指揮官フリッツの懸念
クラン王国の首都クインベルの防衛を任されているフリッツ・クインベルは首都の近くに異常な魔力蜂起を確認したという報告を受け、防衛軍をかき集めて調査を行なっている最中であった。
人類の脅威である魔物は一定数以上集まると魔力が飛躍的に上昇するという特性を逆手に取り、生息地域の調査や追跡に活用されている。
防衛軍指揮官の証である緑のマントを靡かせ、金の御髪が乱れるのも構わず、部下を引き連れて馬を駆ける。
「天使軍……? 何故ここに神の遣いが……?」
報告があった地点に赴いた防衛軍が目にしたのは、頭に神々しい輪っかを持った人型の存在が魔物を一方的に蹂躙している光景だった。
青々しい草原には魔物の死体が散らばり、返り血を受けても尚清らかな威圧感を放つ天使が周囲を警戒している。
ひとまず様子を見るために行軍を止め、双眼鏡で天使軍の動向を伺う。
視線に気づいた天使の一人と双眼鏡越しにフリッツと視線が交差するが、天使はすぐに視線を逸らした。
どうやら人間を粛清するためではないと知り、ゆるゆると安堵のため息を吐く。
「む……?」
双眼鏡で監視を続けていると、天使軍が何もない空間に向けて手に持った武器を一切に向ける。
その動きは統率された軍団というよりも、歯車で管理された機械のようだと畏れが込み上げる。
(なんだ? 何を警戒しているのだ?)
フリッツの脳内に大型魔物や魔王の存在がチラつく。
大型魔物であれば城壁が破壊される可能性があるし、魔王ならば首都陥落の恐れもある。
何せ、女神が天使軍を派遣するほどなのだ。
フリッツと天使軍が固唾を飲んで見守るなか、目視で確認できるほどの異様な魔力の渦から一人の男が姿を現す。
身につけているのは黒のスラックスと革靴だけという、上半身裸の不審極まりない格好にフリッツは双眼鏡を覗き込みながら訝しむ。
なによりもフリッツの視線が釘付けになったのは、彼の鍛え上げられた上半身を覆う肌だ。
少し燻んだ白色の鱗は鮫肌を連想させる。
草原という陸地に不釣り合いな彼の皮膚はフリッツの恐怖心を煽った。
「人間にしては禍々しい気配がある。いや、そもそもあの男は人間なのか……?」
奇跡を前に興奮した部下の声を聞きながら、フリッツは一人静かに目の前の異変に嫌な予感というものをひしひしと感じていた。
突如として出現した魔物の軍勢、それを瞬間的に討伐した天使軍、そして天使軍が警戒して手を出さない男。
齢二十八のフリッツだったが、これまでの歴史を思い返しても良い未来は見えない。
「フリッツ指揮官! あれはもしや女神フレデリカ様の降臨の兆しでは!?」
「おお、フレデリカ様だ! フレデリカ様のご降臨だあー!!」
「クソみたいな防衛軍に休日返上してまで勤めてよかったあ!! フレデリカ様ばんざあぁぁぁい!」
「「わっしょい! わっしょい!」」
極め付けは女神フレデリカの降臨を報せる兆しだ。
フリッツの心情を表すかのようにどんよりとした雲の切れ間から一筋の光が女神が下界に降り立つための階段を整える。
幸か不幸か、部下は信奉する女神フレデリカの降臨にすっかり感激して祈りを捧げることに夢中だ。
一連の異様な事態に気付いている様子はない。
(女神フレデリカ様、どうかこれが唯の杞憂でありますように。あと先程防衛軍の悪口を言った部下は後ほど減俸処分にしておかなければ……)
フリッツに出来ることはただ一つ。
不測の事態に備えて天使軍と不審な男、そしてこれから降臨する女神フレデリカの一挙手一投足を見逃すまいと睨みつけるだけ。
そして、フリッツの祈りが通じたかのように女神フレデリカは下界に降臨を果たしたのだった。
もしかして フラグ
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