

 「がおたん」

 「そ、そうですか! がおたんってお名前なんですね! 強そうなお名前で素敵だと思います!」

 「あー、ココロ。喜んでいるところ悪いけどさ」

 上機嫌になっているココロにミラノが苦笑いで口を挟む。

 「『がおたん』は、そのぬいぐるみの名前だ」

 「……」

 ココロの笑顔が凍りつく。

 やっとの思いで聞き出せたことがぬいぐるみの名前であった。

 「……こほん」

 再び改めて女の子に向き直るココロ。

 「『あなた』のお名前はなんですか?」

 「……ミステル」

 「ミステル?」

 女の子は、ミステルこくんとうなずいた。

 「どうですかミラノ! 名前を聞き出すことに成功しました!」

 「ああ、うん。よかったね」

 「ミステルもよろしくお願いしま――――」

 一瞬目を離した隙に、ミステルがいなくなっていた。

 「あれ、ミステル?」

 「部屋に入ってたよ」

 「え?」

 部屋の中を見ると、ミステルが寄贈された物を眺めているところだった。

 無表情で小さな人形を見ている。

 「それで、いったいどういう用件なんですか?」

 「ペリペティアにいた避難民たちがどうなったか聞いてるかい?」

 「たしか、新しく住める世界が見つかるまで、ビャコ支部の近くに簡易拠点を建てるって話でしたね」

 もともとミラノの任務は滅ぶ寸前にあった世界に住む人たちの救出であった。

 その過程でハウラに迷い込んでしまい、ココロたちと合流したのだ。

 「そう、とりあえずそこで暮らしててもらうってことで話が進んでいる。仮でも腰を落ち着けられる場所ができれば安心するもんさ」

 「そうですね。あの方たちにはいいかげん安心してもらいたいです」

 「辛いことが重なったからね。だからアタシたちも大急ぎで拠点の建造をしてるところさ」

 「なら、私も手伝いに――――」

 「いや、アンタには別のことを頼みたくてね」

 ミラノが寄贈品を物色しているミステルを見つめる。

 「あの子のね、面倒を見ていてほしいんだ」

 「ミステルの?」

 「ああ、あの子はちょっと訳ありみたいでね。なんでも両親がいないらしいんだ。それで親戚間をたらい回しにされたらしい」

 「……」

 「まあ、そんなのはよくあることさ。ただ、今回の件でその親戚連中までいなくなっちまってね。今は完全に身寄りがない状態なのさ」

 「そう、なんですか」

 改めてミステルを見る。

 ミステルは本を眺めながら首をかしげていた。

 「ミステルの言葉数が少ないのは、そのせいなんでしょうか?」

 「……さぁ、どうだろうね。少なくともあの無口のせいでちょっと孤立しちゃっててね。本当はアタシが面倒を見てあげたかったんだけど、拠点の建造で忙しくてね」

 「ああ、そういうことですね」

 忙しいミラノたちと違って休暇中のココロは手が空いている。

 「わかりました。ミステルのことは私に任せてください」

 「悪いね。拠点には簡易だけど孤児院も建てる予定だから、それまでね」

 「わかりました。他にも何かあったら言ってくださいね」

 「ああ、サンキュ。また様子を見にくるからね」

 それだけ言うと、ミラノは行ってしまった。

 どうやら本当に忙しいようだ。

 「さて、と」

 ミラノを見送るとココロも部屋に戻っていった。

 「ミステル?」

 部屋に入るとミステルは本とにらめっこをしていた。

 床に置いた本をパラパラとめくりながら首をかしげている。

 「ミステルは本が好きなんですか?」

 ミステルが読んでいるのは水彩画で書かれた絵本のような児童書のようなものだ。

 (たしかこの本は……果物から生まれた主人公が悪さをする鬼を退治にいく話だとか言っていたような?)

