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地球とは異なる世界、スクエア。剣や魔法が存在する点で地球とは異なっている。この世界では人間と、紫の髪に褐色の肌、そして長い寿命を持つ魔族が対立していた。この物語はある曇った日(といっても魔族領はいつも曇っている)のこと。魔族の国、ルアーニを治める魔王の執務室に、突然臣下の1人であるシンが飛び込んできたことから始まる。
「魔王様!大変です!」
「ん?どうしたのだ、シン。」
「勇者が……勇者が」
「勇者?まさか、この城に攻めてきたのか!ちっ、人間め、平和協定を破ったな!すぐに迎え撃て!」
「違います、そうじゃありません!勇者が世界を滅ぼそうとしているんです!」
「……は?」
これは勇者と魔王が対立する、巷にあふれた物語。ただし、本作の主人公は魔王である。
「勇者が、か?」
「はい。勇者が、です。」
「勇者とは異世界、確かニホン?からやってきた、強い力を持ち人間を守る存在ではなかったか?」
「その通りなのですが、無理やり家族や友人と引き離されたことに大激怒したらしく…。この世界を滅ぼす、と言って王城にいた国王以外の人間を皆殺しにし、飛び出していったそうです。」
「何をしているのだ人間は…。あいつらは馬鹿なのか?そんなことをしたら勇者の機嫌を損ねるのは目に見えているであろうに…。とりあえず帝国に向かうぞ!」
「はい!」
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数日前
「「「おぉっ!勇者召還が成功したぞ‼」」」
全くもって聞いたこともない言語のはずなのに意味の分かるその言葉を聞いた瞬間僕の中に浮かんだ感情は、怒りだった。
僕は所謂オタクと呼ばれる人種だった。でもって「左目がうずく…!」とか言っちゃう人間だった。いわゆる厨二病患者と呼ばれる奴だ。だから物語を読んで、勇者召還に憧れたことは何度もあった。つまらない日常を抜け出して異世界で活躍できればどんなに幸せかと夢見ていた。でも、実際に呼ばれてみて分かった。勇者召還は、無関係の人間を巻き込む最低にして最悪の行為だって。僕にだって家族がいる。少ないけど、友人もいる。その人たちから無理やり引きはがすなんて、この人たちはなんて自分勝手なんだ。
「我はこの国の国王をしているバカース・アホーと言う。そなたの名は?」
「ヒカリノ・ヒジリ。いや、この世界ではヒジリ・ヒカリノか。」
「突然飛び出して済まない。他の世界の者にこの国の身分制度を適用しようなどと思わないため、楽にしてほしい。そして我の話を聞いてはくれまいか。」
バカース・アホー…馬鹿、カス、阿呆か?なんだこの悪口を詰め込んだみたいな名前……。まあこの世界は地球と関係ない世界のはずだから、単なる偶然だろう。仮にも国王なんだ、馬鹿やカスや阿呆ではなれないはずだ。
「その前に一つ聞かせてください。僕は元の世界に帰ることができますか?」
「……それはできん。この魔方陣は一方通行だからな。」
この方…いや、もうこいつでいいか。こいつ、自分が言っていることわかっているのか?身勝手な行為というならば、謝罪くらいしたらどうなんだ?
「……わかりました。とりあえず話を聞かせてください。」
「わかった!」
内心の怒りを飲み込んで王に話しかけると、王は途端に笑顔になって話し始めた。こいつ、悪いと思ってなかったからな。あぁ、腹立つ。けど、とりあえず話を聞かないと。
「…と、こういうわけなのだ。」
……そう思っていた数分前の自分をぶん殴りたい。こいつは、馬鹿だ。それにカスで阿呆だ。それも、救いようのないほど。僕は、この世界についてから、人の心の声がずっと聞こえていた。紡がれた言葉が嘘か本当かわかる。この世界の真実がわかる。こいつは、魔族は遊びと称して人間を殺す悪だって言った。でも違う。魔族は世界平和を望んでいる。魔族を悪だと断じ、虐殺してきたのは人間のほうだ。
「勇者よ、頼む。この世界を、人間を救ってはくれまいか?報しゅ「断る。」…なに
⁉」
「あんたは俺を舐めすぎだ。おおかたこの世界について何も知らないから簡単に騙せると思ったんだろう?俺はこの世界に来て、人の心が読める能力を手に入れた。魔族が世界平和を望んでいることも、あなた方が俺を利用しようとしていることも、俺が魔王を倒したら俺を暗殺してあんたの息子…王子を魔族撲滅の立役者にしようと企んでいることも。すべて…全てを知っている。」
「なぜそれを……」
ラノベとかでよくある転生ものでは王は腹芸が得意だとかいてあるが、実際はそうでもないんだな。ちょっと追求しただけで本音を漏らす奴などありえないだろう。
「ほら。今なぜそれを、と言ったということは図星ということだろう。」
ほんの少し威圧してみた。全力の1割くらいの力で。だがその瞬間メイドも執事も兵士も皆関係なく硬直した。酷い奴では気絶、失禁している。ちなみに威圧のやり方は感覚で分かった。異世界転移特典だろうか?自分自身の能力を十全に扱って暴走しないようにする、みたいな。
「ぐっ…貴様、我は王なのだ!それ以上我を侮辱するならば、不敬罪で処刑するぞ!」
お、こいつ気力だけは無駄にあるんだな。ちょっと威圧しただけで回りの奴らは硬直して動けなくなっているのに、こいつはまともに話せてる。いや、阿呆すぎて威圧に気が付いていないだけか?
