事実を受け止めるにはまたまだでした。
ヒロシたちと、賊に拘束されていた者たちは、黒焦げになったかつてはニンゲンだったそれを凝視していた。
事実を現実のものとして受け入れられていないのだ。
「これは、一体……どういうことなの?」
口を開いたのは公女。隣にいるメイドは、口を半開きにして震えていた。
公女は、落ち着いてゆっくりと辺りを見渡す。
誰が、いるのか。
誰が、はなったのか。
少し離れたところに、冒険者が拘束されていた。
後ろ手に縛られているせいなのか、座っていると言うより、倒れているに近い体制だ。
冒険者は、全員が女性だった。
1人、魔法使いと思しき冒険者と目が合った。
彼女は、信じられない。という顔をしている。
「《天雷》って、聞こえた」
有り得ない魔法の名前だった。
この世界で、神のみが使える魔法の名前だった。
神書に、たった一行だけ記されている魔法だった。
が、
だがしかし、目の前にソレは降ってきた。
落ちてきた。
賊が、ソレに撃たれた。
公女を誘拐しようとした罪人が裁かれた。
「呼んだのは、お前か」
声と同時に、真っ黒な姿がヒロシの前に現れた。
黒いフードを被り、黒い革手袋、黒い服、黒いマント、黒いブーツ。
そして、黒髪のとても安心する顔をした魔道士がヒロシの前に現れたのだ。
「あ、あ、お、お、お、お、お母さん!」
口を酸欠の金魚のごとくパクパクと動かして、ヒロシは叫んだ。
が、
「お前のお母さんじゃねーやい!」
ゲンコツで頭を思いっきり殴られる。
「なーにやらかしてんだ!ギッズども」
そう言って、ヒロシの後ろの二人を睨みつける。
が、同時にその横の方に気がついたらしく、表情を変えた。
「なに、やらかしてんだギッズども」
怒っている、訳ではなさそうだが、怒って居ないわけでもなさそうで、ヒロシたちは、いや、ヒロシは、身を縮めた。
「あ、あの、あの……」
言葉にできない。
なんて言ったらいいのか、どうやって説明したらいいのか、ヒロシにはわからない。
なんて言う?
どう説明する?
わからない。
ヒロシの思考は完全に停止していた。
頬の当たりを指先でコリコリとかきながら、なんとなく状況を飲み込んだのか、黒い魔道士は、縛り上げられているもの達を見た。
「ハイハイ、《解除》」
黒い魔道士が口にすると、皆の拘束が解かれた。
枷が外れて身動きが取れるようになった途端、冒険者たちが威勢よく
「ありがとうございます」
気持ちいいぐらいに礼を言ってきた。
黒い魔道士は、それを手で返事しながら、公女の前にたち、腰を屈めて顔を覗き込んだ。
「息してる?お姫様?」
言われて、ようやく公女は我に返ったらしい。
隣で震えていたメイドも慌てて背筋を正す。
が、メイドの口は、開いたままで、言葉を発しなかった。何かを言いたいようだが、言葉になっていないようだ。
そんなメイドの口を手で塞いで、公女はスっと立ち上がり、良くしつけられたお辞儀をして
「この度は助けていただき誠にありがとうございます。わたくしはモリアナ公爵が娘、セラスと申します。」
立ち上がってみると、なかなかの、スタイルよしの美人さんであった。
シンプルで品の良いドレスがよく似合っている。
「初めまして、お姫様。怪我はない?」
黒い魔道士は、名前を名乗らない。
色々と警戒をしているのか、ゆっくりと呼吸をするように辺りを見渡した。
「あ、あの、魔道士様とお呼びしても?」
名前が聞けなかったので、見たままの姿で呼んでもいいのか、公女が確認をとる。
「ああ、どうぞ」
公女に興味がないのか、黒い魔道士は冒険者たちの方へと歩いていった。
そして、何やら話をすると、冒険者たちは動き出した。
死んだものたちの選別だ。
罪人と、そうでないもの。
公女の護衛と冒険者。
切り殺されたものと、雷に打たれたもの。
見ればわかるその状態で、遺体を並べるのだ。
「ぼんやりするな、キッズども!これが現実だ。考えたくないなら体動かせ」
黒い魔道士にそう言われて、ヒロシたちは体を動かした。
ただ、受け入れられない現実だけには手が出なかった。