さよならハウラ
ペリペティアへの想造力のチャージ作業が行われているなかで、ミヅキと船員たちは慌ただしく動き回っていた。
操舵室の中には素人には手を触れることすら躊躇われる数のスイッチや計器が並んでいる。
「想造力充填率は?」
そんな中でもミヅキは、まるで全て理解しているかのようにスイッチを押していく。一度ミラノに大雑把に教えられただけだったが、ミヅキには充分だった。
「98%だ!」
「ブースターは?」
「いつでも使用可能だぜ嬢ちゃん!」
「よし、これで発進準備完了ですね。マモル先輩たちは?」
「乗船確認した。アネゴたちはみんな無事だ」
「了解です!」
ミヅキは放送用のマイクを掴むと、息を吸い込む。
「みなさん、戦闘お疲れ様でした。これからペリペティアはすぐに発進します。衝撃に注意してください」
それだけ言ってマイクを置く。
(マモル先輩たちはやり遂げてくれた。なら、次は私の番です!)
ミヅキは船員たちを見回す。
「みなさん、飛び入りの私に力を貸してくれてありがとうございます。あと一息です。このまま一気に飛び立ちましょー!」
船員たちは笑顔で親指を立てて返してくれる。普段はミラノの命令しか聞かないはずなのに、飛び入りのミヅキの言うことをよく聞いてくれたものだ。
感謝の意を込めてミヅキも笑顔で頷き返し、舵の横にある大きめのレバーを掴んだ。
「それでは行きます……。ペリペティア! 発進!」
気合いを込めて叫ぶと、レバーを思い切り押し込んだ。
「あうぅぅ、すごい衝撃でした……」
落下防止用の柵を掴み、ココロはなんとか立ち上がった。まだ少し足が震えている。
「そうだね、このまま分解しちゃうのかと思ったよ」
隣に立つマモルも少し震えていた。ほとんど初体験ばかりなはずなのに、驚いたくらいで済ませている順応性はたいしたものだと思う。
「何言ってんだいマモル、こんな衝撃で壊れちまうほどアタシの船はヤワじゃないよ」
さすがに慣れたものなのか、ミラノは平気そうだ。これくらいのことは日常茶飯事なのだろう。
「へ、へへ、お前と同じで、神経の太そうな船だな……」
「なんだとヴノ……って、アンタ顔が真っ青じゃないか」
軽口からまた言い争いになると思ったが、柵にもたれかかって休んでいたヴノに覇気がない。顔色が青く、げんなりとしていた。普段から背負っている斧も今は柵に立て掛けている。
「ヴノさん大丈夫?」
マモルが側に行くと、ヴノの背中をさすり始める。
「また飲み過ぎ?」
「い、いや、さっきの揺れで、ちょっと、酔った……」
どうやら乗り物酔いをしやすいタイプのようだ。
それを見ていたミラノがため息を吐く。
「酒に酔ったり飛空船に酔ったり、忙しいやつだね」
「ほ、ほっと、うぷっ、け……」
ヴノはそれだけ言うと、床に寝転がってしまった。強がっているようだが、先ほどの戦闘の疲れも重なっているのでなかなか辛そうだ。
「まぁ、おとなしく休んでいるんだね。さて……」
ミラノは近くにあった壁に付いている機械を操作し始めた。いくつか操作すると、スピーカーに向けて話しかける。
「ミヅキ、そっちは順調かい?」
『……ミラノさん! どうもお疲れさまです! いやぁ最高ですねこの感覚! 点火用のレバーを押し込む感じとか、まるで巨大ロボットを動かすようでした! あまりに素晴らしかったんでもう一回やっちゃうところでしたよ!』
スピーカー越しでもミヅキの昂揚具合が伝わってくる。
そういえばマスターが言っていたが、初めて自動車を運転する時はなんだか気が大きくなったりするらしい。自分よりも大きなものを動かすという行為は興奮作用を促すようだ。今のミヅキもそのような感じなのだろう。
「ああ、アンタなら上手く、というより楽しくやれると思ったよ。とりあえず、各種計器の数値を教えとくれ」
『了解です』
ミラノとミヅキが難しい会話を始める。専門的な会話でココロにはピンとこなかったが、出力や揚力の話をしているようだ。
「ふむ……安定はしてるみたいだね。ブースターの調子はどうだい? もう一度使えそうかい?」
「いえ、ミラノさんの言った通りでやっぱりダメそうですね。このまま飛行する分には支障はないんですけど」
「そうかい。無理させてるだけだからね」
「ねぇミラノさん、どういうこと?」
