おお勇者よ、不眠不休で働かされた程度で死んでしまうとは情けない
「お前たちににまず学んでもらうことは死ぬことだ」
そう言って二人の教官は手持ちのナイフを頭に突き刺し、自殺した。
やがて呆然としている僕たちの前で二人の死体があたりに散らばった血と一緒に消え去った。
「これ、どういうこと?」
「ゲームなの?」
周りのクラスメイト達が騒ぎ出す中、嫌な予感がした。
彼は死ぬことを学べと言った。
つまり、教官に転移魔法で連れてこられたここには死の危険があるということだ。
そのことに気づいたとき、そこら中から咆哮が響き渡り、多様な獣が襲い掛かってきた。
獣たちの大きさはさまざまだったが、小さくとも人よりはるかに巨大で、自動車並みの速度で突っ込んでくるのだ。
助かるわけない!そう思いながらも僕の体は生存本能を発揮し、目の前の危機を避けようと横に飛んだ。
その甲斐あってか、目の前で何人ものクラスメイトがひき潰されていく中、
獣に喰われて死ぬ直前に僕が思ったのは、召喚されたときに別々に分けられた幼馴染の彼女はこんな目には合ってほしくないという願いだった。
◇◇◇◇◇◇◇
死んで、蘇る際の不快感というものは筆舌に尽くしがたい。
命という生命にとって最も大事なものが失われるのだ。
その欠損感は不眠や飢餓の比ではない。
もう一万日以上は睡眠も食事もとっていない俺がいうのだから間違いないだろう。
死ぬという行為に慣れる日は絶対に来ないと断言できる。
例え、一億回死んだとしても、絶対に。
蘇った俺の前には一人の男が座っている。
豪奢な衣装と頭上には輝くような王冠を身に着け、玉座に座った初老の男だ。
その姿は万人の想像する王そのままの姿だった。
いつもながらに見飽きた姿の王が呪言を口にする。
「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない」
その言葉を聞いた瞬間、俺に刻まれた呪縛は勝手に体を動かし、一歩後退させる。
次の瞬間には俺の目の前に新たな人物が立っており、同じ言葉を王から貰っていた。
そして、前の男が一歩下がるのと同時に俺の体も自動的に一歩下がる。
この場から離れないと下がり続けるハメになるため、俺は列から離れて壁際にもたれかかった。
目の前では途切れることなく蘇生の儀式が行われている。
どうも王が例の呪言を言うまでが蘇生の流れになっており、この呪言なしでは蘇生ができないと予測されて久しい。
……だが、この悪趣味な繰り返しを破ることはまだできていない。
嫌なことを思い出しながらも、いくつかの作業がてら目の前の光景を眺め続ける。
先ほどモンスターの巣穴に置き去りにしたガキどもが死に切って蘇生されるまではここで待機だ。
死んだことで失った体力を賦活魔法で回復させながら、念話を用いた雑談をして過ごす。
そうこうしているうちに全員が死に戻ったようだ。
どいつもこいつも青い顔で、呪縛に動かされるままに一歩下がり続けている。
このままでは列から抜け出せそうにないので、教育係に与えられた権限でこちらに集合させる。
同時にさっきの転移係も呼び寄せよう。同じやつを呼んだほうが理解が早いだろう。
『強制呪縛。対象、ひよこ及びスぺ3号。こちらに集まれ』
スぺというのは転移係の通称だ。
何でも異世界の一つではすぐ死ぬ奴にこの名前が与えられるという。
すぐ死ぬのは王を除くここにいる全員が当てはまるが、群を抜いて死亡周期が短い転移係にふさわしい名前だろう。
そんな無駄なことを考えているうちに全員が集まったようだ。
俺に文句があるらしく今にも怒鳴ってきそうだが、ただでさえ疲弊しているこの場のみんなの精神を荒らすのはよくない。
ガキどもがしゃべりだす前に、スぺさんに命じて先ほどと同じモンスターの巣に全員で転移した。
転移するとすぐにスぺさんは短剣で自分を突き刺し自殺した。
転移係は効率よく運搬するため、転移したらすぐに自殺するよう呪縛を受けている。
胸糞が悪くなる光景だが、いくら教育係ということで自由度が上がっている今の俺にもこの行動を止めることは不可能だ。
……同時にとっくに精神が擦り切れ、壊れてしまっているスぺさん本人にも。
周りのガキどもは今の光景を見て、ドン引きしている。
また、先ほどと同じようにモンスターの餌にされることを恐れているようだ。
いつも通りの召喚されたての人間の反応である。
毎度のことながら静かになってくれるのはいいことだと思いつつ、安心させるために結界と精神安定化の魔法をかけ、説明を始める。
