勧誘
『緊急召集
今日の昼過ぎに急いでうちの店に集合ね。具体的な話はマモルとリキヤが集まってから話すわ。あと、新作のメニューもあるから楽しみにしててね』
今朝届いたシオリからの連絡を受けて、マモルは喫茶店『KURO』に向かって歩いていた。
緊急なのに昼過ぎを指定したり、内容をまったく話さなかったりと怪しさ満点だったが、とりあえず向かうことに決めたようだ。
何の予定もないと日が沈むまで一日中ゲームをしてるだけになってしまうので、誘いがあればなるべく行くようには心掛けている。
「天気も良いし、散歩がてら喫茶店でおやつを食べるのもいいよね」
やっていることは健康的かもしれないが、おじいちゃんみたいな行動である。
時刻は2時半、昼過ぎを指定したのはお昼時の混雑を避けてのことだろう。
休日のランチタイムの『KURO』はかなりの混み具合となる。落ち着いて話なんてできるはずもない。
なのでマモルは、特に時間指定の無いときはこれくらいの時間に行くことが多かった。
店に着き、扉を開けようとしたところでマモルは手を止めた。
「そういえば、以前ここに来たときはココロがメイドをしてたんだっけ」
あれから数週間しかたってないのに懐かしく思う。
あの時のココロは、シオリとおやっさんからの入れ知恵で慣れない挨拶をして戸惑っていた。
そして、無理な体勢でバランスを崩し転んでしまっていた。
「あの時の光景が今でも目に浮かぶ……」
脳裏によぎるのはピンク色のパ――――
「いやいやいやいや」
マモルは頭を振ると、美しい思い出を心に留める。
「まぁ、何を考えてもココロはもういないんだけどね……」
ため息を吐くと、マモルは店の扉を開いた。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
そこには、メイド服に身を包んだココロがいた。
「……」
あまりにも唐突な登場にマモルは固まってしまう。
つい先ほどまでココロのことを考えていたが、完全に虚を突かれてしまっていた。
口を開いたままマモルが唖然としていると、ココロが動く。
腕を組み頬を赤らめるとマモルからそっぽを向いた。
「べ、別にマモルになんか会いたくなかったんですからねっ! 勘違いしないでくださいねっ!」
「……」
マモルはさっきとは別の意味で唖然とする。
(ツンデレだ……)
しかも、かなり典型的なやつの。
やはり無理をしているのか、ココロの顔が赤くなっていく。
マモルはココロの頭越しに店のカウンターを覗いてみた。
そこには以前と同じで、シオリとおやっさんがこちらの様子を見ながら話をしていた。
「これはさすがにテンプレが過ぎるんじゃない?」
「たしかにこれは古典的と言われても仕方ない。だがな、数多の同士がこのツンデレというものに胸を熱くされてきたんだ」
「ふーん、でもこのままじゃ盛り上がりに欠ける気がするけど」
「そうだな、これでは不十分だ。ツンデレはここからが本番なんだ」
「そうなの?」
「今、俺たちはツンデレの前半戦である『ツン』の部分しか見ていないんだ。ヒロインがただ冷たく当たるだけでは、それはただの嫌な女でしかない」
「それって、もはや女の子が男の子のことを純粋に嫌いなだけじゃない」
「だがここで、不器用な性格のヒロインが見せるちょっとした優しさや恥じらいに男ってやつはやられちまうもんなのさ」
「いわゆるギャップってやつね」
「そういうことだ。つまり、ココロのツンデレはここからが勝負だ」
「生かすも殺すもマモル次第ね」
やっぱり勝手なことを言っていた。
以前もこんなことがあったが、その時もマモルは適当に合わせただけだった。
マモルはココロに視線を戻す。
律儀にも顔を背けたままココロは微動だにしていない。
(うーん、どうしたもんかな……)
マモルは考える。
おやっさんの語るツンデレ道は知ったことではないが、普通に声を掛けるタイミングを逃しているのも事実だ。
本来ならばせっかくの再会を喜び合いたいところであったというのに。
