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元女神、現在住所不定無職!!

 フレデリカが案内されたのは首都クインベルの壁沿いに設立された駐屯所の一室だった。

 一切の無駄が排除された飾りもない部屋の中には一つのテーブルと椅子が二つ向かい合わせに置かれているだけ。


 促されるままにフレデリカは椅子に着席し、向かいに座るフリッツの姿を改めて観察する。

 キリリとした顔立ちはフレデリカが人間だった頃、一度だけ見かけた国王と王妃のパレードにて見かけた王妃の面影がある。


「自己紹介が遅れました。私の名はフリッツ・クインベル。この首都の防衛を任されている者です」


 フリッツの自己紹介を聞いてフレデリカは心の中で合点がいく。

 王族に連なる者である証のクインベルという家名を持っているなら、王妃の面影が見えるのも納得だ。


「これはどうもご丁寧にありがとうございます、人間よ」

「えっ!?」

「如何なさいましたか、フリッツさん」

「なんだ、聞き間違いか……いえ、なんでもありません。貴方のお名前を伺っても?」


 女神だった頃の癖でつい目の前の人物を名前ではなく種族名で呼んでしまったフレデリカは慌てて何でもない体を装いながら個体名で呼ぶ。

 上手くいったようで、フリッツは多少訝しんだものの特に気に留めることなくスルーした。

 ほっと胸を撫で下ろしつつ、迂闊な自分を戒める。


 幸いにもフレデリカが降臨してから全能神が天界へと帰るまでの出来事は人間の理解が及ばない事象であったため、フレデリカの体たらくで女神から人間の男へと堕ちてしまったことはまだ露見していない。

 無用な混乱を避ける為にも、ここは巻き込まれただけの一般人で通した方が良いだろうと思い至る。


「はい、私の名前はーーフレデリカです」

「………………えっ!? あ、ああ。なる、ほどお?」


 だが、悲しいことに神の権能を失ったとしても、神としての誓約が彼女の行動を縛った。

 清らかで高潔たりえるため、『いついかなる理由があろうとも決して嘘をついてはいけない』という己に課した戒めが効力を発揮して真実を伝えてしまう。


 そう、『女神フレデリカ』というクラン王国ならば誰もが知っている名前を、一切の淀みなく。


 女神であれば口にした言葉を時間遡行で無かったことに出来たが、今のフレデリカはただの人間。

 出来ることといえば、取り繕わずにフリッツを見据えて嘘をついていないということを信じてもらうだけ。

 余りにも真っ直ぐなフレデリカの視線に耐えかねてフリッツが手元の資料に視線を落とし、フレデリカの目を盗んで【精神的錯乱の兆候アリ】と注意書きで記入する。


「随分と……その、特徴的なお名前ですね。家名は?」

「いえ、平民でしたのでありません」

「はいはい……なるほど、なるほど」


 うんうんと親身になって頷きながらフリッツは注意書きを丸で何度か囲んで強調する。

 その横に身元不明の不審者と新たに書き加えた。

 フレデリカが人間だった頃に比べ、貴族と平民の垣根を取り払う仕組みが勧められた現代において平民であっても名字を獲得出来るのだが、フレデリカの価値観はひと昔前で停止している。

 そのことを知らぬフレデリカは小首を傾げてフリッツを見つめた。


「それでは、あの場所で目撃したことを教えてください」

「はい、出現した魔物の軍勢三百に天使軍二十四が勝利を収めた直後に悪魔が出現して、なんやかんやありまして全能神が降臨しまして悪魔は退散しました」


 かなり苦しいフレデリカの誤魔化し方にフリッツが片眉を上げる。

 当然、職業病とも言える曖昧な発言に対してフリッツが疑問をぶつける。


「おや、フレデリカ様が降臨なさったことに触れないんですね。てっきり『私が降臨してその場を治めました』と言うのかと思ったのですが……」

「いえいえ、降臨なんて(今の人間である私には)不可能ですし」

「それもそうですね」

「「はははっ」」


 ようやくフレデリカも己の誓約に順応して対応策を見つけ出した。

 要は事実に反することを言わなければいいのだ。

 余裕を取り戻したフレデリカと、彼が神の名前を自称しているだけで『私は神だ』と言い出さなかったことに安心したフリッツは奇しくも同じタイミングで乾いた笑い声を上げる。


