終わる世界
――――助けて
「マモル。いい加減起きてくださいマモル」
世界が揺れている。
いや、揺れているのは自分のようだ。
「うーん、もう食べられないよ……」
優しく揺さぶられる感覚に一瞬だけ覚醒されかけたマモルだったが、まどろみの幸福感にしがみつこうとする。
「なに言ってるんですかマモル。起きてくださいー!」
先ほどよりも強く揺さぶられる。
「だいじょうぶ、だいじょうぶだから……」
「え、なにがですか?」
マモルの反応にココロは揺するのを止める。会話が成立したと思ったが、どうやら違うようだ。
「しょっぱいモノ、しょっぱいモノがあれば、まだいけるから……」
「……もう! マモル! 無限ループしてないで起きてください!」
幸せな夢を見ている者を起こす難しさを感じながら、ココロは懸命にマモルを起こそうとする。
「どうですかココロさん。マモル先輩起きました?」
「あ、ミヅキ。ダメですね。全然起きてくれないです。どうしましょうか……」
やってきたミヅキにココロは助言を求める。
「あー、ココロさんは優しいですからね。人を起こすのとか向いてなさそう」
「うぅ、不甲斐ない限りです……」
「まぁ、私もどちらかと言えば起こされる側の人間なんで、人を起こしたことはないんですけどね」
「そうなんですか」
「だからまぁ、これはちょっと実験みたいなことになりますけど、チャンスなんで試してみましょう」
そう言うとミヅキは想造力を集中させてショルダーバッグの想造武具を具現化させた。ゴソゴソ中身を漁っている。
「なにをするんですか?」
「えーと、今さっきコーヒーを淹れるために採取したやつが……ああ、あったあった。アチチ。手袋しないと……」
「?」
ミヅキがゴム手袋してショルダーバッグから取り出したのはスポイトだった。
中には透明な液体と水蒸気が貯まっている。
「ミヅキ、なんですかそれは?」
「ああ、大丈夫ですよ。薬品ではないです。中身はただのお湯ですよ」
「そうですか、それなら安全ですね」
怪しい薬品なのではないのかと不安になったココロだが、ミヅキに説明されて安心する。
「……ん? それって安全なんですか?」
ぶり返した不安をミヅキにぶつけてみるが、ミヅキは白衣を翻して鼻唄を歌いながらマモルへと近づいていってしまった。
ミヅキは寝ているマモルのそばにしゃがみこむと、湯気を纏うスポイトをマモルに近付けていく。
「これをマモル先輩の額に数滴たらしてあげると……」
スポイトからお湯が落ちる。
マモルの額に落ちた数滴のお湯は、端から見れば汗をかいているように見えた。
「つめた……アッッヅ!?」
額を擦りながらマモルが跳ね起きた。
「おお、思ったよりも効きますねコレ」
想像以上の反応にミヅキは少し驚く。
「……!? ……!!??」
だが、ミヅキよりも数倍マモルは驚いていた。
「すごい……。さっきから何をしてもダメだったのに、いっぱつで起きました」
「心臓の弱い人にはやっちゃダメですよ? 起きる人も起きなくなっちゃいますから」
マモルが二人のやり取りを回らない頭で見ていると、ココロが顔を覗いてきた。新雪を連想させる白い髪が揺れる。
「おはようございますマモル。気分はどうですか?」
「……ああ、うん。おはようココロ。なんだか全力疾走したあとみたいにドキドキしてるけど、たぶん大丈夫だよ」
「それはアレですよマモル先輩。かわいい女の子に起こされたせいですよ」
「そっか、そういうものなのか。シオリに起こされた時はそんなことはなかったんだけどね」
「ちょっとマモル先輩、その話くわしく」
詰め寄ってきたミヅキを置いておいて、マモルは周りを見回した。
だいぶ荒れ果てているが、どこかの一軒家なのだろう。埃をかぶったボロボロの家具が見える。割れたテーブル、一本足が折れてるイス、バネが飛び出てるベッド、ヒビの入ったテレビ、扉のはずれた冷蔵庫。
