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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

君への手紙

永遠に生きる君を想う

作者: まさかす

 この手紙を読んでいるという事は、私はこの世にいないという事でしょう。だから最後に手紙に書き留めておきます。


 私はとある地方大学に助教授として働いていました。私が師事する教授は永遠の命、不老不死の薬を作る事に日夜腐心していました。


 私自身そんな雲を掴むような研究が本当に出来るとは思っていませんでした。私としてはあくまでもそれを開発するに至る副産物に目を向けていたと言えます。

 

 ですが、そんな雲を掴むような研究と思われていた物が現実となりました。


 モルモットを使用した実験に於いて「核」を持った肉片が残っていれば再生が出来る事を確認しました。


 モルモットをバラバラに刻んだ肉片とも言える状態から「核」を持った肉片に呼応するように肉片が集まりだし、それらの肉片が合体し再生するという現象を視認する事が出来ました。


 完全に消失した部位については新たに再生されました。また「核」を持つ肉片が完全に消滅してしまっていると再生出来ない事も確認しました。


 不老不死と聞いて単純に「老いず死なず」を想定していた私からすれば、再生するという事に驚きを禁じ得ませんでした。


 密閉した空間にモルモットを入れて、窒息させた後に生き返るかという実験を行い見事に成功しました。


 一切の水分を含む食事を与えない事で餓死させるという実験もしました。完全に干からびた状態のモルモットを生理食塩水を満たした器に浸すと、10分程で息を吹き返し、見る見るうちに復活して行きました。


 不老については確認に時間がかかる為に分かりませんが、不死と再生についての実験は見事に成功しました。


 とはいえ公表はしませんでした。開発が成功したのはいいですが下手に公表すれば諸々の意味で人類に大問題を起こさせる事が想定できたからです。

 教授は常日頃から「名誉を欲しているのではなく単純に不老不死を突き詰めたいだけだ」と私に言っていました。それも公表しない理由の1つという事でしょう。


 とはいえ人間に対する実験はしていません。モルモットのみです。


 そこで教授は1人の男の子を呼び出しました。その男の子は詰襟の制服を着た真面目そうな高校生でした。教授の遠戚にあたるというその子は、時折研究室に来ては教授の研究を熱心に見ていました。


「これは不老不死の薬だ。モルモットの実験においては成功している。だが人間では実験していない。論文も書き上げたが発表もしていないしする気もない。だが人間に対して実験したい。この考えをお前なら分かってくれるだろ?」


 彼は「はい」とだけ答えました。そして教授の質問の意味を理解した上でその彼は言いました。


「喜んで僕がその実験台になるよ」


 彼は教授が製造した不老不死のその薬品を、何の躊躇もなくフラスコから直接ゴクゴクと飲み干しました。


 私はその日に大学を去りました。別に目の前で行われたその人体実験に嫌気が指したとか、教授と喧嘩したとかではなく、以前から別の大学に教授として赴任する事が決まっていたからです。


 その後、その時の彼がどうなったのかは分かりません。赴任先で忙殺されていたという事もあって、私には彼の心配をしている余裕はありませんでした。風の噂で聞いたのですが、教授は私が去った1ヵ月後に病死したそうです。


 モルモットでは成功したその不老不死のその薬品が、彼にどのような影響を与えたのかを私が知る術はありませんでした。しかし胸の奥に今でもつかえるその事を手紙として残しておきます。

 これは私のその彼に対する懺悔の気持なのかもしれない。そんな人体実験を目の前で許したという悔恨なのかもしれません。


 とはいえ、その彼の名も教授の名も記す事は出来ません。懺悔の気持はあるものの、研究に携わる身からすれば、他人の研究を私が公にする事などはあってはならないと思っているからです。ただただ自分1人の胸の奥に仕舞っている事が辛いというだけの無責任な研究者です。





 そんな内容の手紙を見つけた。誰が書いたのかも分らないが、随分と昔に書かれたようだ。


 なるほど、この手紙は客観的な裏付け証拠ともいえる手紙だな。


 この手紙が書かれたのは今から約150年前。そして手紙に出てくるその彼は今ここにいる。


 ここは自衛隊化学試験場にある地下施設。一般人の目に触れる事の無い機密扱いの施設。その施設内の独居部屋に彼はいる。それも高校生と見紛う若いままの姿でいる。年齢は150歳を超えているはずの人間が、若い姿のままにここにいる。


 彼は既に死亡している事になっている。不死の人間など現代社会に存在してはならない。とはいえ抹殺する等はしない。そんな事が公にでもなったりしたら、取り返しのつかない事になる。とはいえ公表する事も出来ない。故に自衛隊の機密施設にて監視下にある。