「最初に身分制度を気にしなくていいと言ったのは、お前の方だが」
あ、一応国王らしいから敬意を払ってあんた呼びしてたのについにお前にしてしまった。まあいいか。どうせこいつ名前通り、馬鹿でカスで阿呆だし。にしても名は体を表すって、あれ本当なんだな。異世界に来てからそんなこと実感するとは思わなかったけど。
「ぐぬぅぅぅ」
「はぁ、もういい。お前らには失望した。わがまますぎるんだ。相手が…魔族が伸ばした手をつかもうともしなかったくせに、無関係の、それも他の世界に住むモノに頼るなどありえない。…ああ、これだけは伝えておこう。俺は戦うよ。」
「それは!」
「ああ、勘違いするなよ?殺すのは、この世界に住む人間だ。魔族は敵対しない限り殺さない。いや、人間を殺して魔族だけの世界を作るのもいいな。」
「な、魔族だけの国だと⁉貴様、自分が何を言っているかわかっているのか!」
「当たり前だろう。ただし、王、てめえだけは生かしておいてやる。魔族の今までの恨みのはけ口が必要だからな。貴様はちょうどいいだろう。魔族の役に立つ能力もなさそうだし。」
「勇者!それ以上の国王様への侮辱は許さないぞ!」
お、こいつ騎士隊長か?威圧に負けず話しかけてきたし、忠誠心だけはあるみたいだ。だが、もうちょっと威圧の威力を上げたらどうなるだろうな?
「ヒッ…化け物‼」
「誉め言葉だな」
「誉め言葉、だと?」
「ああ。化け物じみた強さを持つ、っていう俺にとって最高の誉め言葉だよ。」
さて、もうこのぐらいでいいだろう。
「ウィンドカッター」
魔法を唱えた瞬間、王を除くすべての者の首が飛んだ。
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人間領、帝国。今回の勇者召還騒動に怒れる魔王が、酷薄な笑みを浮かべて帝国王と相対していた。
「ふふふ、久しいな帝国王。今回我がこの地に赴いた理由。もちろん理解しているのだろうな?」
「な、なんの話だ?」
「ふん。ばれていないとでも思っていたのか。勇者召還の話だ。」
「ちっ。あ、ああ。わかっているとも。必ず納得できる説明を約束しよう。」
「ふふ、では説明を。」
「…かくかくしかじかでな、こういうことで勇者召還を行ったのだ。」
「なるほどな。最近魔獣が狂暴化して貴様ら人間の作った作物をダメにしてしまうから勇者を召還して倒してもらおうと思った、と。」
「ああ。これで納得していただけたか?」
国王は嘘をついた。魔王はそれを見破り、怒り狂った。その怒りのあまり魔王から膨大な魔力が不可視の暴風となって吹き荒れる。運動神経抜群で、歴代最強ともいわれる現魔王の唯一の欠点は、怒ると魔力のコントロールが効かなくなり、冷静な判断ができなくなることだ。……要は脳筋なのである。
「人間の王、嘘をつくのはやめてもらおうか。我が心の声を聴くことができるということを忘れたのか?本当は我々魔族を滅ぼそうとしたのだろう?王、我は失望したよ。平和協定を破るとは…勇者の件が片付いたら、それなりの罰が待っていると思え。」
そう言って魔王は王城を去った。
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所変わって、魔族領魔王城。
魔王城、と聞いて多くの者は何を思い浮かべるだろう。黒く、マグマのある城。お化けでも出そうな古い城。人間から搾取したものでできたかのように純金でできたお城。はたまた周りに雲が渦巻き、常に雷が轟く城。色は血の色、漆黒当たりだろうか?
