初のダンジョンボス!
がんばれ!フレデリカ!
フレデリカとアリスが扉を潜った先は、これまでのダンジョン内部とはより一線を画した構造となっていた。
フレデリカの視力を持ってしても天井は霞んでいて、辛うじて剥き出しになった岩盤が確認できるほど高い。
その存在の正体に気づいたフレデリカは後ろにいるアリスに気づかれぬよう密かに顔を顰めるだけに留めた。
(地響きを起こすほど力のある魔物のなかでも、コイツは比較的強い方ね。全く、出来たばかりのダンジョンに発生する魔物は弱いって言ったのは誰かしら?)
その部屋の隅、フレデリカに負けず劣らずボロ布を纏った存在が蹲ってガリガリと壁に爪を立てて引っ掻いていた。
その部屋の主は黄ばんで縦に筋の入った爪で何度も何度も洞窟の壁に傷を刻む。
図体は長身のフレデリカより二倍はある。
紫色の唇から変色した凹凸のある舌を出し、ベロリと舌舐めずりをする。
その唾液の悪臭に小さい二つの存在は震え上がった。
その魔物はかつてこの墓所に葬られた心優しい巨漢であったが、墓の内部がダンジョンと化したことで魔力を浴びた遺体は最悪の形で復活を果たした。
その姿はアンデッドよりも生の気配に満ち、ゴブリンよりも邪悪。
〈グエッグエッ! グギャギャギャ! デデゴイ゛ッ、喰ウゾ喰ウゾ! バリバリ喰ウゾッ!!〉
灰色の肌の下には脂肪がみっちりと詰まり、百年という単位で満たされることがなかった飢えに思考を支配されている。
その証拠に、洞窟内に反響した扉の開閉音に目もくれず、ひたすら壁の亀裂へと意識を向けている。
その飽くなき悪食への渇望へ畏怖を込めて、冒険者達はその悪しき存在を【トロール】と呼んでいた。
「うううう…………」
「怖いよお……誰か助けて……女神様ァ……!」
壁に生じた亀裂の奥、体を寄せ合うようにして二人の幼い子供が隠れていた。
一人はおさげが特徴の女の子、ライカ。
もう一人は涙目になりながらもライカを庇う少年のセシル。
不運が重なり、絶体絶命の状況に追い詰められた二人ではあったが一時的に身の安全を守るだけの知恵を持っていた。
「お兄さん、あそこに子供たちが!」
「ホントだ! 君たち、『出てきていい』って言うまで大人しくそこにいるんだぞ!」
子供達の存在に気付いたアリスが彼らの存在をフレデリカに伝える。
フレデリカは子供達にその場にいるよう指示を飛ばしながら、エストックと呼ばれる刺突に特化した剣を構える。
「アリスちゃん、安全地帯から補助魔法を頼む!」
「分かりました! 奮い立つ者を守り給え〈プロテクション〉」
アリスは素早く呪文を唱え、神官のみが使える補助の効果を持つ神聖魔法を発動させる。
魔法の効果は防御力の向上。
使用した魔力の量に応じて対象の体表の上に魔力で障壁を作り出すことで、魔物からの攻撃を軽く済ませるものだ。
どの神を信仰していたとしても、全ての神官が必ず使用する基礎的な魔法でもある。
「サンキュー! アリスちゃん、後ろに下がっててね!」
「はいっ! 回復はお任せください!」
フレデリカは魔法が無事に発動したことを実感しながら、未だ子供たちに意識を向けるトロールへ距離を詰める。
ひとまず子供から注意を奪うべく、トロールの背中へ剣を突き立てる。
〈グゲッ!? エサ、エサ増エタ!! オデ、喰ウッ! 喰ッタラキット、腹イッパイ!!〉
図体を考慮したとしても確実に心臓を狙ったはずなのだが、分厚い脂肪に阻まれて剣先が届かなかったようだ。
脂肪が折り重なることでトロールの傷口は圧迫されて止血されたようで、失血死を狙うのは困難を極める。
「むむっ……! やっぱり一撃じゃあ倒せないわね」
やはりというべきか、心臓を狙った一撃であったというのに大したダメージはなかった。
トロールは鈍重ながらも拳を振り上げ、一番近い位置にいるフレデリカを狙う。
風を切って振り下ろした拳をフレデリカはヒラリと躱す。
「補助魔法、掛けます! 〈フィールド・セイクリッド〉!」
アリスはトロールを弱めるため、追加の補助魔法を掛ける。
効果は半径三十メートルにおいて、邪悪な魔力を打ち払うというもの。