どこを見てもまともに現存している物は見つからない。
「えーと、僕はなんでこんなところで寝てたんだっけかな?」
「マモル先輩」
マモルが腕を組んで考えていると、ミヅキが声をかけた。
「覚えていますか? さっきまで私たちがどこにいたのか」
「ん? えーと、たしかリーモ王国での騒動が一段落して、ルルディやコロモスさん、それにメリサさんと別れて、世界の守護翼の支部へと転移しようとして……」
記憶をたどりながら整理をしていく。
「つまり、ここが世界の守護翼の支部ってこと?」
改めて辺りを見回してみても、こんな荒れている、もっと言ってしまえば廃れているところで世界を救う組織が活動していとは思えない。
「いえ、ここは『ビャコ』ではありません」
マモルの疑問に答えたのはココロだ。
「私の所属しているビャコ支部の基地はもっと文明レベルの高いところです。そして、もっとキレイなところです」
「ふーん、そうなんだ。じゃあえっと、ここはどこなんだろう?」
「それが、わからないんです」
申し分なさそうにココロが目を伏せる。
「ライゼストーンの行き先は確実にビャコへと設定していました。想造力を込めて転移の霧に包まれて、視界が戻ればビャコの中のはずだったんですが……」
「実際は、どこだか分からない荒れた家の中だったと」
尻すぼんでいくココロの言葉を引き継ぐようにして納得するマモル。
マモルは自分の世界からリーモ王国へ転移したときのことを思い出す。
あの時は数分間の浮遊感を感じたあと、視界が晴れたらリーモ王国の世界に立っていたはずだ。
しかし、今回は違った。
(何かに引っ張られたような……?)
わずかに感じた浮遊感の間に、引っ張られるような、吸い込まれるような感覚があった。
(それに、何か聞こえたような……?)
薄れる意識の中で、声を聞いた気がした。
だがそれは、うたかたの夢のように思い出すことができなかった。
「どうかしましたかマモル先輩?」
黙って考え始めたマモルにミヅキが声をかける。
「……いや、なんでもないよ。そういえばヴノさんはどうしたの? 見あたらないみたいだけど」
確証のないまま不確かなことは言えないと思ったマモルは話題を変えた。
「……ああ、ヴノさんはこの辺の調査にいってくれてますよ」
話を変えたマモルをとくに気にせずに、ミヅキが答える。
「適当にうろつくだけって言ってましたから、そろそろ帰ってくるはずですけど――――」
「お、マモル、起きたか」
野太い声に振り返ると、大柄な男であるヴノが入ってくるところであった。
ヴノはなにやら袋をぶら下げており、中からガチャガチャと音が聞こえてくる。
「おかえりヴノさん。ついでにおはよう」
「おぅ」
マモルが声を出して迎えると、ヴノは片手を挙げてそれに応える。
「外の様子はどうでしたか?」
ミヅキが尋ねると、ヴノは首を横に振った。
「ダメだな。少し歩いてきただけだが何にもねぇところだな。人どころか虫一匹いる気配もねぇ。なんかデカイ戦いがあったような感じがするが、どうも俺のいた世界と感じが違うせいかよく分かんねぇな」
「うーん、そうですね。この辺にある物を見た感じからしても、どちらかと言えば私たちの世界に近いところなんでしょう」
ヴノの話を聞いて、ミヅキがそう腕を組んで考え込む。
リーモ王国には無かった電化製品がここにはある。
ファンタジーの世界観から現代に戻ってきたようなものだろう。
「ねぇヴノ、それは何ですか?」
ココロがヴノの持つ袋を指差す。
「コレか? 隣の家っぽそうなところにいくつか置いてあったんだがな……」
ヴノが袋から何かを取り出してマモルに向かってほうり投げる。
マモルが両手で受け止めると、ココロとミヅキも顔を近づけた。
