ハウラと呼ばれた世界
「さて、アンタたちにはまず、現状を理解してもらわないとね」
ミラノはそう言ってマモルたちを見回す。
マモルたちはミラノに助けられたあと、彼女の有する船である世界間渡航型転移船『ペリペティア』へと案内された。
見た目はツギハギされた魚のような形をしているペリペティアは、もともとミラノが自分の世界で使っていた飛空船にライゼストーンなど世界の守護翼の技術を使って改造を施された中型船である。
各所に設置されている浮遊石に想造力が蓄積されると浮かび上がり、主に強襲と救助を目的とし、ミラノは手足のように扱うことができる。
「よろしくお願いしますミラノ」
同じビャコ支部所属のココロが頭を下げる。
どうやら二人とも仲がよさそうなのでスムーズに事が運びそうでマモルは安堵した。
「まぁ、って言っても、アタシたちもここがどこだかは分かってないんだけどね」
そう言ってミラノはため息を吐く。
「結論から先に言っちまうと、この世界、仮称『ハウラ』は滅びに向かっている」
「やっぱり、そうなんですか……」
ココロが沈痛な表情を浮かべる。さまざまな世界を渡り歩いたココロはこんな世界にも来たことがあるのだろう。その都度つらい想いをしてきたのかもしれない。
「ココロは感じているかもしれないけど、ハウラには世界の想造力ほとんど残されていないんだ」
「はい、ミラノさん。質問でーす」
ミヅキが手を上げる。
相変わらず自分の抱いた疑問について遠慮しないようだ。
「想造力がなくなると世界が滅ぶって聞きますけど、具体的にはどうやって滅ぶんですか?」
「そうだね、その辺りから説明しとこうか。……おい」
「了解だぜアネゴ」
声をかけられたミラノの部下が、なにやら機械を操作すると、部屋の明かりが消えて、ミラノの前に球体の立体映像が現れる。
「はー、すごい技術。こういうのでゲームやったら面白そうだね」
「マモル、真面目に聞いてください」
ゲーム好きのマモルがポロっと本音をこぼすが、すぐさまココロに釘を刺される。
「二人とも、話を進めるよ。この球体は世界の模型さ。世界を構成する物質は世界によってさまざまだけど、その根本的なところは想造力でできているといわれてるみたいなんだ」
「世界って、想造力の塊なんだ……」
マモルがそう言うと、ミラノがうなずく。
「そう、そしてアタシたちと同じように、世界にも想造核がある」
ホログラムの球体の中心に小さな点が現れる。その点から光が波状に放たれて、球体を覆いだす。
「これが正常な世界の状態だ。中心の想造核から想造力が満たされてる。だけど――――」
球体の表面が赤くなり、波状だった光が、赤くなった箇所に強く注がれる。
「球体の表面、つまり世界の表面で想造力が過剰に消費されると、世界はそこを補おうとする。すると世界全体に想造力が行き渡らなっちまうのさ。そうなっちまうと――――」
球体の光が薄くなっていき、光がなくなったところが中心にある想造核へと吸い込まれていく。
「行き渡らなくなった場所が想造核へと吸い込まれて行って、想造力を補充する。世界の防衛本能みたいなものさ」
球体はどんどん穴だらけになっていき、もう球体と呼べるような形ではなくなってしまう。そして、
「最終的には、世界の全てが想造核へと吸い込まれて、想造核自体も消えちまう。これが世界滅亡の流れってことさ」
ミラノがそう締めると、部屋の明かりがついた。
「今、この世界で同じことが起きている。だから早く脱出しなくちゃいけないんだ」
このままこのハウラに留まり続ければ世界の想造核の吸収に巻き込まれてしまうだろう。
だが、ここでミヅキが疑問を見つける。
「あれ? じゃあなんでミラノさんたちはここに留まっているんですか?」
「じゃあ次はアタシたちの事情を話そうか」
ひとつため息を挟んでミラノは話を続ける。
「アタシたちがここにいるのは、だいたいアンタたちと同じ理由さ」
「じゃあミラノも転移先を割り込まれた感じなんですか」
「ああ、そうさココロ。アタシたちの目的地ここじゃなかった。元々は別の世界での救助が任務だった。そこの世界でも世界の滅びが始まってて、すぐに脱出しないといけない状態だった。まぁ、転移じたいはうまくいったんだけどね。でも、飛ばされた場所はビャコ支部じゃなく、このハウラだった」
ということは、二回連続で滅びゆく世界に来てしまったわけである。なかなか辛い状況だろう。
