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黒翼のグロース  作者: しおん
3/7

3 つれないな。全くもって。

 編入初日。

 一限目の始まる前に行われるホームルームで、ナユタはクラスメイト三十五人の注目を一身に集めていた。

「ナユタ・クラウ・ユリシーズです。よろしくお願いします」

 自己紹介と、簡単な挨拶。

 ナユタは特段緊張するでもなく、平常運転で淀みなくそれをこなした。

 ペコリとお辞儀をしたが、あちらこちらで同じ制服姿のクラスメイトたちはヒソヒソ話に花を咲かせる。

 教室じゅうが不穏分子の登場にざわめく。

「はいはい、皆さんお静かに~。さ、ミスターユリシーズ。一番後ろの窓際の席に座ってね」

 担任教師は、編入試験の時の、乳のデカいいい女の彼女だった。まさか世話になるとは思っていなかったので、その巡り合わせには多少面食らった。

 整然と並ぶ机の間に出来た通路を通って、指定された席に向かう。途中、足を引っかけられないとも限らないので、いちおう警戒しつつゆっくり歩いた。

 幸い、足を差し出す生徒はいなかった。

 横六列×縦六列の並びで丁度足りる計算なので、ナユタが加入したことで数は埋まった訳だが、窓際の席は元から空いていたのか、誰かが座っていてズレてくれたのかは分からない。

 ともかく、ナユタはその席に腰を下ろすと、ほぅっと小さく吐息した。

「よろしくね。わたし、女子の学級委員長だから、なにか分からないことがあったら聞いて」

 隣の席の女子生徒が朗らかに声を掛けてきた。

 赤髪をツインテールにして、群青のリボンで結んでいる。目が大きくて、どこか小動物を連想させるが、けっこう可愛い。愛嬌がある。

「うん、よろしく」

 ナユタも愛想良く返事を返しておいた。

 休み時間になって、ナユタはとんでもない状況下に置かれざるを得なかった。

 編入生珍しさだろう、机の周りにクラスメイトの人垣が出来上がったのだ。男子もいたが、圧倒的に女子の比率が高い。

 この容姿なので、ある程度は覚悟していたが、現実はナユタの想定を軽く越えてきた。

「髪、真っ白なのね、不思議!」

「真っ白じゃないわよ、根元が青いわ」

 ナユタはいわゆるアルビノというやつで、色素が抜け落ちた髪は白髪に限りなく近いが、根元に行くほど淡い水色になっている。肌は抜けるように白い。

 その上、

「左と右の目の色が違うわ」

「とってもキレイ」

 金銀妖瞳のヘテロクロミアである。こちらも色素異常がもたらす現象だが、設定が盛り盛り過ぎて、ハタ迷惑である。創造主がそのようにデザインしたので、ナユタ自身はどうしようもない。