(……よし)
といったところで、このままじっとしていても話が進まないのでマモルは決意する。
はたしてマモルはどう動くのか。
「……………………………………………そう」
マモルはそれだけ呟くと、店から出てそっと扉を閉めた。外開きの扉なのでさらに数歩下がる。
ほどなくしてココロが慌てて飛び出してきた。
「ままままま待ってくださいマモルーッ!?」
飛び出してきたココロをマモルはそっと受け止めた。
泣きそうな顔をしながらココロは言葉を続ける。
「今のは嘘で、冗談で!? 本当はマモルにもシオリにもリキヤにも会いたかったんです! でも、マスターがこうやって迎えるほうがマモルは喜ぶって聞いたから! だから、えっと――――」
「ココロ」
慌てふためくココロを落ち着かすように、マモルは静かに呼びかける。
「大丈夫、分かってるよ」
「ま、マモルぅぅ……」
ココロはマモルから離れると大きく息を吐いた。
「落ちついた?」
「……はい、落ちつきました」
「じゃあ、」
マモルは微笑むと想いを込めて伝える。
「おかえり、ココロ」
マモルの想いを受けて、ココロも微笑む。
「ただいまです、マモル!」
「そうだ、あれでいい。ツンデレの攻略方法のひとつに『デレをどうやって引き出させるか』という問題がある。難しいような話だが、これを解決させなければどのみち先はない。ならばどうするか。それは向こうからアタックするしかない状況を作ることだ。優しい言葉をかけ続けるだけじゃあいずれ同じような奴が現れた時に乗り換えられる可能性がある。だから、お互いにとって唯一無二にならなきゃいけないんだ。そうなることができれば、最高のパートナーとして末長く一緒にいけるだろうさ」
おやっさんは他の常連客とツンデレについて盛り上がっているようだ。
そこから離れた壁際席にマモル、ココロ、シオリ、リキヤの四人は座っていた。
ココロとシオリは休憩をもらったようだ。
「改めて、おかえりなさいココロ!」
「はい、ただいまです!」
シオリに歓迎されて少し照れながらココロは答えた。
「久しぶりだなココロ。元気で筋トレやってたか?」
「リキヤほどではないと思いますけど、私なりにがんばってました」
「はっはっはっ、続けているなら何よりだ。筋肉は一日にしてならずだからな」
リキヤは快活に笑った。
久しぶりにココロに会えて嬉しいようだ。
「でも、なんでまたここへ来られたんだ? だってほら、あいつの……」
「ティポス?」
「そう、ティポスだ」
マモルの助け船を受けて、リキヤは話を進める。
「ティポスの作った扉みたいなのは封印したんだろ?」
リキヤの疑問はもっともだ。
資料室に置いてある鏡。
あれこそがティポスが異世界間を渡るために使っていた物である。
それを封印し、使えなくさせることがココロの目的だったはずだ。
「そうですね、ティポスの作った世界渡りのゲートは私がちゃんと封印しました」
ココロはメイド服のポケットから青く光る石を取り出して、テーブルに置いた。
「これはたしか、ライゼストーンだっけ?」
置かれた石を見ながらマモルは思い出す。
ココロの所属する『世界の守護翼』から支給されている異世界間を転移するためのツールだ。
「このライゼストーンを使って転移を行う場合、転移先をランダムにする場合とマーキングをしておいた場合の二つに設定できます」
「そういえば、そんなことを言ってた気がするね」
「はい、そうなんです。私は世界渡りの出入り口を封印すると同時に、あの鏡にマーキングをさせてもらいました」
「え、そうだったの?」
あの時、ココロに同行していたシオリが声を上げる。
「そんなこと一言も言ってなかったじゃない」
「ごめんなさい。ライゼストーンのマーキングは知れば誰でもできてしまうので秘匿扱いされているんです。だから、目撃者がいる場合は分からないようにやらなければいけなかったんです」
「ああ、いいのよココロ。別に責めてるわけじゃないから」