だがこの世界の魔王城は違う。お姫様でも住んでいそうな、美しい白亜の城である。マグマは火傷の危険があり危ない。古いと建物が老朽化して壊れる可能性があるので危険。純金は柔らかく壊れやすいのでアウト。周りに雲や雷など途方もない量の魔力が必要なので却下。血の色も黒も汚らしいので清潔感のある白がいい。そんな何代か前の魔王や国民の意見を受けてできた城である。つまり数百年の歴史を持つ城なのだが、魔王の代替わりのたびに建て直し、毎年補修も行っているので何も問題はない。
そんな城に今、魔王は全魔族を集めていた。実はこの魔王、脳筋でも国民からの支持は厚い。脳筋なのに。いや、だからこそか。服芸が苦手で馬鹿正直だからこそ、国民から信用された。この魔王なら嘘をつき、自分たちを騙すことなどないとわかっているのだ。だから突然の招集にも関わらず、体調を崩している者を除いてすべての魔族が城に集合していた。
「我が親愛なる国民たちよ!なんとも嘆かわしいことに、人間が勇者召還を行ったことが発覚した!」
「なに!?」
「また戦争になるの!?」
「もう戦争も虐げられるのも嫌だ!俺たちは安全に暮らしたいだけだ!」
「皆、静まれ!おそらく戦争には発展しない。」
「なぜ戦争に発展しないと言い切れるんだ!」
「そうよ!もう戦うのは嫌!私の夫は戦争に巻き込まれて亡くなったのよ!」
「戦争に発展しないのは、勇者が乱心したからだ。勇者は人間を滅ぼし、魔族の国を作ると宣言したらしい。」
「「「はい?」」」
「だが、勇者は魔族と人間以外の生物を殺そうとしている。このままでは人間は絶滅し、我らの発展も途絶えてしまうであろう。そのことを防ぐため、我は人間に力を貸そうと思う。皆も力を貸してはくれないか?」
「なぜ!今までさんざんこちらを虐げてきたのに!」
「確かに人間は我々魔族を虐げてきた。だがその一方で、我らを助けてくれた人間も多くいる。皆も覚えがあるのではないか?」
魔王がそういった瞬間全員が押し黙った。全員身に覚えがあるのだ。人間に助けられた経験が。あるものはおなかが減って行き倒れていたときに、子供に赤く瑞々しい林檎をもらった。あるものは人間領土の森で迷ったときに、若者から道を教えてもらった。あるものはお金がなく困っていたところを、老人に助けられた
全員わかっているのだ。人間は身勝手な理由で人を虐げもするが、理由なく他人を助けもする生き物だと。そして魔族は義理堅い生き物だ。義理堅いからこそ、かつて自身を助けてくれた者が何の罪咎もないのに傷つけられるというのを見逃せなかった。
「全員がかつて助けられた記憶を思い出したことだろう。我らは恩を仇で返すような生き物ではないということを、人間に見せつけてやろう。」
「といっても魔王様、我らは一体何をすればよいのです?」
「ああ。古い文献によると、勇者と対等に戦えるのは魔王のみらしい。だから戦自体は我が行うおそらく1対1になると思うが、念のためシンも参戦してくれ。皆には、勇者の捜索をしてほしいのだ。勇者は黒髪黒目だ。特徴的だから、発見したらすぐにわかるであろう。」
「わかりました!」
「人間に、我々が義理堅く誇り高い種族であるということを見せつけてやろう!」
「「「おぉっ」」」
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魔王の演説が終わった後。二人は勇者を探すため、人間領を訪れていた。