「それはなんというか、ツイてませんね」
マモルが哀れみの言葉をかけると、ミラノは快活に笑い飛ばした。
「まぁ、冒険にトラブルは付きものさ。いちいち気にしてたら身が持たないよ」
ずいぶんと気の強い人だとマモルが思っていると、後ろに立っていた彼女の部下がマモルに耳打ちする。
「うちのアネゴ、イカスだろ。あの人は元々空賊として、この飛空船ペリペティアの船長だったんだぜ。世界中を駆け回っては財宝を欲しいままにしてきた人だ。そんな人にとってこの程度のピンチなんて朝飯前ってことよ」
「おお、カッコいいですね」
空賊というのは知らない言葉だったが、海賊の空バージョンということだろうか。
なんにせよ、ミラノは部下からの信頼も厚いようだ。
「ただまぁ、アタシたちは平気なんだけど、救助した人たちが参っちゃっててさ」
ミラノは目を伏せる。
たしかに、自分たちの故郷である世界が滅んだというのに、新たに来た世界でも滅びの危機に瀕しているところだったのだ。
その心労は想像を絶することだろう。
「だから早く安全なところに連れて行ってやりたいんだけどさ。残念ながらそうもいかないのが現状だ」
「というと?」
マモルが先を促すと、ミラノは指を三本立てた。
「今アタシたちは三つの困難に直面してる。一つ目はこの船ペリペティアのことさ。ペリペティアは今、故障中なのさ」
「え、この船、飛べないんですか?」
ミヅキが訊ねると、ミラノはばつが悪そうに頷いた。
「いやね、この世界に来たときにちょいと無理させちまってね。着陸時に残ってた想造力を噴射させたらヒューズがイカれちまったのさ」
照れながら説明するミラノとは対照的に、聞いていたココロが血の気の引いた顔で驚いていた。
「ええ!? そんなことしたら想造力が暴走して、ライゼストーンが爆発しちゃいますよ!」
「そうなの?」
仕組みを知らないマモルがココロに聞き返す。
「ペリペティアはライゼストーンに蓄えられている想造力を使って飛行と転移をする船です。船体のすみずみに想造力が行き渡るようになっているんです。それを無理やり噴射させたら、想造力が逆流してライゼストーンに負荷がかかり過ぎて、最悪ライゼストーンが爆発します」
「えぇ……」
大惨事一歩手前の有り様にマモルが軽く引いていた。だが、それすらもミラノは笑い飛ばしてしまう。
「まぁいいじゃないか。みんな無事だったんだからさ」
「まったくもう……」
ココロがため息吐くが、周りにいる部下の人たちは「さすがアネゴだ」とうなずくだけだった。
「だからヒューズを探してたんだけど、そしたら『守護騎士』のいるところでサイレンが聞こえたから行ってみたらアンタたちがいたってわけさ」
「守護騎士……。あのティポスと戦ってた人ですか?」
マモルは先ほどまでいた丘の上のことを思い出す。
丘の上でマモルたちが戦った、全身にガラクタを身に付けた人。ティポス同士の融合体であるククリ・ティポスを一蹴し、マモルたちの攻撃をほとんど受け付けなかった機械人だ。
「あの人はなんなんですか?」
「アイツは守護騎士。体の側面に守護騎士と書いてある文字を見つけてからそう呼ぶようにしてる。見た目からして騎士というよりはロボットって感じだけどね。全身にくっついているのはこの世界の兵器とか機械の類いさ。なぜあそこにいるのか、いつからあそこにいるのかも不明。解かっているのは左腕の筒が吸引と射出の役割を担っていること。吸引の際に対象の大きさ問わないこと。そして、吸い込んだティポスを吐き出さないことから、ティポスを自分のエネルギーに変換していることさ」
「ティポスをエネルギーに……」
ミヅキが考え込むように呟く。なにやら思うところがありそうだった。
「あれ? あと二本のアームがあったような……」
「ああ、それならさっきアタシが壊しといたよ。アンタたちが守護騎士を引き付けてくれてたおかげでね」
「あの少しの隙で……。さすがミラノです」
「ふふん、あの程度なら朝飯前ってやつさ」
ココロに称賛されてミラノは胸を張るが、すぐにマジメ顔に戻る。
「本当はこっちとしてもティポスと戦うヤツとは協力したいと思っていたんだけどね。勧誘するためになんとかコミュニケーションを取ろうとしたんだけど、ぜんぜんダメだった。どうやら守護騎士は人間をティポス以上に嫌ってるみたいだ」
「それはなんででしょうか?」
ココロが訊ねるがミラノは首を横に振る。