「これは、缶詰めだね」
魚の絵と一緒に『サバの水煮』と書いてあった。
「この中にサバの水煮が入っているんだよ」
「やっぱり食い物だったか!」
ヴノの目が輝いた。
「そうだと思ったぜ。さっそく食おうぜ」
「うん、いいよ。開けてみようか」
プルタブに指をかけて引っ張り開ける。中にはオイルに浸かったサバが入っていた。
「はいどうぞ」
「これもどうぞ」
「おぅ、サンキューな」
マモルとミヅキからサバ缶とハシを受けとると、ヴノはさっそくサバを口に運ぶ。
「お、けっこうイケるな。味がよく染み込んでる。酒のツマミにピッタリだ」
そう言いながらヴノは、腰に付いてた瓢箪を取り出し、床に座って中の酒を飲み始める。
「あまり飲み過ぎないようにしてくださいね、ヴノ」
「おぅよ! 心配すんなって! ほら、お前らも適当に食っとけ」
ココロの心配もどこ吹く風で、ヴノは袋から缶詰めを広げていく。
「そうだね、じゃあ僕らもいただこうか」
「じゃあ今、淹れようとしてたコーヒーを持って来ますね」
「あ、手伝いますよミヅキ」
キッチンへと向かうミヅキとココロを見ながら、マモルは近くに転がってきたカンパンの缶詰めを手に取った。
分厚い雲が広がり、太陽の光が阻まれ、薄暗い空。
吹き抜ける風はどこか空虚で、何の匂いも感じさせない。
大地は完全に渇いており、草木一つすら見つけられない有り様だ。
「そして周りには風化していく建物たちと。最初にいた家もそうだったけど、ずいぶんと寂しい世界だねここは」
寂れた住宅街を歩きながらマモルは呟く。静かなところであり、マモルたちの会話以外なにも聞こえてこない。
かつては普通の街だったのだろう、自動車や電柱などもあり、人が生きていた痕跡を感じられる。
ただし、転がっているのはそれだけでなかった。
「おいミヅキ。コレはなんだ?」
ヴノが道端に落ちてた鉄の塊を広い上げる。
長い筒のような形をしており、指を引っかけるトリガーと4つの発射口が付いてた。
「ガトリング砲ですね。たくさんの銃弾を発射できるせん滅兵器です。弾も付いてないし、錆び付いて壊れてるように見えますね」
「マジかよ、おっかねぇな」
「そうですね。だからたとえ壊れていようと、そのおっかない銃口をこっちに向けないでくださいね」
「そうか、使えねぇなら仕方ねぇな」
ヴノはガトリング砲を道端に放り投げる。
その衝撃で民家の壁も崩れてしまうが、誰も何も気にしなかった。
「しっかしこの銃火器と家屋の壊れ具合からして、大きな戦争があったのは間違いないようですね」
ミヅキの言葉を聞いて、マモルは改めて周囲を見る。
銃痕が残る壁に、室内まで執拗に壊された家屋。
ずいぶんと激しい戦いだったのだろう。
「でも、だいぶ昔のモノみたいだね。さっきいた家の中もホコリだらけだったし」
「そうですね。戦争が終わって、住めなくなったから放棄されたんでしょう」
「とりあえず、探索を進めよう。ココロ、ライゼストーンの調子はどう?」
空を見つめていたココロにマモルは声をかける。
「……」
「……ココロ?」
「え! あっ、はい。なんですかマモル?」
ココロは驚いてマモルのほうを振り向く。
「いや、ライゼストーンの調子を聞きたかったんだけど……」
「ああ、そうですか」
ココロは一呼吸おくと、腰に付いてるポシェットから手のひらサイズの石を取り出す。
前の世界で最後に見た青く輝いていたライゼストーンは、今は見る影もなく光を失っていた。
「やっぱりダメ?」
「そうですね……。どうやらこの世界にはほとんど想造力がないみたいです。このままだとライゼストーンの自然チャージは期待できそうにありません」
「そっか、まいったね」
ライゼストーンに想造力が堪らなければ異世界へ転移することもできない。ようするに帰ることもできないのだ。
