化学部部長襲来
午後の太陽が傾き、これから赤くなろうといていた時間。
校庭からは運動部たちの掛け声やボールを打ったり蹴ったりする音が聞こえてくる。
校内にいるのは文化系の部活の人たちだろう。さすがに文化部の声や物音は聞こえないが見えないところで活動しているはずだ。
この放課後という時間の中で、たくさんの若者たちが今を、そして未来を輝かせるために青春を謳歌しているはずだった。
「そんな中で、僕はいったい何をやってるんだろう……」
段ボールの箱を運びながらマモルはため息を吐いた。
帰りのホームルームが終わり、幼なじみのリキヤとシオリと雑談をしていたところで、担任の先生に呼ばれてしまった。
使わなくなった教材が入った段ボールを資料室に運んでほしいそうだ。
部活に入らず、いつも暇そうにしているマモルは、よく先生たちから雑用を頼まれることが多い。
断る理由も思いつかないし、リキヤとシオリもいるので引き受けたが、マモルが二人を振り返った時には、すでにカバンを持って反対のドアから出ていってしまっていた。
「ふたりがいれば、こんなに往復しないで済んだのにな……」
すでに三往復中である。
一階の職員室から二階の資料室まで運んでいるのでなかなかの重労働だ。
箱の中身も、教科書のような物が見えたりしていたのでけっこう重たかった。
「まったく、薄情なふたりだね……」
ぶつぶつと独り言を漏らしながらも言われたことをやり遂げようとするのは責任感があるからなのか、それとも流されているだけなのか。
「よいしょっと」
資料室に着き、最後の段ボール箱を置いた。
置く場所を指定されていなかったので端っこに置いたが別にいいだろう。
「話には聞いていたけど、ここは本当にごちゃごちゃしてるね」
マモルは資料室の中を見回した。
乱雑に収納されている物たちからは歴史を感じなくはないが、仕舞ったままにするくらいならば処分すればいいのにと思う。
「あ、そういえば、アレはあるかな……」
マモルは思い出したことがあり、資料室内を物色し始める。
埃を被った棚を避けて奥へと進んでいく。
「あ、コレかな……?」
そして見つけたのは、銀色の装飾が施された鏡だった。埃っぽい物たちの中で、ひときわ存在感がある気がする。
「ここからココロが来たのか……」
一週間前にマモルは夜の校内で異世界から来たという少女ココロと出会った。
ココロはいろんな世界を転移し、人を襲う未知の存在であるティポスと戦っていた。
ティポスとの戦闘の最中に『世界渡り』というものに巻き込まれたココロはマモルたちの世界に迷い込んだそうだ。
校内にいるティポスを退治するために協力を求められたマモルは、幼なじみのリキヤとシオリと共にココロの手伝いをした。
そして、マモルの目の前にある鏡が、ティポスが世界渡りをするために使っていた扉のようなものである。
「まあ、もう普通の鏡だよね」
当時、マモルは別のところに居たので、実物を見るのは初めてである。
マモルはまじまじと鏡を見つめた。
すでにココロが封印を施しており、扉としての機能は失われている。
鏡に写るのは埃っぽい資料室と何も考えていなそうなマモル自身の姿だけであった。もちろん異世界の様子を写すことはない。
「思えば、すごい経験をしたもんだ」
異世界から来た女の子とモンスター退治だなんてマンガのようなものだろう。
今後の人生でいろんなことがあるだろうが、今回の事よりファンタジーなことは起こらないはずだと思う。
「危ないこともあったけど、楽しかったな……」
物思いにふけながら、ふと鏡に手を触れようとしたところで、
「動かないでください」
後ろから声をかけられて、マモルは手を伸ばしたまま硬直した。
「…………」
いったいどういうことだろうか。
普通の高校の資料室の中ではおよそ聞かないセリフであった。
声からして、女の子の声である。
そして、背丈もそんなに高くなさそうだ。
