ペリペティア防衛戦
「みんな集まったね。準備はいいかい?」
ペリペティアを操作するための舵の前で、ミラノは腕を組んで集まった者たちを見回す。
ここにいる者たちはほとんどが見知った顔の連中だ。
だが、ペリペティアに常駐している手下の船員を除けば、他は出会ったばかりの者が多い。
「はいはーい、ミラノさん。こっちはいつでもバッチリですよ」
その中のひとりである白衣を羽織った少女ミヅキが手を上げた。
知的好奇心が強くフットワークも軽い。将来は良い研究者になるだろう。
「おいミヅキ、あんまし耳元できゃーきゃー言うんじゃねぇよ。頭にひびくだろうが……」
頭を押さえたヴノがうめくような低い声で言った。
背中に背負う大きな斧に見合う体つきは、初めて見る者には威圧感を与えることだろう。ここにいる者たちには効かないようだが。
「ヴノさん、作戦前に呑んだあげく二日酔いになっちゃったんですか……」
「あきれた奴だねこいつは」
ため息を吐くミラノに煩わしそうに手を振ってヴノは答える。
「あーあー、俺のことは気にすんなって。酒が足りねぇだけだ。もうちょいしたら良くなるからほっといてくれや……」
「大丈夫ですかヴノ? はい、お水です」
白い髪を揺らしたココロが、ヴノに水の入ったコップを差し出した。
あわただしく持って来たのでコップの中身が少し減っている気がする。
「おうおう、優しくしてくれるのはココロだけだぜ、まったく。他の女どもも見習ってほしいもんだ」
それを聞いたミヅキとミラノのこめかみがピクリと動いた。ミヅキはピンク色の銃をショルダーバッグから引き抜き、ミラノはショートボウの想造武具をそれぞれヴノに突き付ける。
「そこまでおっしゃるのならヴノさん、ちょうどこの中に一発で効く酔いざましが入ってますけど、撃ち込んで差し上げましょうか?」
「ああ、アタシの矢も気付けにはぴったりだ。一発いっとくかい?」
「い、いや、その気持ちだけで十分だぜ……」
「そうですか? まぁたしかに、無用心な物言いをするくらいには元気そうですし、今回はいいでしょう」
「ま、次は気をつけるんだね」
ミヅキとミラノはそれぞれ武器を仕舞った。
無事に生き延びたヴノが一息つくと、水をチビチビ飲み始める。
「アンタたちといると退屈しないね」
「お騒がせします」
マモルが頭の後ろに手を当てながら言った。
何も考えていなそうなぼんやりとした顔つきからは、常に先頭に立ち、自慢の盾で仲間を守り抜く姿は想像しがたいであろう。
「別にいいさ。緊張し過ぎて動けないよりはずっといい。適度に気を抜いて、適度に引き締めて行こう」
「そうですね、気を引き締めて行きましょう」
「うん。でも、気負い過ぎないようにねココロ」
「はい!」
お互いを心配し合うマモルとココロ。先ほど二人で話し合う姿を見かけたが、どうやらうまくいったようだ。これなら大丈夫であろう。
「とりあえず、みんな気合い十分だね」
ミラノは大きく頷いた。
「さて、それじゃあ、今から『ハウラ脱出作戦』を開始するよ。説明するからちゃんと聞いとくれ」
一同の視線がミラノへと集まる。
「って言っても、やることは先に話した通り単純な話だ。これからペリペティアにライゼストーンをセットして、船体に想造力を行き渡らせる。アンタたちは、その想造力に引き寄せられるティポスたちを片っ端から倒していってほしい」
大きな飛空船を飛ばすほどの想造力だ。それを狙ってハウラに残っているティポスたちが集まってくるだろう。
戦える者は、けっして多くはないが、ギリギリなんとかなるだろうとミラノは思っている。
「もちろん全滅させる必要はない。ようは時間を稼いでくれればそれでいいんだ」
ティポスは途切れることなくやってくると予想している。
いくらかでも分散してくれればいいと思うが難しいだろう。
「そして、ペリペティアに想造力が満たされたら防衛終了さ。全員でペリペティアに搭乗。それが確認できたら緊急浮上して、雲の結界をぶち破る。あとはライゼストーンの力を使って転移して脱出さ。これが今回の作戦の流れだよ。何か質問はあるかい?」