「ミヅキ、通信機は?」
「こっちもダメですね」
ミヅキがトランシーバーを取り出して、ダイヤルを調整させようとする。
「ダイヤル回してもノイズしか聞こえてこないですよ」
「やっぱりライゼストーンが機能しないところだと使えないみたいだね」
ライゼストーンの異世界に干渉する機能が使えないので、トランシーバーも反応しないようだ。
「どうしたものかな……」
マモルが腕を組んでかんがえようとした時だった。
「あ、みなさん、アレを見てください」
ココロが何かを見つけて指を指した。
マモルたちが指差すほうに視線を向けると、そこには黒い影のようなモノが壊れた家から出てくるところだった。
「ティポスだ……。なんでこんなところに……?」
黒い影、ティポスはマモルたちには気づかず、反対へと歩いていくようだ。
「マモル、追いかけましょう」
「え、なんで?」
ココロの考えが分からず聞き返すマモル。
「ティポスの目的は想造力を集めることです。想造力の無いところにはティポスはいません」
「……つまり、ティポスを追いかければ人がいる場所に行けるかもしれないってこと?」
「はい、もしくは世界の想造力が残っている場所があるのかもしれません」
「なるほどね。分かった。ティポスを追いかけよう」
マモルたちは、現れたティポスのあとを追うことにした。
ティポスはどんどん進んでいき、街の外へと出て行ってしまった。
だんだんと不安になるマモルたちとは対照的に、目的地があるのか、ティポスは迷いなく小高い丘までくると長めの階段を登っていく。
「ふぅ、ずいぶん街から離れたね。いったい何があるんだか」
登っていくティポスを見上げながら、マモルたちは階段の下で立ち止まった。
「分からないですけど、ティポスを引き寄せる何かがあるはずです」
ココロが一息つくマモルの隣に立つ。途中走ったりしたはずだが、息を切らしてる者はいない。
身軽なココロとミヅキも平気そうだし、ヴノも山奥育ちで体力に自信がありそうである。
(もしかしたら、一番体力が無いのは僕かもしれないな)
帰宅部でゲームをこよなく愛するマモルは、継続的な運動はしてこなかった。
体を動かすことが好きな幼なじみのリキヤと遊ぶことはあっても、自主的に動く気はなかったのだ。
(……帰ったらリキヤに相談してみようかな)
無事に帰れたらの話だが。
「おいマモル、周りを見てみろよ」
「えっ?」
ヴノに促されて周囲を確認する。
「これは……」
丘の周りには大量の兵器の残骸が落ちていた。
銃などの小さい物から戦車やヘリコプターのような大きな物まで。
見た目は壊れてしまっているが、その量に圧巻させられる。
「どうやらこの辺が、一番盛り上がったみたいだな」
「うん、そうみたいだね……」
いったいこの世界で何があったのか。
ここまでの武器を使わなければならないこととはなんなのか。
(何か、とても恐ろしい……)
その時、上の方で強い爆発音が聞こえ、マモルの想像は中断させられる。
「な、なんですか!?」
その衝撃に驚いたミヅキが声をあげた。
「……上の方からですね」
ココロが階段の先を見つめると、マモルたちも続けて視線を向ける。
すると、何か黒い影が落ちてきた。
「あ、ティポス」
マモルが落ちてきた影を確認する。
先ほど追いかけてきたティポスと同じモノなのかは分からなかったが、このティポスは真っ黒に塗りつぶされたような小銃のような物を持っていた。
「たぶん、この辺に落ちている武器に感化されたんだと思います」
ココロがティポスの小銃を見ながらそう言った。
ティポスは自らを、もしくは自らの一部を他の物に変化させることができる。
落ちている武器の中から小銃を選んだのだろう。
だが、そんなティポスもしばらくすると空気に融けるように消えてしまった。
