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ハッピーエンドを求めて  作者: AiU
二章
17/50

閃光の中で

 立ち去った兵士たちの後を継ぐように現れたメリサは、階段の踊り場からマモルたちを見下ろしていた。

 「ようこそいらっしゃいました。改めまして自己紹介させていただきます」

 メリサはスカートの裾をつまみ上げ、恭しく頭を下げた。

 「リーモ王国にてメイド兼情報収集を任せていただいておりますメリサと申します。以後お見知りおきを」

 挨拶を終えて顔を上げたメリサは先程までの冷たい表情とは変わり、笑顔を浮かべていた。

 「お客様、と言うには少し乱暴過ぎますね。この石一つにここまでのことをされるというのは誤算でした」

 「メリサさん」

 マモルがメリサを見上げる。

 「ライゼストーンも大切ですけど、それよりも今はあなた方が災いと呼ぶティポスについて話をさせてください。ティポスは隣の国からの攻撃なんじゃないんです」

 「もしかしたら、そうなのかもしれません」

 「なら」

 「しかし、事態は悪化しているのです。コロモス王が倒れられて、あの災い、ティポスの出現。それが隣国の仕業と言われ混乱する城の者たち。あまつさえ兵士の一人がルルディ様をかばってティポスの攻撃を受けて負傷。その兵士も暴れてしまい、治療法も見つからず地下牢に軟禁状態。もはや我々に見ず知らずの者の言葉を信じるだけの余裕などありません」

 解決方法が見つからないままに増えていく問題。積み重なるのは疑心と疲労ばかりだ。それは、どこまでも続く闇の中にいるようなものだろう。

 「なら、僕たちを傷ついた人のところへ連れて行ってください。額に付いてる水晶を壊せばきっと助かるはずです」

 マモルの必死な声にも、メリサは首を横に振るだけだ。

 「申し訳ありません。あなた方を信用するだけの情報がありません。あなた方が本当に隣国からの刺客だった場合、もう我々に立ち直るだけの力は残されていないのです」

 度重なる不幸によって、メリサたちは疑心暗鬼になっているようだ。

 このままいくら話を続けても平行線だろう。

 「ごちゃごちゃめんどくせぇな!」

 ヴノが斧を床に叩きつけた。その衝撃でまた城が揺れる。

 「ようは力ずくでその兵士んとこ行って、マモルがそいつを治せば丸く修まるんだろ? ならとっとと行こうぜ」

 しびれを切らしたヴノだったが、実際はそれしかないだろう。

 ようは、マモルたちが味方であると信じさせるしかないのだから。

 「……うん、その通りだねヴノさん」

 マモルも覚悟を決めてメリサと対峙する。

 「すみませんメリサさん。ということで行かせてもらいます」

 「そうですか。なら、仕方ないですね」

 メリサはいたって冷静な態度のまま、手を挙げると指を鳴らした。

 すると、辺りからティポスがどこからともなく出現してきた。

 「うわ、急にティポスが出てきました!?」

 ミヅキ驚いた声にマモルたちはそれぞれ武器を構えて背中を合わせる。

 あっという間にマモルたちはティポスに囲まれてしまっていた。

 「毒を知るには自らも毒になるのが一番ですからね」

 メリサはそう言うと、胸元のボタンを外し、少しだけはだける。その胸元には赤く輝く水晶が埋まっているのが見えた。

 「紫じゃない。赤い、水晶?」

 額に紫水晶が付くことがティポスが侵蝕している状態だった。

 しかし、赤い水晶はマモルには知らないことだった。

 「この赤い水晶はとある方から頂いた物です。この水晶にはティポスの侵蝕を遅らせる効果があると聞きました。なので私は自らティポスを受け入れたのです」

 「そんな、危険ですよ!」

 「言ったでしょう。もう我々に余裕はないと。それに悪いことばかりではありません。ティポスを受け入れたおかげで、ティポスを操る力とコロモス様たち王族にしか使えなかった想造力まで使用することができるようになりました」