頭を下げるココロにシオリは慌てて手を振る。
「っていうことは、ココロはいつでも僕たちの世界に来られるようになったってこと?」
「はい、そういうことですね」
「そりゃいいな。俺たちもまたココロと遊びに行きたかったんだ」
「そうですね、また行きましょう」
ただ、とココロは話を続ける。
「今回またこの世界に来たのは、とある人が皆さんに会いたいと言ったからなんです」
「とある人?」
マモルは首をかしげる。
ココロの話しぶりからして、マモルたちの知っている人物ではなさそうだが。
「はい、少しこの世界を見て回ってからここに来るはずなんですが……」
その時、店の扉が開く音がした。
「いらっしゃい、……ほぅ」
おやっさんが来客者を迎える。その目が少し細まった。
喫茶店に入ってきた女性は特に見慣れない格好というわけではない。着ているものは普通の量販店で揃うものだ。
長く青い髪を揺らしながらカウンターに向かって歩いていく。
「こんにちはマスター。ここでココロが働いていると聞いたのだけど」
「お前さんはココロの連れかい?」
「ええ、あの子の保護者です。ココロがお世話になっておりますわ」
「よしてくれ。あいつに助けられているのは俺たちのほうだ」
「ふふ、そう言ってもらえると嬉しい限りです」
「あいつなら奥の席だ」
おやっさんは親指で示した。
「ありがとう、それではまた後程」
青い髪の女性はおやっさんに礼を言うと、マモルたちの席に近づいて行く。
「お待ちどうさまココロ」
「あ、ファーネさん。お疲れさまです」
ココロは名前を呼ばれると椅子から立ち上がる。
「座ったままでいいのよ」
「いえ、そういうわけには……」
「まったく、いつまでたっても固いんだから」
女性は苦笑いすると、マモルたちの顔を見回した。
ココロはハッとするとマモルたちのほうを向く。
「皆さん、こちらは世界の守護翼の支部である『ビャコ』の支部長ファーネさんです」
ココロに紹介されると、ファーネは優しく微笑んだ。
「はじめまして、ビャコ支部支部長ファーネです。いつもココロがお世話になっております」
ファーネが加わり、五人で机を囲う形となった。
新しく増えたファーネの前におやっさんがコーヒーを置く。
「ウェルカムドリンクだ」
「あら、ありがとうございます。今お代を――」
「いらねぇさ。美人にコーヒーを淹れるのが喫茶店マスターの喜びだからな」
「ふふ、お上手ですね」
「あ、気にしなくて大丈夫ですよ。ちゃんとお父さんのおこづかいから引いておきますから」
シオリの言葉におやっさんの肩がピクッと震える。
「しっかりした娘さんですね」
「……ああ、自慢の娘だぜ」
おやっさんはそれだけ言うと、カウンターに戻って行った。その背中に、サイフを握られた者の哀愁を感じる。
ファーネは出されたコーヒーをブラックのまま一口飲み、カップを置く。
「さて、まずは皆さんにお礼をしなくてはいけません」
ファーネはマモルたちを見回すとそう切り出した。
「この世界を守るために、そして、ココロを助けるために戦ってくれてありがとうございました」
「おぅ、どういたしましてだぜ」
リキヤが率先して答える。
「まぁ、最初に頑張ったのも最後に頑張ったのもマモルだけどな」
「え、いや僕は別に何も……」
謙遜したマモルにココロが身を乗り出す。
「そんなことありません。ティポスのこともジルエットのこともマモルがいなければどうにもなりませんでした。本当に感謝してます」
「ま、たまには素直に受け取ったらいいんじゃないかしら?」
シオリに言われてマモルは鼻を掻いた。
「……じゃあ、まぁ、どういたしまして」
しぶしぶといった感じで答えるが、ココロはそれに満足して座り直す。
そんなやり取りを見ていたファーネは静かに微笑んだ。
「皆さんは本当に仲が良いんですね」
「昔からの腐れ縁ですけどね」
シオリが苦笑いする。
「そんな仲の良い皆さんにお願いがあって今日はここに来ました」
ファーネの真剣な声に、マモルたちは居ずまいを正す。
