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ハッピーエンドを求めて  作者: AiU
二章
18/50

その価値は

 「大丈夫であるかココロ? もう痛くないか?」

 「はい、さすがにビリビリしましたけどもう大丈夫です。心配無用ですルルディ」

 「そうか……。すまなかった、そして、ありがとう」

 謁見の間にいく途中、ルルディとココロはだいぶ打ち解けてきたようだ。

 マモルたちへの誤解がなくなり、話を聞くにあたってエントランスホールでは落ち着いて話せないので謁見の間へと移動することになった一同。

 雑談をしながら進むマモルたちの間には和やかな空気が流れていた。

 「なぁ、なんとかなんねぇかなぁメリサよぉ」

 「申し訳ございませんヴノ様。ルルディ様の決定したことですので」

 就職先のアテが外れたヴノは聞く耳を持たないルルディの代わりにメリサへとすがっていた。

 「しょうがないよヴノさん。知らなかったとはいえ王女様にずいぶんな事を言っちゃったんだから」

 「仕える相手に斧を使って脅したり、建造物破壊に人的被害。まぁ罪に問われても文句は言えない状況ですからねー」

 落ち着かせるように言うマモルとミヅキ。

 さんざん暴れてしまったマモルたちのことを思えば、その場で捕らえられてしまうほうが自然な流れであろう。

 それどころか、マモルたちを許し、話を聞いてくれるとまでルルディは言ったのだ。

 「それもこれも、ココロ様が頑張ってくれたおかげですね」

 先を歩くココロとルルディを見つめながらメリサはしみじみと呟いた。その目はとても優しく、

 「ああ、美少女と美少女が笑い合っている……。尊い……」

 そして恍惚としていた。

 「まぁ、そういうことだから諦めようよヴノさん」

 「くそ、俺の優雅な城勤め計画が台無しだぜ……」

 「この世界で最も優雅という言葉が似合わない人ですよねー」

 雑談を続けて進んでいくと重厚感のある立派な扉が見えてきた。先頭を歩いていたルルディが扉の前で止まると、振り返る。

 「さて、ここが謁見の間じゃ。メリサ」

 「かしこまりました」

 メリサは恭しく一礼すると、扉に手を掛ける。力を入れて押すと、扉はゆっくりと開いていった。

 一同は部屋の中へと入り、辺りを見回す。

 広い空間に玉座へと続く長い絨毯が伸びている。

 その玉座も高い位置に備え付けられており、座ればこの部屋を見渡せることができることを容易に想像することができた。

 「……あれは?」

 マモルが玉座を見て何かに気づいたようだ。

 誰かが座っている。

 大柄な体躯に質の良さそうな寝間着を着ている男性が腰かけていた。

 「そんな……。お父様!」

 誰よりも早くその正体に気がついたルルディが玉座へと走っていく。

 「あれ? たしか王様は病気で倒れたって言ってませんでしたっけ?」

 ミヅキがメリサへと振り返って聞く。メリサは驚いた表情でコロモスを見ていた。

 「……はい、そのはずです。コロモス様はティポスが現れる少し前に意識不明のところを発見して、それからはベッドから出ている姿を見たことはありません」

 そう、リーモ王国の王様であるコロモスは長い間病状に伏しているという話だった。

 それがなぜ急に玉座でマモルたちを出迎えたのだろうか。

 「お父様! お目覚めになられたのですね!」

 座るコロモスのひざ元にすがり、ルルディはその顔を覗きこんだ。

 「お、お父様……?」

 だが、コロモスに反応はない。

 ルルディの呼び掛けに目を開くどころか眉ひとつ動かない。

 「そんな……せっかく目覚めたと思ったのに……!」

 ルルディはコロモスのひざに顔をうずめて肩を震わせた。その落胆する様は見ていて痛々しいものだった。

 「ルルディ様……」

 哀れに思ったメリサがルルディの元へ駆け寄ろうとしたその時。

 「災いがぁ、災いがきますぞぉ!」