 そう言うとメリサは何もない空間からナイフの想造武具を具現化させた。

 右手に銀色のナイフを、そして左手にはティポスの黒いナイフをそれぞれに持つ。

 「しかもこの黒いナイフ、なかなかに面白いことができますよ」

 そう言うとメリサは足元に向かって黒いナイフを投げた。

 マモルたちは訳もわからず見ていると、黒いナイフは床に刺さることなく、そのまま消えていった。

 「マモル様、ご注意を」

 「え? わっ!?」

 突如マモルの前にいたティポスの体からナイフが飛んできて、マモルは慌てて盾で防いだ。

 「今のはいったい!?」

 マモルの目は弾いたナイフの行方を追うが、ナイフは溶けるように消えていき、再びメリサの手に戻る。

 「さぁ、どんどんいきますよっ!」

 メリサは再び足元にナイフを投げる。

 「きゃっ!?」

 今度はミヅキの前にいたティポスからナイフが飛んできた。

 持っていた銃で防ぐことはできたが、銃に傷跡が残る。

 「だいたい分かりましたか?」

 再び手に戻ったナイフを空中で遊ぶように回転させながらメリサは微笑む。

 「私の影とそこにいるティポスたちは繋がっているというわけです」

 「……ティポスの力っていうのは、いろんなことができるみたいだね」

 盾を構えて警戒しながらマモルは呟く。

 「どうしましょうマモル先輩。このままだとヘタに動くこともできないですよ」

 ミヅキも周囲のティポスに目を配らせる。

 「ティポスの相手ってのは、こんなにめんどくせぇのかよ」

 ヴノが悪態をつく。そう言われても、マモルもティポスに関してはあまり詳しくない。

 ましてやティポスの力を使う人間と戦うことなんてもってのほかである。

 「とにかくティポスを減らそう。数を減らせば飛んでくるナイフの方向も分かりやすくなるはず。ミヅキは戦うのは最小限にしてメリサさんを見張ってて。ナイフを投げたら教えてね」