「どうやら、上でやられたようですね……」
消えたティポスから視線を外し、再び丘の上を見上げる。爆発音はいまだに断続的に聞こえてくるようだ。
「行こう。もしかしたら誰か襲われているかもしれない」
マモルの提案に反対する者はいなかった。
マモルたちは想造力を集中させる。この先で戦闘になる可能性は高い。今のうちに準備だけはしておこうと思った。
マモルは盾の想造武具を。
ココロは玉の想造武具を。
ミヅキはショルダーバッグの想造武具から取り出した銃を。
ヴノは背負っていた斧を。
それぞれの武器を持ち、マモルを先頭に階段を登っていく。この階段もところどころ崩れてしまっており、少し登りにくかった。
「ここは……?」
階段を登りきったマモルたちは大きな広場にたどり着いた。
かつては舗装されていたのだろう、石畳や花壇のようなものが見受けられる。
まだ人がいた頃は、キレイな高台から見渡せる景色にたくさんの人が魅了されたことが想像できるようだ。
「ごみ捨て場……ですかね?」
ココロが見間違うのも無理はない。
今ここにあるのは大量のゴミの山だ。
周りの景色を遮り、花壇を埋めてしまうほどのゴミは、積み重ねられ広がり尽くしていた。
これではこの場所がどんな場所だったのか見当もつかない。
「下もすごかったけど、上は凄まじいね」
「ここにあるのも武器が多いですね」
周りにはやはり銃火器が散らばっていた。
わざわざここにゴミを持ってきたとは考えられないので、きっとこの場でゴミになったのだろう。
ということはつまり――――
「マモル先輩、アレ見てください」
ミヅキが指差す方向には、影が二つ見えた。
「……戦ってるみたいだね」
どちらも大きな影である。
片方は見慣れているティポスのように見えたがサイズが違う。普段のティポスの大きさが大型犬くらいの大きさに対して、目の前のアレは車と同じくらいあるようだ。
体格に見合うほどのツメを振り回しながら、もう片方の影を襲っている。
「アレはククリ・ティポスです」
どこかツラい表情を浮かべながら、ココロが説明する。
「くくり?」
「はい、そうですマモル。いくつかのティポスが同じことを思った時に、融合してひとつになった姿です」
「ティポスのボスにみたいなものかな」
「ティポスによる侵攻が進んでしまうと、散見しがちなティポスの意志がひとつの方へ向かい、くっついてしまうそうです」
「そしてどんどん大きくなると……」
サイズが変われば戦い方も変わるだろう。
あのティポスをただ大きくなっただけの個体と思わないほうがよさそうだ。
「じゃあ、もう一方はどうだろう?」
ククリ・ティポスと戦っている方の影を見てみる。
「見た目は人のように見えますけど……」
ミヅキが見つめる先には、人型の影がいた。
戦ってる相手のククリ・ティポスよりは小さく見えるが、それでも2メートルは軽く越えているだろう。
2本足で立ち、両腕があり、顔がある。
だが、それでも人である確信は持てない。なぜなら、
「全身ガラクタだらけだね……」
マモルの言う通り、見た目は人型なのだが、中身が見えなかった。
肌色など一切確認できず、全身を隙間なくゴミで覆っていた。
重そうな太い足、左腕に付いた大砲のような巨大な筒、頭にかぶってるランプ付きのヘルメット。
「人というより、ロボットみたいだね」
よく分からない機械的な人を見ながらマモルはそう結論した。
二つの大きな影は戦いを続けている。
すると、機械人が優勢に出てきたようだ。
振り回した巨大な左腕がククリ・ティポスの腹部にめり込むと、そのまま吹き飛ばし瓦礫に叩きつけた。
動きの鈍くなったククリ・ティポスに左腕が向けられる。
空気が動き出す。
周囲の物が機械人の左腕へと吸い込まれていく。