ミラノは皆を見回すが、手を上げる者はいなかった。それを確認してミラノは頷く。
「長く厳しい戦いになることが予想される。疲弊したり負傷したら遠慮なく船内に撤退しておくれ。アタシたちは誰ひとり欠かすことなくハウラから脱出する。そのために、みんなで協力していくよ!」
「「「おぉーーーー!!」」」
ミラノが拳を振り上げると、ペリペティアを震わせるほどのかけ声が返ってきた。
「よし、じゃあみんな、持ち場についとくれ」
防衛のためにペリペティアの外に出る者たちと、ペリペティアを診る者たちとであわただしく動き出す。
そんな中でミラノは、舵に優しく撫でるように手を置くと、心を込めて呟いた。
「頼んだよペリペティア。またアタシたちを大空へと運んどくれ……!」
風が強く吹き付ける。相変わらず息吹きを感じさせない無機質の風は、この世界に来た当初より強まっている気がする。
雲の動きが早いが、雨が降りそうな気配はない。
嵐が来そうというわけではない。
だが、どことなく不安を煽るような気候である。
「……世界の滅びが近いのかもしれないですね」
ぼんやりと空を眺めていたマモルだが、隣に立ったココロに気がついて視線を下ろした。
「そうなの?」
「はい、滅びの前は風が強くなったり、地震が頻ぱんに起こります。世界がもがき苦しんでいると言われる現象です」
「まさに天変地異ってやつだね。きっと世界も必死なんだろうね」
「必死……ですか?」
「世界にも僕らと同じように想造核がある。だったら、たぶん僕らと同じように考えることもあるんじゃないかな。最後まで、諦めたくないって」
意識あるうちは、命ある限りは、最善をとろうとすることが心ある者の本能だと思う。
諦めるのも諦めないのも本来は個人の自由なのだ。
「それでも、どうしようもありません……。滅びの進んだ世界を救う術は、ないんです……」
「……うん、そうなんだろうね」
悔しそうに手を握るココロの頭に、マモルはそっと手を乗せた。
「僕らには僕らにできることをがんばろう。この世界がなくなっても、この世界があったことは覚えておこう」
それは何の意味もないことかもしれないけれど。今のマモルたちにはそれしかできない。
「はい、そうですね……」
ココロも顔を上げる。
きっと幾度となくココロはこんな思いをしてきたのだろう。そのたびに少なからず傷ついてきたはずだ。
その想いがすこしでも軽くなればいいとマモルは思う。
「あ、マモル」
「うん、さすがに僕でも感じられる」
強い想造力が発生するのを感じ、マモルたちはペリペティアを見上げる。
どうやらライゼストーンが動き始めたようだ。
「作戦開始ですね」
「うん、がんばろうね」
マモルとココロが頷き合う。ライゼストーンの想造力に惹かれて、すぐにでもティポスが攻めてくるだろう。
「お、さっそく来やがったぜ!」
一番遠くにいたヴノがティポスを確認する。
現れたティポスはまだ2、3体。この程度の数ならば一瞬でカタがつく。
「よっしゃ、一番槍はいただきだぜ!」
我先にと飛び出したヴノがティポス目掛けて斧を振り下ろす。
「まだまだァ!」
そのまま返す刀ならぬ斧でティポスを切り裂いていった。
「へっ、この程度かよ。話にならねぇな」
斧を肩に乗せて調子づくヴノ。だが、ティポスはそれだけで終わらなかった。
地面から這い出てくるモノ、瓦礫の影から飛び出してくるモノ。
あっという間にヴノは囲まれてしまう。
そんな中ででもヴノは笑みを絶やさずにいた。
「いいぜ、いくらかでもかかってきな!」
不敵なままで、ヴノは斧を持つ手に力を込める。
そこへマモルも飛び込んだ。
盾を突き付け、ティポスを弾き飛ばすと、ヴノの背中を守るように立った。
「ヴノさん、先行し過ぎじゃないかな!」
「堅いこと言うなってマモル。獲物ならたくさんいるだろ。一人占めにはならねぇよ」