 「了解です」

 「仕方ねぇな」

 「行くよ!」

 マモルの声を合図にそれぞれが飛び出す。

 どのティポスからナイフが飛んでくるか分からないので、周囲を注意しながら戦う。

 「まぁ、そうなりますよね……。でも!」

 「くっ!」

 「マモル先輩!」

 メリサは踊り場から跳ぶと、ナイフを構えてマモルに斬りかかる。

 「私自身もお忘れなく」

 「それも、そうだよね……!」

 盾とナイフでつばぜり合いをしながらにらみ会う。

 「おりゃっ!」

 後ろからヴノが斧を振るうが、メリサは大きく跳躍して回避すると、影に向かって投てきする。

 「ちぃっ!」

 正面にいたティポスからナイフが飛び出し、ヴノは舌打ちをしながらはたき落とす。

 「ピョンピョン跳びやがって、バッタかよ」

 「虫に例えるのならハチと言ってほしいですね。宙を舞いながら鋭く刺し、ルルディ様(女王)のために()を運ぶ。私にぴったりでしょう」

 「うるせぇ、てめぇなんかバッタで充分だ」

 苛立つヴノをメリサは軽くあしらっていく。

 「空中ならっ!」

 「む!」

 空中にいるメリサに向かってミヅキが銃を撃つが、メリサは冷静に対処する。再び手に戻ったナイフを投げ試験管にぶつけると、小爆発を起こした。

 メリサは崩したバランスを整えるために体を丸めて一回転しながら地上に降り立つ。そのまま床に手を付きながらミヅキの方を見た。

 「やはり、一番面倒なのは貴女のようですね」

 「そうですね。この中で一番強いのが私ですから」

 お互いに武器を構えてにらみ合う女子二人。

 「んなわけあるか! 俺が最強だ!」

 ヴノが何か言っているが無視される。

 「威勢がよろしいのは結構なことです。しかし……」

 メリサの姿が一瞬ブレる。にらみ合っていたはずのミヅキの視界から完全に消えてしまっていた。

 「貴女の動きを制限させていただきます」

 「わわわっ!」

 ミヅキは銃を向けようとするが、メリサに足をかけられ尻もちをついてしまう。

 「アイタタタ……! このっ!」

 転ばされても、すぐさま反撃を試みる。ミヅキはメリサに向かってトリガーを引いた。

 銃の先から優しい水流が吹き出し、メリサのメイド服を少しだけ濡らした。

 「……は?」

 ミヅキは持っている銃をまじまじと見る。

 手に馴染んでいたはずの銃は、スケルトンタイプのオモチャの水鉄砲に変わってしまっていた。

 「ついさっき露店で買った水鉄砲です」

 メリサは階段の踊り場まで跳ぶと、足元にミヅキの銃を置いた。

 「このあたりでは見かけないデザインだったので気に入ったのですが、せっかくなので差し上げます」

 「な、なんたる早業ですか……」

 「ふぅ、今ので少し汗をかいてしまいましたね」

 ミヅキが呆気にとられていると、メリサはスカートのポケットから黄緑と白のストライプ模様の布を取り出して拭おうとする。

 「ちっ、ずいぶんと余裕を見せやがって」

 遊ばれているような感じがしてヴノが苛立つ。

 マモルも未だ対抗策が思いつかず手をこまねいていると、

 「ああーーー!!」

 突然ミヅキが叫び出した。

 その声に驚いてマモルたちは振り返る。

 「ど、どうしたのミヅキ?」

 「あ、いえ、その……」

 ミヅキの様子がおかしかった。紅潮した顔でスカートを押さえてモジモジとしている。

 「じ、銃を盗られてちょっと動揺しただけです。気にしないでください」

 「え、でも――――」

 「前向いててください!」

 「わ、わかったよ」

 有無を言わせぬ様子に、マモルたちは従うしかなかった。

 「でもどうするよマモル」

 前を向いたヴノがマモルに話しかけてきた。

 「このままだとジリ貧だせ」

 「そうだね。兵士たちも奥に行っちゃったし、ココロが心配だ」

 「お二人とも、前を向いたまま聞いてください」

 マモルたちが思案していると、ミヅキが話に入ってきた。メリサに聞こえないように声を潜めている。

 「銃とかを奪って無力化されたことで、私はターゲットから外されたはずです。戦闘はお二人に任せます」

 「そりゃ構わねぇけどよ」

 「で、タイミングを見計らって合図を出します。そしたらどちらでもいいので何とかしてください」

 「ずいぶんと雑な話だね。だけどわかったよ」

 内容がほとんど分からなかったがマモルはうなずいた。

 「おい、それでいいのかよマモル」