不穏な空気を感じてマモルが口を挟む。
ミラノは振り返ると腕を組んだ。
「ペリペティアの修理をしている時に気づいたんだけど、部品と時間が足りなくてね。そもそもペリペティアは離着陸の負担が大きい飛空船なんだ。一度飛び上がってくれれば中にある浮遊石と想造力が反応して上昇し続けてくれる」
「ふーん、そうなんだ。じゃあこのままなら別に大丈夫なんじゃないの?」
『そう、このまま行けば問題ありません』
答えたのはミヅキだ。こちらの会話もスムーズに聞こえているみたいである。
『上昇を続けて雲の結界を抜ける分には充分な想造力があります。ただ、逆に高度を下げることができない状態なんです』
「引き返せないってこと?」
『そうです。一度高度を下げた場合、ましてやハウラに着陸を余儀なくされた場合、もう一度空へ飛び立つのはほとんど無理だと思ってください』
「おおぅ……」
マモルが不安そうな顔をする。
どうやらペリペティアも本調子ではないらしい。限られた時間と資材では一度きりの脱出が限界だったようだ。
「何度も言ってるけど、脱出する分には大丈夫さ」
少し重くなった空気を変えるようにミラノが笑って言う。
「ここではしゃいで落っこちないようにすればいいだけさ」
『そう言うことです。雲を突き抜けるまではゆっくりと浮上していくだけなので、空の旅をごゆっくりお楽しみくださいー』
「ペリペティアが飛んでる時に操舵室を離れるのは久しぶりだからね。楽しませてもらうよ」
そう言ってミラノは軽く伸びをしながらどこかへ行ってしまった。
「ミヅキはそのままでいいんですか?」
一人だけ操舵室から出られないのはかわいそうだ。可能ならミヅキとも一緒に話をしたい。
『はい、私はこのままここにいます。すごいですよここは。免許も無いのにこんな飛行機みたいなものを操縦させてもらえるなんて思ってもいませんでした。せっかくなのでもう少し堪能してます』
「そ、そうですか……。無免許と言われてさっきとは別の不安がよぎりましたけど……」
「まあまあお気になさらずー。ココロさんもマモル先輩もお疲れなんですから休んでいてください」
「分かったよミヅキ。何かあったらすぐに言ってね」
「了解ですマモル先輩。ではー」
そう言ってミヅキは内線を切った。
ミヅキもミヅキなりに楽しんでいるようだ。好きこそ物の上手なれという言葉を聞いたことがあるが、ミヅキなら上手くやってくれるだろう。
「じゃあ僕らも休ましてもらおうか」
「そうですね」
さっきまで戦闘していたのだ。ココロもマモルもだいぶ疲弊している。少しくらい休んでもいいだろう。
マモルが歩きだして柵の近くまで行くのでココロも後に続く。
「避難してた人たちも出てきたみたいだね」
マモルが辺りを見ながら言ったのでココロも見る。
たしかに船員とは違う人たちがちらほらと甲板に出てきているようだ。
「ずっと部屋の中にいると気が滅入っちゃうもんね」
「たしかにそうですね」
ずっと奥にある避難所にいたのだろうから久しぶりの外の空気なのだろう。安心して外を見ている姿が見られる。
そうこう言っている間に、ココロたちは柵にたどり着いた。
「空から見る景色ってのはなかなか良いもんだね。遠くの方まで見渡せるのは気分がいいや」
マモルは柵に手を置くと遠くを見つめた。眼下にはかつての住宅街や商業施設が見られる。
「そうですね。マモルはあまり空を飛んだりはしないんですか?」
「僕らの世界だと空を飛んで移動するっていうのはいろいろとハードルが高くてね。僕だって、こんな飛行機みたいなのに乗るのは中学生の時の修学旅行ぶりだったかな」
「じゃあ、久しぶりの空の旅ですね」
「うん、そうだね。できればもう少し青色とか緑色が欲しかったところだけど」
目に映るのは風化した建物ばかりだ。傾いていたり錆びていたりと、あまり目の保養になるとは言えないだろう。
「ココロはどうなの? やっぱりあっちこっち世界を冒険していると空を移動するなんてよくあることなのかな?」
「世界の守護翼の活動は冒険や旅行とはちょっと違いますけど……。でも、そうですね。空を移動することはよくあります。透明な橋を渡ったり、大砲で飛ばされたり、想造力とは違う不思議な力で体が浮いたり……」