「魔王様、どうしてあなた様は人間を大切にするのですか?」
「シンか。ふふ、そういえば話したことはなかったな。世界を愛する少女に会ったのだ。」
「世界を愛する少女、ですか?」
「ああ。誰に対しても優しく、自分が傷つくことを厭わない少女だった。その少女が死んだときは、大勢の人間が泣いていたよ。それを見て思ったのだ。世界は我が思うより美しいのかもしれん、とな。」
「魔王様…」
「だから我は、この世界を守りたいのだ。…シン‼」
「は、はいッ!」
「あれ、あそこでなんかよくわからない鉄の塊?をぶっ放しているのって、勇者にみえないか?」
「勇者に見える、というか勇者ですね。民間人を襲ってる?」
「シン、加勢するぞ!人間を守る!」
「もちろんです!」
そういって、二人は勇者が鉄の塊…鉄砲を使って民間心を虐殺しているところに飛び込んでいった。
「ふう、退屈だな。ちょっと引っ張るだけで人の命を奪えるんだから。でも武器づくりチートは最強だな。キャレコって1発しか銃弾装填できないけど、チートのおかげで 銃弾無限だしラクチン♪……ってうわっ、火球⁉」
「勇者ぁぁぁぁっ!」
「んー?褐色の肌に紫の目…ああ!君が魔族?筋肉ムキムキでかっこいい!ねえ、どうやってそこまで鍛えたの?男らしい!うらやましいなぁ。僕は筋肉がつきにくい体質らしくて、どんなに鍛えてもひょろひょろだし、女顔だからか女に間違えられるんだよ。」
勇者のその言葉は、魔王にとっては禁句のオンパレードだった。もともとかわいいものが大好きな魔王。だが次期魔王として生まれた因果か、魔王は筋肉がつきやすい体質だった。どれだけ運動していなくても食事のためにナイフやフォークを持つだけで腕に筋肉がつくのだ。もはや一種の呪いである。さらに髪を長く伸ばそうとしても、戦闘訓練の関係で切らざるを得ない。さらに男らしい顔をしているので、魔王にとって女顔、というのは嫌味にしか聞こえない言葉だった。
故に、魔王はキレた。ガチギレした。その怒りは魔王から冷静さを奪うには十分すぎる代物だった。
「~~~っっっ、我は女だ!」
「え?あっははは!騙そうとしても無駄だよ!だって君、どこからどう見ても男じゃないか!」
「もういい!戦うぞ!」
「ええ?何のために戦うのさ?そうだ、僕と手を組もうよ!人間全部ぶっ殺してさ、魔
族の国を作ろうよ!魔族が幸せに暮らせる国を!人間に虐げられない国をさ!」
「ふざけるな!シン!行くぞ!」
「はい!闇よ、影を飲み込み世界に平和を!ダークボール!」
すべてを飲み込み食らいつくすダークボール。現魔王の右腕たるシンの実力なら無詠唱で発動できる。それをわざわざ詠唱して威力を上げているのだ。それも30連。魔王は簡単に対処できるが、勇者は対応できないだろう。シンも魔王もそう思っていた。勇者は魔王と対等に戦うことができる存在であると、忘れていたのだ。
「はあ、めんどくさいなあ。小転移」
「転移だと⁉それは失われた魔法のはず…」
「あははハはハ、戦い中に立ち止まるなんておバカさんのすることだよ?」
勇者は狂った笑い声をあげる。人を虐殺することに快感を覚える勇者は既に狂っていた。異世界転移の弊害だ。魔法に縁もゆかりもない世界の人間が魔法に触れれば、よほどの生命力がない限り精神が崩壊する。当然の理だった。
そして勇者は手に持った筒を魔王に向ける。その瞬間、魔王の背に怖気が走った。これはまずい!と本能で察し、とっさに横っ飛びで右に避ける。
ダダダダダダ!