 「大丈夫だよ。ミヅキは僕の大切な友だちだ。もちろんヴノさんもね」

 ヴノは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑い出した。

 「がっはっはっ、そう言われちゃあ何も言えねぇな。よく分からんが分かったぜ。ミヅキ、しっかりやれよ」

 「任せてください」

 ミヅキは力強くうなずいた。

 「お話は済みましたか?」

 メリサが空中でナイフを回転させながら、マモルたちを見下ろしていた。

 「そろそろ降参してルルディ様に忠誠を誓って頂けると助かるのですが」

 「悪いが俺は誰にも従わねぇぜ。あきらめな!」

 「……貴方、城の兵士になりたいのでは?」

 「こまけぇことはいいんだよ! 俺は俺の力を見せつけに来たんだ。お前らに頭を下げさせて雇わせるようにな!」

 「それはそれは」

 メリサはあくまで冷静にヴノを見る。

 「そこまで言うのでしたら、私ぐらいは突破して頂かないと」

 「あったり前だ! 行くぜマモル!」

 「うん!」

 マモルとヴノは同時に走り出した。

 「そろそろこちらも攻め手を変えましょうか。ティポスたちよ!」

 メリサが呼び掛けると、ティポスたちの動きが変わった。

 先ほどまでは自ら攻撃をすることなく、ナイフの発射口としてマモルたちを牽制するように動いていた。

 しかし、今はマモルとヴノに爪を向けていた。

 「ようやくやる気になったか。いいぜ、かかってこいや!」

 ヴノは叫びながら斧を振り回す。

 爪を構えたティポスを豪快に断ち切っていく。

 続けて振り回そうとしたところに、ティポスからナイフが射出された。

 「ぐぉっ!?」

 動き回るティポスに気をとられ避けきれず、ヴノは腕を浅く切った。傷口から血が流れる。

 「ヴノさん!」

 ヴノの声にマモルが側へ駆け寄ろうとするが、ヴノがそれを止める。

 「落ち着けマモル! こんなのかすり傷だ! 自分の敵に集中しろ!」

 「……わかったっ!」

 マモルはティポスに向き直ると、盾を叩きつけた。

 ティポスの爪をうまく防ぎつつ攻撃していくと、近くにいた他のティポスからナイフが飛んでくる。

 「見切った!」

 マモルは飛んできたナイフに盾を合わせると、想造力を解放した。

 弾き返されたナイフがティポスに命中し、ティポスは消滅していく。

 「やりますねマモル様」

 「くっ!」

 声のした方へ盾を向けるとメリサが振り下ろしたナイフとぶつかる。

 「その弾く力、それが貴方の想造力なのですね」

 「そうだね、盾らしい力でしょ」

 「まだまだこの力については知らないことばかりですけど、先輩としてご教授して頂けると幸いです」

 「それはこちらこそ、だね!」

 合わさっていたナイフを弾き返して追撃しようとするが、それほど隙を作れず、メリサはすぐに反撃してくる。

 銀と黒のナイフが閃き、マモルを左右から襲う。

 「くっ、おお、おおおお!」

 流れるような連続攻撃に防戦一方である。

 (なんだかデジャブが……!)

 ジルエットの時といい今回といい、盾が一つだけのマモルの戦い方はどうしても防御がメインになってしまう。

 (せめてもう片手に武器でもあればいいんだけど……)

 左手は拳を握ったまま何も掴めない。

 「まるで亀ですね」

 手を休めることなくメリサが話しかけてくる。

 「ここまで堅いと崩すのも一苦労ですね」

 「なら、ここいらでお茶の時間にしてもらっても構わないんだけど」

 「いえいえ……いえ、そうですね」

 すぐさま否定しようとしたメリサが何かに気がついたようだ。

 「お茶のお誘いは、貴方を仕留めた後にさせて頂きます!」

 メリサはまた黒いナイフを影へ向けて投げた。

 両手による猛攻が一瞬だけ止み、その瞬間にメリサを弾き返したマモル。

 「ぐあっ!」

 しかし、すぐさま左腕に痛みを感じ悲鳴を上げてしまう。自分の腕を切りつけたナイフが視界の端をすり抜けていった。

 「こ、のっ」

 マモルは後ろにいるティポスへと振り返る。

 そのまま想造力を込めて盾を叩きつけると、ティポスは消滅していった。

 「お見事ですが、しかし」

 メリサの声が聞こえて再度振り向こうとするが、盾が追いつかない。

 「残念ですが、トドメです」

 銀色のナイフが向かってくる中で、マモルは思う。

 (さすがに刺されるのは痛いだろうな……)