今ならなんとかできるかもと思い、マモルが少し振り返ろうとする。
「動かないでくださいって言っているんですよ」
だが、何か硬い物が背中に当てられて、マモルは再び前を向いた。
「良い子ですねー。そのまま手を上げてください」
言われた通りに手を上げるマモル。
情けない姿だが、抵抗する余地もない。
(うーん、どうしたものかな)
相手の思惑が分からない上に、銃のような物を突きつけられて、マモルはどうすることもできなかった。
(何か、悪いことでもしたかな)
思いだそうとしても心当たりがあるような気がするし、無いような気もする。
リキヤがやんちゃしていた時に倒した人の妹とかか、昔シオリが負かしたという料理人の娘とかか。
日々をなんとなくで生きているマモルには、思いつかなかったようだ。
だが、ここでマモルは別のことを思い出していた。
(そういえば昔、おやっさんに背後を取られて銃を突きつけられた時の対処法を聞いたことがあったっけ)
ずいぶん限定的なシチュエーションだが、まさに今の状況にぴったりだった。
(この言葉を言えば、必ず相手は射先を外してくれるらしいけど)
背中から銃が離れた瞬間に振り返って、相手を無力化させればいいとおやっさんは言っていた。
(よし、ここはおやっさんを信じてみよう)
意を決して、マモルは背後の少女に話かける。
「ふっ、お嬢さん」
「なんですか?」
おやっさんのまねをして、マモルは気取った口調で話す。
「威勢が良いのはけっこうだが、安全装置がかかったままだぜ?」
「え、そんなもの初めから付いていませんけど」
「あ、そうでしたかすみません」
すぐさま前を向き直る。
(ダメだおやっさん、安全装置の付いていない銃を使うような危ない奴には効かないみたいだ)
諦めて相手の出方を待つしかないようだ。
「さて、それじゃあ――――」
少女は、マモルが素直に従うと判断したところで要求を始める。
「これから私が言うことを復唱してください」
「……わかった」
何を要求されるか不安だったマモルは、そんなことかと少し安心した。
しかし、マモルの考えとは裏腹に、少女はスゥっと息を吸い込むと呪いのような言葉を吐き出していった。
「黒川詩織は美しい」
「黒川詩織は美しい?」
「黒川詩織は最高だ」
「黒川詩織は最高だ?」
「黒川詩織は女神のようなお方だ」
「黒川詩織は女神のようなお方だ?」
「黒川詩織はもはや世界そのものだといえる」
「黒川詩織はもはや世界そのものだといえる?」
「黒川詩織のためならこの身のすべてを捧げられる」
「黒川詩織のためならこの身のすべてを――――」
続けて復唱しようとしたところでマモルは背中に当てられていた銃が離れていることに気がついた。
相手を刺激しないようにゆっくりと振り返る。
するとそこには、薄いピンク色のオモチャのような銃を片手に持った少女が頬を赤らめながらくねくねと悶えていた。
リボンの色からして、たぶん一年生だろう。
身長も髪も短めで、おでこがよく見える髪型をしており、なぜか制服の上に白衣を羽織るように着ていた。
いきなり背後から襲われたからといって、小さな下級生にいいようにされていたとは情けない話だ。
少女は自分で言っていることに興奮しているのか、まだマモルが振り返っていることに気がついていない。
「黒川詩織のためなら世界を滅ぼしても――――」
「いや、それはダメでしょ」
「ハッ」
マモルの言葉で我に帰った少女は、ようやくマモルが振り向いていることに気がついた。
マモルと少女の視線が交差し、静寂が訪れる。
少女はばつの悪そうな顔で頬をかくと、マモルから一歩下がって微笑んだ。
「はじめましてマモル先輩。私は一年化学部部長の『金子深月』です。以後お見知りおきを」
白衣の裾を軽くつまみ上げてお辞儀をした。
「ああ、これはこれはご丁寧に。僕は――――」
「知ってますよマモル先輩」
マモルも自己紹介しようとしたところで遮られる。