「あー。お前ら先ほどみたいにむやみに死んでもらうことはないからとりあえず落ち着け。今からこの状況を説明してやる。」
そう言って説明したのは次のことだった。
・お前たちは異世界からこの世界に転移させられた
・転移させられた際に勇者契約という死んでも先ほどの場所で蘇る不老不死の呪いと行動を制限、強制される呪いを受けている
・これらの元凶は先ほどまでいた浮遊島に住んでいるお貴族様たちだ
・奴らが好き勝手に地上を荒らしまわり、贅を凝らしたせいで地上は人の住める環境ではなくなった
・そこで奴らはあっさり地上を捨て、島を浮かべてそこに住み着いた
・俺たちが召喚されたのは島を浮かべるための燃料として。また、お貴族様の無聊を慰めるための資源回収やおもちゃとしてだ
・これからお前たちにはより良い勇者となってもらうためにここで位階を上げてもらう
・このことに不満を持ち、位階上げをサボるものは最悪の職場を味わうことになる
・勇者には休憩や食事といったものは存在しない。疲れて動けなくなったものは自殺する呪縛がかけられている。
……大分棘のある表現となったが、どうせお貴族様たちは俺たちの言葉遣いに目をつけてなんかいやしない。
それだけ呪縛が圧倒的だということでもあるが。
最後に最も大事なことを説明するべく、腹に力を入れる。
「最後に!位階を上げた際にスキルを得ることがあるだろうが、その際は速やかに申告するように。どうせ死に戻った際に鑑定される。この場でならマシな職場につけるよう指導してやれるから、絶対に申告すること。」
◇◇◇◇◇◇◇
結論から言えば、あの教官殿の言ったことは事実だったし、思ったよりも優秀で僕たちのことを思いやってくれているようだった。
モンスターを狩る際は僕たちには十分なバフを重ねた上で弱らせたモンスターと戦わせ、安全を確保してくれている。
疲れて動けなくなった人間は自殺させられるというのは事実だったし、実際に死んだクラスメイトもいたが、疲れが見えてくると回復魔法で疲れを癒してくれる。
……最も、これに関しては死んだ奴を迎えに行くために教官も死に戻る必要があったため、単に教官が死を嫌がった可能性もあるが。
そして、極めついての出来事は反抗心から教官にスキルを申告しなかった奴が『薪』にされたことだった。
その日、僕たちは眠気が限界に達したため、死に戻るしかなくなっていた。
眠気よりも死による飢餓感のほうが不快感は強いのだけど、この呪縛は強力で抗えた奴はいなかった。
そして
「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない」
王様にお馴染みの言葉をもらい、壁際に移動する。
-最初はこいつを殺してやろうと思ったが、どうやっても蘇生された以上の距離に近づくことはできないのであきらめた-
そうして、他のみんなが蘇生されるのを待っていると一人のクラスメイトが蘇り、一歩下がったとたんに警報がなり、その警報を聞いた途端にそいつは僕たちが集合しているのとは反対側の壁際にある門の前に移動させられ、土下座させられていた。
それを見た教官も舌打ちをしてから、同じように門の前に移動して跪いた。
門の中から誰かが出てくる。
そいつは人と豚とヒキガエルを混ぜ合わせたような醜悪な姿をした人間だった。
豚が癇癪を起こす。
反対側にいる僕たちにまで聞こえるような大きく、醜い声だった。
「麿の手を煩わせるゴミめ!」
そう言って手にした錫杖で、クラスメイトの頭を思いっきり殴りつける。
それだけでは飽き足らず、今度は教官を殴り始めた。
「せっかく新しいおもちゃで楽しんでいたというのに。この!この!この!貴様らの価値は高貴な麿たちに使われることしかないというのに、麿を不快にさせるなど万死に値するぞ!」
怒鳴りながら、殴り続けるうちに体力が尽きたのだろう。
荒い息を吐きながら、豚が殴るのをやめ、悪趣味笑顔を浮かべて、クラスメイトのほうに向きなおった。
「そうじゃ!折角だからこいつには万死を得る役割を与えてやろう。貴様は『薪』じゃ!」
そう言ってクラスメイトのほうに手をかざすと、その手から黒い光が出てきてクラスメイトを包み込んだ。
黒い光が消えるとクラスメイトは殴られた際の傷も押さえずに、一番多く人が並んでいて進みも早い列に並んで外に出て行った。
その光景を見て豚は満足したのか門から帰る直前、最後に教官の右目に錫杖を突き入れ、それから門から帰っていった。
あまりの光景に身動きが取れなくなった僕たちの前に右目を押さえた教官がやってきた。
