例え無謀でも助けなきゃ!!
ダンジョンの発生に巻き込まれた市民を救うため、ダンジョンの奥へと進んでいくフレデリカとアリス。
アリスはフレデリカとの約束を律儀に守って一歩後ろを歩いている。
不安げに首から下げた竜鱗を握りしめ、ずれかけたシスターベールから溢れた髪を中へ戻す。
二人の間に会話はなく、意識は耳に集中していた。
(セシルとライカが無事でありますように。どうかフレデリカ様、年端もいかぬ心優しい二人をその慈悲深い心でお守りください)
アリスは己の信仰する剣の処女神フレデリカへ祈りを捧げる。
これまで祈りを捧げることでうっすらとだが聖なるものと繋がっている気配を感じていたが、今ではその手応えすらない。
ダンジョンの中で、非常事態に巻き込まれたのだから精神的に過敏になって不安になりやすいだけ。
祈りを捧げることで得られたはずの女神フレデリカの加護もアリスの不安を煽る。
加護を得られなかったのは自分が未熟で失敗しただけなのだと自分を無理矢理納得させる。
女神フレデリカの教えにあった、『汝、惑いによって好機を逃すなかれ』に従って、少しでも行方不明の二人に繋がる手がかりを見つけようと懸命に通路の奥の闇へ目を凝らす。
(おかしいわね、全く子供の気配がしない。それどころか奥に行くにつれて魔物の気配も消えていく。一番奥にあるのはたしか、ダンジョンボスという強い魔物ね)
フレデリカも通路を歩きながら子供二人の手がかりを視覚以外の、聴覚や魔力感知によって探しているが一向に引っかからない。
それどころか、このまま進めば最奥に鎮座しているゴブリンよりも強い気配を放つ魔物の場所に到着してしまう。
アリスにその事実を伝えようか迷いながらも、僅かな可能性を信じてもう少しだけ、魔物に探知されるギリギリまで捜索してみることにした。
ゴゴゴゴゴゴッ……ズゥーン……ゴゴゴゴゴゴッ……
青白いキノコのぼんやりとした輝きに照らされた鍾乳洞によって構成された通路をある程度進んだ辺りで地面が激しく揺れる。
次いで、フレデリカは邪悪な存在が奥を彷徨いていることを察知した。
「あの、お兄さん。今の音はもしかして、ボスでしょうか?」
「ええ、恐らくは」
通路の先、暗闇から浮かび上がってきた扉の前でフレデリカは立ち止まる。
扉越しであれど邪悪な気配がひしひしとフレデリカの肌へ突き刺さる。
(この気配は昔討伐した大型魔物と近しいものがあるわね。流石に拳だけで勝てる気がしないわ)
弱いとされるゴブリンですら戦意を失うまで十分間も殴り続ける必要があったことを思い出し、フレデリカの頬を冷や汗が伝う。
更に最悪なことに、地面には扉を開けた形跡があった。
幅はフレデリカの体の半分ほど、子供が通り抜けるには問題ない。
「どうやらセシルとライカはこの奥へ進んだみたいだね」
「そ、それじゃあさっきの地響きは……二人はもう……」
アリスは唇をワナワナと震わせてアミュレットを握りしめる。
自分がもっとしっかりとしていれば、あの時二人と逸れなければ……
後悔が一瞬でアリスの脳内を侵食し、自分への怒りと嫌悪感が彼女を責め立てる。
「絶望するのは早いよ、アリスちゃん。二人はまだ生きている」
フレデリカの言葉にアリスが俯いていた顔を上げる。
信じられないものを見るような目でフレデリカの琥珀色の瞳を凝視するが、フレデリカは一切晒すことなく見つめ返した。
その瞳は洞窟の中だというのに光と確信に満ち満ちていて、アリスは思わず目を見張る。
「この奥にある魔物、ダンジョンボスはある一点をグルグルと移動しながら動いている。まるで獲物が出てくるのを待っているようだ」
「それって……!」
言葉を飲むアリスの意志を受け継いでフレデリカは冷静に感知した三つの存在を説明した。
「恐らく二人は洞窟の亀裂か隙間に姿を隠している。どうやらそこでじっと息を潜めているようだね。賢い子達だ」
フレデリカは感心しながら顔も知らぬ子供達を褒める。
ダンジョン内の魔物から逃げる先で間違ってボスのいる場所に逃げ込んだのは悪手だったが、窮地の中で身の安全を一時とはいえ確保しているのは素晴らしい。
大抵、どちらかが耐えきれずに飛び出してしまうことが多いのだが、二人はじっと息を潜めてボスが諦めるのを待っているようだ。
「しかし、どうしたものか。このまま装備もなく突入しては返り討ちに遭うことは必須……」
「ボロ切れにレイピア一本ですもんね」
フレデリカの言葉と格好にアリスは深く賛同する。
ズタボロと化した布一枚に使えないレイピア。
それ以外の荷物といえば仮登録した冒険者カードぐらいである。
碌に準備もせずにダンジョンに飛び込んだツケにフレデリカとアリスは頭を悩ませる。
しかし、いつまでも扉の前で考え込んでいられるほど時間に余裕があるわけでもない。
ついに意を決したフレデリカはピシャリと自分の頰を両手で叩く。
「いくしかないわね」
「そ、そんな……無謀ですよ、お兄さん!! 装備もなく魔物に立ち向かうなんて……!」
アリスの言う通り、碌な武器も持たずに魔物に挑むなどまさに愚の骨頂である。
その事実を認識しながらもフレデリカは助けに行くと決断を下した。
繰り返すが、今のフレデリカにはまともな武器も防具もない。
他の攻撃手段を強いて挙げるなら魔法ぐらいしかなく、その腕前も神であった時と比べて大幅に弱体化している。
そもそもフレデリカは剣の才能はあれど、魔法に関しては平凡から突出するほどの才能も知識もない。
精々、剣に炎を纏わせる程度が限界である。
明らかに戦力不足な現状であるが、フレデリカには子供二人を見捨てるという選択肢はない。
『例え助けたことで不利になるとしても必ず救いの手を差し伸べる』という誓約があるからだ。
「それに、一度部屋の中に入ってはボスを倒せないと伺っています。ここは他の冒険者が来るのを待ってからでも……!」
アリスがフレデリカを止めようとするが、フレデリカの感知能力ではダンジョン内に他の人間の気配は感じない。
「アリスちゃんはここで待っていて欲しい。この辺りにはボスの気配を恐れて魔物が寄ってこないみたいだから他の場所より安全だと……」
引き留めようとするアリスをやんわりと断りながら、頭の中で子供の救出計画を練っていたフレデリカの背後から鈴を転がすような声が響く。
フレデリカですら察知できなかった存在が突如として光を纏いながら姿を現す。
「ちょい待ってや、そこのおねえにおにい!!!!!」
その声はあまりにもダンジョン内に不釣り合いな、底抜けに明るい声だった。
姿を現したのは、この辺りでは見かけない裾広がりの黄色の服にやけに太い赤色の布を巻きつけるという不思議な格好をした見目麗しい女性だった。
カランと聞き慣れぬ足音とぴこぴこと狐の耳が動くたびに髪に結え付けられたチリンと鳴る鈴が目を引く。
「話は聞かせてもろうたで! 武器と防具なら『ペリカ出張販売所』にお任せや!!」
その女性は誇らしげに真っ平らな胸を張りながら三つに分かれた橙色の尻尾をブンブンと振っていた。
新ヒロイン投入!!
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