辺りを見回すと、ティポスはすでにヴノの近くだけでなく、そこらじゅう出現していた。
「いや、そうじゃなくって、危ないでしょ」
「そんなの、どこにいても同じだろうがよ!」
迫りくるティポスたちを斧で薙ぎ払いながらヴノは叫ぶ。
たしかに、すでにもう混戦状態だ。
ココロもミヅキも船員たちも、それぞれの想造武具を手に戦い始めている。
「まぁ、そうだけどさ」
「だろ! 今は目の前の敵を一匹でも多く倒すのが優先だ。それが分かったら倒しまくれ!」
「おーけー!」
ヴノの言葉に背中を押されるように、マモルも盾を振るう。
まだ出現するティポスはよく見る爪が長いだけの個体ばかりである。この程度ならマモルも特に苦もなく倒すことができた。
「おいマモル!」
「何、ヴノさん?」
「せっかくだから勝負でもしようぜ! こいつらを一匹でも多く倒したほうが勝ちってことで!」
「えぇ!? 数えてる余裕あるかな……」
「いいじゃねぇか、それくらいの遊びは必要だぜ」
「まぁ、うん。いいけどさ」
「決まりだな。ズルすんなよ」
「ヴノさんこそね」
二人は目配せをすると、眼前のティポスに向かっていった。
マモルとヴノが派手に戦っているおかげで、ティポスの意識は二人に向いていた。
二人から少し離れたペリペティアに近い位置でココロたちも戦っているが、ここに現れるティポスはマモルたちのおこぼれくらいのものだ。
はっきりと数が少ない。
「いやー、あの二人のおかげでだいぶ楽ができますねーココロさん」
ピンク色の銃をあちこちに向けて撃つミヅキは、まだまだ余裕そうだ。
しかし、景気よく撃ちまくっているが彼女の試験管の残量はいかほどなのだろうか。
「そうですねミヅキ。マモルもヴノもがんばってくれています」
ココロの操る玉がティポスを貫通し、その奥にいたティポスを弾く。ここまで大がかりな戦闘は久しぶりであるが、ココロも特に苦戦を強いられていることはないようだ。
まだ、他を気にする余裕はある。
「マモルも想造力の使い方が上手くなってきていますし、ヴノにいたっては想造力も無しにあれだけ戦えています。はっきり言って恐ろしいかぎりです」
「男子は戦うのが好きですからねー」
ミヅキは茶化すようにそう言ったが、それだけで済ましていいのか分からないくらい、二人の戦闘力はすごかった。
今もティポスに囲まれ続けているが、特にものともせずに立ち回っている。
マモルがなるべくヴノを背中に置くように動いているのもあるが、そう動くのだって楽ではないだろう。
戦闘において周辺の状況を常に把握するのは基本だが、それを維持するのはとても難しい。
戦いに熱が入るほど、周りが見えなくなっていくものだ。どんな達人であろうとも、冷静で居続けるのは至難の業である。
なので、マモルの把握する能力は、彼の一つのセンスによるものだろう。
おいそれとマネできるものではない。
「しかしまぁ、あとどれくらいかかりますかねー」
ミヅキがチラリとペリペティアに目を向ける。
正確な所要時間は分からないとミラノは言っていた。三分で終わることもあれば三時間でも終わらない可能性があると。
「ミラノも大雑把なところがありますから。頼りにはなるんですけど」
「それはまぁ、なんとなく分かります」
彼女の性格からして完璧に仕事を終わらせてくれるだろうが、ゴールの見えない戦いはつらい。
「ミラノを信じてがんばりましょうミヅキ」
「りょーかい、ですけど……」
また一体のティポスに向かって銃を向けるミヅキ。確実にティポスを減らすことはできるが、いかんせん弾数に限界はある。一度に連続して撃てる数は限られているのだ。
「リロードがだいぶ面倒になってきましたよ」
どれだけ素早く試験管をセットしても、リロードが完了するまで数秒かかる。その間は無防備となってしまうのだ。
「ガトリング形式にすれば……? いや、弾詰まりしたときの被害がまずい……。バズーカにすれば……いやいや、弾数が少ないと言っているのにさらに減らすようことをしてどうする……。もっと効率化しなければ……」