「痛ぇ、好き勝手やってくれやがって。すまんが、このままだとこれからの動きに支障をきたす。、死んでくるので、蘇るまでは待機だ」
「え!?魔法で直さないんですか?」
クラスメイトの中から驚きの声が上がる。
正直、僕も同感だった。
比較対象はないが、この教官の実力は尋常ではない。
回復魔法についても下半身を食いちぎられた奴を回復するのを見たこともある。
それに比べれば、片目と頭の傷を癒すくらい造作もないはずだった。
その問いに答えず、苦笑を浮かべて、教官は自殺した。
見慣れた光景とはいえ、命の軽すぎる狂った世界にめまいがする。
しかし、あれが貴族か。この狂った世界の主として申し分ない醜さだった。
同時に一つの疑問が生まれる。
今も玉座に座り、蘇生を続ける彼。
みんなが王と呼ぶモノはあの貴族のように醜くないし、楽しんでいるようにも見えない。
彼は何者で、どうしてあんなことをしているのだろうか。
蘇った教官は僕たちの前に立つと言った。
「今回、奴があんなことになったのは残念だ。前にも言ったが、俺たちは死に戻った際に保有スキルを鑑定される。そして、お貴族様たちに不都合なスキルがあるとすぐにお貴族様がやってきて、そいつの意識をはく奪して最悪の職場を斡旋されることになる。こうならないためにスキルをはく奪する方法もあるので、スキル取得時は絶対に申告すること」
そこで彼は一旦、話を区切り続けて言った。
「折角の機会だ。これからさっきの奴が就かされた最悪の職場、そして、俺たちに科せられた呪縛の重さというものを教えてやる」
そう言って、僕たちを初めてこの蘇生施設の外に連れ出した。
施設の外は施設を中心に幾重にも道が広がっており、蘇った人たちがそれぞれに道を歩いてどこかに進んでいる。
その道の中から教官は最も道が太く、最も短く、最も人が並んでいる道の先に僕たちを連れて行っく。
そこには想像を絶する光景が広がっていた。
道の最後は崖のように切り立っており、その先には巨大な大釜が地獄ような口を開けている。
その窯の中にクラスメイトを含めた人々は次々と飛び込んでいく。
人の群れは次から次に追加されていて、決して途切れない。
途切れない理由を知ったのは、先ほど飛び降りて死んだクラスメイトがちょっとの期間を開け、施設からまた窯に飛び込んでいくのを見た時だった。
絶句する僕たちを置いて、教官が説明を始める。
「殉死型魔力炉。その燃料は見ての通り、俺たち勇者だ。はっきり言って、これとスぺさんが死ぬ期間の短さでは最悪だな。この役割を与えられた奴は少し歩いて死んで蘇ることを繰り返すことしかできん。どんな厄介なスキルを持とうが関係ないため、邪魔なスキルを持った奴は大体この職に就かされる」
「見ての通り、この世界は悪辣だ。だから、俺を頼ってくれ。せめてマシな職に就けるよう協力させてくれ」
そう言う、教官を見て、僕は彼を信用することにしたのだった。
そして、レベル上げをする中で一気に二つのスキルを手に入れた。
手に入れたスキル『解呪』と『偽装』だ。
もしかして、この状況を打開できるのではないかと期待して、教官に相談した。
相談を受けた教官は少しの間考え込んだ後、顔を歪ませながら説明してくれた。
曰く、最高のスキルと最悪のスキルらしい。
解呪は確かに呪縛を解除することが出来ていたが、既に対策されており、勇者の呪縛を解くことは出来なそうだ。
ただ、過去にやらかしているため、問答無用で薪にされるという。
薪という言葉に青い顔をしながら、対策について聞いてみると、教官は平坦な声で教えてくれた。
「俺たちは自身にかけられた回復や補助を抵抗するよう呪縛がかけられている」
「じゃあ、教官はなんで僕たちを回復することができているんですか?」
「単純に実力差だな。十分な差があれば相手の抵抗を破って魔法をかけることができ」
そこで、話を区切ると、自分の口を手で塞いでから改めて話しかけてきた。
(ここから先は念話で話す。これも補助の一種で、薪にされるようなスキルの一つだな)
教官はニヤリと笑って続けた。
(俺が薪にされていない理由。それが偽装の効果だ。偽装は取得スキルを別のスキルとして表示されるよう誤魔化すことができる。だから、お前は解呪スキルを持ったまま、位階を上げることができる)
そう言って教官は僕の手を強く握った。
その手の熱さを感じて、僕は初めて教官も興奮していることを悟った。
話の内容を理解するにつれて、僕の胸にも希望の熱が宿りだす。
興奮は収まりきらず、念話にも熱が入り始めている。
(お前はみんなを開放するための希望だ。俺のできる限りを与えてやる。だから、ついて来てくれ!)