「大砲で移動って、ホントにあるんだ……」
「オススメはしませんけど……」
昔のことを思い出し、ココロは少し憂鬱な気分になる。あの時、あれだけ回転してよく無事に着地できたものだ。
(できれば二度と乗りたくないですね……)
ココロは思い出を消し去るように話を進める。
「ちなみに行ったのは空だけじゃありませんよ。水の中に入ったこともありますし、鬱蒼とした森の中もあります」
「ふーん、そうなんだ」
「楽しいことばかりではありませんでしたけど、貴重な経験は積むことができたはずです」
基本的にはライゼストーンの導きによって行き先が決まるので、どういう世界なのか分からないことが多い。
最近は技術の発展により世界の情報を得られることができるようになったが、それでも行き当たりばったりという時もある。
「そっか、ココロは僕の知らないたくさんの世界を知っているんだろうね」
マモルは遠い雲を見つめる。その先に見つめるのは故郷である自分の世界か、はたまたまだ見ぬ未知の世界か。
「……マモルは、今回の活動はどうでしたか?」
「ん?」
うつ向きながら訊ねると、マモルがココロの方を向く。
「トラブルの多い旅でしたけど、もしマモルさえ良ければまた力を貸してもらえたらなと思います」
「あんまり役に立てたとは思えないけど……」
「そんなことありません!」
マモルが謙遜じみたことを言うと、ココロの語気が強くなる。
「マモルに何度も助けられました! 楽しかったし心強かったです!」
「そ、そっか」
自信のないマモルに想いが伝わるようにと真っ直ぐ見つめると、マモルは視線を反らして鼻を掻いた。
「そう言ってくれるのは嬉しいね。……じゃあ今度はリキヤとシオリも誘ってあげようか」
「そ、それじゃあ……」
マモルは柔らかく微笑む。
「またよろしくお願いするよココロ。僕ももっといろんな世界を見てみたい」
「はい……はい! ありがとうございます!」
頭を下げてお礼を言った拍子にマモルにぶつかりそうになったが、お互い特に気にしていないようだ。
喜びを分かち合っていると、遠くの方で轟音が響く。突然のことに二人して肩を竦める。
「……今のは?」
驚いた顔をして辺りを見回すマモル。
どうやらペリペティアの下、ハウラから聞こえてくるようだ。
「あ、アレですマモル」
ココロが指差す先をマモルも追いかける。
そこには沈むように大地に飲まれていく巨大な電波塔の姿であった。
近くの商業施設や家々も一緒に飲み込まれているようだ。
「……すごい、光景だね」
あまりにも衝撃的な光景にマモルは絶句していた。
周りを見ると、大地のところどころに不自然な黒い穴が空いている。穴の向こうは真っ黒なのに、少し光っているように見えた。
「……アレが、世界の滅びです」
眼下に広がる恐ろしい光景を感じて、ココロは胸の前で祈るように手を組んだ。
「あのように、想造力を失った大地は世界の想造核へと還っていくんです。やがて世界の輪郭さえもなくなり、残った想造核さえも消えてしまいます」
「そっか……」
マモルはそれだけ言うと、ココロと同じように手を組んだ。
「マモル、ありがとうございます」
二人して目を閉じる。
何に対しての祈りなのかは分からない。だが、マモルは世界にも想造核があるなら意思もあるのではないかと言った。
このハウラという世界が誕生してからどれくらいの年月が経ったのかは分からない。しかし、きっと気の遠くなるような長さなのだろう。
そして今、その役目を終えようとしている。そんな世界に思うことは、悼むというよりは労うという気持ちのほうが正しいのかもしれない。
たとえこの世界の人間ではないココロたちだが、それくらいのことを想うくらいは許されるだろうか。
「……風が冷たくなってきたね。そろそろ中に入ろうか」
しばらく経ってマモルが目を開けて言った。
「……はい」
ココロも目を開ける。空を見上げると雲に近づいてきていた。もうすぐ結界を抜けるだろう。
「さぁ行こうかココロて……ん?」
歩き出そうとしたマモルが何かに気がつく。
「どうしましたマモル……って、あっ」
振り返ったココロも気がついたようだ。
「……」
振り返った二人を見上げるように、小さな女の子が立っていた。