ぶつぶつと呟くミヅキ。戦闘中でも思考を止めないミヅキだが、見ている方はハラハラする。
「ミヅキ、戦ってる最中に考え事は危ないですよ」
たまらずココロが声を掛けるが、ミヅキの耳には届いていない。
「やはりリロードか……。私自身の手際を磨くか、銃の構造を替えるか……。リボルバーよりもマガジン式のほうがいいか……?」
だんだんと動きが鈍くなりがちになっていき、ティポスに囲まれていく。目に見えて捌ききれていない。
「ミヅキ、集中してください!」
ココロの叫び声にようやく気づいたミヅキがハッとして顔を上げる。飛び掛かってくるティポスと目が合った。
「ミヅキ!」
ココロの玉は間に合わない。ミヅキも迫りくるティポスに対し目を閉じていまう。
「まったく、何やってんだいミヅキ」
空から連続して落ちてくる矢に、ミヅキの周りにいたティポスが貫かれていく。
「この矢は……!」
ココロが空を仰ぐと、ペリペティアの甲板に立つ人影が見えた。
「ミラノさーん!」
ミヅキが手を振る。
大きな弓を携えたミラノが甲板から飛び降りてきた。
「いやーミラノさん、助かりま――痛ァ!?」
ミラノは近づいてきたミヅキにデコピンをする。
「戦闘中に考え事に熱中するやつがあるかい」
「……すみませんです」
おでこを押さえながらシュンとするミヅキ。さすがに自分に非があったのを自覚しているようだ。
「ミラノ、ペリペティアはいいんですか?」
場の空気を変えようとココロが質問する。
「ああ、チャージは順調さ。この分ならあと少しで飛び立てるよ」
「そうですか。良かった」
「ここからはアタシも戦闘に参加するよ。だから……」
ミラノは再びミヅキの方を向く。
「ミヅキ、アンタは交代だ」
ミラノの言葉にミヅキが焦ったように驚く。
「ちょ、ちょっと待ってくださいミラノさん、私はまだまだ戦えますよ! さっきはちょっと油断していただけで……」
「その油断が命取りなのさ。反省してるなら言うことを聞いとくれ」
「むぅ……」
分かりやすくしょぼくれるミヅキだったが、ミラノの言うことは正しい。先ほどの件を抜きにしても、リロードに時間のかかるミヅキの銃では集団に囲まれると対処しきれないところがある。素直に後方支援に回ったほうが良いだろう。
だが、ミラノは別に後方支援に当たらせたいわけではないようだ。
ミラノはそっとミヅキの肩に手を置くとシニカルに笑って見せた。
「そんな顔するんじゃないよミヅキ。アンタには例のアレを頼みたいのさ」
ミヅキが顔を上げる。その目はさっきまでと違ってキラキラと輝いていた。
「い、いいんですかミラノさん?」
「ああ、アンタだから頼むんだ。ペリペティアのこと任せたよ」
「やったー!」
ミヅキは意気揚々とペリペティアへ走り去って行く。その顔はとても嬉しそうだった。
「まったく、現金なコだね」
苦笑いをして見送るミラノにココロは声を掛ける。
「あの、ミラノ、例のアレといいのは……?」
「フフッ、気にしなくていいよ。すぐに分かることさ」
「?」
意味深に微笑むミラノだが、説明するつもりはなさそうだ。
「そんなことより、アタシたちも行くよココロ。マモルたちの援護をしてやらないとね」
「は、はい、そうですね。マモルとヴノを助けに行かないと」
「よし。おい、お前たち」
「おぅ、なんだアネゴ?」
ミラノが船員たちに召集をかける。
「これからアタシとココロは前線に出る。ペリペティア周辺の護りは任せたよ」
「おぅ。こっちは任せとけアネゴ!」
ミラノの指示を受けると、船員たちはすぐに散らばっていった。
「じゃあ行くよココロ!」
「はい!」
ミラノの背中を追って、ココロは前線に向かって走り出した。
「反射攻撃!」
爪を突き出してきたティポスを受け止め、想造力を込めて弾き返す。なるべくティポスが密集しているところを目掛けて狙ってみると、複数体まとめてダメージを与えられて効率が良さそうだ。
