チャンスとピンチは表裏!!
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【クインベル共同墓地】と書かれた立て看板はやや斜めに傾き、鬱蒼として淀んだ空気が周囲を支配していた。
メモを片手に墓地へ足を踏み入れたフレデリカはすぐさま異様な雰囲気を肌で感じ取る。
墓地は奥へ行けば行くほど石碑に刻まれた没年が古くなり、最奥に至っては刻まれた文字が風化して判読不可能になっている。
最奥の石碑は傍に移動させられ、棺が納められていたであろう場所にはポッカリと底なしの穴が見えた。
頼りなく縄梯子が掛けられているだけで、どれほど深いのかも分からない。
深淵を覗き込んだフレデリカはこれまで久しく感じていなかった高所への恐怖を感じながらも、生唾を飲み込んで冒険者ギルドの職員に昨日制作した仮登録の冒険者カードを提示する。
職員は新テクノロジーの読み取り機械でカードの情報を取り込むとぶっきらぼうに「お気をつけて」とだけ言葉にした。
ダンジョンの最奥へ通じる縄梯子を慎重に降りながらフレデリカは数時間前での冒険者ギルドでの受付とのやり取りを思い出す。
『ああ、冒険者ギルドに新規登録の方ですか。丁度良いタイミングですね、今しがたダンジョンが新たに出現して人手が足りなかったんです。本来なら模擬試験を経て入会手続きを行うのですが、今回は特例としてダンジョンにて市民の捜索に協力していただくことで模擬試験を免除することになったんです。如何なさいますか?』
願ってもない申し出に二つ返事でフレデリカは了承し、受付が最も捜索の人員が足りていないという墓地のダンジョンへ赴いたのだ。
出来たばかりのダンジョンは比較的弱い魔物で数も少ないので、魔物を倒しているだけでも危険性が減るという説明を受けた。
倒した魔物は入り口にいる専門の職員が解体や運搬を担当し、後日魔物の素材や報酬金が支払われる仕組みだそうだ。
(当然と言えば当然だけど、人間の技術も進歩したんだなあ……)
女神だった頃のフレデリカは人間の管理を天使に一任していた為に、最新の人間の技術に疎い。
昔は魔法陣の作成は高等な魔法技術であり、おいそれと見かけることはなかったが、最近では情報を組み込んだ魔法陣をカードに刻印することで管理を円滑にしているらしい。
知らなかった人間の一面に感心しながら縄梯子を暫く降りていくと、眩い光に包まれる。
眩い光が晴れ、チョロチョロと水の流れる音と共に視界に信じがたい景色が飛び込んでくる。
そこは青白いキノコがぼんやりと光を放つ鍾乳洞だった。
「疑っていたわけじゃないけど、本当にダンジョンというものが実在していたのね。道理で毎年決算での死者の魂の総数が釣り合わないのね」
四半期毎に魂の数をチェックしていたのだが、どうも天使からの報告と実数が釣り合わないのだ。
大方身の程を弁えない一定数の人間が無茶をして魔物に殺されたのだろうともフレデリカは気にも留めなかったが、市街地に出現したダンジョンという存在があるなら話は変わる。
機器を用いなければ魔力を感知しづらい人間ではダンジョンの発生に備えるなど不可能だろう。
「何故ダンジョンのことを天使は私に報告しなかったのかしら?」
この異常事態に今更気づいたフレデリカは自己嫌悪に苛まれるが、同時に疑問が浮かぶ。
魔力に関することはどんな些細なことでも報告するように言い聞かせていたはずだが、予兆すら天使は報告しなかった。
恐ろしい可能性がフレデリカの脳裏をよぎる。
(私が想定していたよりすでに多くの魂を魔神が得ていたとしたら、悠長にしている時間はないわね)
一刻も早く魔神への対抗手段を獲得しなければ、とフレデリカの琥珀色の瞳が義憤と闘志に燃える。
市民の特徴を思い出しながらダンジョンを道なりに進んでいく。
おさげの少女と修道女と靴磨きの少年の三人。
何故子供だけで墓地の近くにいたのかは知らないが、子供なら尚更怖い思いをしているだろう。
(一刻も早く見つけて安心させてあげないと……ッ!)
