強欲な狐族の商人、ペリカ!!
大阪弁難しいね……!!
ダンジョンの最深部に不釣り合いな明るい声が青白い通路に木霊する。
ダンジョンボスの前で足踏みしていたフレデリカとアリスの前に現れたのは狐耳が特徴的な女性だった。
「ちょうど商売相手を探しとったんや〜! これも運命ってやっちゃな。あたいが取り扱う武器はどれも新品でピッカピカやで!」
「失礼ですが、貴女は何者ですか?」
「さっきも言うたやん? まあ、えっか。あらためましてペリカです。そちらのおにいとおねえはなんて言うん?」
ペリカと名乗った女性は人の良さそうな笑顔を浮かべる。
いきなり現れたにも関わらず、敵意がないと判断したアリスはにこやかに自己紹介を行う。
「そうなんですか、私の名前はアリスです」
「ほんまべっぴんさんやなあ。お肌すべすべでええなあ。そこのおにいはなんて言うん?」
「え、あの…………」
無邪気な笑みを浮かべるアリスとペリカにフレデリカは追い詰められる。
偽名を名乗ることも出来ないフレデリカ。
「ああ、そういえばお兄さんの名前を聞きそびれていました」
「なんや、えらい美人なおにいなのに恥ずかしがり屋やな。ええで、名乗るまで待つで」
「どうかしましたか、お兄さん?」
「えっと……」
静かに返答を待つ二人の圧に負けて本名を口にしかけた時ーー
〈グオオオオオッ! ゴロズゥゥッ! ゴロズゥゥ!!〉
ーー扉の向こうから人外の咆哮がダンジョンに轟く。
「私の名前より、武器を売ってください!」
「……それもそうやな。あんまり時間もあらへんようだし、商いを始めた方がええな。んんっ、コチラが商品一覧になりま〜す!」
ペリカが指を鳴らすと地面に草花の模様が入った大きな布がばさりと広がる。
その布の上に三本のそれぞれ種類の違う剣と防具が出現した。
「コチラの剣は左からサーベル、エスタック、ロングソードで〜す。防具はダンジョン内でも装備が楽ちんな革鎧をチョイスしたんやで〜!」
「これならダンジョンのボスに勝てるかもしれません! お兄さん、ここは防具と念のためレイピアのスペアを買いましょう!」
「そうだね、それじゃあエスタックと防具をください」
ペリカは懐から取り出した算盤をパチパチと弾き、墨汁の滴る筆を使ってさらさらと紙に文字を書き連ねる。
書き終えた紙をアリスとフレデリカに見えるようにかざした。
「ほな、金貨四百枚になりま〜す!」
その文字を認識したアリスは目を丸くして硬直する。
それもそのはず、ペリカが提示した金額は到底受け入れがたい金額である。
金貨一枚で林檎をダースで購入できることを鑑みれば、ペリカの販売する商品は余りにも高価である。
「ぼったくりにも程があります!」
折角現状を打開できると希望が見えた矢先に絶望へと突き落とされたアリスは冷静さを失ってペリカに食ってかかる。
ダンジョン内部という異質な場所での商いをしていることから、多少の値上がりならば納得できるが、ペリカの物はあまりにも高価過ぎる。
市場のものよりも八倍の金額を吹っ掛けられている。
「そうなの、アリス?」
「はいっ! これは余りにも酷すぎます!!」
アリスとフレデリカの苦しい状況を理解しながら、ペリカはニコニコと人懐こい笑みを浮かべ続ける。
「ほんなら話はここで終いやな。ほな、またご縁がありましたら……」
「いいえ、まだ話は終わってませんよ。ペリカさん、物々交換でも構いませんか?」
わざと荷物をゆっくりと仕舞い始めたペリカをフレデリカが引き留める。
その凛とした声に俯いたままのペリカはニタリと口角を歪めた。
パッと顔を上げる頃には商売人らしく朗らかな笑顔へと切り替えている。
「ん〜? 物々交換か〜、ほな何と交換するんや?」
「このレイピアとそのエスタックを交換したいです」
「ふぅ〜ん? ちょっと見せてもらってもええ?」
「どうぞ」とフレデリカから渡されたレイピアを受け取り、ペリカは細目を開けてその剣を見つめる。
じっくりと装飾を観察し、アリスとフレデリカに気取られぬように特殊能力を発動する。
【鑑定瞳】と呼ばれる能力を使用したペリカの頰を汗が伝い落ちた。
(な、なんやこの剣は…………ッ!? こんなモンがまだ実在しとったんか!?)