「あれ、僕はそんなに目立たない存在だと思っていたんだけどな。それで、金子さんは――――」
「あ、私のことは『ミヅキ』と呼んでくれていいですよ」
またもや遮られるマモル。
このミヅキという少女は少し我が強いのかもしれない。
「……ミヅキは僕に何か用だったのかな?」
僕に恨みがあるのかな、と聞かなかったのは本当に恨みがあったらどうしようかと思ったからだ。
いきなり背後から銃でイニシアチブをとり、なぜかシオリに絶対服従宣言のようなことをさせようとするミヅキは危ない奴に思えた。
なのでマモルは、まだ警戒を弛めずに対応する。
「よくぞ聞いてくれました」
ミヅキの目がキラリと光る。
「先に言っておきますと、実は私のおじいちゃんはこの学校の校長をやっているんです」
「いきなりスゴい情報だね」
特に驚いた様子はないが、マモルは素直に驚く。
校長の孫という立場がどういうものなのかマモルには分からなかったが、何となくお金持ちの想像をしてしまう。
「おじいちゃんは、生徒間の実情とか学校の問題点なんかを私に相談してくるんですよ」
「ほうほう」
ミヅキはずいぶんと祖父に信頼されているようだった。
祖父の立場からすれば、可愛い孫と話をするきっかけと生徒の本音を聞くことができるという一挙両得のようなものだろう。
「で、最近ウワサになっていることの一つにおじいちゃんが興味を示しました」
「ウワサ?」
「はい、マモル先輩はこの学校の『七不思議』って聞いたことがありますか?」
「……」
マモルは話を聞く振りをしながら固まってしまった。
そう、マモルには心当たりがある。
ココロと一緒にティポス退治をしたときにティポスの居場所の参考にしたのが七不思議だ。
実際に七不思議を追っていたらティポスが現れたので七不思議の原因はだいたいティポスのせいだった。
「へ、へ~、聞いたことがないな~。最近はオカルトが流行っているんだね~」
ただ、正直にティポスの話をして信じてもらえるか分からなかったので、マモルは誤魔化すことにした。
「そうですかー、それは残念ですー」
ミヅキは特に気落ちした様子もなく返事をした。
「なんとなくマモル先輩なら知ってそうな気がしたんですけどねー」
「ハハハ、それは残念だったね」
顔を合わさないようにしながら話を合わせる。
「それでミヅキは僕を追いかけていたのか」
納得したマモルだが、ミヅキはそれを首を振って否定する。
「いや、別に私はマモル先輩を追いかけていたわけじゃないですよ」
「あれ、そうなの?」
てっきり見張られていると思っていたマモルは、思わず聞き返してしまった。
「はい、例のウワサの真偽を確かめようと校内を散策していたら、同じ道を何度も往復してる人を見かけまして」
「見てたなら手伝って欲しかったね」
「怪しかったのでその場で撃とうと思ったんですが目撃者がいると面倒だったんで」
「撃とうとする前に声をかけて欲しかったね」
「そしたら都合良く人気のない資料室の奥へと行ってくれたので、武器を構えながら後ろから声をかけさせてもらいました」
「声をかけるだけなら武器はしまっておいて欲しかったね」
話を聞くほどに危ない人物となっていくミヅキ。
「まあまあマモル先輩、あんなのはちょっとした茶目っ気ですよ。それより先輩」
おもむろにミヅキは白衣の内側から水筒を取り出すと、フタを開けて中身を注ぎ出した。
「荷物運び、お疲れさまでした。お詫びも兼ねて一杯どうぞ」
「お、さすが後輩キャラ、気が利くね。ありがとう」
マモルは透明な液体が入ったフタを受けとると中身を飲み出した。
かすかな甘味のあるスポーツドリンクだ。疲れた体に染み渡る。
「知らない味のスポーツドリンクだね」
「中身は自白剤ですよ?」
「ブフォッ!?」
続けて飲んでいた液体を吐き出す。射し込んでいた夕陽の光に照らされて一瞬だけ虹ができていた。
「冗談ですよ?」
「まだキャラ性が掴めてないのにその冗談はキツいよ……」