 軽く切られただけで悲鳴を上げてしまったのだ。直に刺されるのは先ほどの比ではないだろう。

 痛みに耐えようと、マモルは歯を食いしばる。

 「どりゃゃぁぁ!」

 しかし、後ろから迫ってきたヴノにより、メリサの攻撃は不発に終わる。

 メリサは迫る斧を回避すると、マモルたちから距離をおいた。

 「大丈夫かマモル?」

 「……うん、助かったよヴノさん」

 かけ寄ってきたヴノに、マモルは左腕を押さえながら答えた。見ると服の上から血がにじんでいる。

 「気にすんな。とりあえずその辺にいたティポスどもは片付けといた。あとはアイツだけだぜ」

 二人はメリサへと視線を移す。

 メリサはとくに慌てる様子もなく、静かにナイフを構えていた。

 「マモル様に時間をかけ過ぎましたか。いいでしょう。二人がかりでも、文字通り遅れを取るつもりはありません」

 「へっ、言ってろ。……動けるかマモル?」

 「うん、この程度、かすり傷さ」

 ゆっくりと構え直すマモル。傷口はじんじんと痛むが動けないほどではない。

 「そいつは何よりだ」

 ヴノもマモルの隣に立ち、斧を肩に乗せる。

 改めてにらみ合う両者の間に重苦しい空気が流れる。次の立ち合いで勝負が決まるだろう。

 「たあぁぁぁぁ!」

 そんな緊張の糸を切り裂いたのは、マモルでもヴノでもメリサでもなかった。

 三人が声のした方へ振り向くと、そこには何かを投げた後のミヅキがいた。

 「マモル先輩、ヴノさん! それを掴んでください!」

 マモルたちが天井を見上げると、放物線を絵描きながら宙を行くフラスコがあった。

 「その中には、この状況を打破するためのとある物が詰まっています!」

 フラスコは回転しながら中の黄色い液体を揺らしていた。

 「よく分かんないけど、そういうことなら……!」

 マモルは誰よりも早く駆け出した。

 「お、おい。マジかよ!」

 続けてヴノが追いかける。

 「なにやら策があるようですが、みすみす見逃すこともないでしょう」

 メリサもすかさず跳び上がった。

 三人はいの一番にフラスコを目指して動き出した。

 「あと、もう少しっ!」

 位置の関係上、最初に手が届きそうなのはマモルだった。マモルは手を伸ばしてフラスコを掴もうとする。

 「甘いっ!」

 しかし、マモルは掴むことはできなかった。

 間に合わないと思ったメリサが、奪うことよりも破壊することに切り替えて、ナイフを投げたのだ。

 それは見事に命中し、フラスコは割れてしまった。

 「そんな……」

 手を伸ばしたまま落胆するマモル。

 勝利を確信し、メリサは微笑んだ。

 だが、すぐさま変化が起きた。フラスコの中の液体が淡く光り始める。

 「「「へ?」」」

 フラスコを追いかけていた三人の声がキレイに重なった。徐々に光は強くなり、そして、

 「輝け! ケミカルフラッシュ!」

 サングラスを掛けたミヅキの声と共に、エントランスホール全体が強烈な光に包まれた。

 「「「ギャァァァァァァ!!!」」」

 その光を間近で見てしまった三人は目を押さえて絶叫する。床に倒れもがく様はとてもつらそうだ。

 「これで終わりです」

 「あ」

 倒れている間にメリサへと近づいたミヅキが、ショルダーバッグから取り出した金づちを振り下ろした。

 メリサの胸に付いていた赤い水晶は粉々に砕け、ナイフもろとも消えていった。

 「ふ、ふふふ、参りました」

 メリサは目を閉じたまま微笑むと、その場で脱力した。

 その隙にミヅキはメリサのスカートのポケットをまさぐり、盗られたモノを身につけると、腕を突き上げた。

 「我が化学の勝利ですっ!」

 「う、うぅぅ……」

 ファンファーレが鳴りそうな場面ではあるが、聞こえてくるのは残念ながらマモルたちのうめき声だけであった。



 「ケラヴノス!」

 ルルディの指先から一筋の雷が放たれ、ココロめがけて一直線に襲いかかる。

 だが、ココロは横へ跳ぶと難なく避けた。

 「まだまだぁ!」

 ココロを追いかけるようにもう片方の指先を動かし、雷が放たれる。

 ココロはそれを浮遊する玉で防ぐ。雷に当たった瞬間、地下牢が眩く光った。

 「もぅ、なんで当たらないのっ!」

 苛立ちながら何度も雷を放つが、どれも防ぐか避けられてしまう。

 (どうしようかな)