 玉座の裏から一人の老婆が現れた。

 全身を暗い色のローブで身を包み、表情もほとんどフードで隠れてしまっている。

 「お、お主は、占い師ではないか!?」

 突然現れた占い師に驚くルルディ。

 だが、占い師を見て一番驚いているのはココロだった。

 「マモル! あの人からとても強いティポスの気配がします!」

 「なんだって!?」

 みんなの視線が占い師へと集まる。

 占い師はおもむろにローブを掴むと、勢いよく脱ぎ捨てた。

 宙を舞うローブ。その下から現れたのは老婆ではなく、少年だった。

 金髪の髪に吊り上がった好戦的な目。黒を基調とした聖職者のような服を無理やり動きやすくするために改造したかのような格好をしていた。

 笑み浮かべながらマモルたちを見下ろす姿からは軽蔑の意思を感じる。

 「ふぅ、やっぱり似合わないことはするもんじゃないね。肩凝っちゃったよ」

 少年はため息を吐きつつ、肩を回す。

 「君はいったい……」

 マモルが少年を見上げていると目が合った。その赤い瞳の奥からは、何か得体のしれない力を感じる。

 「やあやあ、愚か者の皆さん。こんばんは」

 「あ?」

 いきなり愚か者と言われてヴノが睨み付ける。

 だが、そんな視線をまったく意にかえさず、少年は続けていく。

 「僕はシューメス。この世界とは違うところから来た人間だよ。よろしくね」

 軽く手を振るシューメス。

 「君も異世界から来た人だったのか」

 「君たちもだろう? 世界の守護翼の皆さん」

 ニヤリと笑うシューメスにマモルたちは緊張する。世界の守護翼を知っているということは間違いなく異世界人だ。

 マモルたち同様に、この世界の部外者である。

 「あなたの目的はなんですか?」

 いきなり正体を明かされたにもかかわらず、すぐさまココロがシューメスに質問する。

 このあたりは、さまざまな世界を旅してきた経験が生かされているのだろうか。

 そんなココロに向けたシューメスの目が細まっていく。その表情からは若干の憎しみが感じられる。

 「そうか、お前が『神の偶像(ギフト)』の一人か」

 「『神の偶像(ギフト)』?」

 知らない言葉にマモルはココロを見た。

 だが、ココロはシューメスを見たままである。

 「答えてください。あなたから隠しようのないほどのティポスの気配が感じられます。今回のリーモ王国での騒動はあなたの仕業ですか?」

 「何も隠すつもりはないさ。ほら」

 シューメスが手をかざすと、玉座の周りにティポスが現れた。

 「ひっ!?」

 囲うように現れたティポスたちを見て、ルルディが悲鳴をあげる。

 「ルルディ様!」

 「おっと! 動かないでねお姉さん!」

 動き出そうとするメリサにシューメスが呼び掛ける。

 「王女様のキレイな血が見たくないなら、じっとしててもらおうか」

 一体のティポスの爪がルルディの顔へと向けられる。

 「メ、メリサぁ……」

 「くっ!」

 メリサは悔しげな表情をして立ち止まった。

 「それに、人質は王女だけじゃないよ?」

 そう言うと、シューメスは空間を掴むように手をかざした。すると、その手に何か光る球体が握られる。

 「それは想造核(イメージコア)!?」

 驚きの声をあげたのはココロだ。

 その表情に満足したシューメスは説明を続ける。

 「そう、人の想造力(イメージ)の元であるのが、この想造核(イメージコア)だ。これがあるから人は想造力(イメージ)を使うことができるんだね」

 「そうですか、だからコロモスさんは意識が戻らないままなんですね……」

 「ココロ、どういうこと?」

 ひとり納得しているココロにマモルが訊ねる。

 チラッと横目でマモルを見たあと、ココロが説明し始めた。

 「以前にも話しましたけど、ティポスたちは想造力を奪うために人を襲います。想造力が無くなると感情がなくなってしまう。今コロモスさんに意識がないのは想造核を取られてしまっているからなんです」