 本をもらった時に概要を聞いたがちゃんと読んだことはなかった。

 「よめないの……」

 「え? ああ、ミステルのいた世界とは違う文字で書かれていますからね」

 ココロはミステルの側にかがんで本を見た。最初は知らない記号のように見えるが、少しすると霧が晴れるように文字がはっきりしてくる。

 「よめる?」

 「はい、大丈夫ですよ。私には知らない文字でもすぐに理解できるようになる()()が備わっていますから」

 「おねえちゃん、すごい……!」

 ミステルの目がキラキラと輝く。

 羨望の眼差しを向けられてココロは少し照れくさくなった。

 「た、大したことないですよ。それより、その本を読んであげましょうね」

 ココロは本を持ち上げるとベッドに座った。

 少しスペースを空けてミステルをうながす。

 「さぁ、どうぞ」

 だが、ミステルは座ろうとしない。

 ココロの前でもじもじと少し戸惑っているように見えた。

 ココロは少し考えると、姿勢を正して手を広げた。

 「おいで」

 ミステルは一瞬驚いた顔をしたが、おずおずとココロに近づき、ひざの上に座った。

 「座りづらくないですか?」

 「……だいじょうぶ」

 少し緊張しているのか、ぬいぐるみを抱きしめる力が強くなっている。

 「そうですか。辛かったら言ってくださいね。それじゃあ読みますよ」

 ミステルの前で本を開いてタイトルを読み上げる。

 「『グレープ王子の大冒険』」


 「うーん。すごい話でしたね……」

 絵の感じから絵本のような優しい話だと思ったが、中身はしっかりとした冒険活劇であった。

 「どんなに強い鬼も圧倒的な数の前にはいかに無力なのか」

 ハラハラドキドキの展開の連続、さらに王子のピンチに同じ房から生まれた兄弟が助けに来てくれた展開は胸を熱くなった。

 気がつけば読むことに熱中してしまった。

 「ミステル?」

 ミステルの方を見ると腕の中でうつらうつらと舟をこいでいた。

 「眠くなっちゃいましたか?」

 こくんとしたのは眠気からかうなずいたからか。

 ココロは本を置くとミステルをそのままベッドに横たえた。

 ぬいぐるみを取ろうとしたが、よほど大事な物なのか離そうしないので一緒に寝かせる。

 「おやすみなさい、ミステル」

 ミステルはすでに寝息を立てていた。

 ココロは起こさないように静かに離れるとミステルの顔を見つめた。

 「今この子が安心して寝ていられるのはマモルが守ってくれたからですよね……」

 マモルはその身を犠牲にしてたくさんの命を守った。

 それはココロにはできなかったことだ。

 「私に、できること……」

 未だ答えは出ない。

 今のココロにできることなんて、せいぜいミステルに寄り添うだけだ。

 「マモル……。あなたならどうしますか……?」

 自分も命を懸けて守ろうとすればいいのだろうか。

 だが、神の偶像(ギフト)という立場も理解している。自分がいなくなればティポスへの対抗手段が減ってしまう。

 「せめて、今の私にできること」

 ココロはミステルを見つめる。

 寝返りを打ったときに毛布がずれたのでかけ直す。

 「まま……ぱぱ……」

 「え?」

 寝言に驚き顔を覗くと涙が一筋流れていた。

 「……ミステル」

 ココロはベッドに座るとミステルの頭をなで始める。

 「大丈夫ですよミステル。安心して眠ってください」

 優しく呟くように言い聞かせると、ミステルの寝息も落ち着いてきた。

 今はただ、ひとりぼっちのこの子を守ってあげたいと思う。

 「……そういうことですか」

 少しだが、なんとなく見えてきた気がする。

 ココロが今できること。

 そして、したいこと。

 「おーい、ココロー。様子を見に来た――――」

 「ミラノ、しーーー」

 「おっと」

 ベッドで寝ているミステルに気がついてミラノは口を閉じた。

 「寝ちまったのかい」

 「はい、すこしは安心してくれたみたいです」

 「そうかい。そりゃなによりだ」

 「それに、ミステルのおかげで決めたことがあります」

 「うん?」

 「私、マモルが守ったものを守ります」

  今、唯一ココロの胸の中に沸いた純粋な想い。それを言葉にしたことで想いはさらに強くなる。

 「どういうことだい?」

 「マモルが守ったものを私が守るんです。マモルが帰ってきたときに胸を張って会えるように」

 「……そうかい。それでアンタが進めるならそれでいいんじゃないか」

 「はい」

 新たな決意を心に秘め、ココロはまた進むことに決めた。

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