この魔法によって魔物の動きは鈍くなり、神官はより魔法を行使しやすくなるという相乗効果もある。
(あまり魔法は得意じゃないけど、こうなったらやるしかないわね)
長期的な戦闘を好まないフレデリカはなるべく早く決着をつけるために不得意な魔法を使うことを決める。
剣の刀身に掌を当て、魔力を込めながら撫で付ける。
「〈エンチャント・フレイム〉」
魔力が剣に浸透するに従って、刀身は熱を帯びて切れ味と硬度を増す。
魔力を込め終えたフレデリカの手には橙色の炎に包まれたエストックが握られていた。
素早くトロールの背後に回り込み、動きを封じるために足の腱を狙って斬り付ける。
〈グギギッ! グギャアアアアアッ!!!!!〉
現れたはずのご馳走の小癪な抵抗にトロールは怒り狂い、喉が引きちぎれんばかりに叫び声を上げる。
片足では支えきれない自重に地面に倒れ込む。
(心臓が駄目なら目を狙うべきね)
トロールは魔物といえど、基本的な構造は人間のソレと同じである。
脂肪の量や消化器官は違うものの、心臓や脳などの主要な器官は概ね同じ位置にある。
フレデリカは分厚い脂肪が存在しない眼球に狙いをつけ、怒り狂うトロールの拳の隙間を縫って剣先をズブリと右目に差し込む。
頭の構造的に脳に到達していてもおかしくはないはずだが……
〈グギャアアアアアッ! イ゛タ゛イ゛ッ゛!? 目ガッ!! オデノ目ガアアアアッ!!!!〉
痛みに怯んだトロールが両手で右目を押さえ、洞窟内の大気を震わせるほどの苦悶の絶叫をあげる。
矮小で小癪な存在への苛立ちを込めて地面を見境なく殴り始めた。
片目が潰れたことで遠近感覚が狂い、狙いは当然フレデリカに擦りもしない。
(これなら、時間は少し掛かるけどまず間違いなく勝てるわね)
悠々とフレデリカが回避しながら勝利を確信する。
トロールが正気を失わぬよう、より怒り狂って悪戯に体力を消耗するように攻撃を加えていく。
このままフレデリカが勝利すると思われたが……。
「ヒッ…………!」
遠くにいたアリスやセシルとライカは強い恐怖を覚えた。
揺れる地面、広いとはいえ四方を壁に囲まれて逃げ場のない空間、そして大気を震わす殺意に満ちた苦悶の叫び声。
これまで壁に囲まれ、安全を誇っていた首都から出たことのない三人にとって、初めて経験する「命を脅かす人外の力」に心の底から恐怖が込み上げる。
セシルとライカは何度かその恐怖に晒されていたので、今更我を失うことはなかったが、一人だけ例外がいた。
アリス・クインベルである。
(こ、怖い……ッ! 邪悪な気配、底無しの殺意、人間以上の体躯……これが、これこそが魔神に連なる存在!)
アリスは怒り狂って地面を叩くトロールへ視線が釘付けとなる。
加えて、地面に亀裂が入ったことも恐怖を煽り、アリスの集中力を掻き乱した。
(やだ、やだ、やだッ! 怖い、怖いよお兄ちゃん!!)
人生で初めての戦闘ということもあって、アリスの精神は限界を迎える。
心の中では、来るはずのない兄に思わず救いを求めてしまう。
いつも助けてくれたはずの兄の姿は勿論、頼れる大人といえば最前線でトロールと戦うフレデリカだけ。
遠目で見たことのある魔物はいつも大勢の兵士や冒険者が袋叩きにしていた光景しか見たことのないアリス。
彼女の目にはトロールという魔物はあまりにも強大で無敵に映る。
子供達への責任感から無理やりに張り詰めていた緊張の糸が切れるように、周囲の警戒を疎かにしてしまった。
「あっ…………!」
アリスの遥か頭上、トロールの度重なる攻撃で崩れかけた天井の鍾乳石が不安定に揺れる。
その揺れは左右に振れる度、激しさを増し、ついには支えを失う。
複数の岩を伴って、鍾乳石は真下にいるアリスへと真っ逆さまに落ちる。
迫りくる岩の気配に気付いたアリスが上に意識を向けると、そこには目前に迫った石の存在があった。
気付いた時には遅く、アリスは天井の崩落に巻き込まれたのだった。
アリスちゃん!!!!!
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