黒いおかっぱ頭の女の子で、ほとんど無表情でマモルとココロを見ていた。
「きっと避難所にいた子なんでしょうね」
「そっか」
マモルは片ひざを付くと女の子と目線を合わせる。
「どうしたのかな? キミはひとりかい?」
「……」
マモルが話しかけるが、女の子は返事をしない。怖がっている様子はないが緊張しているのだろうか。
「きっと、離陸の時の衝撃で驚いたんじゃないですか?」
「ああ、なるほどね」
ココロが助け船を出すとマモルはもう一度女の子を見た。すると、女の子がマモルのズボンのポケットの膨らみを見ていることに気がつく。
「あ、そういうことなんだね」
マモルはポケットから小さな箱を取り出す。
「なかなか良い勘をしてるねキミ」
小さな箱から四角い包みが出でくる。
「キャラメルですか?」
「うん。ほとんど常に携帯している僕のマストアイテムさ。ほどよい甘さとコクで大人から子どもまで大好きなミルクキャラメル。昔は高価な物だったみたいだけど今は気軽に食べられる。フレーバーもいろいろあってね、イチゴ味とかピスタチオ味とか小豆味とか抹茶味とか焼肉味とか麻婆味とかあるけど、やっぱり僕は普通のミルクキャラメルが好きだね。たまに他の味に目移りしちゃうし、違う味ももちろんおいしいけどやっぱり戻ってきちゃうんだよ。これはもう細胞とか染色体とかそういう人としての根本的な部分でおいしく感じるように出来ているんじゃないかな。それをこんな安く、そして持ち運び易いように設計した方々にはどれだけ感謝してもしたりない。きっと長い長い時間と労力がかかったということは容易に想像できる。それを実現させることができたのは情熱と、そして愛じゃないかな。そう、このキャラメル一粒一粒にはそんな愛が込められているのさ。そもそも僕がなんでこんなにキャラメルを好きかと言うと実はね――――」
「マモルマモル、もういいです。もう解りましたから……」
止まらないマモルの話をココロが強引に遮る。このままでは何時間と解放されない。
「……そうかい?」
少し寂しそうにするマモル。まだ話し足りないのだろうか。
「大丈夫です充分です。ほら、マモルの話が長いから女の子が呆然としちゃってますよ」
「何も表情は変わってないように見えるけど……」
マモルはひとつ咳払いをすると、改めて女の子と向かい合う。
「というわけで、はいどうぞ」
「……」
マモルはキャラメルの包みを渡すと、女の子はそれを受け取る。
しばらくキャラメルとマモルとココロを順番に見ると、
「あ」
女の子は何も言わずに走り去ってしまった。
「そっか、そんなに嬉しく思ってくれたみたいだね」
走り去る女の子の背中を見ながらマモルは満足そうに微笑む。
「え、これでいいんですか?」
呆れた顔でココロが訊ねると、マモルは、ハッとして女の子の背中に向けて声をかける。
「食べる時は一緒に温かい牛乳があると美味しいよ!」
「え、それでいいんですか?」
「ふむ……さすがだねココロ。できれば牛乳にハチミツを入れてホットハニーミルクにしたい」
「いえ、そういうことではなくてですね……」
そうこう言っている間に女の子は見えなくなってしまったようだ。
「行っちゃいましたね……」
「じゃあ僕たちも行こうか」
「……マモルがいいなら、いいんですけど」
なんとなく釈然としない気持ちを抱えながらココロは歩き出したマモルを追う。
「そうだ、ヴノさんも起こしてあげないとね」
そう言うと、マモルはイビキをかいて寝ているヴノに近づき揺すり始める。
「ほらヴノさん、寝るならベッドに行こう」
「それもなんだか今さらな気がしますけど」
しばらく揺すっているとヴノが目を覚ます。顔色もだいぶ良くなってきたようだ。
「……んあ? 着いたのか?」
「いや、まだだけど。ここは少し冷えるから中に入ろうと思って」
「んああ、そうだな。冷えちまったから熱燗が呑みてぇ」
「さすがにビャコに着くまで我慢してください」
ヴノも立ち上がり、側にあった斧を背中に担ぐ。そして三人で扉に向かおうとしたとき、なにやら遠くの方で人だかりができていることに気がついた。
「なんだぁ?」
ヴノが怪訝そうな声をあげる。
なにやら避難してた人たちが集まっているようだ。
「どうしたんだい?」
「あ、ミラノ」
騒ぎを聞いてかミラノも合流する。