「さぁね、アイツ自身に聞くしかないだろうさ。もっとも、吸い込まれるか重火器や瓦礫で追い払われちまうだけだけどね」
「せっかくティポスと戦ってくれるのに。残念です……」
ココロが肩をすくめる。こんなときでも世界の守護翼としての役割をまっとうしようとする姿勢は崩さないようだ。
「だけどね、守護騎士のことは別に放っておいていいんだ。こっちから近づかなければ攻撃されることはない。アタシたちはペリペティアの修理ができればいいのさ」
守護騎士は想造力を使ってティポスと戦っている。逆に言えば、ティポスを惹き付けてくれているということだ。
このままでいてくれた方がマモルたちにとっては都合がいいだろう。
「でも、ペリペティアが直っても、想造力が無いなら飛ばないんじゃないんですか?」
「そう、それが二つ目の困難だ」
ミヅキの疑問にミラノが答える。
先ほどミラノは、ハウラに来たときにペリペティアに残っていた想造力を使いきってしまったと言っていた。
しかも、このハウラではライゼストーンの自然回復が見込めないはずである。
「って言っても、実は想造力の問題はそこまで重要じゃないんだ」
「あれ? ハウラでは想造力が少なくてライゼストーンが回復しないんじゃあ……?」
「ライゼストーンの予備があるのさ」
「予備?」
「ああそうさ。今は特殊な布に巻かれて保管されてる。よく分からないけど、この布のおかげでティポスに想造力を感知されずに、ライゼストーンを長期保管できるみたいなのさ」
だからティポスはペリペティアを襲撃してこないのか。
どうやら最悪の場面はいろいろと想定しているようだ。
「じゃあ別に、困難と言うべきものじゃないんじゃないの?」
「いえ、そういうことではないんですマモル」
特に心配するべき事が見つからなかったマモルだが、ココロが首を横に振った。
「たしかにライゼストーンの予備があればペリペティアは動き出します。でも、そうすると大量の想造力が溢れ出すんです。どうなると思いますか?」
「どうって……」
「ハウラにもティポスがいます。今は守護騎士のところに集中していますけど、船を動かせるほどの想造力が感知されれば……」
「そっか、ティポスがみんなこっちに来ちゃうわけだね」
ココロがうなずく。
それはそうだ。ティポスの目的は想造力を集めること。ならば、より多くの想造力があるところに群がるはずである。
「そうさ、だからペリペティアを動かす時にはみんなで時間を稼いでもらいたい。ペリペティアに想造力が行き渡るまでね」
中型船と言えどペリペティアは大きな飛空船だ。動き出すまで少なからず時間がかかってしまうだろう。
「でもミラノさん。ペリペティアって飛ばないと転移できないんですか? 私たちが転移するときはどこでも大丈夫なのに」
「ああそうだねミヅキ、もっともな疑問だ。つまりそれが三つ目の困難ということさ」
神妙そうにミラノがうなずく。どうやらこれが一番やっかいそうだ。
「そもそもライゼストーンがあれば世界の守護翼に連絡することもできる。ライゼストーンのマーキング機能を使ってね」
「いや、でも私のトランシーバーも反応が……」
「そうさ、今ライゼストーンのすべての機能が使用できないのさ」
驚愕の事実に一同が驚く。ペリペティアが動きさえすればなんとかなると思っていたがそうではないようだ。
「原因は解っているんですか?」
そんな空気の中ですぐさま質問を返すミヅキはキモが座っているのかどうか。
だが、質問を受けたミラノはニッコリ笑う。
「まったく解らんね!」
「……まったく、ですか?」
「ああ、さっぱりさ」
「……ダメじゃん」
ミヅキが素で返す気持ちも分からなくはない。
今まで全てのことに答えてくれたミラノだったが、ここに来て梯子を外されたようなものだ。
「いや、アタシたちもいろいろ調べたんだけどさ。こればっかりはどうにもならないね」
お手上げというように両手を上げてしまうミラノ。
長いことハウラにいた彼女たちでも解らなかったようだ。
「じゃあ、ペリペティアが直っても転移は……」
「ああ、できない可能性が高いだろうね」
「これは、まずいことになりました……」
ミヅキがまた考え込むような仕草をする。
ライゼストーンのすべて機能が使用不可能という現状。これではマモルたちは帰るどころかハウラから出ることすらままならない。
マモルとミラノも腕を組んで考え出す。