 彼は小さな体育館と言えそうな地下空間に設けられた20畳ほどの特殊な独居房に収監されている。四方を鉄格子に囲まれ常時監視されている状況ではあるものの、房の中に置かれたテレビの視聴は勿論、漫画や雑誌等も自由に読め、食事についてもそこそこに良い物を与えられている。彼を監視する監視役の人間とも鉄格子を介してではあるが自由に会話をする事も出来る。


 彼がここに連れてこられて早100年が経過している。私が彼の監視を任命されてから早5年。彼の監視任務はおよそ5年単位で交代する事になっており、私はもうすぐ異動になる。


 監視役として新たに赴任してくる全ての人間は、ここに来て初めて不老不死の話を聞かされる。目の前にいる人間は不老不死だと聞かされる。

 最初に聞かされるそんな話を皆が嘘だと思って信じない。私もその内の一人である。そんな人間がいるなら少しの情報も漏れ伝わらない事があるとは思えなかった。


 そこで彼は着任したての監視役となる人物に対して、儀礼とも呼ぶべき事象を見せてくる。そう、自殺を見せてくれる。不死である事を見せつける。私も見せつけられた。

 

 彼自らが設置を望んだギロチン。房の中に特別に設置されているそのギロチンで自ら首を切り落としてみせる。そして生き返って見せる。


 切り落として直ぐに首と胴体が呼応するように近寄り合体し再生し復活する。不死と再生を信じさせるには一番効果的且つ確実な方法である。私も見せられた時には驚くというよりは暫く開いた口が塞がらなかったのを今でも覚えている。あれは夢だったのではないかと今でも思う。


 彼が見せてくれるのは一人に一度だけ。ショーでは無いのだからと言って一度しか見せない。しかし私で既に20人近く監視役が変わっている事からも20回以上は死んで見せたという事である。


 彼がここに連れて来られたのは約100年前の事。いきなり拘束されて自衛隊の施設に連れて来られてきた訳では無く、彼は警察から秘密裏に移送されて来たということだった。


 それが何年の何月何日といった詳細は不明ではあるが、彼は不死になった後に罪を犯したと言う事だった。


 それも命をかけた犯罪。命を棄てるような犯罪。それを以って自分でも不死である事を確信したそうだ。以降、犯罪を繰り返し、逃げては崖から海に落ちて死んだように見せかけるといった方法で逃げ続けた。


 だが罪を犯せばそのうちに捕まる事は予想できた。そして案の定逮捕された。それは彼が50歳になろうかという年齢の時だったらしい。


 ここからが問題だった。


 全人類初の不死の人間、不老の人間が一般社会に突如出現したのである。こんな事が公になれば人類の命の概念が覆されてしまう大事件である。


 彼が逮捕された当時、彼は名前を含む一切の黙秘を貫いた。業を煮やした警察は見た目は高校生の彼の顔写真を報道した。当時はその事に賛否があったそうだが、その当時は誰も彼が不老不死の人間なのだとは誰も思わないし知る由もない。


 報道の甲斐もあって1本の匿名の電話が寄せられた。とはいえその電話の内容は「彼が不老不死の可能性のある人間」という物だった。

 そんな電話を受けた当局は当然ながら悪戯電話だと思ったと言う事だ。それは当然であろう。馬鹿みたいな話だと思う方が正しい。


 その時の匿名の電話とはこの手紙の主が掛けたのだろう。手紙の主はモルモットでは不死と再生を見たという事であるが、彼が薬品を服用した直後に異動したのであれば、彼が不老不死になった事を知る術は無い。

 だが手紙が書かれた時期と電話があった時期で想像するに、報道された彼の顔写真を見てピンと来て、そんな電話を寄こしたという事は想像に容易い。当時と変わらぬその容姿に驚き電話を掛けてきたのだろう。


 警察署での取り調べに於いて「君が不老不死の人間だという匿名の電話があったそうだ」と、冗談交じりに話をしてみたところ、彼はニヤリと笑ったと言う事だ。彼にしてみれば、彼が不老不死である事を知るのは手紙に出てくる教授と助教授の2人だけ。教授が亡くなっていた事は知っていたであろうから、その当時の助教授からの電話なのかもしれないと直ぐに思い至ったのだろう。そして当時を懐かしんで笑みを浮かべたのだろう。


 その後、警察署でのそんなやりとりを耳にした警察幹部のある1人が「不老不死の人間」という話を真に受けたらしい。


 その警察幹部は学生時代の友人にその話を相談してみた。その友人というのは自衛隊の現役の情報将校という事で、もしかしたら機密事項に値するかもしれない話をその人物に話したそうである。