 ナユタはこの目立つ容姿があまり好きではない。

「アルビノで、ヘテロクロミアってやつだからね」

 ナユタは苦笑を振りまいた。

「こんな時期に編入してくるなんて、どうして?」

「事情があって、学校に通っていなかったんだ」

 質問は四方八方から飛んでくる。ナユタはそれに対応していたが、休み時間が終わると、疲れ果て、精神的に疲労困憊になった。

 これがあと何度続くのかと思うと、憂鬱にもなる。

 ナユタは机に突っ伏して、黒板の上の時計を睨み付けたのだった。

 昼休みは昼食を共にしようとするクラスメイトたちの目を盗んで、ナユタは全速力で教室を飛び出し、安寧の地を求めて階段を駆け上がった。

 誰にも見つからないよう、屋上の扉を開け、外へと滑り出た。

「はぁ……」

 誰にも見られてないよね、と背後を窺うが、つけられた形跡はない。

 休み時間はクラスメイトからの質問責めにあい、他のクラスから変わり種の編入生を一目見ようと見物人が訪れる始末。

 騒ぎは広がるばかりだ。

 ナユタは陽当たりの良い場所に腰を下ろすと、ごろんとそこに横になった。

 お腹減ったなぁ……

 ユーリは昼食はシェフを派遣する、とか言っていたが、教室にいないとマズイんじゃないかと思う。

 このままでは食いっぱぐれてしまう。

 でも、教室には戻りたくない。

 ジレンマに陥って、ナユタはその場でゴロンゴロンと転がった。

 しばらくそうしていると、不意に屋上のドアが開き、誰かが入ってくる物音がした。

「あー、こんなところにいた」

 ナユタを見下ろす少女は、赤毛の少女だった。

 隣の席の学級委員長。

 赤毛が太陽の光に晒されて、溶けてしまいそうだ。そうだ、赤髪は太陽の色なのだ。

「お家のひとが、探してたよ」

「あー」

 やっぱりか。

 ナユタは半身を起こして頭をかいた。

「ひとりになりたくて。みんな、お昼はどうやって食べるの?」

 委員長に聞いてみる。

「うーん、わたしみたくお弁当だったり、食堂で食べたり、キミみたいに専属のシェフが給仕に来る人もいるね」

「ふぅん」

 言われてみれば、隣に座った委員長は、膝の上に包みを置いている。

「そういえば、君の名前、なんだっけ」

 まだ名前を聞いていなかったことに思い至り、尋ねてみる。

「あ、わたし? フェリア・トアースよ」

 フェリアは微笑みを添えてそう答えた。

「フェリア……良い名前だね」

「そう?」

「僕のお母さんの名前、セシリアって言うんだ。音がなんとなく似てる」

 ナユタは言いながら、胸元からペンダントを引っ張り出した。

 先端の欠けた、逆十字のペンダント。

「なあに、それ」

 ペンダントを目にしたフェリアが、さっと顔色を変えた

「何だか怖い。気持ち悪いわ、それ。良くない気がする」

 口もとに手を当て、冷や汗を我慢しているようだった。

「これ、お母さんの形見なんだ。呪われた、魔女の首飾り」

 それを見抜いたフェリアは中々に鋭い感性の持ち主だ。ナユタはペンダントをまた、胸元に仕舞った。

 フェリアがほぅっと、息を吐き、肩の力を抜いたのが分かった。

「お母さん、僕が五歳のときに、焼け死んじゃったんだ」

「そうだったの……」

 フェリアが気まずそうに目を伏せた。

「あ、別に気を遣わなくてもいいよ」

 思わずナユタは左肩を見やっていた。

 その仕草に、フェリアが反応した。

「授業中も、よく左肩見てたよね? 何かの癖?」

「あー、相棒と四六時中一緒にいたから、癖で……離れてみて、今はぽっかり胸に穴が空いてるっていうか、寂しいっていうか、何かヘンな感じ」

「相棒ってペット? 猫とかインコとか」

「あはは。ペットって言ったら怒られるかな。最初に言った通り、相棒って呼ぶのが一番しっくりくる」

 手乗りインコでもセラフィータほどおしゃべりではなかろう。まさか『相棒』の正体が口の良く回る妖精だとは、夢にも思うまい。

「どんな相棒さんなのか、見て見たいものだわ」

 そう言いながら、フェリアは膝の上の包みの結び目を解きにかかっていた。今日の空のように真っ青なナプキンだ。

「キミも半分、食べる? ローストビーフサンド」

 ナユタは一も二もなく即答した。

「うん、食べる」

 ランチボックスにギュウギュウ詰めになっているローストビーフサンドを一切れ取り出したフェリアは、

「どうぞ召し上がれ。家の母のとっておきよ」

 笑顔でナユタに手渡した。

「ありがとう」

 ナユタも表情を崩して受け取った。

 パンが柔らかくて、今にも形が崩れそうだ。

 ナユタは遠慮無く、ローストビーフサンドにパクついた。ミディアムレアの肉厚なローストビーフは歯切れが良く、蕩けるようだ。噛むたび溢れ出す肉汁と、グレイビーソースの共演が絶妙なハーモニーを奏でており、たまらなく美味だ。いつまでも食べ進めていたい、そんな気にさせられる逸品だった。