 「その通り」

 シューメスが手を叩く。

 「早い話が命みたいなものなのさ。もちろん、コレを抜かれても生物としての機能が止まるわけじゃない。ただ――――」

 シューメスは玉座でうなだれて動かないコロモスを一瞥(いちべつ)する。

 「この状態を生きていると言えるかは分からないけどね」

 「き、キサマ!」

 ルルディが恐怖と怒りで震えながらシューメスを睨み付ける。

 「な、なんで、なんでお父様を、わたくしたちの国を狙うのじゃ!?」

 「たまたまだよ」

 「え?」

 あっけらかんと答えるシューメスに、ルルディはただ聞き返してしまう。

 「いや、本当にたまたまなんだ。ティポスどもがこの世界を見つけて、バカみたいに幸せそうな連中がいたから、御しやすそうだなと思ってね。僕の役目はティポスたちが想造力を集める手助けをすること。世界が滅ぶのなんて結果にすぎない。どうせ滅ぶ世界ならちょっとくらい遊んでもかまわないだろう? 試しに王様に手を出したら自分の命と引き替えに娘と民の命を見逃せって言ってきた。おかげで想造核を取り出すのは簡単だったよ。あとはご存知の通りさ。ティポスを隣国のせいにして、勝手に戦争を始めてもらう。戦争中は強い想造力を持ってる人が集まりやすいからね。ティポスの仕事も捗るだろう。でも、それとは別に、『守るために』右往左往して自滅の道を突き進もうとする連中を見るのは面白くってしょうがなかったよ!」

 途中から感情が高まっていき、時折笑いながら話すシューメス。

 「そんな、ことのために、キサマァァ!」

 ルルディは指先に想造力を込めると、雷の精霊術を放った。

 だが、シューメスは近くにいたティポスを掴むと、それを身代わりに受けさせる。ティポスはそのまま消滅していった。

 「ひどい……!」

 その光景を見ていたココロが呟くように言うと、シューメスが蔑むように目を細めた。

 「面白いことを言うね。ティポスは君たちにとって敵のはずじゃないの?」

 「そ、それは……」

 「哀れだからといってすぐにそんなことを言うのは無責任なんじゃないのかな? もしかしたら今のティポスは君の大切な人を傷つけたティポスかもしれないよ?」

 「う、うぅぅ……」

 シューメスの言葉にココロは言い淀む。

 些細な失言を見逃さずに責め立てるシューメスは、ココロに対して何か個人的な感情があるようだ。

 「でも、目の前でそんなことされたら良い気分じゃないよね」

 反論したのはココロではなくマモルだった。

 マモルはココロの肩に手を置くと、シューメスの視線を遮るように前に出た。

 「敵だろうが災いだろうが、どんな感情を抱こうと僕たち勝手だ」

 「マモル……」

 「君にココロのことをとやかく言われる筋合いはないよ」

 責められるココロを見ていられなかったマモル。そんなマモルにシューメスは冷ややか視線を送る。

 「たしかに君の言う通りかもしれないね。何をしようと個人の自由だ」

 「君のしたことはだいたいわかったよ。それでシューメス、君はこれからどうするつもりだい?」

 ティポスはシューメスが戦争を起こさせるためのものだったと判明した今、もはや隣国と戦争をする理由がない。シューメスの策略は破綻していた。

 「そうだね、君たちのせいでせっかくの計画がパァさ」

 再び笑みを浮かべるシューメスに、マモルたちは不安になる。

 シューメスのこの余裕はなんなのか。

 「でもね、ここで終わらせてしまうなんてもったいない。僕はまだまだ満足していないんだ。むしろここからが佳境(クライマックス)だと思わないかい?」

 「それはどういう……?」

 マモルの疑問を無視してシューメスはポケットに手を入れると、玉座の前をうろうろと歩き回る。

 微笑みながらゆっくりと歩いていると、ふと足を止めて一瞬だけマモルのほうを向いた。

 「つまりね……こういうことさ!」

 シューメスはポケットから手を出す。その手には赤い水晶が握られていた。

 その赤い水晶を近くにいたルルディに押し付ける。

 「キャァァァァァァァァ!?」

 「ルルディ様!」

 メリサが手を伸ばして呼び掛けるが、ルルディは目を見開いて絶叫するだけだった。

 赤い水晶はルルディの額に張りついていく。

 「ハハハハハ! さすがに刺激が強すぎたかな!」

 「シューメス! いったい何をした!」

 問いつめるように叫ぶマモル。

 シューメスは肩を抱いて震えるルルディの横に立つと、狂気じみた視線をマモルたちに向けた。

 「なに、ちょっと背中を押してあげただけだよ。この赤い水晶はね、数体分のティポスの力のみを封じ込めた、いわばティポスの結晶体。想造核になじみやすく、想造力の強制覚醒とティポスの使役が可能になる便利なものさ」