「ぐあっ」
魔王は完璧に避けたと思ったが、筒から発射された弾のうち一発が魔王に当たる。もとは平和な国の生まれなのにきっちり魔王に当ててくるのはさすが勇者といったところか。
魔王はなにで攻撃されたのか理解できていない。弾はかすった程度だが血がついていた。滅多なことでは傷がつかないほど魔族の体は頑丈なのに、である。
「ふふ、不思議そうな顔しているね?これはマシンガンっていうんだよ」
この世界は剣と魔法の世界。その二つがあれば、ほかの武器などあまり発展しない。せいぜい鞭や斧程度だろう。マシンガンを知らなかった魔王はそれが勇者の武器だと思い、無防備に勇者へと突っ込んでいった。他に隠し玉があるかどうかも考えることなく。魔王の持つ唯一の欠点が表に出てきたのである。
バンッ
その結果魔王が支払った代償は左腕1本だった。これを重いと見るか軽いと見るかは人によるだろう。しかし勇者は傷一つついていない。骨も肉も切らせておいて魔王は皮すらも切れなかったのである。
「対人用の地雷だよ。アは、頑強で自然治癒力が高いといわれている魔族でさえ簡単に治らないんだね。よかった、これが聞かなきゃ大砲を用意しなきゃいけないところだよ。」
「ジライ?タイホー?なんだそれは……聞いたことがない。異世界の武器か?まあ関係ない。行くぞ!」
そう叫んで魔王は勇者に駆け寄った。何も考えもせずに、ただ勇者を殺さなければいけないという欲求や使命感に駆られて。その瞬間地面が爆発し、爆ぜ、魔王の体に傷をつける。それを魔法で強引に治し、魔王は勇者に駆け寄る。いや、何も考えていないわけではなかった。しかし勇者は民間人にその手に持つ鉄の棒を向けたのだ。人間よりもはるかに頑丈な魔王の体に傷をつけた代物。そんなものを民間人に向けさせるわけにはいかない。故に魔王には、たとえ自身が傷つくとわかっていても勇者の方へ突っ込むしか選択肢は残されていなかった。
「あハハは、無駄だよ。僕と魔王の周りにはいくつもの対人地雷を設置しているんだから。」
「ぐあっ!」
魔王が走り出した直後、大きな爆発が起こった。金属片を大量に含む、大爆発。腕が1本なくなった時でさえ痛みを外に出さなかった魔王が、悲鳴を上げる。それだけでどれほどの痛みかわかるだろう。一般人ならばすでに死んでいる。たとえ魔族であっても、気絶もしくは発狂しているレベルなのだ。
爆風がおさまった後、そこには大量の血を流し、両腕をなくした魔王が何とか立っていた。そんな姿になっても戦う意思は消えてはいないのだろう。右手に持っていた剣を口にくわえている。
「もう諦めたらどうだい?君の手下…シンだっけか。そいつももう後ろで戦う意思すらなくしているじゃないか。」
勇者の言うとおり、シンは後ろで座り込み、うつろな目をしてぶつぶつと独り言を言っていた。
「…れるもんか」
「は?」
「諦められるもんかって言ったんだ!」
いつの間にか魔王の腕は生え変わり、剣も手に持ち替えられていた。
「…どうしてそこまでただの民間人のために命を張れる?君たち魔族を散々虐げてきた奴らじゃないか。」
勇者の目からは戦闘しようという気持ちは消えていた。だから魔王は安心して話し出した。
勇者にはわからなかった。魔王がどうして人のために命を懸けられるのか。何かに夢中になったことが、誰かを心から信じることがなかった勇者には。そのことがこの世界の命運を分けることになる。
「世界を愛する人がいた。自分がどうなっても人にものを施し、わが子が死にそうなのだという嘘に騙され自分のための薬を奪われても死にそうな子供がいなかったことに安堵したものだった。」
「……」
「国を治める王がいる。時に人を騙してでも、自国を大切にする王だ。」
「何の話を……。」
「この世界は人を騙して生きる人が多くいる。この世界で命は軽い。死ぬ人はとても多い。5歳まで生きることのできる者など生まれる命の半分にも満たない。寿命で死ねる者はさらに少ない。だからこそ人は自分のため、自分の大切な人のために他人を騙して生きていく。それでも人を信じ、人と協力して生きている者も多くいるのだ。勇者、人の感情がわかるのだろう?」
「何故そのことを知っている⁉」
「有名な話だからな。勇者召還で呼ばれた者は感情を理解する能力を得る、と。確か、人の心を読むことができる魔王に対しての対抗措置として何代か前の国王が開発したものだったか。」
正確には15代前の国王である。魔族と人間領、数百年にもわたる戦いの原因を作った張本人。
「っああそうさ!人の感情が見える!王城では人の心の声が聞こえたのに!それがどれほど気が狂いそうになるかわかるか⁉口で優しい言葉を言いながら感情は憎悪!ことらと仲良くしたいと言っておいて浮かぶ感情は殺意!助けてほしいと願いながらこちらを騙そうとしてくる!人の本音が見えないのにどうやって信じろと!」