瓦礫を、ゴミを、そしてククリ・ティポスを吸い込んでいく。
吸い込み口で足掻いていたククリ・ティポスも、最後にはあっけなく飲み込まれてしまった。
「……吸い込まれちゃいましたね」
驚いた顔でココロが呟く。
機械人は深呼吸をするように、全身から排気をすると、左腕を上に向けた。そこから不必要だったゴミなどを吐き出した。吐き出されたゴミが山となって積み重なっていく。
「なぁ、アイツって味方なのか?」
「さぁー、どうなんでしょうね……」
ヴノの疑問にミヅキが首をかしげる。
ティポスと敵対しているのは明らかであったが、マモルたちのことはどうなのだろうか。
「まぁ、聞いてみたほうが早いわな。おーい、そこのデカイヒトー」
「あ、ちょっとヴノさん」
ミヅキが手を伸ばして止めようとするが、ヴノは手を上げて近づいていく。
機械人がヴノに気がつく、すると、
――――ウウゥゥゥンウウゥゥゥゥン――――
けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。
どうやら周囲の無線機や拡声器から響いているようだ。
「な、なんですかこの音は!?」
突然の騒音にココロが狼狽える。
機械人の方を見ると、頭に付いたランプを赤く点滅させていた。
「どうやら、あの人が遠隔操作してるみたいです」
ミヅキが機械人に対して警戒する。
「歓迎されてるようには見えないので、あまり刺激しないほうがいい気がしますけど……」
ミヅキの不安をよそにヴノはゆっくりと近づいていく。
「お、おい、落ち着けって。話を聞きたいだけだからよ」
いちおう刺激しないように配慮してはいるが、機械人には伝わっていないようだ。
機械人はヴノに向かって左腕を向ける。
「お、なんだ、やるってのかよ」
ヴノも足を止めて背負っていた斧に手をかける。
「さっき見た吸い込み技か?」
ヴノは先ほどククリ・ティポスを吸い込んだ技を警戒するが、残念ながら予想は外れる。
機械人から放たれたのは、一発のミサイルだった。
「うえ!? ミサイル!?」
マモルが驚いた声をあげる。
「けっ、そんな鉄の塊、俺がぶった斬ってやらぁ!」
だがヴノは、ミサイルを受けて立つようだった。
「いやいやヴノさん、ミサイルってただの鉄の塊じゃないから!」
驚くマモルの横をミヅキが走り抜ける。
ミヅキはヴノの背中に向かって、おもいっきり飛び蹴りを入れた。そのまま前のめりにヴノが倒れる。
「いってぇぇ?! 何しやがる!」
怒鳴るヴノだったが、ミヅキはそれを無視してミサイルに銃を向ける。
「いいから、そこで見ていてください!」
ミヅキがトリガーを引く。
爆発物の入った試験管が、ピンク色の銃身から放たれる。
「マモル先輩、盾!」
後ろにいるマモルに向かってミヅキが叫ぶ。
「わかった!」
ミサイルと試験管がぶつかり合い、爆発を起こした。その爆風はヴノとミヅキを飲み込もうとするが、
「想造強盾!」
マモルが想造力を込めた盾を突き出すと、ミヅキたちの前に半透明の盾が出現する。
爆風はミヅキたちにかすることなく吹き抜けていった。
「これで、わかりましたか?」
「お、おお。助かったぜ……」
引きつった笑顔でお礼を言うヴノ。彼のいた世界にはミサイルなんてなかったであろうから仕方ない行動だったかもしれない。
「ともあれ、とりあえず反撃!」
すかさずミヅキは機械人に向けて試験管を二発撃ち込む。
だが、それもあっけなく左腕に吸い込まれてしまった。
「まったく、どうなってるんですかアレ。吸い込んだり吐き出したり。私の攻撃じゃあ歯が立たないですね」
ミヅキが悪態ついていると、再び機械人が動く。またもや何かを撃ちだそうと左腕を向けてくる。
「やあっ!」
ココロが想造武具である玉を飛ばして注意を引く。