◇◇◇◇◇◇◇
その後、僕は熱心に位階を上げ、教官からは有利な職につくためのスキル群を教えてもらい、スキルを偽装した。
そして
「お前は爆弾じゃ」
豚貴族(どうも前の豚とは違う豚のようだ)による職業選別を受けた。
この爆弾というのが教官おすすめの職の一つ。
仕事内容は至って簡単、復活してから島の外周部まで約1日かけて移動し、飛び降り、地面近くで自爆することで山を切り崩して資源を得やすくするという役割だ。
……これのどこがホワイトな職場なのか。そう思って念話で教官に抗議したところ他の職について教えてくれた。
曰く、畑を耕し過労死し、蘇り、また過労死するまで耕す、農奴。
曰く、力尽きるまで飛び続けてから自爆する、長距離爆弾。
曰く、食用魔物の文字通り餌になる、餌。
曰く、モンスターに殴られ、かじられながら前に進み、動けなくなるか100歩進んだところで自爆する、死兵。
……この職よりも死ぬ期間が長いものも短いものもあるが、総じて死の過程が悲惨なものが多く、力尽きるまで絞りつくされることを考えると、確かにマシな職と言えなくもない。
他にも、教官がみんなに教えてくれた精神乖離のスキル。
そして、何よりも大きな恩恵を受けているのは―。
(しかし、無理やり働かされている状況はどうにかならないものかね)
不意に陽気な声が念話となって飛び込んできた。
(なあ、新入りお前がうまいことやって、今日か明日にでも俺たちをみんな救い上げてくれないか)
ひどい無茶ぶりが来た。
断っておくとこの声の主は僕に解呪スキルがあると知っているのではなく、新入りには酔っ払いのごとく毎度同じ絡み方をしているだけだ。
ただ、今回に関しては一部の真実が含まれており、教官には口止めされている以上、発言に困っていると別の念話が助け舟を出してくれた。
(あなた、そんなに若い人をからかって遊ぶものじゃありませんよ。)
柔らかい女性の声が伝わってくる。教官が新人の僕のフォローの話し相手としてつけてくれた二人だ。
なんと、夫婦で召喚されてしまったが、教官に助けられ、こうして念話上で話をすることができるようになったらしい。
……僕は二人を見て、幼馴染を思い出した。
僕たちは教官が念話をつないでくれているため、こうやって雑談を行うことができる。
そのおかげでつらいこともあるが、精神的には大分ましな状態で日々を過ごすことができている。
こうやって、日々をやり過ごしながら、毎年の新人育成で僕も教官の一人に選ばれ、自身の実力も並行して上げ、実力をつけることで僕がみんなを救うことができる、そして幼馴染も助け出すのだと思っていた。
この時はまだ。
時間が経ち、僕にとって一度目の教官任務が終盤に差し掛かった時だった。
その日はいつもなら話しかけてくれる二人の声が聞こえてこなかった。
少し不安を感じながらも念話を待っていると、教官の声が聞こえてきた。
(少し話がある。お前の視界を借りるぞ)
一瞬目の前が真っ暗になった後、視界が二重写しになり、目の前に透き通った教官が立っていた。
一度だけ体験したことがある念話の直面モードだ。
1対1で相手の顔を見ながら話すことができる。
……つまり、これからの話は非常に重い話だということだ。
湧き上がってくる不安を気のせいと誤魔化しながら僕は聞いた。
(どうしたんですか?急に直面でなんて)
教官は僕の問いかけに答えず、じっと僕を見つめている。
その目が次第に暗い色を帯びていく。
その暗さに耐えきれず、再度問いかけようとしたとき教官は口を開いた。
(あの二人は壊れた。もう来れない。)
(え?どうしてですか)
(元々、貴族どものお遊びに付き合わされた性で限界だったんだ。お前との交流のおかげでむしろ保ったほうだ。二人はお前に感謝していたよ。)
聞きたくない言葉が飛び出してくる。
目の前が暗くなる。表面上はマシな部類だった二人が壊れてしまうこの世界の悪辣さに怒りを覚えたせいだ。
だが、教官の言葉はそこで終わらず、更に悪辣な内容が飛び出してきた。
(お前の位階も十分上がっている。俺はそろそろ開放作戦を実施しようと思う)
最初は聞き間違えだと思った。