ファーネはまた一呼吸置くようにコーヒーを飲むと、マモルたちを見回した。
「皆さんに世界の守護翼に加わっいただきたく、今日は参りました」
ファーネの言葉を受けて、最初に反応したのはマモルだった。
「……僕たちをですか?」
「はい、そうです」
ファーネは一呼吸置くと説明を始める。
「私たち世界の守護翼は戦える人員を常に求めています。今回、ココロがたまたま皆さんの世界に迷い込んでしまったわけですが、私はそれが運命だと感じました。ココロからの報告を受けて皆さんの順応性と戦闘力の高さを知り、ぜひとも仲間になって思います」
異世界から来たという少女の話を素直に受け止め、よく分からない敵であるティポスと戦い、そして勝利する。
危ない場面もあったが、それを成し遂げられたのはマモルたちの性格ゆえのことだろう。
「……本来ならば平和な世界にいる皆さんにこんなお願いをするのは筋違いだと分かってます」
ココロが目を伏せて言う。
世界の守護翼の一員であることと、マモルたちに無事に過ごしてほしいと思うこととで葛藤があるようだ。
「それでも、皆さんに来ていただければ、こんなにも心強いことはありません。だから……」
ココロはここで言葉を詰まらせる。そんなココロを見てファーネは後に続けるように言った。
「もちろん幾ばくかの報酬も出させていただきます。細心の注意は払いますが危険な仕事ですからね。なので、どうか私たちにそのお力をお貸しください」
ファーネとココロの勧誘に、マモルたちは顔を見合わせる。
世界の守護翼に所属してティポスと戦うこと。
それは武器を取り命の危険に晒されることを意味する。
今まで普通の世界で平和に過ごしてきた三人にはあまりに突飛な話であった。
しばらく黙っていたが、三人は顔を見合わせると頷き合う。そこに言葉はなかった。
ここぞとばかりの場面で通じ合うのは幼なじみの特権だろう。
三人は息を吸い込むと、
「「「お断りします」」」
声を揃えて断った。まるで示し合わせたかのように息がぴったりだ。
「……そうですか。ちなみに理由を聞かせてもらってもよろしいですか?」
残念そうな口振りだが、食い下がるようにファーネは聞いた。
マモルたちは再び顔を見合わせると思い思いのことを口にした。
「だって私たち学生だし」とシオリ。
「だって堅苦しそうだし」とリキヤ。
「だって大変そうだし」とマモル。
断るということは同じでも理由は様々であった。
よくこれで三人揃って答えられたものだ。
「そうですか……」
ファーネは冷静にそれだけ呟いた。
もしかしたら、断られることは分かっていたのかもしれない。ファーネの隣でココロが安堵の息を漏らす。
「残念ですが、皆さんにもそれぞれ事情があるのでしょう。今回はありが――――」
「「「でも、」」」
再び三人の声が重なる。
「「「たまにだったら、手伝える」」」
ココロもファーネもあっけにとられてしまう。
そんな二人を気にせずシオリが続ける。
「平日が学校があるし、週末はお店やらバイトがある。だから毎回手伝ってあげるのは無理だと思う」
「組織に入って堅苦しそうのも嫌だしな」
リキヤも笑って答える。
「週末に休んでゲームしたい日だってあるからね」
マモルもマイペースだ。
「で、でも、安全が保証されているわけじゃないんですよ!むしろ危ない事のほうが多いような」
一番戸惑っているのはココロだ。
最初に断られて少しだけ安心したのに、不安をぶり返された気分である。
「だって、ねえ」
シオリがマモルのほうを向く。
「だよなぁ」
つられてリキヤもマモルをみた。
二人の視線を浴びて、マモルは微笑んだ。
「ココロががんばってるんだ。それなら、友だちとして僕たちが手伝わないわけないよ」
「マモル……」
マモルの答えを聞いて、ココロが涙を滲ませる。
だが、リキヤとシオリは向かい合ってため息を吐くだけだった。
「皆さんは本当に気持ちいい方々ですね」
静かに話を聞いていたファーネが微笑む。