「わかるさ。我もそうだったから。」
「何…?」
「中途半端な魔王は人の心が聞こえない。感情しか見えない。周りから中途半端だ、失敗作だと何度も罵られた。罵ってくる者の感情はすべて怒りだった。」
「ならば、どうして今は聞こえる?」
「罵られる日々にうんざりし、すべてを投げ捨てようとしたとき、一人の少女に会った。見える感情は純粋にこちらを心配する心。私が思わずすべてをその子に洗いざらいぶちまけたとき、その子は笑って『見えるものだけがすべてではない』といった。どのような感情を持ってそのような行動をとるかが大切なのではない。感情と行動との間にある、『どのようなことを思ったか』、そのことこそが最も重要なのだと。」
「見えるものだけがすべてではない……」
「その子の言葉を聞き、私を罵るものがどうして私を罵るのか考えるようになった。何日も何日も考えているうちに、罵る言葉のすべてに耳を傾けるようになった。今までは私を罵る言葉が聞こえてきたら耳をふさいでいたから…」
「…それで?」
「私を罵る言葉には続きがあった。『ああ、どうして魔王は人の心の声が聞こえないのだ?感情しか見えない魔王は中途半端だと言われるが、そんなことはないだろう。あの方は我々のことをよく考えてくださっている。悪いのは私の教え方だ。ああ、魔王様。至らぬ私をどうかお許しください…』。これが私を罵っていると思っていた言葉のすべてだった。怒りの感情は自己嫌悪だった。そのことに気が付き、周りにいるものを信じられた時、心の声が聞こえるようになった。重要なのは人を信じるこtぎゃああっ⁉」
魔王を襲ったのはあの銃だった。勇者は魔力を回復させ魔王を撃つタイミングを見計らっていた。魔王が油断するその瞬間を。だが魔王が死ぬことはなかった。
「ふん、魔力も大分回復した!第二戦だ魔王!」
「やはり人間を憎むのか…」
魔王は学習していた。たとえ脳みそが筋肉でできていても、魔王は決して馬鹿ではない。先ほどは話すときは警戒心が抜けていたが、今は話していてもその双眸は勇者を射抜いていた。
「ああ。だが気が変わった。人間だけじゃなく、魔族も動物も植物も、この世界のすべてを滅ぼそう。」
「そうか…ならば仕方ない。我々も全力で相手する!」
魔王が炎の球を放ち、勇者が迎撃。勇者は銃や地雷で魔王に反撃。魔王はそれを避けながら勇者に魔法や剣で攻撃する。両者ともに1歩も引かないその攻防は何分間続いたのだろうか。数分か、はたまた数十分か。しかし決着がつく時がやってきた。
魔王が放った焔の球が、勇者の右腕に直撃した。あまりの痛みに勇者は銃を取り落とす。そして。
「ダークネスボール」
その詠唱を唱えたのはシンだ。彼はずっと詠唱を唱えていた。ダークボールの上位に当たる魔法、ダークネスボール。シンほどの実力でも、無詠唱で撃つのは難しい魔法。シンはどうせなら、と何十分もかかるフル詠唱をし、魔法を勇者に撃つ機会を窺っていたのだ。
「ぎゃあああああああああああっ!」
そしてその魔法は見事勇者に当たり、もともとやけどを負い使い物にならなくなっていた右腕を飲み込んだ。勇者は痛みのあまりもだえる。そしてそんなおおきな隙を逃す魔王ではない。勇者を突き飛ばして馬乗りになり、その首元に剣を突き付けた。
「勇者、貴様の負けだ。」
そういった魔王の顔は、悲しみに彩られていた。魔王は誰よりも人を傷つける行為を嫌っていたからである。こうなっても魔王は和解する道はなかったのかと考えていた。
「ふ、そんな泣きそうな顔をするな魔王。僕の負け、だ……」
「…シュタースティエ」
「いきなり何を……」
「私の名前だ。幸福、と言う意味がある。勇者と魔王として生まれてさえいなければよい友人になれたかもしれんと思ってな。次は幸せに生きろ、勇者。」
「魔王、いや、シュタースティエに言われる筋合いなどないさ。言われなくても、次は幸せになって見せるさ。そしてお前に勝負を挑もう。今度は友人として会いに行ってやる。あと、僕の名前はヒジリだ。」
「ああ、楽しみにしている、ヒジリ。」
そして魔王は自身に筋力強化を施し、勇者の首を跳ね飛ばした。そうすることでなるべく苦しませずに殺すことができるから…。
その後魔王は人間を救ったとして人間から称えられ、魔王勇者と呼ばれるようになった。魔王自身は勇者を救えなかったことを悔やんではいたものの、人間領に住む民間人から感謝をされては嬉しそうにほほ笑んだ。魔族と人間の関係もがらりと変わり、魔族も人間も手を取り合って暮らせるようになった。
そして数年後、人間と魔族との夫婦の間に1人の男の子が生まれた。黒目黒髪と珍しい色合いのその男の子はヒジリと名付けられ、すくすくと成長した。心優しい子に育ったその男の子は、人に優しく、人を信じ、生涯人助けをしながら生きたと言う。その子の物語は、またどこか別のところで。