口元を袖口で拭いながらフタを返す。
ミヅキはフタを受けとると、水筒に装着させて白衣の内側に戻した。
「ふふ、さすがマモル先輩、シオリ先輩の言った通りのおもしろい人ですね」
笑いながらミヅキは話す。
「そういえば、さっきも言ってた気がするけど、ミヅキはシオリのことを知ってるんだね」
シオリの話を振ると、明らかに表情が輝き出した。
「知っているなんてものじゃありません!お慕いしているんです!」
「あ、そうですか」
マモルの呟きを無視してミヅキは話を進める。
やぶへびだったかもしれない。
「あの時も、こんな綺麗な夕暮れ時でした……」
「回想なら手短にお願いするよ」
「あれ、しまった、しょうゆがなくなちゃったな」
放課後の化学室でとある実験をしていたミヅキは足りない材料があることに気がついた。
化学室の中にはミヅキしかおらず、この独り言も誰に向けて言ったわけではない。
そもそも化学部は、名簿には部員が五名いるがミヅキのほかの四名は部をつくるために名前だけを借りた幽霊部員なのだ。
だから、基本的には化学部にはミヅキしかいない。
「うーん、学食のおばちゃんに貰いに行くのは気が進まないしなー」
すでに何度か食材や調味料を分けてもらっているうえに、料理するためでなく実験に使っていることがバレてしまっている。その時はしこたま怒られた。
きちんと訳を話せば多少は融通が聞くと思うが、ミヅキにはそのつもりはないようだ。こういうところが孤立化の要因のひとつなのかもしれない。
他にしょうゆがありそうな所はないかとミヅキは唸るように考えていると、ひとつ思い当たる所があった。
「そういえば、家庭科部なんてところがあったような……」
学食の上にある家庭科室を使って活動していたはずである。家庭的なことなど自分には縁遠いものだと思って近づいたことはなかったが、家庭科室にならしょうゆくらい置いてあるだろう。
「仕方ない、行ってみますか」
若干めんどくさそうにミヅキは家庭科室へと向かうことを決めた。
学食を通りすぎ、二階への階段を登って行くと香ばしい匂いがしてきた。
「これは、味噌?」
料理をしているということは活動しているはずだ。
ミヅキは味噌の匂いに導かれるように廊下を進んで行く。
そして、家庭科室の扉の前にたどり着いた。中からは話し声も聞こえてくる。
とりあえずノックをしてみるとすぐに女性の声で返事が帰ってきた。
「はーい、どうぞー」
「失礼しまーす」
物怖じすることもなくミヅキは中に入って行く。
家庭科室の中には、三人の女子生徒が鍋を囲うように立っていた。
鍋をかき混ぜているポニーテールの二年生と、ミヅキと同じ一年生が二人だ。一年生の二人はミヅキとは違うクラスなのだろう、面識はなかった。
「何か用かな?」
鍋をかき混ぜていた二年生が尋ねてきた。
(うーん、大きい……)
ミヅキは二年生のとある一部分を見ながら息を飲んだ。エプロンの上からでも形がはっきりわかる。
「えっと……」
「ハッ」
黙ったままのミヅキに二年生が困ったような顔をしているのに気がついて、ミヅキは我に帰った。
「す、すみません。化学部の金子深月です。実験に使おうと思っていたしょうゆがなくなってしまったんで、少し分けてもらえないでしょうか?」
少し挙動不審になってしまったが、ミヅキは用件を伝えた。
「ああ、お醤油ね。いいわよ。ちょっと待ってね」
二年生は持っていたお玉を一年生に預けると、調味料が入っている棚へ向かった。
棚からしょうゆを取り出すとミヅキに向かって手招きする。
「入れ物はある?」
「はい、この試験管の線のところまでお願いします」
「オッケー」
ミヅキの取り出した試験管にしょうゆが注がれる。
だいたい試験管の4分の1程度だ。
「こんな感じでいいかな?」
「はい、十分です。ありがとうございました」
「どういたしまして。でも、大切な調味料なんだから無駄にしちゃダメよ?」