一体ずつ対応していると時間がかかってしょうがない。
「ふぅ、分かりやすく経験値でもくれればもう少しやる気が出るんだけどな」
ゲーム好きのマモルとしては、ひたすら戦闘を繰り返すだけの作業のようなレベル上げなんて苦痛と思ったことはない。かと言って、早く終わるに越したことはないのは確かである。
そのためには効率化を考えてしまう。
自分の強さと相手の強さを比べ、倒すのにどれだけ時間がかかり、与えるダメージと受けるダメージを参照し、何度も繰り返していく。
苦行のような行いを楽しくできるのがゲーム好きの性だとマモルは思っている節があった。
「おいマモル、今ので何体目だ?」
背中にいるヴノが声を掛けてくる。重たい斧をずっと振り回しているはずなので、その声には少し疲労感がにじんでいた。
「たぶん35体だと思うけど、ヴノさんは?」
「へっ、俺は40を越えたところだぜ。この調子でいけば俺の勝ちだな」
「何言ってるのさ。さっきよりもペース落ちてる気がするよ。少し休んできたら?」
「お前こそ何言ってやがる。俺はここからが見所だぜ。なんだったらあっちで座って見てるか?」
「いや、遠慮しとくよ。ここにいる方がヴノさんの勇姿をよく見ることができそうだし」
「へっ、そうかよ。じゃあ期待に応えてやらねぇとなッ!」
何度目かになるティポスたちの攻撃が迫ると、マモルたちは武器を構えて立ち向かった。
今のティポスの構成は普通のタイプに混じって鎖を持っているのが紛れている。集団の隙間から飛んでくる鎖にマモルもヴノも手こずっているようだ。
「クソッ、鬱陶しい鎖だぜ。払っても払ってもキリがねぇ」
飛んできた鎖を斧で叩き落とすヴノだが、どうしても隙が生まれてしまう。
そんな時、真っ二つにしたティポスの後ろから鎖が投げられた。前にいたティポスが死角となっていたため気づくのが遅れてしまう。
「ちぃっ!」
ヴノは反射的に空いていた左腕を上げた。鎖はヴノの左腕を捉え、グルグルと巻き付いていく。
片腕を封じられたことにティポスが気づき、ヴノへと殺到していく。
「ヴノさん!」
マモルもヴノを助けに向かうが、それをヴノは叫ぶように止める。
「マモル! そこに伏せてろ!」
「え、なんで!?」
「いいから!」
ヴノが持っていた斧を地面に置いたのを見て、何かする気なのだと理解し、マモルは頭をかかえながら飛び込むように伏せた。
「うしっ……いくぞ!」
鎖の感触を確かめるように両手で握ると、ヴノは鎖を引っ張った。鎖の先のティポスがふわり浮かぶ。
「どっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!」
ヴノは掴んだ鎖を持ちながら回転を始める。上下に振り回し、近づいてきたティポスを巻き込みながら回転のスピードを上げていく。
「ぅおおりゃあああああああああ!!」
やがて、近くにいたほとんどのティポスを巻き込むと、黒い塊になったティポスたちを地面に叩きつけた。
まとめられたティポスたちは地面でバウンドをすると、次々と消失していく。ヴノに巻き付いていた鎖も消えたようだ。
「お、終わったかな……?」
頭の上で轟音が鳴り響いていたため、ずっと伏せていたマモルだが、静かになったタイミングで体を起こす。
「うわぁ、あんなにいたティポスたちが一体もいないや……」
ずいぶんとスッキリした辺りを見回して感嘆の息を吐いた。どうやら撃破数では勝ち目はなさそうだ。
「そうだ、ヴノさんは……?」
これだけのことをして見せたのにヴノの気配がない。普段であれば高笑いとともに酒でも呑んでいそうな場面であるが。
マモルが振り返るとそこにヴノはいた。
「ヴ、ヴノさん!」
しかしマモルが目にしたのは、堂々とした佇まいで酒を呑む姿ではなく、地面に突っ伏して動かないヴノの姿であった。
想像とあまりにかけ離れた姿に一瞬戸惑ったが、すぐにヴノの元へと走る。
「ヴノさん、大丈夫!?」