 2つの力を同時に使うことができるようになる。それは先ほどの戦いでメリサの時と同じようにだろう。それだけならばメリットしかない。

 「あ、ああ、うぅぅ……!」

 そう、あくまでそれはメリットの部分だけだ。

 いまだ肩を抱いて、何かに耐えるように震えるルルディがそれだけでないことを物語っている。

 「ただし、もちろんそんなうまい話はない。強い力には代償が必要だ。最初はいきなり目覚めた大きな力を抑え込むのに必死になるし、いざ安定してきてもティポスの力を使い続ければ侵蝕は続き、やがて想造核を乗っ取られてしまう」

 「そんなものがあったなんて……」

 ココロが呟くように言う。

 長い間世界の守護翼の一員として活動していた彼女ですら知らない物のようだ。

 だが、ココロはまなじりを吊りあげるとシューメスに向かって叫ぶ。

 「そんなことより、ルルディを解放してください! このままだと、ルルディの想造核が傷ついてしまいます!」

 押し寄せる力を必死に抑えているルルディはとてもつらそうだ。この状態が良いものでないのは明らかであろう。

 「なあに、心配はいらないさ。すぐに楽になる」

 シューメスは近くにいたティポスを掴み上げる。

 「シューメス……? あなた、まさか!?」

 考えていることが分かり、叫んで止めようするココロだが、シューメスは止まろうとしない。

 「耐えようとするから苦しいのさ。ならいっそ……解き放ってしまえばいい!」

 掴んでいたティポスが紫水晶へと変化し、シューメスはルルディに張りついていた赤い水晶へと重ねるように押し当てた。

 「あ、あああ、アァァァァ!!」

 叫ぶルルディを中心に黒い霧が渦巻く。

 黒い霧はルルディへとまとわりつくように漂っている。赤い水晶は紫水晶へと変化していった。

 「な、なんてことを……!」

 その光景を見たココロが言葉を失う。

 息を乱しながら立つルルディが手をつき出す。その手に想造力が集中していく。

 「さぁ、王女の想造武具が具現化されるよ!」

 隣に立つシューメスが両手を広げる。

 「王様の想造武具は宝剣だったからね。その娘ならかなりの物が期待できそうだ」

 ルルディは集まった想造力を握りしめた。

 その手に想造武具が握られる。

 「あ、あれは……?」

 ルルディが持つものを見て、マモルが疑問の声を上げる。

 棒状の持ち手の先に付いた小さな太鼓。その両端から紐でぶら下がるさらに小さな玉。あれは間違いない。

 「でんでん太鼓、ですね……」

 見上げていたミヅキがそう言った。

 「でんでん太鼓ってなんですか?」

 ココロがミヅキに訊ねる。

 「文字通りの太鼓ですね。アレ振ると両端にぶら下がっている玉が真ん中の太鼓を鳴らすオモチャです」

 「なるほど。楽器と玩具の間のような物ですね」

 説明を聞いたココロがそんな感想を言った。

 「な、なんだこのオモチャは!?」

 シューメスに視線を戻すと、明らかにうろたえいた。

 強い武器を予想していたシューメスは驚きを隠せないようだ。

 「そういえば」

 と、この中でルルディについて一番詳しいメリサが何か思い出したようだ。

 「昔、ルルディ様の母君に当たります女王様が、ルルディ様をあやすときに使っていた物がでんでん太鼓だったと聞いたことがあります」

 「そうですか、だからルルディの想造武具はでんでん太鼓になったんですね」

 メリサの説明に納得するココロ。

 想造武具は思い入れの強い物などで決まることが多い。

 幼いルルディの心の拠り所として、亡き母を思い浮かべたのだろうか。

 「ちっ、こんなオモチャでどうしろって……ん?」

 苛立たしげに舌打ちをするシューメスだったが、ルルディの様子を改めて見る。

 ルルディは手にしたでんでん太鼓を振りだした。

 一定のリズムでポコポコと音を出していると変化が訪れてきた。

 ルルディから黒い雲が立ち上ってきている。

 黒い雲はルルディの真上に留まり、ゴロゴロと雷を帯び始めた。