「なんだか避難してた人たちが集まっているみたいです」
「なんだろうね? アンタたちはここで待ってな」
そう言ってミラノは集団に向けて歩き出す。
「どうしたんだいアンタたち?」
ミラノが声をかけると、男が一人振り向いた。
「あの黒い化け物がいるんだ!」
「なんだって!?」
ミラノが集団をかき分けるように前へ出る。
するとそこには片腕に鎖を巻きつけたティポスが一体だけいた。
「船に潜り込んでいたんだね。アンタたちは下がってな」
ミラノがそう言って想造武具を具現化させると避難してた人たちも下がる。すると、少し遠くにいたココロたちにもティポスが確認できた。
そして、それはティポスも同じだったようだ。
ティポスとココロの目が合ったような気がした。
すると、ティポスはミラノに目もくれず、真っ直ぐにココロに向かって走り出す。
突然活発に動き出したティポスにパニックになる人たち。あちこちで悲鳴があがる。
「くっ!」
ミラノが急いで弓を構える。彼女にかかれば一発でティポスを貫くことができるだろう。
「ダメだ……! これじゃあ射てない!」
逃げ惑う人たちが射線状に入ってしまって矢を放つことができない。たとえティポスに命中しても、貫通した矢が他の人に当たってしまう。
ティポスは真っ直ぐにココロたちの方へと走る。何より、いつもの個体より素早い。
「もしかして、コイツはさっきのククリ・ティポスの……! ヴノ!」
ミラノのは叫ぶようにヴノを呼んだ。
「そいつはククリ・ティポスの力を受け継いでる。小さいからって油断するんじゃないよ!」
「ちっ!」
足取りがまだ重たそうだが、ヴノが斧を構えて前に出る。
「おりゃっ!」
真っ直ぐ突っ込んできたティポスに向かって斧を振り下ろす。重い一撃だが当たればひとたまりもないだろう。
だがティポスは鎖を巻きつけた片腕でそれを防ぐ。
防ぐのに使った片腕は消失したがまだ動けるようだ。
ヴノもそれに気付き、追うように斧を横に振るうが、ティポスは飛び越えて避けてしまう。
ティポスは止まらない。
まるでココロしか見えていないかのように真っ直ぐ向かっていく。
ヴノを飛び越えたティポスは残った腕を伸ばしてココロに襲いかかる。
「あ」
とっさのことでココロは動けない。というよりは、ティポスと目が合った瞬間からなぜか体が動かなかった。
その目から伝わってくるのは、ひたすらに自分を求めて来る執着心。それが、ただ怖かった。
(ああ、ダメです……)
迫る鋭い爪を呆然と見つめながらココロは自分の弱さを後悔していた。
(やっぱり私にはダメなんです……)
頭の中を駆けめぐる後悔の嵐。
(大したチカラもないのに、期待しないで。私なんかじゃ、アナタを救えないんです……)
誰に向けての懺悔かも分からないことを思いながら、目を反らすこともできずに真っ直ぐティポスを見つめ続けた。
ティポスの伸ばした手がココロの目の前に迫る。
「ココロ!」
自分を呼ぶ必死な声と共にココロは突き飛ばされて床に倒れる。
「マモル!」
顔を上げるとティポスと戦っているマモルの姿があった。
「くっ、強いっ……!」
しかし、ティポス自身の能力が高いからか、後ろへと押されながら攻撃を受けていた。
ついには柵にまで追い込まれてしまう。
「ま、マモル、今いきます……!」
首を振って呆けていた自分を叱咤し、ココロは玉の想造武具を具現化させる。
「だい、じょうぶ!」
だがマモルは、そんなココロを叫んで止めた。
「ま、マモル?」
なぜか分からないままココロは動きを止める。
マモルは腰を落とし、飛びかかってきたティポスの下に潜り込むように盾を差し込んだ。
「よい、しょー!」
掛け声と共にティポスをすくい上げると、船の外へと放り出した。そのままティポスは落ちていく。
「ふぅ、こんなもんでしょう」
マモルは息をついて振り返ると、ココロに向かって親指を立てた。
「マモル……。よかった……」
ココロも安堵と共に息を吐いた。突然のことでどうなるかと思ったが、なんとかなったようだ。
だが、その時だった。
マモルの背後から鎖が立ち昇っていくのが見えた。
「へ?」
鎖は親指を立てるために伸ばしていたマモルの左腕に巻きついていく。
「おおおおおおお!?」
