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レッドゴーレム戦はどうにか勝利する事は出来たが、兵達の間に若干の士気の低下が見られていた。逃げるのが間に合わず、亡くなった兵士も多い。せめて『ロクス・プニャイ・ウェクシルム(戦場の旗)』がレベル二まで開発出来ていれば、死者はもう少し少なかっただろう。
美桜は両手で顔を覆う。
(最善の方法を考えないと……)
第二十一ステージはレッドスライム戦である。
(レッドスライムは壁を溶かす、酸性の敵。歩兵が出て行けば、ただ怪我を負うだけだ……)
美桜は顔をあげる。部屋を出て、カミロ王子に会いに行った。彼は、部屋で一人書類を眺めている。
「カミロ王子、進言があります」
「どうしたんだ、ミオ?」
「……次の敵についてです」
カミロ王子が止まる。
「カミロ王子も薄々感じていらっしゃるのではないですか? 敵がある法則性を持って、敵の部隊を送って来ている事に」
「それは……まぁ、そうだな」
「ならば次に来るのは、酸性のレッドスライムです」
「壁を溶かす奴らか……」
カミロ王子が考え込む。
「対処出来ない歩兵達は、下げるべきです」
「……レッドスライムじゃ無い可能性もある。軍隊の基本戦力は歩兵だ。彼らが出遅れるのは、大きな痛手となる」
「ではせめて、歩兵部隊のすぐ後ろに魔道士部隊を配置しましょう。敵がわかり次第、すぐに対処出来るように」
「……それが落とし所か……良いだろう」
「ありがとうございます」
美桜は頭を下げる。
「なぁ、ミオ。そろそろ決断してくれただろうか、俺のところに来ると?」
彼がにこりと笑う。
「何度も言っていますが、私がカミロ様の元へ行く事は絶対にありません!!」
「絶対にか」
「はい!」
「俺はそんなに魅力が無いだろうか」
彼は首を傾げる。
「魅力はあると思います……けど、私はシメオン様一筋ですから!」
カミロは目を閉じて、小さく息を吐く。
「いずれ、兄上とは決着をつけないとな……」
彼が何か小さくつぶやいたが、美桜には聞こえなかった。
「何か言いましたか?」
「いや、なんでもないよ」
彼はにっこり微笑んだ。
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最近、頻繁に鍛錬場にいるシメオンの姿を見る。彼は既にレベル五である。本来最大レベルに達したメインキャラには、ジョブの変化がある。しかし、シメオンにだけはそれが無かった。どんなに経験値を優先して振っても、彼は次の段階へのジョブ変化が訪れない。それは、彼が途中退場を運命付けられたキャラだと言う事を端的にあらわしていた。
「シメオン様……私は必ず貴方を守ります……」
美桜は柱の陰から彼を長い間見ていた。
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第二十一ステージは予想通り、酸性のレッドスライム達だった。魔法兵が酸性スライムを焼き払っていく。魔法兵は気づけば、全体平均レベル五の精鋭集団になっていた。
「ほらほら、燃えなさい!!」
マリアが敵を炎で燃やす。
「さぁ、私の最大奥義を見なさい!!」
『魔道士』マリアはいつの間にか、『大賢者』にジョブチェンジを果たしていた。そして彼女は、巨大な火の球を頭上に出現させる。
「燃えて、なくなれ!! 『オーバーザ・サン』!!」
美桜は目を丸くした。
(なんだそれ)
マリアの最大奥義は、『魔弾』である。しかし、今のマリアは巨大な火の玉を隕石のように頭上から攻撃した。
(……やっぱり、変化があるんだ)
ここはゲームの世界だが、ゲームの世界以上の変化がある。空に浮いたマリアと目が合う。彼女は、ふふんといった目で美桜を見ている。彼女の大きな変化は、美桜にとって希望に見えた。
(諦めない! 諦めなければ、ゲームには無い大きな変化あるんだ!!)
美桜は自然と笑みが浮かんだ。
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ゲーム以上の変化が現れる可能性を期待して、一つの実験を行う事にした。歩兵部隊には、槍・剣・弓を持った部隊が居て、それぞれ精鋭部隊がいる。その精鋭部隊を集めて更に厳しい訓練を積ませたのだ。
「みなさんには、限界を超えて貰います」
集められた兵士達は美桜の声を聞いている。
「貴方達が、更に高みに登る事が出来れば。それは私達の軍の、より確実な勝利へと繋がります」
「「「はい!」」」
大きな返事に美桜は満足げに頷く。
「では、訓練を始めます」
兵を引き連れて走り込みをする。早いペースで、彼らのいつも走る三倍の量を走った。けれど振り向けば、皆着いて来ている。
(さすが精鋭部隊)
腕立て腹筋などの基礎的な筋肉トレーニングも三倍の量をこなした。更に、実戦訓練では美桜自身が彼らの相手をした。最初は怯んでいた彼らも、次第に遠慮なく攻めて来るようになった。毎日その過酷な訓練を行う。少しずつ量を増やしていっても、彼らは諦めなかった。美桜の激励の言葉を聞けば、歯を食いしばって着いて来た。
一月後、そこには最強の歩兵部隊がいた。
(ステータスレベルは五、歩兵にだけは本来、上位互換のジョブが無い。けど、彼らは新しいジョブに変化してる!)
