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日々、訓練をしながら美桜はシメオンの身の回りの世話もしていた。(まぁ、彼は大概の事は一人でやってしまうのだが)
「魔法を覚えるそうだな」
ベッドメイキングをしていると、声をかけられる。
「はい、まだ適正があるかは、わかりませんけど……」
「使えるにこした事はないな」
「シメオン様も魔法を?」
シメオンのジョブ『魔法騎士』である。彼が魔法を使える事は知っている。
「あぁ」
彼は頷く。
「さすがシメオン様です」
「ふん、おべっかは良い」
彼は鼻で笑って、そっぽを向いてしまった。
(ありゃりゃ、心象悪くしちゃったかな)
仕事を終えてシメオンの部屋を出る。右手にシーツを持って、階段を下りる。
「そこの貴方」
二階に着いた時、唐突に声をかけられる。見れば、くるくる巻き毛の貴族がこちらを見ている。
(あ、この人は……ウチコフだ……)
それは王が妾と作った子の一人だった。
「少し、こちらへいらっしゃい」
男は背が高く、ツンとした顔をしている。側に寄ると、香水臭かった。美桜は男の後に着いて行く。
「入りなさい」
部屋に入ると、背の低い男が紅茶を飲んでいた。
(あ、ケンドルだ……)
彼も妾の子である。歯が出っ張っていて、鼻が横に大きい特徴的な顔をしている。ドアが閉じて、ウチコフがテーブルに着く。
「さて、貴方、私達をご存じ?」
美桜は頷く。
「ウチコフ様と、ケンドル様です」
「まぁ、素晴らしい」
ウチコフは上機嫌に笑う。
「貴方はシメオンの従者なのでしょう?」
「……はい」
美桜は頷く。
「ねぇ貴方、私達の従者にならない?」
ウチコフがにっこり笑う。隣で、ケンドルもにやにやと笑う。
「それは……」
「今のお給金で満足しているの? 私達なら、プラスしてもっと出してあげるわよ? そうね、今の二倍でどうかしら?」
ウチコフが口角をわざとらしくあげて笑顔を見せる。
「……申し訳ないのですが、お断りします」
そう言った瞬間、部屋の空気が二度程下がった気がした。
「あら、断るの?」
「はい」
「どうして? あの男に、そこまで義理立てする必要があるの?」
「私は、シメオン様に忠誠を誓っておりますので。裏切る事は出来ません」
するとウチコフが笑い始める。それに続くように、ケンドルも笑う。
「オーホホホホホ!! 無垢なモノね、何も知らないって本当に平和で良いわよね」
彼はおかしそうに、小馬鹿にした様子で笑う。
「……何が言いたいんですか」
「だって、貴方が忠誠を誓っているシメオンは、とってもみっともないずる賢い最低の男だって、私達は知っているんだもの」
美桜は固まる。
「良いこと? あの男は、第二王子と言う立場を手に入れる為に、自分の兄弟達を殺し尽くした男よ」
美桜は目を見開く。
「悪いことは言わないわ、あの男から離れなさい。さもなくば、貴方にも不幸が待ってるわよ」
ウチコフが口角をあげて、嫌な笑みを見せた。
「そんな事はありません」
美桜は相手が貴族である事も忘れ、大きな声でそう言い放った。
「シメオン様がそのような事をなさるはずがありません!!」
「なっ」
「私はけしてあの方を裏切りません! 失礼させていただきます!」
勢いよく部屋を飛び出して廊下を走る。
(嫌な奴ら! なんて酷い事を言うんだ!!)
彼らに対する怒りと、同時に一抹の不安があった。
(シメオン様は……本当に殺したんだろうか……?)
シメオンは他者を信用しない、冷徹な人だった。ゲームの中では彼の、ほんの少しの一面しか見えない。
(もしも……彼が……毒殺をしていたら……私はどうするべきなんだろう……)
美桜は走るのを止め、とぼとぼと歩く。
(……違う、そうじゃない。私は彼が「何を」やっていたとしても、味方したいんだ)
美桜は立ち止まる。
(うん、そうだ。そうなんだ、それで良いんだ私は)
頷き、再び前を向いて歩き始めた。
つづく