「とっても美味しいよ。君のお母さんは天才だね」

「うふふ。良かった。もう一切れ、どう?」

「頂きます」

 言われるがまま、本能に従って、ナユタはフェリアのお弁当の半分を頂いてしまった。お腹も最高に減っていたし、ローストビーフサンドは最高に美味しかったので。

 がっつくように食して、親指についたグレイビーソースを舐めていると、

「お茶はいかが? あったかいダージリンティーだけれど」

 フェリアは魔法瓶の水筒も持参しており、そのコップにダージリンティーを注いで勧めてくるのだ。

「うん、もらうよ」

 ナユタは遠慮無く受け取ったコップから紅茶を一口飲んだ。

 中身はちょっと熱めの、ダージリンティー。癖がないのに、香りが鼻腔を抜けていく。嫌味のない味だ。

「何、ニヤニヤしちゃってさ」

 ナユタはフェリアの視線に気付いて文句を付けた。

「やっぱりキレイだなぁって思って。髪の色も、目の色も」

 フェリアは眩しそうに目を細めて、こちらを見つめている。まるで、宝石でも目の前にしているようで、何だか照れくさくなったナユタは、わざと話題を変えた。

「あの、担任の先生の胸は、どうしてあんなにデカいんだろう。まるで牛みたいだ」

「ユミルちゃん先生?」

「ユミルちゃん?」

「あ、今のナシ! ミス・ユミル・シュリアナ先生ね。二十七だけど、おっぱいが大きくても結婚出来るとは限らないのよ~がキャッチフレーズ」

 ユミルちゃん。

 随分と砕けた呼ばれ方だ。よっぽど生徒から慕われているか、舐められているかのどちらかだが。

「ヘンなキャッチフレーズ」

 そのときだった。

 いきなり目前に、レッドカーペットが滑るように転がって来て、道を作った。そこを三人の人物が歩いてくる。

 同時に、どこからともなくバイオリンの音色が聞こえたかと思うと、華やかなオーケストラの演奏が始まった。

 いつの間にか、屋上に楽団が展開している。

「はーっはっは! ナユタ・クラウ・ユリシーズくん、屋上でレディと二人きりのランチとは、乙なものだね。あちこちを探し回ったよ」

 金髪碧眼の一際背の高い少年が、美声を張り上げた。

「どうだい、俺たちの派閥に入るつもりはないかい? 損はさせないよ」

 二番目に声を発したのも、金髪碧眼の美貌の持ち主だった。

「不純異性交遊は感心しないな。風紀が乱れる」

 最後のひとりは黒髪黒瞳で、先の二人に比べると地味な容姿だ。前髪が長くて、目に掛かっている。もしかしたら内気なタチなのかも知れない。

「誰?」

 呆気にとられたまま、ナユタは怪訝な表情を向けた。

「つれないな。全くもって。俺たちクラスメイトじゃあないか」

 長身の金髪碧眼が天に向かって拳を握ると、楽団の演奏がピタリと止まった。

 クラスメイト?