だって僕の実力は教官1年目を終えたところで、この念話を受けられる通り教官との実力差は開いたまま。
下手をすると育った新人にも解呪を抵抗されてしまうだろう。
そのことを教官に伝えると返答が返ってきた。
(どうやら勘違いさせてしまっていたようだな。この作戦は恐らくお前が思っているものとは異なる)
そう言って、彼は僕に作戦の概要を説明した。
悪辣だ。
それが僕の感想だった。
これを考えた教官にも、これを選択させる世界にも怒りを覚える。
この作戦ではこぼれるものが多すぎるし、幼馴染や分かれたクラスメイトを救うこともできない。
僕は思いのたけを込めて反論する。
(僕がもっと成長して、みんなを助けられるまで待てないのですか)
僕にとっては許せなかった。
みんなを助ける手段があるのに、それを妥協で選択しないなんて!
教官は僕の熱情を無視し、錆び切った声で答えた。
(お前の方法には穴が多すぎる。お前が言う成長にはどれくらいの時間が必要だ?その間にも召喚され、心が壊れる連中が出てくる。お前はそいつらに何と言うつもりだ?僕という救世主を待って、心を強く持ってくださいとでも言うつもりか?俺の案は確かに全員を助けられない。だが、現状の死に続ける状態から完全に殺してやるだけでも連中にとっては救いなんだ)
僕はその意見に対して、明確な否定をすることができなかった。
それでも反論する。
(でも、もしかしたら僕より有能なスキルを持つ人や僕とシナジーを発揮するスキルを持つ人が出てくるかもしれません。それを期待することはできませんか?)
それを聞いた教官は僕の視界に傷だらけの壁を写す。
傷は縦線4本と横線1本が規則正しく並んでおり、何かの数を数えたものだということが分かった。
教官がしゃべりだす。その目は底のない暗闇のようになっていた。
(これは俺が念話を応用して記録したこの世界に来てから記録した日数だ)
え?信じられない言葉を聞いた。
だって、この傷は信じられないほど多くて、縦も横もすぐには数えきれないほどなのだ。
(約30万日。それが俺が過ごし、期待し続けた日々だ。そうしてやっと出てきた希望がお前なんだ。更なる希望が出てくるのに今度はどれだけかかると思うんだ?)
そのあまりの数と重さに反論できず、沈黙が流れた。
僕が何も反論できないまま、先に口を開いたのは教官だった。
(悪い。流石に焦りすぎた。教官期間ぎりぎりだと焦りから失敗する可能性がある。この作戦は絶対に失敗はできない。)
そう自分に言い聞かせるようにしゃべった後で、僕に向かって言った。
(お前の『納得』が無いと進められない作戦だ。それにどうせ次の教官期間までの間にお前は『納得』することになる)
そう不吉めいたことを言い、念話は途切れた。
まだ、底があるのか。僕は暗い気持ちになりながら終点に着き、飛び降りて死んだ。
◇◇◇◇◇◇◇
しばらく平穏な日々が続いた。
あんなに嚙みついた手前どうなるのかとも思ったが、次の日には教官は新しい仲間を紹介してくれ、僕は気を紛らわせながら死ぬ日々を送っていた。
そして、新しい勇者が召喚される時期が近付いてきたとき、ソレは起こった。
初めは見慣れない勇者だと思ったが、何か気にかかる。
そして、彼女たちが召喚されたとき幼馴染と同じグループに分けられたクラスメイトだと気づいた。
だが、その様子が尋常ではない。
死に戻ったことで肉体は健全な状態なのに、普通じゃない。
これに比べれば薪にされた人たちのほうがよっぽどまともだ。
僕はこの時初めて、人は表情だけでこれほどの狂気を表現できるのだと知った。
門が開き、人が出てくる。
初めて見る人たちだった。
いつもあの門から出てくるのは貴族の格好をした豚たちだったのに、今出ていたのは召使のように屈強な男たちだ。
男たちはクラスメイトのほうに近づいていく。
そして、男たちを見た瞬間、クラスメイト達は倒れた。
その体が消えるのを見て彼女たちが死んだのだと気づく。
動揺する僕を尻目に男たちは手慣れた手つきで復活場所に行くと復活したばかりのクラスメイト達を眠らせて門の中に消えていった。
(今日、狂ったクラスメイトを見ました。……あれは何なんですか?)