 「雷雲……? きゃっ!」

 雷雲が一瞬光ったと思った瞬間、ココロの目の前に一筋の雷が落ちた。

 ココロには当たらなかったが、床が黒く焦げている。

 「こ、これは、ビリビリするだけじゃ済まなそうですね……」

 先ほど受けた一撃とはうって変わって強力な雷撃にココロの額に汗が浮かぶ。まとも当たればタダでは済まないだろう。

 「ハ、ハハハ、やるじゃないか王女様……! ……おわっ!」

 その威力に興奮していたシューメスだったが、今度はシューメスの近くに雷が落ちる。

 「なるほど……、無差別ってことみたいだね……」

 呟きながらルルディをみるシューメス。

 「マモラ、ナイト……」

 「うん?」

 でんでん太鼓を振りながら呟くルルディにシューメスが何か気がついたようだ。

 「オトウ、サマノ、クニヲ、マモラナイト……!」

 「……ふうん」

 シューメスはルルディを刺激しないようにゆっくり近づくと、そっと耳打ちをした。

 「王女様、あれが見えるかい?」

 シューメスがマモルたちに指を向けると、ルルディも顔を上げた。

 「あいつらが君の大切なお父様の国を壊そうとしてる奴らだ」

 ティポスの侵蝕によって紫色になったルルディの瞳がマモルたちを捉える。

 「あいつらのせいでリーモ王国はメチャクチャさ。君がリーモ王国を守らないとね」

 「ワタクシガ、マモッテミセル!」

 雷雲が光り、マモルたちへと降り注ぐ。

 マモルたちはそれぞれ武器を取り出し、防いだり避けたりしていく。

 「くっ、シューメスめ。ずいぶんとヒドイことをしてくれるね……!」

 マモルが盾を構えて見上げると、シューメスはティポスをイスに変化させて腰かける。

 その手にはコロモスの想造核を掴んだままだ。

 「さぁ、ここからが佳境(クライマックス)だ。せいぜい踊り狂って僕を楽しませておくれ」

 「ちっ、勝手なことを抜かしやがるぜ」

 ヴノが苛立たしげに舌打ちをする。

 「もちろんこっちには人質がいるから、下手な攻撃をしてきたらどうなるか分かってるよね?」

 「うわ、サイテーですね」

 ミヅキが嫌悪感をだしてシューメスを見る。

 「どうしましょうマモル。このままじゃあ」

 ココロが雷を警戒しながらマモルを見る。

 「なんにせよ、ルルディの紫水晶を壊さないと。このまま放っておいたらルルディが危険だ」

 「そうですね」

 赤い水晶と紫水晶を付けられたルルディの想造核への負担がどれほどのものか分からない以上、力を使うことじたいが危険なはずである。

 「危ねぇ、マモル!」

 「え? ……ぐぁ!?」

 ヴノの声に振り返ったが、次の瞬間にはマモルはわき腹を浅く斬られていた。

 傷口を押さえてうずくまるマモルの前に、かばうようにヴノが立つ。

 「てめぇ、いったいどういうつもりだ!」

 ヴノの怒鳴り声にマモルは顔を上げる。

 そこには銀色のナイフを一振り構えたメリサが静かにこちらを見ていた。

 「マモル!」

 「マモル先輩!」

 ココロとミヅキがマモルへと駆け寄る。

 ミヅキはショルダーバッグから緑色の液体が入った試験管を取り出すと、傷口に中身を振りかけた。

 消毒した時の特有な痛みが一瞬襲ったが、すぐに痛みが退いてくる。

 「ありがとうミヅキ」

 治療が終わり、マモルが立ち上がる。

 「メリサさん」

 「申し訳ありません。ルルディ様に危害を加えようとする行為を見過ごすことはできません」

 「てめぇ、状況が分かってんのか。このままだと、その王女が危ねぇんだぞ」

 ヴノが凄んでみせるがメリサは冷静なままだ。

 「それでもです」

 「ハハハハハハ!」

 その様子を見ていたシューメスが手を叩いて笑う。

 「良いねぇお姉さん! 最高だよ! とても人間らしいや。その調子で僕を楽しませて――――」

 「お黙りなさい」

 上機嫌で話すシューメスの言葉を静かな怒りと共に遮る。

 「あなたのことは絶対に許しません。必ずや相応の罰を受けていただきます」

