女神堕つ
ようやくTSします
草原に生々しい血の匂いを伴った風が吹き抜ける。
ジュダスは人間の防衛軍に目もくれず、恍惚とした表情で雲の切れ間から差し込む日差しへ緑色に妖しく光る瞳を向ける。
ジュダスの期待に応えるように、神々しい光を放ちながらフレデリカはジュダスと天使軍の間に割り込むように降臨した。
腰に下げたオリハルコンのレイピアを抜剣し、その切っ先をジュダスの顔面に突きつける。
「久しいわね、ジュダス。人間だった私を殺したこと、まさか忘れたとは言わないでしょう?」
フレデリカは口角を上げているものの、琥珀色の瞳は今にも斬りつけんと殺気を目の前に立つ男へと叩きつける。
顔立ちの美しい彼女が凄むだけで、迫力は凄まじいものがある。
遠くにいる人間の防衛軍が怯んでしまうほどの神力にも近い怒りを一身に受けても尚、ジュダスはへらへらと人を小馬鹿にしたような笑みを絶やさない。
「忘れるも何も、殺すのも殺されるのも『初めて』だったんだぜ! 忘れたくても忘れられねえ!!」
殊更ねっとりと『初めて』というキーワードを強調するジュダスに生理的嫌悪感によって肌が粟立つ。
人間だった頃の彼も相当気持ち悪かったが、悪魔の一柱となった彼の気色悪さは磨きがかかっている。
「純粋に気持ち悪い」
「人間だった頃と変わらず毒舌だなあ! そんなところも素敵だぜ!」
「お互い人間だった頃のよしみで、それ以上恥を晒す前に葬って差し上げますッ!」
これ以上の会話は時間の無駄と判断し、無防備なジュダスの首を掻っ捌く。
まるでスライムを斬り捨てた時と同じ感触に思わず舌打ちしたくなるのを堪えてジュダスを睨みつける。
ジュダスは不気味に緑色の目を細めるだけ。
首から噴き出す血液に構わず形の良い唇を歪める。
「懐かしいなあ、あれは百年前だったか。大型魔物を単独で仕留めて満身創痍だったお前の背後に忍び寄って……」
腰の前に手でナイフを持った仕草をし、グイッと前に突き出す。
その動きはフレデリカが人間であった頃、ジュダスがフレデリカを殺した時の動きそのもの。
腰を使って腹部を突き刺すという動きは速度をつければたちまち重症となること間違いなしである。
「ザクって急所を刺したっていうのに、お前ときたら反撃までした! あの時俺は確信したんだ、俺たちは運命で結ばれているって……なあ、お前もそうだろ!?」
「えええええ!? ちょっと何言ってるか分かんない……」
預かり知らぬところで勝手に運命で結ばれていると確信されてフレデリカは素っ頓狂な声をあげてしまう。
だが、持ち前の『分からないことは後回し』精神を発揮してひとまずジュダスを葬ることを優先する。
己の些細な疑問と宿敵の首のどちらを取るか迫られれば、後者を選択するのがフレデリカの性格であった。
「とにかく! 今、楽にして差し上げますッ!!」
忌まわしく気色悪いジュダスを確実に仕留める為、女神の権能を用いて大規模な魔法陣を展開する。
この辺り一帯の景色が損なわれるが、そんなことより今ここでジュダスを仕留めることの方が優先だ。
「【処女神魔力砲】ォッ!!」
「おいおいおい、そのネーミングセンスは変わってて欲しかったんだが……おい待て、後ろの首都も巻き込むつもりか!?」
神の力と魔力を一点に収束させ、ジュダスに向けて発射する。
一条の光が草原をジュダスとその他諸々を巻き込んで焼き払う。
後に小規模な爆発を発生させながら、青々とした草原は一瞬で焦土と化す。
首都クインベルも【処女神魔力砲】に巻き込まれたが城壁の八割と引き換えに崩壊を免れた。
爆風に襲われた天使軍は魔力の障壁を展開し、吹き飛ばされるのを防いだ。
防衛軍は一列に盾を配置することで被害を軽微に留める。
肝心のジュダスはというと……。
「お〜いてててっ! マジに殺す気マンマンなのは嬉しいねえ! 愛されてるってカンジで、俺ってば危うく昇天するところだったぜ」
防御のために膨大な魔力を消費し、更には腕が吹き飛んでもなお余裕の表情を崩さない。
それどころか、より一層口角を歪めて犬歯を剥き出しにする。
「不気味ね。でも、もう詰みよ。観念して、大人しく死になさいッ!」
因縁に決着をつけるべくレイピアの切っ先を寸分違わずジュダスの心臓を貫くように突き立てる。
一歩、また一歩、近づいて更に深く食い込むように押し込めば、彼の背中を突き破って血に塗れたレイピアの切っ先が肩越しに視認できる。
剣を引き抜こうとした時、フレデリカの体はジュダスの腕に捕われた。
「でもよお、俺は一度お前を殺している。この気持ちが愛なのか執着なのか、俺でも分かんねえんだ。人間だったお前が好きなのか、それとも神にまで至ったお前が好きなのか。ずっとずっとずっと考え続けてきたんだ」
「無駄な命乞いでもするつもりなら諦めなさい。私は処女神、誰のものにもならず、ただ魔神の脅威から人を守護する誓いを立てた」
今更恋や愛を盾に命乞いしようとでもいうジュダスをバッサリと斬り捨てる。
悪魔の一柱となった時点で、彼の運命は決まっていたのだ。
「そーかよ。だが俺は寂しがりやな人間でなあ……」
「ふっ、私を巻き込んで自爆でもするつもりかしら? それは全くの無駄よ。この身体は例え百万回切り刻まれようとも全能神の権能によってたちまち再生するだけ」
神となったフレデリカの存在に干渉できるのは、より上位の存在だけだ。
すなわち神の頂点、全能を司る神だけである。
「いいや……」
フレデリカの返答に対してジュダスは一切の感情の揺らぎもなくその言葉を否定した。
もしや奥の手があって、私は誘い込まれたのかと訝しんで続きの言葉を待つ。
「お前の女神としての神格を地に堕とす」
「……ふふっ、あはははっ!」
神妙な顔をしてしまった自分を笑い飛ばしながら、ジュダスを警戒した自分は愚かであったと笑い飛ばす。
やはりこの男はただの狂人であった!