慌てて声を掛けると、ヴノは呻くように返事をする。
「お、おぉぉぅ。マモルか……」
「ヴノさん、まさか今の一瞬でティポスに……!?」
最悪の事態を想定しなければ。怪我を負っているならばすぐさまペリペティアへ運ばなければならない。
慌てふためくマモルをよそに、ヴノはゆっくりと言葉を続けていく。
「き」
「き?」
「きもちわりぃよぉぉぉぉ……」
「……」
どうやら回転のし過ぎで三半規管をやってしまったようだ。ただでさえ合間に酒を呑んでいたので、その酔いの苦しみはかなりのものだろう。
「まぁ、うん、酔っ払った状態であれだけグルグル回ればそうなるよね……」
「ということでマモル……」
「何?」
「しばらく守ってくれよぉ」
「……はい?」
今のやり取りで辺りを囲っていたティポスはほとんど一掃されている。
だがそれは一時の間だけだ。今もちらほらと新しいティポスが出現して来ている。また増えてくるだろう。
四方八方から襲われたらとても対処しきれない。
「じゃあ、頼んだ……」
「いやいやいやいや。待ってヴノさん僕には荷が重い」
そんなことを言っている間にティポスが近づいてきた。
「くっ……!」
すぐに盾を振るって倒すが、すぐに次々と襲いかかってくる。
「ムリムリムリムリ! ヴノさん起きて! 僕ひとりじゃ対処しきれないよ!」
「あー、わりぃ。あと5分……。いや10分でいいから……」
「時間増えてじゃん!?」
なんとか持ちこたえているが、すぐに限界がくるのは目に見えている。そしてそれは思ったより早く訪れるようだ。
複数体のティポスが一度に襲いかかってきた。その数5体。
全員が正面から来ればなんとかなるが、囲まれている状況では厳しいものがある。
盾一つのマモルにとって、乱戦や混戦はあまりにも不利だ。
「っ! せめてもう一つ盾があれば……!」
空いている左手はいまだに何も掴めない。
無い物ねだりの前にできるだけのことをしようと身構えたその時。
「マモルー!」
ココロの声が聞こえたと同時に、マモルの横を玉と矢がすり抜けた。ティポスたちは玉に弾かれ、矢に貫かれ消失していく。
「ココロ、それにミラノさん!」
走ってくる二人の姿に、マモルは安堵のため息をこぼす。
「間に合ったようだね」
ロングボウを構えて矢を放ち続けながらミラノは言った。
「大丈夫ですかマモル!? ケガとかしてませんか!?」
マモルの体をペタペタ触りながらココロが聞いてくる。
「大丈夫、大丈夫だからココロ」
慌てるココロを落ち着かせるように手を掴むマモル。そこでようやくココロもハッとしたようだ。
「よ、良かったですマモル」
手を握られたココロが顔を赤らめて止まる。
「ココロも無事で良かったよ。ミラノさん、ペリペティアはもういいの?」
「もちろん順調さ。あと少しで飛び立てるよ」
「そっか、じゃあ、あとちょっとなんだね」
頑張ったかいがあったようだ。
「とりあえず、いい加減ココロの手を放してあげたらどうだい? 茹でダコになっちまうよ?」
「え? ああ、ごめんココロ。痛かった?」
「い、いえ、大丈夫です……」
マモルが手を離すと、ココロは掴まれていた手をもう片方の手で包み込む。強く握りすぎたか。
「さて、これからはティポスの数を減らしながらペリペティアまで戻るよ。――ってあれ? ヴノはどうしたんだい?」
「えっとヴノさんなら……」
マモルが指を指すと、そこにヴノはいた。
「ぐごー、ぐごー」
大きないびきを掻きながら、気持ちよさそうに眠っている。
「……」
ミラノはスッと無表情になるとヴノへと近づいていく。先ほどミヅキに怒ったときには思いやりを感じたが、今の表情からは何も感じない。
「ぐごー、ぐごー」
ヴノはまったく起きる様子がない。
そんなヴノの前に立つと、ミラノはゆっくりとかがんで、ヴノの耳を掴んだ。
「こんなところで……何やってんだいアンタはァァァァ!」
「いっでええええ?!」
ヴノの悲鳴が響き渡る。