僕の質問に対して、教官は平坦な声で聞き返してきた。
(この時期が来たか。最初に分かれた仲間の中に親しい人間はいるか?)
じりじりとした不安感を抱えながら、その問いに答える。
(……います。それが何か?)
更に不安は増していく。
(そうか、おめでとう。お前の大切な者は少なくとも最悪の狂人に飼われているのではないみたいだな。毎回、女を壊すのは蟲壷公が最初だ。アレに選ばれていないというのは数少ない僥倖だよ)
そして、望まぬ、決定的な答えが教官の口から語られた。
(お前が別れた仲間の処遇について、どんな想像をしていたかは知らんが、はっきり言ってやる。ここよりも上に連れていかれた連中のほうが地獄を見ている。お前も覚悟しておけ。貴族どもは捨てる前の最後の余興に親しい人間の前で女を壊す。そのうち、お前も上に呼ばれることになるだろう)
数日後、教官の言ったとおり、僕は門をくぐった。
目隠しをされており、周囲をうかがうことはできないが、口はふさがれていないので、せめてしゃべっておこう。
「で、なんであなたもいるんですか?」
何故か、同行している。教官に語り掛けた。
「お前への説明係だ。壊れていない中では俺が一番長いからな。この手の雑用は大抵、俺に回ってくる」
僕の手を引きながら、教官は説明を続けていく。
「さて、着くまでの間に最低限の説明をする必要がある。お前の恋人を飼っているのは吸血候と呼ばれる貴族だ。」
「気をしっかり持てよ。奴らに良心などない。その目隠しもいきなり最悪の光景が飛び込んできたほうがより面白いと考えているからだ。」
説明を受けているうちに目的地に着いたらしい、目隠しを外されると想像を絶する光景が目の前に現れた。
まず視界に移ったのは綺麗に並べられた大量の生首だった。
どの生首も顔立ちはよく似ており、幼馴染を幼くしたような見た目をしている。
ナンダコレハ?
思考が体から離れていくような感覚を感じる。
目の前の光景に理解が追い付かない。
呆けていると、突如電撃をくらった。
見ると、嫌そうな顔をした教官が電撃を放っており、説明を始めた。
「俺たちは死んだときに血も一緒に消える。それでは血を絞れないと考えた貴族サマは勇者に子供を産ませ、その子供の血を搾り取るという方法を取ることにした。その絞られた結果が目の前の光景だ」
奥のほうを見るように促され、そちらに視線を向けると血の池がたまっており、そこで豚が血の水浴びをしている。
「どうじゃ?麿の浴場は素晴らしいであろう!」
この不快な豚を今すぐ絞め殺してやりたい衝動に駆られるが呪縛された体は動かない。
感情と呪縛によって沈黙した僕に対して、豚は醜く鼻を鳴らし、横を指さした。
そこには体中に管をつながれ、ありえないほどに腹を膨らませた物体がいた。
「どうじゃ?お前の大切な者の姿は!折角なので10匹ほど仕込んでやったわ。クフフフフ」
あらゆる負の感情がごちゃ混ぜになって、動けない僕を置いて事態は進んでいく。
「おお!おお!産まれる。産まれるぞ!花火が咲くぞ!」
その声を合図に彼女の腹が裂け、幼児たちが飛び出してくる。
おそらくぼくはくるっていたのだろう。
その光景を最後に僕の意識は途切れ、気づくと死に戻っていた。
目の前には同じように死に戻ったのか、教官の姿がある。
「アレのどこがましなんですか!」
激高し、教官につかみかかる。
教官は抵抗せず、ただ静かに言葉を発した。
「十分マシなほうだ。あいつは一度、絞りつくせば飽きて開放する。二度と同じ目にあわされることはない。それに見ろ」
そう言って促された先には記憶にある姿に戻った幼馴染が薪の列に並んでいた。
「タイミングさえ合えば、お前の恋人を救うこともできるぞ。そう考えて、いいほうに考えろ」
そうして、僕にいつかの続きの答えを促してきた。