「その想い、どうかココロのために使ってあげてください」
「はい、任せてください」
マモルが笑顔でうなずく。
すると、
「ちょっと待ってくださぁぁい!」
「おぅ、いらっしゃい」
喫茶店の扉が開くと同時に威勢の良い来客があった。店内のほとんどの人間が振り向く。
その先には、休日なのに制服に白衣を羽織ったミヅキと、いつだったかココロにメイド服を持ってきた老紳士である紳士がいた。
「お騒がせ致します」
紳士は深いお辞儀をするが、ミヅキはまっすぐにマモルたちのテーブルへ向かって行く。テーブルの前にに着くと腕を組み不敵に笑った。
「今の話、私も交ぜてください」
「はい、新メニュー予定のミソフロランタンよ」
仕事に戻ったシオリが焼き菓子の乗った皿を置いていく。
フロランタンとはサブレ生地の上にキャラメルでコーティングされたナッツ類を乗せた焼き菓子である。
わりとポピュラーなお菓子であるが、シオリはなぜか味噌でアレンジしていた。
さっそくマモルは一つ手に取ると味見をしてみる。
サクサクとしたサブレ生地と味噌でコーティングされたピーナッツの食感が絶妙だ。味噌とハチミツの塩梅もちょうど良い。
「さすがだね、シオリ。食感も甘さも良い感じだ。味噌を使うのには驚いたけど、これはこれでアリだね」
「普通はキャラメルを使うみたいなんだけどね。前の日に作りおけるお菓子だし、お父さんと相談してちょっとしたお茶うけにできないか聞いてみるわ。それと――――」
シオリは新たに持ってきたKUROコーヒーをミヅキの前に置いた。
「はい、どうぞミヅキ」
「ありがとうございますシオリ先輩。どうぞ構ってください」
「ハイハイ、後でね」
ミヅキの言葉を軽くいなすと、シオリは行ってしまった。
ココロとシオリが仕事に戻り、シオリのいた席にミヅキは座っている。そしてその後ろに控えるように紳士が立っている。
「それでミヅキさん、話に加わりたいとはどういう意味でしょうか?」
ファーネがミヅキと紳士を交互に見る。
表情は笑顔に見えるが目が真剣だった。
「言葉通りの意味ですよ。私もシオリ先輩たちと同じように世界の守護翼に加えてほしいのです」
別段何でもないことのようにミヅキは答える。
「異世界に興味が湧きました。想造力というものにもね。知らない物に触れられるチャンスだと。シオリ先輩たちも関わっているみたいですし、是非とも私もお仲間に入れてください」
ミヅキの言葉を聞くと、ファーネは短くため息を吐いてマモルのほうを見た。
「マモルさん、あまり軽はずみに私たちのことを話されては困りますよ?」
「いや、残念ですけど僕は何も話してませんよ」
ファーネはマモルを疑ったが、マモルは秘密を守っている。
資料室で銃を向けられても何も言わなかった。
「あら、そうですか。疑ってごめんなさいね。じゃあミヅキさん」
「なんですか?」
「今、このテーブルの回りには簡易ながらも防音の結界を張っています。私たちの会話は外には漏れないようになっているはずなんです」
だから普通の喫茶店でこんな会話していても誰もこっちを見ないのかと、マモルは納得した。
「こう見えて耳が良いんで」
ミヅキはあっけらかんと答えると、テーブルの真ん中に置いてあるフロランタンに手を伸ばす。
その時、白衣の袖の中から小型のスピーカーが落ちた。
「おっと失礼」
そそくさとスピーカーをしまうと、フロランタンを掴みイスに座り直した。
「……とりあえず、帰ったら所持品を水に沈めておきます」
「そうしたほうが良さそうですね……」
その様子を見ていたマモルとファーネはため息を吐いた。学校と日用で共通して使っているのは靴くらいなので、盗聴機を調べるとしたらそこだろうか。
「あのねミヅキ」
マモルはミヅキのほうを向く。なんとか言いくるめて諦めさせなければ。
「どこまで聞いていたか分からないけど、ティポスとの戦いは危ないんだよ。そんなことに素人の君を連れていけないよ」
「なに言ってるんですか、マモル先輩だってほとんど素人でしょう」