『スペシャルソルジャー』。それが彼らの新たなジョブだった。それぞれの武器に合わせて、奥義も持っている。槍兵なら、『スピアクラッシュ』などである。本当なら奥義の使えない一般兵が、奥義を使えるようになった効果は大きい。
「みんな、一ヶ月間よく頑張りました! あなた達の精悍な顔を見れば、この訓練が成功だった事がわかります! さぁ、共にこの戦争に勝ちましょう!!」
「おおおおおお!!!!!!!」
上がる歓声、そして兵士たちがわらわら寄って来て何故か美桜を胴上げした。
***
カミロ王子はお腹を抱えて笑う。
「君が胴上げされてるのは、俺も見てたよ。ははっ、君は本当に兵士達に慕われているようだね」
「そ、そうなのでしょうか……それなら、嬉しいです」
「良い将と言うのは、戦場で率先して前に立つ将だ。そう言う将に、部下はついて行く。君は率先してみんなの前に立ち、一緒に過酷な訓練を行った。君を慕わない部下はいないはずだよ」
カミロは笑顔で言う。
「あ、ありがとうございます」
美桜は頬が熱くなる。
「けれど、君の育てた歩兵部隊は素晴らしいね」
「騎馬隊や魔道部隊にも同じように、更に強い兵士を育成する事が可能だと思うんです」
「ふむ?」
「マリアと、レオナルドにも精鋭兵の更なる強化をお願いしてみてくれませんか。彼らならきっと、素晴らしい部隊を作ってくれると思います」
余談だが、レオナルドは彼の居た騎馬兵部隊の隊長が負傷した事により、昇格して騎馬兵部隊隊長になった。
「そうだな。話をしておこう。彼らならきっと、期待に応えてくれる」
カミロは頷く。
「さて、ところでこの間は君の予想が当たったわけだ。次の敵はなんだと思う?」
「……前回の法則からいって、次の敵は今まで出て来た敵の巨大化バージョンだと思います。けど、どの敵が来るのかは、予想が付きません……」
ボス戦の敵は、完全にランダムなのである。
「そうか……では、全ての可能性を考慮して、兵を配置する必要があるな」
カミロ王子と相談して、兵の配置を考えた。
***
暗闇を走る男を捕まえて、美桜は引き倒す。魔法のロープで一瞬で締め上げる。
「ひぃいいいい!!」
「暗殺者の質が下がったわね……」
最初に送られて来ていた暗殺者に比べれば、技術が低い。この程度の男しか雇えない程、資金が無いのだろう。
「や、やめろ!」
男は、捕まった後も自殺をする様子が無い。美桜は剣を男の喉元に突きつける。
「殺されたくないのなら、雇用主を言いなさい」
「そ、それは言えん!!」
男は顔を横に振る。
「ふーん、それじゃあ……指を一本一本落としていこうかしら、」
男の指を一本つまむ。剣の刃をそっと、あてる。
「ウ、ウチコフと言う貴族だ!!」
男は叫んだ。
(あっさりと白状したわね)
「その男だけ? 他に関わっている人間はいない?」
「……も、もうひとり居たが…名前は…わかない……」
「この男?」
魔法で転写した絵を見せる。写真並の精度で、描かれている。
「こ、こいつだ! この男だ!!」
「そう、やっぱりあの二人なのね」
犯人は妾の子のケンドルとウチコフだ。
「ふふっ、ついに尻尾を出したか」
美桜は少し考えて、暗殺者の男を連れたままテレポートを使った。
そこは、カラタユート王国の城の中だった。
美桜は男をかつぎ、人気の無い廊下を歩く。そして、明かりのもれた部屋に無断で入った。
「失礼します」
部屋に入ると、暗殺者の男を床に投げ捨てる
「なっ! なんなのいったい!」
ケンドルとウチコフが驚いた顔をしている。
「夜分に申し訳ありません。ケンドル様、ウチコフ様」
美桜は二人に笑みを見せる。二人は、酒を飲んでいたようだ。
「実はシメオン様の元に暗殺者が来たんです」
「そ、そうなの」
ウチコフが頬をひきつらせる。
「その暗殺者の男、雇用主はケンドル様とウチコフ様だと言うのです」
「そ、そんな事あるわけないでしょ!!!」
美桜は唇に笑みを浮かべる。
「ケンドル様、ウチコフ様。暗殺者を送るの、ここらでやめにしませんか?」
「だ、だから、私たちじゃないと!!」
美桜は剣を引き抜く。床に倒れた暗殺者の男が、一瞬で肉ミンチになった。
「!」
周囲に飛び散る血肉。
「私、狂犬なんです。これ以上、シメオン様に嫌がらせをするなら、黙っていませんよ」
「きゃ、きゃーーーー!!!」
ウチコフが悲鳴をあげて窓際に逃げる。ケンドルは腰が抜けて動けないようだ。
「お約束できませんか?」
剣を向ける。
「や、やくそくする!! もう二度と、あいつを暗殺しようなんてしない!! だから、殺さないで!!」
「……絶対ですよ?」
ウチコフは何度も頷いた。
「では、お願いしますね」
美桜は剣を下ろし、指を鳴らす。すると、死体が消えた。
「失礼いたしました」
頭を軽く下げて、部屋から出た。再びテレポートを行い、砦近くの森に出る。
「……うまくいったかな?」
指を鳴らすと、ミンチになったゴブリンの死体が現れた。掴まえた暗殺者は砦の牢屋に入れてある。二人の前でミンチにしたのは、人に見えるように加工したゴブリンの死体だった。
「これで、あいつらがもう仕掛けて来ないなら良いけど」
美桜は伸びをして、砦の中に入った。
つづく