部屋にいる者たちが唸るように考える中で、
「あ、あの……」
おそるおそるといった感じで、ココロが手を挙げた。一同の視線がココロへと集まる。
「ん? どうしたんだいココロ?」
ミラノが訊ねると、皆の視線がココロへと集まる。その視線に一瞬だけ気圧されたココロだったが、落ち着けるように咳払いをすると話し出した。
「その原因、私、解ります」
「あの雲、見えますか?」
飛空船の甲板に立ち、無機質な風に揺れる髪を抑えながらココロは空に向かって指を向ける。
促されてマモルたちは空を見上げた。
見えるも何も、むしろ雲しか見えない。
そういえば、この世界にきてからどれくらい時間がたったのだろうか。時間を知ることのできるものが何もないのだ。
携帯は充電が切れてるし、時計の類いも見当たらない。そして、太陽も星も見えないわけである。この広がる雲によって。
「どうやらあの雲が結界のようになっているみたいなんです」
見た感じはただの曇り空にしか見えないが、どうやらココロには違うようだ。
「これでも私は結界術についてファーネさんから手解きを受けています。あまり優秀な教え子にはなれませんでしたけど……」
最後は少し尻すぼみになったが。
マモルも何度かココロの結界は経験しているが、実際に経験したのは『人避け』と『ティポス避け』の2つだけである。
あとから聞いた話では、結界術というのはかなりバリエーションがあるようで、純粋に攻撃を防ぐものもあれば、特定の何かを閉じ込めるようなものまでと、多種多様なようだ。
「結界……じゃああの結界はどういった効果があるんですか?」
視線をココロに戻したミヅキがココロに訊く。
「あれは、たぶん想造力の遮断です」
「想造力の遮断……。ああ、だから外部に連絡が取れなかったということですか」
「はい、ライゼストーンを使っての通信は想造力を使用しますからね。あの結界にはそういった力を遮断できるんだと思います」
「ちょっと待ってココロ」
話を聞いていたマモルがココロに問いかける。
「僕たちやこのペリペティアもそうだけどさ。想造力を持っている限りあの結界は通り抜けられないってこと?」
ライゼストーンの想造力を燃料として飛行するペリペティア。
それはもとより、想造力というものは人ならば誰もが持っている力であるはずだ。
とすれば、あの結界を抜けられるものはいないのではないのだろうか。
「いえ、そういうわけではありません」
だが、ココロはそれをあっさりと否定する。
「これは見てもらった方が早そうですね。ミラノ、ちょっといいですか?」
「うん? なんだい?」
「あの雲に向かって矢を射ってもらえませんか?」
「え? ああ、わかったよ」
疑問に思いながらもミラノは想造力を集中させる。
しばらくして、彼女の右手に弓が握られていた。
改めて彼女の弓を見るがかなり大きい。
どちらかといえば長身であるミラノだが、彼女の持つ弓はそれ以上に長かった。もしかしたら二メートルくらいあるのかもしれない。ロングボウと呼ばれるものなのだろう。
ミラノはそんな大きな弓を空に向けると、弦に指を添えた。すると彼女の指先に添うように矢が出現する。
「場所はどこでもいいのかい?」
「はい、雲に当たりさえすれば大丈夫です」
一度ココロに確認を取ると、ミラノは弦を引いて矢を離した。
矢は風の影響を受けていないのかの如く、まっすぐに飛び、そのまま雲を通り抜けた。
「あれ? 簡単に突き抜けちまったよ」
弓を下ろしながら拍子抜けするミラノ。
雲に矢が触れた瞬間、ピカッと光った気がするがほとんど抵抗もないように見えた。
「今見てもらったように、ミラノの矢は簡単に通り抜けることができました。つまり、あの結界が遮断できるのは微弱な想造力だけのようです」
「あくまでライゼストーンから出る通信電波や転移の際に出る霧が対象ってことですか」
「そうですねミヅキ。なので私たちはもちろん、ペリペティアでも通り抜けることはできますし、通り抜けさえすれば正常に転移はできるはずです」
「そうかい、それなら大丈夫そうだね」
ココロがそう結論したのを聞いて、ミラノは一同を見回す。
「これからアタシたちは引き続きペリペティアの修理に全力を注ぐ。全員で協力して一刻も早くハウラから脱出するよ!」
ミラノ呼び掛けに船員たちが雄叫びを上げる。
それにつられてマモルたちも手を挙げるが、船員たちの勢いにのまれてほとんど聞こえなかった。




