エメラルドグリーンの目
「ギルドは基本的に能力が高い方か契約を済ませた方にしか仕事を斡旋できません」
そう、ギルドの受付嬢は微笑む。
ギルドは人で活気づいていた。掲示板に色々な依頼書が貼られ、ゴロツキのような柄の悪い人々がたむろしている。
鎖帷子が多いが、鎧を着ている人も複数いた。
そして、誰の腰にも刀があった。
「けど、俺、食わないと生きてけないんです。簡単な依頼はないでしょうか」
「流れ者でもできる簡単なことなら近所の器用な人に頼んで終わりでしょう?」
微笑んで言う。中々にいい性格をしているようだ。
「見てくださいよあなたの能力」
そう言って、彼女は水晶玉を差し出してくる。
中には数値が浮かび上がっている。
「筋力は八十。確かに一般人より上です。しかし、近接技術に至っては三十だ。これならそこらの少し剣をかじった人に任せたほうがマシです」
「俺も飯を食わねばならん。依頼をくれ」
「隣の町の外壁補強の公共事業が今やってるんで応募すればいいんじゃないですかね」
受付嬢は微笑みを崩さない。
「隣の町ってどう行くんだ?」
「冒険者ならそれぐらい調べましょう。さて。次の人が来ているので席を退いてください」
一回も微笑みを崩さなかった。
変な人もいるものだと思う。
そうじゃなければこんな荒くれ者相手の仕事はできないのかもしれないとも思う。
しかし、本格的に困ってしまった。
あるのは刀が一本。金は元いた世界のものしかない。
刀で野生の獣を相手にする自信はない。
けど、やらなければならないだろう。
今は肉を食いたかった。
路地裏に入り、刀を抱き、座り込む。
中々寝れない。
自分が帰れなくなったことによって元いた世界はどうなっているだろうか。
不良になった一馬を疎んじていた両親は、心配してくれているだろうか。
(案外、厄介者がいなくなったって清々してるかもなあ…‥‥)
そう思う。
その時、月の光が路地裏に差した。
エメラルドグリーン色の光が二つ、闇の中に浮かび上がった。
その中の二つの丸い瞳孔が好奇心旺盛な輝きを持ってこちらを見ている。
「お兄さん、異世界人なんだってね」
少女の声だった。
(なんだ? 小型動物だろうけれど……喋った?)
困惑するしかない。
「……ああ、そうだけど?」
「じゃあ、契約はまだ済んでないわけだにゃ」
「その契約ってのがよくわからんが、まだだな」
「この世界の猫は魔力を持つ。その猫と契約することで、人は魔力を得るのにゃ」
「……スキルって奴を使えるようになるのか?」
「もちろんにゃ」
そう言って、小型動物は胸を張る。
黒猫だ。
艶のある黒い毛に覆われた、無駄のないシルエット。
そのしなやかな体は一瞬で鳥を捕らえるのだろう。
「私は依頼があるにゃ。お兄さんは契約ができる。依頼で収入が得られる。悪い話じゃないと思うけどにゃ」
「……」
しばし、考え込む。
胡散臭い話だ。けど、今の自分は収入がない。
乗りかかった舟か、と意を決する。
「わかった。ただ、スキルとかについてはおいおい教えてくれ」
「わかったにゃ。さあ、鼻を差し出して」
言われたままに、鼻を突き出す。
その鼻に、冷たいものが触れた。
猫の鼻がくっついたのだとわかった。
「これは仮契約にゃ。鼻と鼻をくっつけるのは猫の挨拶。まあお友達ってところかにゃ」
一馬は、その時、夜の闇の中が鮮明に見えるようになったことに驚愕した。
嗅覚も鋭くなり、周囲の家から美味しそうな夕食の匂いがする。
「これが、契約……」
「出発は明日にゃ。私はねぐらに帰るから、ここで待っててほしいにゃ」
そう言うと、黒猫は壁を垂直に駆け上がり、屋根の上へと出て行った。
その後どうなったかは、見えない。
「少しまごついたが、これで俺も一端の冒険者……」
(になったのかなあ)
心の中で少し躊躇う。
なんせ、一馬は剣技が得意ではないとギルドで数値で出されているからだ。
それでも、冒険が始まったことは確かだった。
心が少し、踊っていた。
第二話 完
次回『冒険の始まり』