女神だった頃の名残である人類への強い庇護心に駆られてフレデリカの歩幅が少し早くなる。
人を守るために剣を握った過去を持つフレデリカ。
弱い者が助けを待っているとなれば、自然と神経は研ぎ澄まされていく。
出来たばかりのダンジョンは、道が精々二つに分かれる程度ですぐに片方は行き止まりとなる。
事前に聞いていた通り、魔物の数は少ない。
これなら呼び掛ければすぐに見つかりそうだ。
微かな物音すら聞き逃すまいと聞き耳を立てながら足早に歩くフレデリカはダンジョンの少し奥の異変を感じ取る。
「きゃあああああああああぁぁぁぁぁっっっっッッッッ!!」
静まりかえった洞窟を特に迷うこともなく歩いていると絹を切り裂くような悲鳴が聞こえてきた。
全力で声が聞こえてきた方角へ走り出し、少し開けた場所に出た。
「間に合えッ!!」
無垢で罪のない女性に今にも襲い掛からんとする魔物の背後をフレデリカのオリハルコン製のレイピアが斬りつけるッ!!
ーーという未来は起こり得なかったッ!!
「えええええ!? ぬ、抜けないんですけどおおおおッ!? てか、なにこれおっも! 重すぎて無理無理無理ッ!!」
辛うじて抜剣したレイピアはフレデリカの筋力を持ってしても構えることすら不可能なほど尋常でない重さを誇る。
その重量、およそ180kg。
神の金属とも言われる高密度の魔力鉄から構成された武器は当然ながら人間が使用することを想定していない。
背後からの奇襲という勝利が確約された最高の状況であるにもかかわらず、フレデリカは一瞬にして武器もなく奇襲に頓挫したことで魔物に存在を感知されるという最悪な状況へと転落した。
さながらフレデリカの過去のようだ。
〈ギョゲッ!? ギョギョゲ……ギョガグッ!!〉
驚愕の展開に目を丸くしていた魔物はすぐさま警戒態勢を取る。
緑色の肌に尖った耳、鷲鼻には皺が寄るその魔物の名前はゴブリン。
木製の棍棒を片手にギョロリとした目を瞬いて周囲を確認した。
頭を抱えて丸くなった目の前の女と突然背後から現れたプルプルと剣を構える男。
その二つの存在の脅威を比べ、ゴブリンは優先的に男を排除するべきだと結論づけた。
黄ばんで欠けたナイフのような歯をむき出しにして男を威嚇する。
「そこの女の子、立って逃げれる?」
せめて女の子だけでも逃がそうとフレデリカは市民と思われる女性に話しかけた。
それに対する彼女の返答は勿論ーー
「無理ですうっ……!」
ーーそもそも逃げられるのならとっくに逃げている筈だ。
腰が抜けたようで、地面に座り込んだ様子を見る限りすぐには動けないだろう。
他の助けを見込めない現状に対してフレデリカは覚悟を決める。
すなわち、戦闘スタイルの変更。
「だよねっ! ……やるしか、ないなっ!!」
使い物にならないレイピア(金銭的な価値で換算すると国宝級に引けを取らない代物)を一切の躊躇なく地面に投げ捨てて拳を構えてファイティングポーズを取る。
戦闘態勢を取ったフレデリカに対して、ただでさえ横槍が入って不機嫌だったゴブリンの怒りが頂点に達する。
〈グギョギョゲャアアアッ!!〉
「来いよゴブリンッ! 私に武器を向けたことを後悔させてやるっ!!」
かくしてゴブリンの金切り声をゴングとして、元女神と魔物の仁義なき命の奪い合いが開幕したのであった。
★フレデリカちゃんくんの勝利を信じてーー!
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