 こんなやつら、教室にいたっけ。

 少なくともナユタの記憶にはなかった。

「それでは改めて自己紹介をしよう。俺は、セン・ヌジーク。学級委員長を務めている」

 背の高い金髪碧眼は、センというらしい。

 三人の中で一番背が高く、自尊心が強そうで、態度もデカい。だが、容姿は整っているし、品が良い。

「俺は、ビャク・ヌジーク。副委員長だ」

 もう一人の金髪碧眼は、ビャクと名乗った。センと雰囲気が似ているが、威圧感はほとんどない。

「ヌジーク……双子?」

 似ていないけど、ラストネームが一緒だから、自然とそう結論づけられる。

「いいや、違うな。俺は四月二日生まれで、ビャクの一つ年上になるが、ビャクは四月一日生まれなので、繰り上がりで同い年に数えられるという、暦上のマジックだ」

「ああ、それで」

 四月一日生まれの悲哀は、何かの本で読んで何となく知ってはいた。現実のケースを目の当たりにするは無論、初めてだが。

 通りでビャクよりセンの方が一回り体格が大きい訳だ。

 実際は、一つ歳が離れているのだから。

「ぼくは、ロン・キヌス。風紀委員。君は目立つから、なるべく風紀を乱さないように気を付けて行動して欲しい」

 ロンはちょっと薄暗い雰囲気をまとっており、発声がヌジーク兄弟よりワントーン低くて、ちょっと科白が聞き取りにくい。もっとハキハキ喋って欲しいと思う。

「我々のことは理解したかな?」

「うん、まあ、分かった」

「そうか!」

 センが声を張り上げた。

 こいつはどうも、派手というか、いちいち動作が激しいというか、大袈裟だ。

「それでだ、ユリシーズ家といえば、代々宮廷魔導師を排出している名家だろう。そこに末弟として引き取られた君も、相当な使い手なんだろう?」

 センはまるでミュージカル俳優のようだ。

 バックでは引き続き、オーケストラが静かな曲を奏でている。

「いや、まあ、そうでもないけど」

 早く立ち去ってくれないかな、それだけを思って、ナユタは上の空で答えた。

「では、もう一度提案しよう。俺たちの派閥に入らないかい?」

 バーン。

 後ろでシンバルが、空気を揺るがした。

「……遠慮しておくよ」

 熟慮もしないで、ナユタは気後れしながらそう軽く返していた。

「そうか! 後々、後悔することになるかも知れないぞ」

 そう言い残して、センは踵を返した。まるでマントを翻すかのように。いや、実際にマントは羽織ってはいなかったが。

「自己紹介は済んだし、じゃあ、これで」

 ビャクもセンの後を追って去って行った。ロンは軽く会釈しただけで、言葉を発せずに去った。猫背なのが頂けない。

 三人が屋上から姿を消すと、侍従がレッドカーペットを回収し、オーケストラも撤収して行った。

 今の茶番は一体何だったのか。

「ねぇ、フェリア。今の、何だったの?」

 無言を貫いていたフェリアに質問した。

「あの三人は、クラスの中心的人物なんだよ。目を付けられると厄介よ」

 フェリアはこそっと耳打ちした。

「ふぅん。クラスを牛耳ってるってワケか」

 コクコクとフェリアが頷いた。

「派閥がどうとか言ってたけど」

「それは、おいおい分かると思うよ」

 フェリアは冴えない表情でそう言ったっきり、口をつぐんでしまった。

 楽しかったはずの昼食会は、思いもしない形でお開きになったのだった。


 授業が終わり、帰途に就いたナユタは、ユリシーズの屋敷に着くなり馬車から飛び出した。

 ドアを開けた侍従が驚いて後ずさるほどの勢いで。

 庭を突っ切って、屋敷の自室に向かうつもりだったが、セラフィータお気に入りのスポットの一つであるバラ園の方から、子供の華やいだ声がして、何となく気になり、覗いてみることにした。

 そこで予想外の光景を目にすることになる。

 セラフィータが、シーリカの未就学児たちと、楽しげに遊んでいるではないか。

 ナユタが、口も聞いたことの無い姪と甥たちと。

 楽しそうに。

 親しげに。

「セラフィ!」

 ナユタはバラ園の入り口で両の拳を握りしめ、相棒の名を叫んでいた。

「あら、ナユタ」

 ちょっとびっくりした感じで、美しい瞳を瞬きさせた後、セラフィータがゆっくり飛翔して目の前までやって来た。

「おかえりなさい。ガッコウは楽しかった?」

「楽しいもんか! ……行くよ」

 吐き捨てるように言うと、子供たちに一瞥をくれることもなく、ナユタは踵を返した。

 セラフィータは、元は野良だ。

 妖精の隠れ里から追い出され、行き場を失っていた所を保護した。嫌がらせで羽根をもがれており、それを魔術を使って復元してやったのもナユタだ。ユリシーズ家の敷地内にある裏山にひっそりと妖精の隠れ里は存在しているらしい。

 そんな経緯を持つはぐれ妖精は、警戒心が強く、ナユタ以外の人間とは決して馴れ合わない。ユーリとでさえ、ある一定の距離を置いている。

 それが、だ。

「なに、拗ねてんのよ」

「拗ねてなんかない」

「いいえ、拗ねてるわ。あたしがあの子たちと仲良くしてるのが面白くなかったのよ」

「……」

「あたしが自分だけのものだって、他の誰とも親しくしないんだって思い込んでたんでしょう」

 ナユタは足を止めた。

「そうさ、そうだよ! 僕は今日一日学校で、君がいなくて寂しい思いを募らせていたっていうのに、なのに君はあのガキ共とよろしくやってた訳だ」

 目の高さで滑空するセラフィータに向かってぶちまけた。

「もう、ガキねぇ」

 セラフィータが深くため息をついた。

「あの子たちにね、金平糖をもらったの」

「コンペイトー?」

 聞き慣れない単語に、ナユタはオウム返しで訊いた。

「なんでも、遠い東の大陸発祥のお菓子らしいわ。珍しいからって一粒分けてくれたのよ」

「なぁんだ、お菓子で買収されただけか」

 いつものセラフィータだ。何も、自分の手元から飛び立ってしまった訳ではないようで、ナユタは心から安心した。

「なによ、悪い?」

「んーん。行こ」

 ナユタが微笑むと、セラフィータもいつものように左肩に収まった。

 定位置にいるべきものが、いる。

 それだけで、安堵するし、幸せだと思うナユタだった。


ナユタは母の死因を「焼け死んだ」と言っていますが、実際は魔女として火炙りの刑に処され、目の前でその死に際を見つめていました。辛い思い出ほど、軽く口にするのがナユタの性分です。


センのキャラが変な方向に立っちゃって、ちょっと困ったw

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