「分かってますって。大事に使わせてもらいます」
「うん、それならいいわ」
ミヅキは試験管に栓をすると、白衣の内側に戻した。
「あ、そういえば自己紹介がまだだったわね。私は黒川詩織。家庭科部の二年よ。よろしくね」
「あ、はい、よろしくです」
ミヅキは軽く頭を下げる。
すると、ミヅキを見ていたシオリが何か思いついたかのように手を叩いた。
「そうだ。ミヅキさん、ちょっと時間ある?」
「え、なんでしょうか」
しょうゆを分けてもらった対価をを求められるのだろうかとミヅキは思った。
(分けてもらった手前、嫌とは言えないかなー)
面倒な話でないことを祈りつつミヅキは返事をした。
「はい、少しなら大丈夫ですよ」
「そう! よかった! じゃあこっち来て」
シオリは嬉しそうにミヅキを鍋の置いてある机に招くと椅子に座らせた。
椅子に座ったミヅキは、居心地が悪そうに辺りを見回す。
一年生からお玉を受け取ったシオリはお椀に味噌汁をよそいながら説明する。
「今ね、この娘たちにお味噌汁の作り方を教えていたの」
「はぁ」
「教えながらやってたら多く作り過ぎちゃってね、良かったらミヅキさんにも味見ついでに減らすのを手伝ってほしいの」
「ああ、なるほど」
思っていた労働をさせられるわけではなさそうで、胸を撫で下ろした。
「そういうことでしたら、いただきます」
「それじゃあ、もうちょっと待っててね」
味噌汁の入ったお椀と箸を一年生が配膳していく。
軽く頭を下げて味噌汁を受けとると、中身を覗いた。
見た目は普通の味噌汁だ。ワカメに豆腐、そして刻みネギと――――
「ジャガイモ?」
味噌汁の具材として見たことのない物が入っていて、ミヅキは首をかしげる。
(ジャガイモが入っているのは普通なんですかねー?)
少なくともミヅキの知識にはない。
「ああ、それね」
エプロンを外したシオリがミヅキの隣に座る。
一年生は向かいに座ったようだ。
「お腹すいちゃってね、学食のおばちゃんたちに何か余ってる食材がないか聞いたらジャガイモをくれたの」
「え、でも、ジャガイモの味噌汁なんて聞いたことないですけど」
「うん、私も作ったことはなかったわね」
「えぇぇ……」
「大丈夫よ。どこかの地域では味噌ポテトっていう料理があるって聞いたことがあるし」
「え、そうなんですか?」
塩をかけたりバターを付けたり味噌を塗ったりと、ジャガイモの可能性は無限大だ。
「そうそう、だからお味噌とジャガイモの相性は悪くないはずよ」
味見役というのは謙遜ではなかったのかもしれない。
「さぁ、何はともあれ、冷めないうちにいただきましょう」
シオリたちが手を合わせるのを見て、ミヅキも手を合わせる。
「いただきます」
ちゃんと『いただきます』を言うのがずいぶん久しぶりな気がする。
ミヅキは慣れない感覚を覚えつつも、とりあえずお椀を持ち、一口すすってみる。
「あ、おいしい」
ちゃんと出汁をとっているのか、かつおぶしの風味と優しい味噌の味が心と体を暖めてくれる。
続けてワカメや豆腐も口に運ぶ。
この2つの食感も素晴らしい。味も染みてる気がする。
「よかった。ジャガイモも食べてみて。レンチンしておいたからホクホクになっているはずよ」
シオリに促されてミヅキはジャガイモを見る。
箸をで挟むとジャガイモは簡単に割れた。中に火が通っている証拠だ。
今度は割らないようにジャガイモを挟むと口に運んだ。
「っ!はふはふ!」
ジャガイモは熱々だった。
やがて落ち着いてくると、味わうように咀嚼する。
ジャガイモと味噌の甘味が口の中でホロホロとほどけていくようだ。
「これ、すごく美味しいです!」
「ふふ、そうでしょ~」
ミヅキの反応に満足し、シオリも笑みがこぼれる。
「お味噌汁はね、よほどの物でもない限り何でも優しく包みこんでくれるわ。根菜でも良いし葉物でも良いし。きちんとお出汁をとってお味噌を溶かしてあげれば失敗することはないわ」