 「フフフ」

 シューメスは笑みを浮かべたままイスに座り直す。

 「メリサさん」

 マモルがメリサへ問いかける。

 「これが、あなたの言っていた幸せですか?」

 マモルの問いにメリサは一瞬目を閉じて考えるような仕草をすると、マモルの視線を真っ直ぐ受け止めて答える。

 「そうですね。以前あなたに言った通り、ルルディ様のために行動することが私の最上の幸せです」

 メリサの目に一切の迷いはなかった。

 「そうですか」

 「マモル……」

 隣に立つココロがマモルを不安そうに見上げる。

 そんなココロにマモルは笑顔で答えた。

 「大丈夫だよココロ。ルルディもメリサさんもコロモスさんも諦めたりしない。みんな守ってあげよう」

 「はい!」

 力強くうなずいたココロを見て、マモルは盾を構える。

 「さぁ、ハッピーエンドまであと少しだ! ここが正念場だよ!」

 悲しみの雷が降り注ぐ中、リーモ王国での最後の戦いの幕が上がる。



 ルルディは無差別に雷を落とし続けている。

 一撃一撃が威力の高い雷撃はまともに当たってしまえば一瞬で黒コゲになってしまうだろう。

 しかし、威力が上がった分だけ速度が落ちている。

 先ほどココロを追い詰めたように指先を向ければ放てるものではなく、溜めが必要だ。雷雲に雷が溜まるまでに多少の猶予がある上に、放つときにルルディが大きくでんでん太鼓を振るうので分かりやすい。

 なので、回避することじたいは困難ということではないだろう。

 しかし、それはルルディを視界に入れている状態が前提である。

 背後にいるルルディを守りながら戦うメリサにはルルディの様子を知ることができない。無差別に放たれる雷撃がいつメリサに向けられるか分からないのである。現に何度もメリサの近くに雷は落ちていた。

 さらにメリサには先ほどマモルたちと戦った時の疲労とダメージがあるはずだ。

 無傷で戦い抜いたように見えたが、赤い水晶を破壊された際に精神にダメージを負っている。

 想造核へと侵蝕する赤い水晶は、取り除くだけでも精神に負担がかかるのだ。

 精神力の回復には休息が必要である。限界を迎えれば倒れてしまうだろう。

 マモルたちと対峙し、後ろにはいつ狙われるか分からないルルディとシューメスがいるメリサの状況はまさに四面楚歌である。

 「それでもこんなに戦えるなんて、ホントに恐ろしい人だね」

 「恐縮でございます」

 上段から振り下ろされるナイフの一撃を盾で防ぎながら、マモルとメリサは接戦していた。

 赤い水晶を失ったメリサは、それと同時にティポスの力である黒いナイフを失っている。なので、自身の影を利用した投てきもできない。

 今のメリサは、自身の想造武具である銀色のナイフ一振りでマモルと戦っている。

 「やぁっ!」

 「くっ!」

 わずかな隙を見逃さず、マモルは大振りとなったメリサの攻撃を弾くと、さらに一歩踏み込んで盾を突き出す。

 メリサは体をひねることで回避しようとしたが、若干間に合わず肩を掠める。痛みに顔を歪ませながら肩を押さえて少し距離をとった。

 マモルも足を止めてメリサを見つめる。

 深追いできるほど自分が強くないことをマモルは知っていた。

 「よく見ておられますねマモル様。まさに油断も隙もない」

 「メリサさん相手に油断も隙もさらせるほど、僕は強くないからね」

 二人の周りでは、仲間たちが集まってきたティポスたちの相手をしていた。その騒がしい音に負けないように、マモルとメリサは少し大きな声で会話する。

 「それでいいんです。自分の弱さを知っている人間が最も強いのです。弱さと向かい合い、それでも諦めずに戦うあなたは素晴らしい人であると思います」

 「『ただ懸命であれ』」

 「……それは?」

 「僕の尊敬する喫茶店のマスターから教えてもらった言葉なんだけど、どうしておやっさんがこの言葉を教えてくれたか分からない。だけど……いや、だからこそ、この言葉の真意が分かるまで、できる限りのことをするって決めたんだ」