何度も機械人の体に玉をぶつけるがびくともしていないようだ。しかし、鬱陶しくなったのか、捕まえようと右腕を伸ばして追いかける。
「よし、今ならいける」
よそ見をしている隙に、マモルが機械人へと走る。
機械人は近づいてきたマモルに気がつくと、左腕を横に振り抜いた。
「マモル!?」
ココロの悲鳴が聞こえる。
しかし、マモルは無傷だった。
迫りくる左腕をスライディングをしてくぐり抜けると、無防備なボディ目掛けて盾を突き上げた。
「反射攻撃!」
盾が当たると同時に想造力を解放する。
機械人は斜めに吹き飛び、ゴミ山に衝突した。
「マモル、大丈夫ですか?」
心配したココロがマモルへと近づく。
「うん、僕は大丈夫だよ」
「もう、あんまりムチャしないでください」
ココロは嘆息するが、マモルは機械人が飛んでいった方を見たままだ。土煙でよく見えない。
「どうしたんですか?」
「……手応えがおかしかった気がする」
「えっ?」
「気をつけてココロ。まだ終わってないよ」
だんだんと土煙が晴れてくると、機械人が立っているのが見えてきた。
「げっ」
土煙の中から出てきた機械人を見てマモルはしかめっ面をする。
機械人のボディからアームが出ていた。
両腕とは違う2本のアームは、多関節で自由に動かせるようだ。
「アレで防がれちゃったみたいだね」
「そんな……」
落胆するココロの声が聞こえるが、向こうも待ってくれないようだ。
距離が大きく開いたことで、改めてミサイルを撃ちだそうとしているようだ。
「ここはいったん逃げたほうがよさそうだね……」
「そうですね……」
マモルとココロは背を向けると一目散に走り出した。
「二人とも、ここは逃げよう!」
「りょーかいです!」
「ったく、良いとこなかったぜ!」
ミヅキとヴノも走り出す。
そして、マモルたちの後ろで二発の発射音が鳴る。
マモルがチラリと後ろを見ると、先ほどと同じミサイルが二発迫ってきていた。
丘を降りる階段はまだ遠い。
(このままだと、逃げきれないっ!)
そう思ったマモルの横をすり抜けるように、2本の矢が通りすぎていった。
2本の矢はそれぞれミサイルを撃ち落とす。
なんとか爆風もマモルたちに届くことはなかった。
「い、今のは……?」
マモルが視線を前へと戻すと、階段の所に弓を構えた女性が立っていた。
金色の長い髪を風に遊ばせながら、女性はマモルたちに向かって叫ぶ。
「グズグズするんじゃないよっ! とっとと行きなっ!」
マモルたちは謎の女性に助けられながら、階段を落ちるように降りていった。
「うへぇー、死ぬかと思った……」
丘の下でミヅキがため息を吐く。
「みんな、無事みたいだね」
マモルがみんなを見るが、特に怪我をしている者はいないようだ。
「それにしても、さっきのネェちゃんはナニモンだ?」
「えっと、あの人は――――」
ヴノの疑問にココロは心当たりがあるようだ。
「アンタたち無事かい?」
階段をゆっくりと女性が降りてくる。
背丈が高く、すらりとしたシルエットであり、服装もずいぶんと軽装で、おへそがよく見える。
「まったく、『守護騎士』相手に正面から挑もうなんて自殺行為だよ」
持っていた弓を消すと、女性はマモルたちを見回す。
すると、ココロのところで目を止めた。
「あれ? もしかしてココロかい?」
「やっぱりミラノでしたか!」
ぱあっと顔を輝かせたココロが謎の女性ミラノへと駆け寄る。
「こんなところで何やってるんだいココロ?」
「いえ、それが私にもさっぱりで……」
仲良く会話する二人を見ながらマモルは話しかける。
「えっと、ココロ、そちらの人は?」
「ああ、すみません。こちらはミラノです」
「世界の守護翼ビャコ支部所属のミラノってモンさ。よろしく頼むよ」
ミラノはそう自己紹介をすると、ニッと笑って白い歯を見せた。