「うん、まぁ、確かに」
マモルたちも三日間しか戦っていない。ティポスのことに関してはさほど差はないだろう。
「それに、危険度でいえば私が日々やっている実験とそれほど変わらないですよ」
「そんなに危ない事を普通の高校でやらないでほしいけどね」
「やりたい事をやるっていうのは命懸けなんですよ」
いったいどんな実験をしているだろうか。
常に白衣を着ていたり、白衣の内側から様々な物を取り出す姿は不審者ではある。
「私は興味を持った物を知りたいだけなんですよ。それに、戦うということならコレがあるんで」
ミヅキは立ち上がると、白衣の内側からリボルバー式の銃を取り出した。薄いピンク色で弾が入っているはずのシリンダー部分が長い不思議な銃を。
「銃というにはおかしな形をしてますね」
取り出した銃をまじまじと見ながらファーネがミヅキに訊ねる。
「銃といっても、コレは火薬を使って鉛玉を発射するようなものではないです。玉の代わりに入っているのはコレです」
「……試験管ですか?」
ミヅキがシリンダーから出したのは中に鮮やかな緑色の液体が入った試験管だった。栓もしてあり、中身が漏れないようにしている。
「そうです。試験管です。これを装填して、強力なバネで飛ばして当てます」
「中の液体は?」
「いま入ってるのは傷薬ですね。皮膚から吸収していって自然治癒能力を高める効果があります」
「さらっと言うにはすごいですね」
「他にもいろいろありますけど、敵に当てるならコレですかね」
ミヅキは懐から赤い液体の入った試験管を取り出す。透明感はあるがなんとなく危ない感じがする。
「コレはですね。うーんと、例えばそこに座っているマモル先輩の額に当てたとします」
ミヅキは銃をマモルに向ける。
試験管が入っているか分からないのでマモルは気が気じゃない。
「例え話でヘッドショットされてしまったね」
「当てるとどうなるのですか?」
「マモル先輩の上半身が消し飛びます」
「そんなもの向けないでよっ!?」
イスに座ったままで後ずさり、マモルは落ちそうになる。
「というわけで、私の研究はあまり人には試せない物が多いんで。できればモンスターみたいな倒していいモノに使いたいんですよ」
「では、射撃の腕前はどうでしょうか。誰かに指導されたことは?」
「南の島でじいやに教わりました」
ちらりとミヅキが後ろを振り返ると、控えていた紳士が前に出た。
「はい、僭越ながら私めが手解きをさせていただきました。お嬢様はセンスが良く、すぐに自らの技にされておりました」
それだけ言うと紳士は一礼して後ろに退いた。
「それに、あなた方が使っているあの鏡はおじいちゃんの物なんですよ。勝手に使われては困りますけど、私がおじいちゃんに一言お願いすれば譲ってくれるはずです」
どうでしょう、と腰に手を当ててミヅキは笑った。
それだけ話を聞いてファーネは目を閉じて思案する。
だが、べつに考えることはなかった。
人手が必要なうえに、この世界に転移するために必要な鏡を押さえられている。
実を言うとライゼストーンのマーキングを別のところにすれば良いのだが、マーキングの申請にはいろいろと面倒なことが多いのだ。
「……わかりました」
「では、私もお仲間に入れてもらえますか!」
ゆっくりと目を開けて答えたファーネにミヅキは嬉々として反応した。
「はい、これからよろしくお願いしますね、ミヅキさん」
「はい!こちらこそ!」
嬉しそうに跳ね回るミヅキ。
こうしてミヅキが仲間にな――――
「フッゴフッゴ」
聞き慣れない奇声が聞こえてきて、その場にいた全員が振り向く。
その先には口の中にフロランタンを詰め込んだリキヤがいた。
「とりあえず、飲み込んでからのほうが良いよリキヤ」
「フゴ」
マモルの助言に頷くリキヤ。
どうやら何か言いたいことがあるようだ。
口の中に詰め込んであった物を飲み込むと、改めてミヅキのほうを向いた。
「ちょっと待った」
「はい、ずっと待っています」