鋭い痛みと同時に起こされるのはなかなか辛いものがあるのだろう。
だがミラノはそんなことお構い無しにヴノの耳をひねっていく。
「マモルに全部ぶん投げて自分は昼寝って、それが大人のやることかい!」
「わかった、わかったから放しやがれ! いででで、スマン、俺が悪かった!」
「謝る相手が違う!」
「マモル、スマン、ゴメン、ゴメンナサイでしたー!」
「ああ、うん、僕は気にしてないから離してあげてよミラノさん……」
マモルがそう言ったことでヴノはようやく解放された。赤くなった耳を涙目になって抑えている。
「まったくしょうがない奴だねアンタは。それじゃあペリペティアまで帰るよ」
ため息混じりにミラノはそう言ってペリペティアへと歩き出す。
「待ってくださいミラノ」
だがそれを、鋭い声でココロが止めた。
「うん? どうしたんだいココロ?」
ミラノがココロの方へ振り返る。そこには緊迫した表情で遠くを見つめるココロがいた。
「強い……とても強いティポスの気配がこちらへと向かって来ています!」
ココロが見つめる先をみんなも目を凝らして見てみる。遠近感でよくわからないが、確かに黒い塊が土埃をたてながら向かって来ているようだ。
「ちっ……!」
すぐさま反応したミラノが黒い塊に向けて矢を連続して放つ。
続けざまに射たれた3本の矢は真っ直ぐ飛び、黒い塊に命中する。しかし、残念ながら突き刺さることなく弾かれてしまった。
「止まらないかい!?」
弾かれた矢を見て驚くミラノ。
その声を聞いて今度はマモルが飛び出す。
「想造強盾!」
マモルの突き出した盾かさらに大きな盾が出現する。黒い塊は想造強盾に衝突したが、それでも前進しようとしてきた。
「ぐううう……!」
勢いに押されて少し後退りをするが、ここで想造力を解放する。
「反射反撃!」
反射の想造力を解放したことにより想造強盾は砕かれてしまったが、激しい轟音と共になんとか黒い塊を止めることに成功した。
「こ、コイツは……?」
ヴノが斧を構える。この中で一番背の高いヴノが見上げるほどの巨体だ。おそらく3~4メートルくらいは軽くあるだろう。
二本足で立ち上がってなお地面に手がつく程の長く太い腕。胴と足が細い分、腕の大きさが際立っている気がする。そして、腕と胴には鎖がグルグルと巻き付かれていた。
「ククリ・ティポスです……」
ココロが戦闘態勢をとりながら呟いた。
顔の部分は他のティポスとは違い、黄色い目が二つ付いているうえに、口のところに糸を縫い付けたような痕が見える。
『グオオオオオ!』
その口が開くと、雄叫びのような声を発した。
ジャラジャラと鎖の擦れる音をたてながら、ククリ・ティポスはマモルたちを見下ろしている。
「コイツを放置させたらペリペティアが危ない。ここで食い止めるよ」
「「了解!」」「わーったぜ!」
ミラノの指示にそれぞれ頷くと、散開する。
「ククリ・ティポスには弱点となる核があるはずです。まずは核を探しましょう」
「わかった」
ココロの助言にしたがって、マモルも囲うように走る。
「とりあえず、喰らいなッ!」
先ほどと同じようにミラノが矢を放つ。鋭い一撃だが、ククリ・ティポスは片腕の鎖で弾いてしまう。
「やっぱり、鎖が邪魔だね……」
「なら、ココならどうでしょう!」
いつの間にかククリ・ティポスの頭上にココロの玉が上がっていた。
「ただひたすらに速く……シュピラーレ!」
高速回転された玉がククリ・ティポスの側頭部へと激突する。回転するさせた分だけただぶつけるよりも威力が高い。
「うぉりゃー!」
バランスを崩したところに、ヴノが斧を振り上げて飛びかかる。真っ二つにするような勢いの一撃だったが、それも胴に巻き付けられた鎖によって防がれてしまう。
「クソッ、かてぇ……!」
なんとか押しきろうとするヴノだが、バランスを取り戻したククリ・ティポスがそれを狙う。
ククリ・ティポスの腕が、ヴノへと迫る。
「ヴノさん!」