 ルルディを見つめながらココロは冷静に考えていた。

 ルルディの攻撃はココロにとってそれほど脅威ではない。

 放たれる雷は速く、そして鋭かった。

 溜める時間もなく、何度も精霊術を使うことのできるルルディは間違いなく素質のある人間であろう。

 精霊と契約を交わし、自身の想造力を捧げることで会得することができるのが精霊術である。

 なので、精霊術を使うたびに自身の想造力が消費されていくのだ。

 想造力は休めば回復するが、使いすぎると精神に負荷がかかり倒れてしまう。

 いくら一撃の威力が低い精霊術といえど、あれほど連発すれば多少にかかわらず疲弊するはずだ。

 「あ~た~れ~!」

 だが、ルルディにその様子はない。

 いまだ捉えることのできないココロを必死に指先で追いかけている。

 そう、雷は速くとも、腕の動きが遅かった。

 向けられる指先を見ていればココロには簡単に見切ることができる。

 回避と防御に徹すればココロに当たることはないだろう。

 (でも、反撃する隙がないっ!)

 だがそれは、こちらから攻撃できないことを意味していた。

 玉を飛ばして攻撃をしたら雷を捌ききれずに被弾してしまうのは間違いないだろう。

 (急がないと、いけないのに!)

 時間をかけると兵士の応援が来るかもしれない。そうなってしまえばココロも捕まってしまう。

 そしてなにより、

 「ガアアァァァァ!」

 「……っ!」

 牢屋の兵士が危ない。

 繋がれた鎖から金属音を響かせながら兵士は叫んでいた。

 侵蝕されてからどれほどの時間が経過しているのかは分からないが、時間をかけるほど危なくなってしまう。

 (手遅れになる前に、何とかしないとっ!)