「話が勝手に進んでいってるようだが、俺はお前のことをちゃんと知ったわけじゃねぇぞ」
「どうもこんにちは。私は金子深月と申します。以後お見知りおきを」
「おお、これはこれはご丁寧に。俺は米山力也と申します」
ふたり揃って頭を下げる。
「これでいいですか?」
「いいわけねぇだろうが!」
自分もやっておきながらリキヤは憤慨する。
それを見てミヅキはため息を吐いた。
「つまり何が言いたいんですか?」
「これからお前は仲間として同じ戦場を行くんだろ?」
「まぁ、そうですね」
「だから、お前にそれだけの力があるか試さてもらうぜ」
「ちょっとリキヤ」
拳を握りしめているリキヤの様子を見てシオリが口を挟んできた。
「私の後輩に手を出そうっていうならただじゃおかないわよ」
「落ち着けよシオリ。何もケンカするわけじゃねぇ」
そう言うとリキヤは腰にぶら下げていたポーチから何かを取り出す。
「コレだ!」
「……携帯ゲーム機?」
「そうだ。これからミヅキにはこいつをやってもらうぜ。俺たちの仲間になりたいと言うならもちろん持っているよな?」
「あのねリキヤ、普通の女子高生がゲーム機なんか持ち歩いているわけ――――」
「いいでしょう。望むところです」
ミヅキは白衣の内側からゲーム機を取り出した。
「持っているのね……」
「ふっ、さすが俺たちの仲間になりたいと言うだけのことはあるぜ」
「まぁ、平和的にやるなら勝手にやってちょうだい」
シオリはそう言うと仕事に戻っていった。
「で、何やるんですか?対戦?」
「いや、今回は協力プレイだな。マモルも行くぞ」
「うん、わかった」
マモルもゲーム機を取り出して三人で顔を合わせる。
「じゃあ行くぜお前ら。遅れんなよ!」
「すごいねミヅキ、後ろからの戦い方を完全にマスターしてるね」
「いやー、喜んでもらえてよかったです」
ミヅキの戦い方は後方支援タイプだった。
自ら前に出ることはせず、味方の回復や強化をしたり、敵の弱体化や妨害といった役割である。
派手な役割ではないがゆえに人気のない役割であるが、いるといないのとでは勝率が雲泥の差だ。
戦局を見極め、自分の思いどおりに事を運ぶさまは、さながら指揮官のようなものだろう。
「僕もリキヤもほとんど突っ込んでばっかりの前衛タイプだったからね。後ろからの援護があるだけでこんなに戦いやすくなるとは思わなかったよ」
「まぁ、お二人ともずいぶんとやり込んでいるみたいでしたし。ほとんど援護することもなくてこっちは楽でしたよ」
「いやいや、でも助かったよ。だよね、リキヤ?」
マモルがリキヤのほうを向くと、リキヤはイスから立ち上がり、ミヅキの方へ歩いていった。
そして手を差し出す。
「やるじゃねぇかミヅキ。お前のことを認めてやるぜ。今日からお前は俺たちの仲間だ――――」
「やった、やりましたよシオリ先輩!」
最後まで聞き終える前にミヅキはシオリの方へ行ってしまった。
「よかったわねミヅキ」
「はい、これで私もシオリ先輩たちのお仲間です」
「そうね、とりあえず仲間になった記念に、あそこで手を出したまま固まってるリキヤの相手をしてあげてちょうだい」
「はい、わっかりました!」
シオリの元から帰ってくるとミヅキは、差し出されていた手とリキヤの顔を交互に見ながらその手を握った。
「ありがとうございますリキヤ先輩。これからよろしくです」
「……おぅ、こちらこそだぜ」
「リキヤ、君もたいがい良いやつだね」
こうして、リキヤからの試練をこなしたミヅキが仲間になった。
「話はまとまったようですね」
コーヒーを飲みながらマモルたちのやり取りを見守っていたファーネが声かける。
「では皆さん、詳細は追って報告いたしますね。早ければ今月中にも異世界へ行ってもらうことになるかもしれませんのでよろしくお願いします」
「はい、わかりました」
マモルがうなずいて答える。
「僕たちにどこまでできるか分からないけど、がんばります」
異世界への期待と不安を胸に、マモルたちはそれぞれ気持ちを昂らせていった。