 その情報将校も最初は馬鹿な話として聞き流してはいたが、その話を持ってきた警察幹部が学生時代には生真面目過ぎるが故につまらない男として有名だったことからも、一応の調査だけはしてみるかと自衛隊内部で調査を始めた。そしてすぐにその話が事実である可能性が高いという報告が上がってきた。


 情報将校は統幕へと報告し、報告を受けた幕僚幹部は警察庁と内閣に相談した。この時点ではまだ彼が不老不死である可能性があるというだけで物理的な証拠は何ら無かった。だが内閣はそんな曖昧な情報だけを以って緊急事態と判断した。

 内閣は警察庁と自衛隊に指示して、彼を秘密裏に警察署の留置場から自衛隊の機密施設へと移送させるとともに、彼を留置場で突然死したという事にした。


 自衛隊の施設に移送された事で、彼は観念したように「復活を見せてやる」と笑って言った。そして自衛隊幹部や警察庁幹部が見守る目の前で見事に死んで見せ、見事に生き返って見せた。以降100年もの間、彼は学生当時の姿のままで今も生きている。


 日本国における最重要機密となった存在の彼。彼は今と変わらぬ姿のままでずっとここにいるのだろうか。





 それから200年の刻が過ぎ、私以外を除いて人類は滅亡した。


 第3次世界大戦は起きなかった。単なる世界規模の天災により、人類はあっけなく滅びた。

 

 世界規模に発生した天災により初期段階で人口が半分に減った。35億人の命が消えた。そして世界的な干ばつが起こり始め、緑が消え、海は枯れ、食糧難が襲い始め、そこからは一気呵成に人口が減り続け滅亡に至った。


 天災発生直後、私を監視していた監視役を含めた自衛隊は、各所で起きる暴動鎮圧の為に役職に拘わらず駆り出されていった。


 それから数週間が経過し、いよいよという段階で、監視役だった自衛官が私の元へと戻ってきた。


 痩せ細り、見る影も無く、何かにあちこちを(かじ)られた様な傷痕だらけのその自衛官は、虚ろな目をしながら私の独房の扉をあけ「長い間閉じ込めて悪かったな。後は好きにしろ」と、そう最後に言い残し、その場に崩れるようにして倒れ、そのまま息を引き取った。


 数年の間、毎日のように顔を付き合わせていたその自衛官の死を見ても、私は何とも思わなかった。人が死んだからと言って何を思うでも無い。何ら感傷的になるものでは無い。


 太陽が昇っては沈んでゆくのと同様に、人が生まれては死んでゆく。

 既に300年生きている私にとって、人の死とはそんなものである。


 凡そ300年ぶりに地上に出た私の目に映るのは荒廃した日本。そして少し離れた地面や瓦礫の上で何やらモゾモゾと動く物体が目に留まり、それらを目を凝らしてよく見ると、それは元は真っ白であったと思しき薄汚れたモルモットの大群であった。


 私は何故に大群のモルモットがいるのか直ぐに思い至った。


 恐らくは私同様に教授の実験に使われたモルモットが交配を繰り返す事で、文字通りネズミ算式に増えていき、且つそれは、不老不死の遺伝子を保ったままで減る事はなかったのだろう。そしてこれらのモルモットも食糧難に一役買ったであろう事は容易に想像出来た。


 教授はこうなる事を予想していたのだろうか。予想していたとしたら、人類を増加させ続け滅びさせる計画だったのかもしれないと勘ぐってしまう。

 どちらにしても、人類が天災で滅亡してしまった今となっては、全く以って無意味な考えである。


 モルモットの沢山の赤い目が私を見つめている。そしてその大群は何が切っ掛けでもなく、突然私に向かって一斉に飛びかかってきた。

 私は両手両足で以って暴れながら、群れを成して襲いかかってくるモルモットを振り払おうとするが、夥しい数のモルモットを振り払う事は出来なかった。


 私は徐々に食べられていく。骨すらも砕かれ食べられモルモットに吸収される。

 

 服用した不老不死の薬の影響だろうか、軽くぶつけた程度であれば感じるが、皮膚を切り裂かれるといった大きな痛みについては一切感じない。食べられている事には一切の痛みはない。むしろ体中に群がるモルモットの手足がくすぐったい。


 モルモットに食べられながらも私は別の事を考えていた。


 私は今でも300年前に着ていた学生服を着用している。当時そのままの学生服を着用している。既に亡国となってはいるが、まだ学生服として通用する程にそれは保たれていた。


 私は薄れゆく意識の中、亡国である日本国産の制服はなんと丈夫な事だろうと、最後にふと想う。

2019年09月02日 初版

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