その剣に使用された素材は金貨をいくら積もうが手に入るはずもない超絶レアなオリハルコンと呼ばれる鉱石である。
刀身は一流の鍛治師が手を掛けたと分かる網目状の模様が浮かび上がっている。
『剣の処女神フレデリカ』が愛用していたという剣との特徴によく似た手元の剣にペリカの呼吸が乱れた。
「どうでしょうか?」
一秒でも時間が惜しいフレデリカはペリカを急かす。
「ふ、ふふふっ…………ええで、ホンマならこういう物々交換は良くないんやけどなっ! あんまりにもおにいとおねえが困っとるから今回だけは特別や!」
贋作にしては精巧なそれを入手する機会を手放すほど聖人ではないペリカは一にも二にもなく、己にとってあまりにも有利過ぎる物々交換を受け入れた。
「…………っ! ありがとう、ペリカさん! このご恩は忘れません!」
律儀に礼を告げるフレデリカとアリスに対してペリカは「困った時はお互い様や」とそれらしい事を宣う。
罪悪感は微塵もなく、それどころかやってやったぜという達成感で満ち満ちていた。
(この世は所詮弱肉強食や、物の価値を分かってへんおにいとおねえが悪いんやで!!)
ペリカの心情を現すように橙色の三叉尾がふりふりと揺れ動き、耳は機嫌よく傾いていた。
「ほな、おにいとおねえの無事を祈ってるで〜。ご縁があったら、その時はどうぞよしなに! ほな、『ペリカ出張販売所』でした〜!」
いそいそと商品を片すとペリカはさっさとダンジョンの外へと駆け出していった。
その姿を見送りつつ、フレデリカは顔を綻ばせる。
「この武器さえあればダンジョンのボスにもきっと勝てる」
フレデリカは手に持ったエスタックを眺める。
素材も一般的な鉄であるし、鍛えた人の腕も悪くはない。
レイピアと違い、剣としての役割を期待できるだろう。
「あの、お兄さん。あの剣を手放して良かったんですか? 素人目ですが、高価な物だったと思うのですが……」
「ん? まあ、物なんて後からどうとでもなるからね。それよりも今は奥にいるセシルとライカの二人を助けることが優先だよ」
「そうですか……」
嘘偽りのないフレデリカの瞳にアリスは疑惑の目を向ける。
彼女の知る限り、大人であるならば金銭に対する価値観というものは共通して一貫しているはずだという先入観がある。
損害を押さえて利益を得る。
冒険者という命と金銭を天秤に賭ける仕事であるならば尚更である。
『冒険者なんて碌なもんじゃない。吟遊詩人の詠う武勇伝なんか美化されただけの紛い物だ』
そう語る兄のフリッツから伝え聞いた話によれば、冒険者というのは人命や倫理観よりも名声や利益を尊ぶという。
アリスとは真逆の価値観を有する彼らは男の子の憧れでもあり、一方で血も涙もない連中が冒険者というものだと晩酌しながら愚痴を溢していた。
(一人でダンジョンに来た蛮勇溢れた青年、というだけではなさそうですね)
最低だったフレデリカへの評価をアリスはほんの少しだけ上方修正を加え、元から子供の救出に協力するつもりであったが、全面的に協力しようと心に決めてアミュレットを握りしめる。
「あの、お兄さん!」
「どうかしたかな、アリスちゃん?」
「絶対に二人を助けましょうね!」
「うん、でも無理は禁物だよ」
フレデリカの忠告に元気よく返答を返したアリス。
明るい表情を見せたアリスに目元を緩めたフレデリカはダンジョンの最奥へと通じる扉をゆっくりと開けた。
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