 ピタリと笑い声を止め、身を乗り出すように圧をかけながらフリッツがフレデリカの目を見据える。


「さて、次は貴方が誤魔化した『なんやかんや』についてですが、詳しくお話し頂いても?」

「……『なんやかんや』はなんやかんやとした言いようがありませんね」

「そこをもう少し具体的にお願いします」

「人智の及ばぬ超常現象でしたので……」


 質問の回答をはぐらかすフレデリカに対して、苛立ちを募らせるフリッツ。

 指でトントンとテーブルを叩き、書類に【怪しい】【嘘?】【何のために?】と次々心の声を書き出す。

 【精神的錯乱の兆候アリ】に一本の線を引き、その下に【欺くための嘘の可能性大】と変更を加える。

 疑いが却って強まったことをフリッツからの視線で察知したフレデリカは慌てて弁解する。


「なんやかんやと表現したのはですね、(私の)名誉が損なわれることで被害を被る人がいるからです」

「ああ、なるほど。そういうことでしたか。私はてっきり、フレデリカ様の身になにか口にするのも悍ましい出来事が起きたのかと」

「あ、あはは……」


 乾いた笑いを溢すことで明言を避けたフレデリカ。

 内心では先ほどから的確に痛いところをついてくるフリッツに肝を冷やしているのだが、そんなことは勿論顔に出さない。


「出身地は?」

「クラン山脈の向こう側にある村です」

「ここに来るまでは何をされていたんですか?」

「ちょっとした管理職のようなものをしていましたが、今は無職で……」


 フリッツの手元の資料に【無職】と追加の情報が書き込まれる。

 軒並み不名誉な単語を一瞥したフリッツは彼の持ちうる全ての憐憫という感情を込めて目の前に座る茶髪の青年、フレデリカに生暖かい微笑みを浮かべる。

 その後もフリッツはフレデリカの出身地や経歴について質問をするが、上手いことはぐらかされる。

 さらにフリッツが掘り下げてフレデリカの情報を得ようとしていると、彼の部下が彼の耳元で緊急の要件を耳打ちする。


「フリッツ指揮官、市街地内の古井戸と墓地にて新たにダンジョンの発生が確認されました。周辺の封鎖を行っていますが、発生に巻き込まれて複数の市民の行方が分からなくなっています」

「……何?」

「つきましては、緊急の対策会議を行うとの通達が国王より発布されました。ご準備のほどを」

「分かった」


 部下に取り調べを任せようかとも考えたが、城壁が破損した今では『ちょっとやばい不審者』程度の脅威しかないフレデリカを未熟な部下に任せるわけにもいかない。

 フレデリカという不審極まりない人物への追求よりも、守護すべき市民の安全を守るために一刻も早く会議室に向かわなければならない。


(事態が落ち着いて部下に任せても良くなった頃、改めて俺自らこの不審者の正体を暴いてやる!)


 そんな決意を胸に秘めながら、フリッツは席から立ち上がってフレデリカに頭を下げる。

 住所不定かつ無職と判明した不審極まりない人物であれど、協力的な姿勢を見せた相手には礼儀正しく振る舞う。

 それがフリッツの信条であった。


「……えっと、ご協力ありがとうございました。どうか貴方の行先に幸運があらんことを」


 名前を呼ぶべきだったが、己の信奉する女神フレデリカと同じ名前を名乗ることを許すわけにも認めるわけにもいかず、仕方なしに名前で呼ぶことを避ける。


「ありがとうございます。フリッツさんのお仕事が上手くいくよう私も願っています」

「これはどうもご丁寧にありがとうございます。それでは、私はこれで……」


 後ろ髪を引かれる思いで部屋を退出するフリッツ。

 その後ろ姿を見送ったフレデリカはフリッツの部下に案内されて駐屯地を後にする。

 駐屯地から離れた辺りで、真上に登り始めた朝日を見上げながら張り詰めていた緊張の糸を解くようにため息を一つ吐き出す。


「ふうーっ、ついうっかり本名を名乗っちゃった時はどうしようかと思ったけど、意外と何とかなったわね! さて、次の問題は……これからの事ね」


 女神としての力を失ったが、()()()()()()()の理由で魔神の脅威を見過ごすつもりはない。

 かといって人の身で魔神に挑むのは無謀の極みであることを重々承知しているフレデリカは女神であった頃の記憶を振り返りながらこれからどうすべきか考える。


 魔神に挑むには神に返り咲くことが絶対的な条件になる。

 一番手っ取り早い方法は全能神に再び自分の実力を認めさせる事だが、当然これは自力ではどうにもできないほどの不確定要素が多すぎるので却下。

 残るもう一つの案は、独力で神となる事だ。


 強力な魔物を倒して魔力を高め、功績で持って人間の信頼を勝ち取り、全能神の配下に属さぬ精霊や妖精の後ろ盾を獲得して神格を確立する。

 当然、これにも多くの問題を内包している。


 強力な魔物に人間の体でどこまで立ち向かえるのか。

 精霊や妖精は気まぐれな性格で、契約で縛るのも脅迫して従わせるのも不可能な存在だ。

 仮に上手く後ろ盾を得たとしても、全能神がそれを良しとして看過するかはまた別の問題である。


 数秒ほど考えたフレデリカはあまりにも不確定な己の立ち位置に苛立ちが込み上げる。

 複雑なあれこれを考えることが苦手なフレデリカは、とりあえず今出来ることから取り掛かることにした。


「……とにかく、まずは冒険者か狩人ね。ラッキーなことに武器は自前のレイピアがあるわ。オリハルコン製だから滅多なことじゃあ壊れない上に面倒な手入れも要らない。初期費用は大分抑えられるわ」


 「そうと決まればまずギルドね!」と能天気に呟きながら総合案内の看板を眺めてこれから使うであろう施設所在地の確認を取るフレデリカ。

 意気揚々と冒険者ギルドに向けて歩き出すのだった。

ジュダスの外見についていくつか変更点を加えました。詳しくは活動報告に載せているので、良ければご一読ください!!


◇◆◇◆


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― 新着の感想 ―
[良い点] フレデリカちゃん君、不名誉なことばかり人間ごときに書かれてますが大丈夫ですか?(◜ᴗ◝ )‬フリッツは真実を知った時に自害しかねないほどの無礼を働いてますね……。 様々な障害はあれど、とに…
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