完全に油断していたマモルは鎖に引っ張られ船の外へと落ちていってしまった。
「マモル!?」
すぐさまココロは柵へと走り下を見る。
そこには残った腕が鎖に変化しているティポスと、その鎖を外そうともがいているマモルの姿があった。
「くっ、ミヅキ!」
ココロは振り返ると、内線装置に向かって叫んだ。
「マモルが落ちてしまいました! すぐに旋回してください!」
早く助けに行かなくては。その焦りからココロは声の限りで叫ぶ。
『で、でも……』
だが、返ってきたミヅキの声は震えるものだった。
『い、今ここで引き返したら、ペリペティアは……!』
そう、先ほどもミヅキが言った通りペリペティアのブースターはもう使えないのだ。一度高度下げたが最後、再び上昇することは厳しいだろう。
「ミヅキ!」
ミラノが話を遮るように叫ぶ。
「アンタはもう何もしなくていい! アタシが行くから舵から手を離すんだ!」
操舵室へ向かうためミラノが走る。
「そ、そんな……」
その様子を見てココロはがく然とする。このままマモルを見捨てて脱出するのか。
「――――。おーい、ココロー」
「ハッ! マモル!?」
マモルの声が聞こえてココロは再び下を見る。
「待っててくださいマモル! 今助けに……!」
今にも飛び降りようと柵を掴んだココロはマモルの様子を見て驚愕した。
笑っていた。
鎖は解くことができないと悟ったのか、親指を立てながら微笑むように笑っていた。
「な、なんで……マモル?」
何ひとつ理解が追いつかない。今この時この窮地で笑う必要がどこにあるのだろうか。
混乱するココロの横で強く大きな音が鳴る。
ココロが驚いて見ると、柵に思い切り拳を打ち付けているヴノがいた。
「バカ野郎が……!」
苛立たしげにそれだけ呟くとヴノは内線装置に向かって叫んだ。
「ミヅキ! このまま行け!」
「そ、そんな。マモルを見捨てるんですか!?」
ココロがすがり付くが、ヴノは腕を振るって引き離す。
「うるせぇっ! 俺の言うことが聞けないのか! 従わねぇなら俺がこの船を落とすぞ!」
ヴノの斧を持つ手に力が込められる。凄まじい気迫を感じられた。
「ヴノ……アンタ……」
その様子を見ていたミラノが足を止めて見ていた。
『くっ! ああああ!』
ミヅキの絶叫と共にペリペティアの高度が上がっていく。もう雲の結界は目の前だ。
「マモル、マモルーーーー!!」
下に向かって手を伸ばすココロだが、ペリペティアはそのまま雲の中へと突入し、マモルの姿も見えなくなっていった。
「行っちゃったなぁ……」
地面にできたクレーターに仰向けで倒れながらマモルは呟いた。
ペリペティアから落ちたマモルは下に向かって反射攻撃を放つことで落下速度を抑えることに成功する。そのかいあってなんとか無事着地できたが、想造力を使い尽くし動けなくいた。
動けるようになるためには少し時間が必要だ。
「でも、今さら生き残ってもなぁ……」
唯一の脱出手段だったペリペティアは遥か彼方である。もう、どうしようない。
「まぁ、やれることはやったよね……」
ココロたちは無事のはずだ。
船にいたティポスも落下中に放った反射攻撃に当たって倒したし、ペリペティアはもう安全だろう。
「ココロ、悲しませちゃったかなぁ……」
唯一気がかりなのは別れ際のココロの表情だ。仕方がない状況だったとはいえ、マモルにはアレしか考えられなかった。
「自分を責めてなければいいけど……って、今さら僕が気にしてもしょうがないか」
地面が揺れている。
もう何もできることはない。このまま目を閉じて眠ってしまえば滅びに巻き込まれて全て終わるだろう。
「……いろんなことから解放されるっていうのは、少し気分がいいかもしれないね」
そんな悟ったようなことを呟いて眠ろうとしたマモルだが、不意に思いついたことがあって体を起こした。
「そうだ。せっかくだから試してみようかな……」
横になってたおかげで少しは想造力も回復した。これなら動く分には問題ないだろう。
回復が早いことは素晴らしいことである。
「よいしょっと」
マモルは立ち上がると周囲を見回す。微弱な地震は頻発しているが、この辺はまだ地面が残っているようだ。
「……行こう」
滅びつつあるハウラの大地を、マモルはゆっくりと歩き出した。