その間に盾を構えてマモルが滑り込んだ。鎖を巻き付けた拳の激しい衝撃が盾を通して腕まで響いたが、ふたりともケガすることなく殴り飛ばされる。
「助かったぜマモル」
着地したヴノが斧を構えたままお礼を言う。
「うん、だけど相当硬いね」
ヴノの攻撃でも断ち切れない鎖となると、なかなか骨が折れそうな相手である。
すると、今度はククリ・ティポスが動く。
胴と腕の鎖を弛めると、鞭のように振るってきた。
「くっ!」
マモルが鎖を盾で弾くが勢いを殺すことができず、そのまま鎖を振り回し続けた。
縦横無尽に振り回される鎖によって、避けることに専念させられる。
「これじゃあ近づけない!」
鎖を避けながらククリ・ティポスを見るマモル。
「ん?」
すると、ククリ・ティポスの体に赤く光る水晶が付いているのを見つけた。三角の頂点を描くように三つ付いている。
さっきまでは鎖で見えなかった場所だが、妙に目だっていた。
「ココロ、もしかしてあの胸の所にある赤いやつが?」
呼び掛けるとココロも目を凝らして確認する。
「……! そうです、アレです。あの赤い三点を壊せばククリ・ティポスを倒せます!」
「あとはどうやってかだけど……」
「そういうことならアタシに任せな」
マモルが振り向くと、ミラノは不敵な笑みを浮かべていた。
「ちょっとの間このまま時間を稼いどくれ」
そう言うとミラノは、振り回される鎖の範囲から完全に外に出る。
そして、ゆっくりとロングボウの弦を引くと想造力を高めていく。
「よくわかんないけど、このまま囮になってればいいんだね?」
「はい、そういうことです」
ヴノも話が聞こえていたようで、頷くのが見えた。
「やあっ!」
鎖を避けながらもココロが玉を動かして牽制する。何度もぶつけてはいるが、さしてダメージを与えられている気配はない。
「さっきの回転は使えないの?」
「うぅ、アレはけっこう集中力が必要で。避けながらだと安定しません……」
「そっか、今立ち止まるわけにはいかないもんね」
こんなところで止まったら格好の餌食だ。マモルとヴノも攻めあぐねている状態が続く。
「よし、待たせたね。行くよ!」
そこへ、技の準備を終えたミラノが叫ぶ。
だが、それにククリ・ティポスも反応した。
ミラノの高まった想造力に目を付けたのだ。
ククリ・ティポスは鎖を限界まで伸ばし、ミラノに向けて投げた。
技を放とうとしている最中でミラノは動くことができない。
「ミラノっ!?」
ココロの悲鳴が響く。
鎖は真っ直ぐにミラノへと飛び、そして、
「おりゃああああ!」
激しい金属音とともに、ヴノが鎖を叩き落とした。
「やるじゃないかヴノ」
「へっ、おいしい所は譲ってやる。決めちまいな!」
互いに笑い合うヴノとミラノ。
そして、改めてミラノはククリ・ティポスを見る。
「三点集中……喰らいな! トリニティ・ストライク!」
ミラノから放たれた矢が光の筋を残しながら三つに分かれ、寸分違わず核を貫いた。
「グオオオオオ!?」
断末魔の悲鳴をあげながら、ククリ・ティポスはゆっくりと消失していった。
「やった、やりましたミラノ!」
ココロが嬉しそうにミラノに近づき手を上げる。
「ああ、ココロもがんばったね」
ミラノも手を上げてハイタッチをした。
「なかなかやるじゃねぇかミラノ」
「アンタも良い働きだったよヴノ」
「コイツは船に戻ったら一杯やりてぇもんだな」
「……しょうがないねアンタは。ま、アタシも少しは付き合ってあげるよ」
「あ? お前はいいから酒だけよこせ」
「……」
「いでででででででででで!? 無言で耳を引っ張っるんじゃねぇ! いい加減取れちまうよぉ!」
ふたりのやり取りにマモルとココロが苦笑いを浮かべていると、ペリペティアからアナウンスが聞こえてきた。
『えーと、あーあー、マイクテスマイクテス。聞こえていますかー』
「ミヅキの声ですね」
ココロがペリペティアの方を向く。
『戦闘中のみなさーん、ペリペティアの発進準備が整いましたー。至急ペリペティアへ乗船してくださーい』