 迫りくるタイムリミットを気にしながら、ココロは牢屋の兵士に一瞬だけ視線を向けた。

 「ケラヴノス!」

 「しまっ――――!」

 その一瞬のよそ見ゆえに、ココロの反応が遅れる。焦る気持ち故にルルディへの対処が間に合わない。

 「キャァァァァ!?」

 玉が間に合わず、ココロは雷に当たってしまった。

 全身を痛みが駆けめぐり、叫ばずにはいられない。

 「やった、当たった!」

 ルルディが攻撃の手を止め、喜びの声をあげる。

 体が傾き、ココロは前のめりに倒れようとするが、

 「くっ、いっけぇぇぇぇ!」

 歯をくいしばって痛みを耐え抜いたココロは、叫びながら玉を高速で動かした。玉はルルディへと向かっていく。

 「ひっ!?」

 とっさのことで反応できず、ルルディはその場に固まって小さな悲鳴をあげた。

 「お父様――――!」

 最愛の父を呼び、ルルディは目をきつく閉じた。

 「やあっ!」

 だが、玉はルルディに当たることはなかった。

 ココロがさらに玉を動かすと、ルルディの頭上をすり抜け、牢屋の兵士に吸い込まれるように向かっていく。

 そのまま兵士の額の紫水晶に命中し、見事砕くことに成功した。

 「ああ!? ミルギ!?」

 ルルディは兵士の名前を呼び、鍵を開けると急いで牢屋の中に入る。

 「ミルギ! ミルギ!」

 意識のない兵士を抱き起こし、涙混じりに何度も呼び掛ける。

 「だいしょうぶですよ」

 牢屋に近づいたココロが、落ち着けるよう優しく語りかける。まだ少し痺れているのか、足元がおぼつかない。

 「ティポスがいた紫水晶は壊しました。少し安静にしてれば、その人も目を覚ますはずです」

 「そう、なのか……?」

 ルルディは落ち着いて兵士の顔を見る。

 そこには意識はないものの、穏やかな寝息を繰り返す兵士の姿がそこにあった。

 「そうか、もう大丈夫なのじゃな……」

 ルルディは一呼吸置くと、兵士につられて穏やかに微笑んだ。

 多少のすれ違いはあったものの、これで落着だろう。

 事情を説明しようとココロが声をかけようとしたその時、城全体に振動が響き、土埃が天井からパラパラと落ちてきた。

 「この上は……! くっ!」

 ルルディは兵士を横たえると、一目散に地下牢から出て行ってしまった。

 「あ、ルルディ!」

 ココロは止めようと手を伸ばすが、ルルディには届かなかったようだ。

 「私も、行かなくちゃ」

 ふらつく足を叱咤し、少しおくれてココロも地下牢を後にした。



 「さて、こうなってしまえば私は何もできません。煮るなり焼くなりお好きにしてください」

 「うーん、そういうのはシオリの役割だからなぁ」

 「いや、マモル先輩、本当に料理するわけじゃないんですから」

 ロープで縛られたメリサを見下ろしながら、マモルたちは悩んでいた。 

 からくもメリサを倒し、縛って捕虜としたのはよかったのだが、捕らえたメリサの扱いをどうしようかと話し合っていた。

 「何はともあれ、メリサさん。聞きたいことがいろいろあるんですよ。赤い水晶のこととかティポスのとかね。素直に話してもらえると助かるんですけど」

 ミヅキは取り返した銃を持ちながらメリサに話しかける。

 だが、メリサは首を振るだけだ。

 「ミヅキ様、私もこう見えて王家にお仕えする身であります。たとえこの身が業火に焼かれようとも、ルルディ様を裏切るようなことはいたしません」

 メリサの意志は固い。飄々としているように見えて、忠義の心はしっかりと持っているようだ。

 「ですので、私のことは放っておいて、先へとお進みくださいな」

 「そうはいきません。せっかく情報を持っている人を捕らえたんです。この先も何が起こるか分からない今、少しでも情報が欲しいです」

 「そうですね。じゃあ、この先は危険ですので引き返したほうがいいですよ?」

 「さっきと言ってること変わってませんか?!」

 このまま話を続けてもメリサは適当にはぐらかすだけだろう。

 話も平行線のまま、こんなところで立ち往生しているわけにはいかない。

 「メリサさん」

 様子を見ていたマモルが口を挟んだ。

 メリサは口を閉じて微笑んだまま、マモルを見上げる。

 「メリサさんが僕たちのことを信用できないのは分かったよ。そして、僕たちも信用を勝ち得る方法を持っているわけじゃない。だから、こんなことしかできないけど」

 マモルは一歩下がると、真剣な目をしてメリサと向き合う。

 「あなたたちがこの国を、王様や王女様を大切に想ってること、よく分かりました。そんな想いがなくなっていくのを見るのは僕だって嫌だ。だからお願いです。僕たちにリーモ王国を守るお手伝いさせてください」

 そう言ってマモルは深々と頭を下げた。

 言いたいことは全て言った。これで無理なら諦めるしかないだろう。

 静かな空気が流れる。

 しばらくすると、メリサはひとつため息を吐いた。

 「……分かりました。そんな真っ直ぐな言葉で言われてしまったら、何も言うことはできません。ルルディ様に謁見できるように取り次ぎましょう」

 「いいんですか!?」

 驚くマモルをメリサは観念したかのように口元を緩めて見る。

 「あなたの真摯な言葉を信じましょう。戦いの中でも、マモル様は防ぐばかりで私を倒そうとする気概は感じられなかった。その優しさのようなものを私は信じます」

 「ありがとうございます、メリサさん!」

 マモルたちは顔を見合せて喜び合う。

 (そう。あくまでもそれは優しさだけではないでしょう。この先、その戦い方では破綻してしまうかもしれませんよ……)