一年生たちがシオリの話を一生懸命メモしている。
「へぇー、そうなんですね」
よほど気にいったのか、ミヅキは話を聞き流しながら一気に平らげてしまった。
「おかわりもあるからいっぱい食べてね」
「はい!」
「それじゃあ、いろいろありがとうございました」
味噌汁を食べ終わり、後片付けも手伝ったところでミヅキは化学室に戻ろうとする。
ずいぶんと長居してしまったが、幸福感に満たされていたのでとても満足していた。
「うん、気をつけてね」
シオリが見送るために扉までついていく。
「いやー、ずいぶん久しぶりに人間らしい食事をした気がします」
「人間らしいって……あなた普段どんな物を食べてるの?」
ミヅキはスカートのポケットに手を入れると、金色の袋に包装された物を取り出した。
「ブロック型携行食ですね。いろんな味があって美味しいんですよ」
「なんとなく、そんな気がしてたけど……。まさか三食それじゃないわよね?」
いい加減な食生活を送っているのではないかと、シオリは心配する。
「まさか、そんなわけないじゃないですか」
「そうよね。そんなはずないわよね」
ミヅキの真っ向からの否定にシオリはほっとする。
「朝ごはんは抜くので、2食だけですね」
「もっとダメじゃないの!?」
驚愕の食生活にシオリは絶叫した。
毎日欠かさずに台所に立っているシオリには考えられないことだった。
「まぁサプリメントとかも摂ってるし、現代人は食事をする時間もないので」
「なければ作りなさいよ、まったく……」
シオリはため息を吐くと、ミヅキを抱きしめる。
「え、ちょ、先輩……?」
突然のことにミヅキは慌てる。
家庭科室の中からは先ほどの一年生二人がキャーキャーと黄色い声を上げていた。
「いいミヅキ。ご飯を食べる時間っていうのは幸せを感じる時間でもあるの。作ってくれた人の思いやりを感じ、美味しい物を噛みしめることで体の中に幸福感が満ちていくのよ。それを単なる栄養補給のためだけに使っちゃうのはあまりにももったいないわ。だから1日に一回はちゃんとした物を食べなさい。わかった?」
「は、はいぃ~、わかりましたぁ~」
シオリの柔らかさを全身で感じとり、ミヅキは骨抜きにされていく。
シオリは料理への熱意を語りたかっただけだったが、ミヅキを抱きしめたのはその想いを伝えたかった故の行為だろう。
「また遊びにいらっしゃい。いつも料理してるわけじゃないけど、たまに料理教室みたいなこともしてるからね。一緒にお料理しましょう」
ゆっくりと二人は離れる。
解放されたミヅキは顔を赤らめながらモジモジしていた。
「はい……よろしくお願いします。あの……お姉さま……」
「いや、お姉さまは重いからやめて」
「これが私とシオリ先輩の馴れ初めです」
「つまり、食欲と肉欲で懐柔されたと」
「あ!い!で!す!」
回想を聞き終え、思ってしまったことをそのまま口にしてしまったマモルに再び銃口が向けられる。
マモルもまた手を上げて抵抗の意思がないことを示した。
「おーけーおーけー。僕の方も友だちと後輩がよろしくやっているようで喜ばしい限りだよ」
「分かってもらえれば良いのです」
ミヅキは銃を降ろす。
「話が少し脱線しちゃいましたが、七不思議のウワサを耳にしたら教えてもらえると嬉しいです」
「ああ、うん、わかったよ」
マモルは曖昧にうなずいた。
学校内のティポスは全滅させたはずなので新しいウワサが立つことはないはずだが。
「ありがとうございます。じゃあマモル先輩。私はこれで失礼しますね」
「うん、またねミヅキ」
ミヅキはニッコリと笑うと、白衣を翻して資料室から出て行った。
「まったく、シオリも恐ろしい後輩に好かれたものだね」
一人残されたマモルは鏡を振り替える。
「キミがいなくても、この世界は結構ファンタジーかもしれないね、ココロ」
呟く声は鏡に反射して、埃っぽい資料室に吸い込まれて消えていった。