 「そうですか。あなたには素晴らしい人たちがいらっしゃるようですね」

 「メリサさんと同じようにね」

 その言葉を聞いたメリサは一瞬驚いた顔をしたが、すぐさま真剣な目付きに戻る。

 「それでも、ルルディ様を傷つけようとする者には容赦しません。お覚悟を」

 精神的にも肉体的にも限界を迎えているはずだが、メリサの構えはそれをまったく感じさせない。

 それどころか、次で決めようとする気迫まで感じさせる。

 「わかった」

 マモルも盾を構えて腰を落とす。

 メリサの速さに到底追いつくことのできないマモルは完全防御の体勢をとった。一挙一動を見逃さないよう集中する。

 「僕も諦めたくないからね。僕の目指すもののために、貴方たちには幸せになってもらうよ」

 「それは……ぜひともお願いしますっ!」

 メリサが動いた。フェイントを織り交ぜつつジグザグに走り、マモルの周りを旋回する。

 「……」

 その動きを前に、マモルは目で追うのが精一杯だ。

 いや、もうほとんど追いきれていない。

 残像を残しつつ動き回るので、マモルにはメリサが複数人いるように見える。

 「残影散花……。見切れるものなら見切ってみなさい!」

 高速移動するメリサが残像と共にマモルへと襲いかかる。

 「……見切ったッ!」

 マモルは盾の縁を刃のように見立て、迫り来る影めがけて思い切り薙いだ。

 盾はメリサを完全に捉えたように見えたが、

 「残念、ハズレです」

 背後から首もとにナイフを添えられて、マモルは身動きが取れなくなる。

 「……やっぱり、勘じゃどうにもならないね」

 マモルの敗北である。

 このままメリサがナイフを滑らせるだけで、赤い噴水を見ることとなるだろう。

 「いやー、面白かったよ!」

 壇上からシューメスの声が聞こえる。

 「盾の君もずいぶんがんばってたけど、所詮は想造力に目覚めただけの一般人だったね。それが君の限界だよ」

 マモルはシューメスを見上げる。

 絶対優位を確信し、余裕の表情でマモルを見下ろす姿は王様にでもなった気分なのだろう。

 「さぁお姉さん、その首をかっ切ってあげなよ!」

 「……」

 メリサは無言のままシューメスを見上げると、マモル首からナイフを引いた。

 「おいおい、どうしたんだいお姉さん。トドメを刺してよ」

 「お断りします」

 メリサははっきりと断った。

 ナイフが離れたことで、マモルが安堵の息を吐く。

 だが、それをシューメスが許すはずがない。苛立ちを隠そうとせず、メリサを睨み付ける。

 「僕の命令が聞けないってことかい?」

 「もとより、私に命令できるのはルルディ様だけです」

 「ああ、そうかいそうかい!」

 シューメスはイスから立ち上がると腕を突きだした。

 「じゃあ、コロモスの想造核がどうなってもいいんだね!」

 「おや、ずいぶんと美味しそうな物をお持ちで」

 「は?」

 メリサに言われてシューメスは自分の手を見た。

 そこにはコロモスの想造核が握られているはずだが、

 「……リンゴ?」

 残念ながら、その手に持っていたのは赤く熟れたリンゴであった。

 「な、なんだよコレ!? 想造核はどこへ!?」

 焦りながら周囲を見回すシューメス。


 「……なんだ、大事そうに持っていたから取り替えてやったが、俺には何の価値のない物だな」


 その時、自分の座っていたイスの後ろから声がして、シューメスは不意を突かれた。

 「だ、だれだお前は!?」

 シューメスの問いに、イスの影から現れた男は、顔を布で覆い隠している男だった。

 「……黒傷の牙。そのリーダーだ」

 リーダーはぶっきらぼうにそれだけ答えた。

 「ちっ、それを返せ!」

 シューメスが手を振るうと、ヒモのようなものが飛び出たように見えた。マモルにはよく見えなかったが何かムチのようなものだろうか。

 しかし、リーダーは容易く回避すると、素早く跳んでメリサの横に立つ。

 「……俺にはいらない物だが、お前には大事な物だろう」

 「そうですね。ルルディ様の次に」

 メリサはリーダーからコロモスの想造核を受けとる。

 「……分かっていると思うが、後で相応の物を持ってこい」

 「ええ、必ず」

 メリサの返事を聞くと、リーダーは一瞬で消えてしまった。