 喜ぶマモルたちを見つめながらメリサはそんなことを思っていた。

 「がっはっはっはっ、一件落着だな。これで俺も城勤めの厚待遇者になれるってもんよ!」

 ヴノは斧を肩に担いで豪快に笑う。その笑い声にメリサは考え事を中断した。

 「……まぁ、そのあたりの事はルルディ様に直接掛け合ってください」

 「おぅよ。もしかしたら、いきなりお前より偉い立場になっちまうかもしれないからな。そんときはよろしく頼むぜ!」

 「……」

 メリサは何も言わずにヴノから目を反らした。

 先のことを思えば、ヴノに対して掛ける言葉はないと判断したようだ。

 話がまとまったところで、ルルディの元へ行くためにそれぞれが動こうとしたその時、

 「だめぇぇぇぇ!!」

 和んだ空気を切り裂くように叫びながら、ヴノとメリサの間にルルディが駆け込んできた。

 ルルディは息を切らしながらヴノを睨み付ける。

 「こ、これ以上、メリサを傷つけるな!」

 「あ? いきなり出て来てなんだ?」

 斧を肩に乗せてメリサと向かい合っているヴノを見て、ルルディはトドメを刺そうとしているように見えたようだ。

 「メリサは変態じゃが、かなりの変態じゃが、極度の変態じゃが……」

 「ただの変態じゃねぇか」

 「いやー、照れますねぇ」

 妥当な評価を微笑んで受け止めるメリサの表情は、ルルディからは見えない。

 「それでも大切なわたくしの部下なんじゃ! ……この戦いはわたくしたちの負けじゃ。だから、これ以上はやめてくれ……」

 ルルディは絞り出すように声をだす。戦う理由はすでになくなったが、懸命に停戦を訴える。

 「……なるほど、言いたいことは分かった」

 「そうか!」

 「だがな!」

 「ぴゃっ!?」

 顔を輝かせたルルディだったが、ヴノが斧を床に強く置くと、縮こまって小さく悲鳴をあげた。

 「負けたと思ったんなら言うことがあるだろうが」

 「え、え、えぇ!?」

 突然ヴノが怒り出してルルディが狼狽えている。

 「だったら、『ごめんなさい』だろうがァァァァ!」

 「ご、ごめんなさいぃぃぃぃ!?」

 ほとんど反射的に叫んで謝罪するルルディ。もはやパニック状態だ。

 だが、そんなルルディを見てヴノは満足そうに大きくうなずいた。

 「うむ、それでいい。悪いと思ったら謝らないとな」

 「ふ、ふへぇぇ~」

 緊張の糸が切れて、ルルディはその場に尻もちをついた。

 「よし、じゃあ今度こそ一件落着だな。噂の王女様のところへ行こうぜ!」

 改めて斧を背負い直して、ヴノは一同を見回した。

 だが、ヴノの言葉を聞いて、誰一人として動こうとしない。

 「あ? どうしたよお前ら?」

 「ヴノさんヴノさん」

 不思議に思ってるヴノにミヅキが声を掛ける。

 「あなたの前でへたり込んでいるのがルルディ王女です」

 「……なに?」

 ヴノは視線を下に向ける。

 そこには、ヴノを涙目で睨むように見上げているルルディ王女がいた。

 「……」

 ヴノは一瞬、考えるようにアゴに手を当てると、一歩さがって頭を下げた。

 「俺を城の兵士にしてください」

 「キサマなど、いらぬわァァァァ!!」

 ヴノの就職先は決まらなかった。

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