「で、どうする。まだ、都合のよい奇跡やお前の成長とやらを待つつもりか?」
その問いに対して、僕は教官と同じ憎悪を込めた目で見つめ返した。
それが、答えだった。
◇◇◇◇◇◇◇
「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない」
死に戻り、いつものお決まりの言葉を聞く。
だが、それもこれで最後だ。
僕は解呪のスキルを行使した。
目の前の王に対して。
王を解呪の対象とする。
最初に聞いたときは訳が分からなかった。
戸惑う僕に教官は丁寧に教えてくれた。
曰く、遥か昔からあの王は代替わりしていないという話だ。
少なくとも教官が召喚されてから一度も人が代わっていない。
ずっと昼も夜も関係なく、玉座の上で呪言を紡ぎ続けている。
それに気づいたとき、教官たちは念話といくつかのスキルを使って王とコンタクトを取ったらしい。
その結果、あの男は確かに王であること。
そして、王が勇者復活の要であることと、そのせいで貴族にハメられて呪縛に縛られていることを知ったという。
「それが分かれば、あとは簡単だ。元々復讐心は十分にあるし、生にも憂いている。あとは王が死ぬことで復讐が果たせると吹き込んでやればいい。」
教官は暗い顔で嗤いながら言った。
そして、呪縛から解き放たれた王が命令を下す。
『強制呪縛。ワシをころせえええええ!』
王という頂点の地位にあるものが発した呪縛。
それは他の呪縛を上書きし、僕たちは王に迫ろうとした。
保険が掛けてあったのだろう。
玉座が変形し、王を守ろうとする。
だが、そんなものは関係なく僕たちが一歩を踏み出した時には教官が全てを切り捨てていた。
僕やほかの教官たちと比較にならない圧倒的な実力だった。
呆けている僕たちが喜びに浸る間もなく教官が怒鳴る。
「早く!他のみんなを回収しろ!ここからは時間との勝負だ!」
そうだ。王が死んだ今、勇者たちは生き返ることができない。
ここでどれだけの自殺を止められるかで助けられる人数が決まるし、薪にされた人々がいなくなれば、この島は落下するはずだ。
当初、指示された通り、薪にされた人たちを解呪すると、この場を教官に託し、僕たちはできる限り急いで、仲間たちを回収して回った。
帰ってきた僕たちが見たのは予想とは異なる光景だった。
てっきり、教官が前線に立って貴族どもを食い止め、殺しつくしてくれていると思ったのに教官は前に出ず代わりに心を壊されて動けないはずの人たちが門を必死に抑え込んでいる。
その中には僕の幼馴染もいた。
あっけに取られる僕の前に今まで見たこともないような晴れやかな笑顔を浮かべた教官がやってきた。
嫌な予感のする僕を前に教官は言った。
「すまない。あとは頼んだ」
そして、教官は光の玉となって僕の中に消えた。
莫大な経験値、スキルと一緒に僕は教官からの最後のメッセージが僕の中に流れ込んでくる。
それは以下のような説明だった。
・貴族たちは間違いなく教官を使おうとする
・全員の呪縛を解くために僕には他を圧倒する実力を身に着けてもらう必要があった
・そのため、教官の全てを僕に受け渡した
他にも生き延びた後の知恵などいろいろとメッセージはあったが、かいつまめばその程度、そして生きるのに飽きた教官の思いがそこにはあった。
更に教官から託されたスキル群には超高位の防御魔法や何よりも精神を回復させる魔法が存在した。
……なんてことはない。
あの男は最初からできる限りを救って、僕に託し、勝ち逃げする気だったのだ。
見事にはめられたことに怒りとこれまでの全てを背負い助けようとした教官への感謝が湧き上がる。
だが、いつまでも呆けてはいられない。
島は次第に落下を開始している。
僕は教官の想いを継ぎ、できる限りを助けるために動き出した。