 「か、カッコいい人だったんですね、あの人……」

 メリサの近くによってきたミヅキが驚いた様子で言った。

 「そうですね。口数が少なく、独特の価値観を持っているので誤解されやすいですが、アレでも一つの盗賊団をまとめるリーダーですので」

 「はぇー、さすがですねー」

 「クソ、こうなったら王女だけでも――――!」

 シューメスがルルディへと手を伸ばすが、

 「おっと失礼!」

 「うわっ!?」

 ヴノがシューメスへと斧を振り下ろして邪魔をする。当たりはしなかったがシューメスとルルディの距離が開いた。

 「行け! マモルッ!」

 「ありがとうヴノさん! ココロ、ミヅキ、援護よろしく!」

 「「はい!」」

 マモルが盾を構えてルルディへと走り出す。

 それに反応したティポスがマモルへと殺到するが、ココロとルルディがうち倒していく。

 ルルディまでもう少しといったところで、ルルディの目がマモルを捉えた。

 「ケラ、ヴノス、ケラトッ!!」

 でんでん太鼓を一際大きく鳴らすと、雷雲が強く光った。そこから先ほどよりも太い雷撃が一角の形となりマモルへと放たれる。

 (ッ!)

 マモルは予感する。

 これは盾を構えただけでは防ぎきれない。もっと強い盾を想像しなければ。

 「想造強盾(シルト)!」

 マモルは想造力を込めた盾を突き出す。

 すると、その先から透明な障壁が現れた。

 雷撃は障壁と激しくぶつかり合い、放電(スパーク)する。

 「はああああ!」

 マモルは叫びながら必死に耐える。やがて、雷撃と障壁が弾けるように消失した。

 だが、その衝撃でマモルも後ろへ弾かれてしまう。ルルディが遠ざかっていく。

 (ダメだったかな……)

 右腕の痺れを感じながらマモルは自身の無力さを感じていた。

 残念だがマモルには届かず、今のマモルにできることは、せいぜい想いを託すだけだ。

 「あとは、任せたよ……」

 「あなたの勇気、無駄にはいたしません」

 弾かれたマモルの横をすり抜けるようにメリサが駆ける。

 メリサは階段をすっ飛ばし、ルルディの元へと降り立った。

 「ケラヴノ――――!」

 ルルディがでんでん太鼓で叩こうとするが、メリサはそれを片手で優しく受け止める。

 「失礼いたします、ルルディ様」

 メリサは片ひざをついてルルディに寄ると、ナイフの柄の部分を紫水晶へと叩きつけた。

 紫水晶にヒビが入り、そして砕け散る。

 「ア、アア、ああ……」

 砕かれた瞬間、ルルディは大きく目を見開いたが、ゆっくりとまぶたを閉じて脱力していった。

 力の抜けたルルディをメリサが支えると、ゆっくりと目が開く。

 「メ、リサ……」

 おぼろげな瞳が優しく微笑むメリサを捉えると、そっと彼女の名を呼んだ。

 「よく頑張られましたねルルディ様。少しのあいだ、おやすみください」

 「うん……おやすみ……なさい……」

 それだけ言うと、ルルディは目を閉じ、穏やかな寝息を立てはじめた。

 「クソ! なんてことだ!」

 その様子を見ていたシューメスが苛立ちながら叫ぶ。

 「ハッ! 愚か者はお前のほうだったようだな!」

 「うるさいっ!」

 「うぉ!?」

 おちょくるように言うヴノを、シューメスがムチのようなもので弾き飛ばす。

 ヴノは斧で防いだが、壇の下まで落ちてしまった。

 「まったく、気にくわない連中だ」

 シューメスはマモルたちを見回すとそう言った。

 「ふん、もういい。ここは見逃してあげるよ」

 シューメスは何もない空間に向けて手を振ると、そこに黒い穴が生まれた。

 「『世界渡り』のゲート。やっぱりあなたはティポスの力を……」

 ココロの声を聞いて、シューメスが一度だけ振り返る。その表情は多少の怒りを含んでいた。

 「ココロ、そしてマモル。お前たちのことは覚えたからな……!」

 シューメスはそれだけ言い残すと、世界渡りの穴に入っていき、穴とともに消えていった。

 「はぁぁぁ、終わったぁぁ……」

 仰向けに倒れたまま、マモルはポケットからキャラメルを取り出して口の中に放り込む。疲れた体に糖分が染み渡る。

 残されたマモルたちに一抹の不安は残ったが、それでも安堵の息を吐くのであった。

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