理屈も通じぬ混沌の化身、魔神に魂を売ったところで見返りがあるわけでもない。
それを昇進を蹴ってまで私を殺し、悪魔の一柱になったと聞いた時はなにか恐ろしい計画でも隠し持っていて魔神の力を奪い取って全能神に戦いを挑むのではないかと危惧していたが、とんだ杞憂だった!!
「たかが悪魔の一柱の分際で、何を訳の分からないことを! これから死にゆく恐怖に耐えきれずについに狂ったようね!」
レイピアを引き抜いてジュダスの腕を振り払う。
既に宿敵は討ち取ったも同然の状況に慢心が勝ち、周囲の警戒を怠っていた。
足元がナニカを踏み抜く。
「おいおいおい、フレデリカ……お前はいっつも詰めが甘い。賭けに勝ったのは俺だったな」
「負け惜しみを……ッ!」
足元に視線を向ければ、そこには遥か昔に存在したという太古の文明に散見される魔法陣が起動している。
油断していたことは事実だが、それでもフレデリカの精神は落ち着いている。
彼女に干渉できるのは全能神か、それこそ力を得た魔神ぐらいだ。
そのレベルに至る魔法陣を一柱のジュダス如きが所有できるはずもない。
一際魔法陣が強い光を放ち、その場にいる知的生物の全てがあまりの眩しさに目を閉じる。
光が晴れた頃、特に異変も起きていないことを確認したフレデリカは無意識に詰めていた息を吐き出す。
「ふっ、やはり杞憂だったわね。さあ、ジュダス。哀れな貴方でも最後の言葉ぐらいは聞き届けてあげる……わよ……?」
意気揚々とジュダスに視線を向けた時、ふとした違和感に気付いた。
ほんの少しジュダスの方が背が高いはずだというのに、今ではフレデリカの方が彼を見下ろしている。
ジュダスは切れ長の目を丸くしてフレデリカの瞳を見つめ返す。
「おいおい、まさかこんな風になるなんて聞いてないぜベルゼブブさんよお……!」
呆然とした様子で別の悪魔の名前を呟くジュダス。
その間に悪魔特有の高速治癒で傷は塞がりかけていた。
「おいたわしや……フレデリカ様……」
「不測の事態発生。全能神へ報告レポートを送信しました」
「指示があるまでプログラムされた通り待機を実行します」
騒然と騒ぎ始めた天使軍の様子に、己の身に何かあったのかとジュダスの方を見る。
「これには俺も驚いたぜ。まさか処女神としての神格を貶めるために性転換させるなんてなあ!!」
「なんですってええええ!!!!!!!!」
フレデリカはジュダスのコートの裾を掴み、前後に激しく揺さぶる。
視界に映った腕は女神だったころよりも筋肉に覆われ、頼もしさすら感じるほど逞しい。
指摘されてみれば成る程確かに声が低くなっているし、声を出すたびに喉仏が動いている感触がする。
「な、なによこれ……どうなっているの……!! 一体全体、なにが起こっているっていうの!?」
受け入れがたい現実を前に混乱したフレデリカは女神の権能へアクセスし、己に起きた異変をどうにか解決しようと試行錯誤を試みる。
「うそ、なんで女神の権能が使えないの……!?」
それもそのはず、フレデリカが神の権能を使えたのは全能神からその高潔さと剣の腕を認められたからである。
処女神として必要不可欠な女性としての体を失った今、フレデリカには女神の権能にアクセスできる資格はない。
「おーおー。混乱しちまってかわいそうに。俺もまさか男になるなんて思わなかったんだ」
「ふ、巫山戯るのも大概になさいっ! 今すぐ女に戻してよっ!」
「ア゛ーッ! 無理無理、それ一回きりの罠でさ。予備も念のために持ってきたんだけど【処女神魔力砲】で全部壊れた」
「ああああっ!? なんで地面に置いとくのよー!!!!!!」
より一層激しく前後にジュダスを揺さぶっていると、彼はふと気付いたようにフレデリカの顔を見据えて疑問をぶつける。
「なあ、ところでさ。お前の下ってどうなってるんだ??」
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