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獣人ユンバがしゅしゅっと、素早くやって着て美桜に抱きつく。
「ねぇ、ミオ。僕を鍛えてよ!」
「えぇ! どうしたんですか、突然!!」
ユンバが鍛錬嫌いなのは、砦でも有名な事だった。よく鍛錬をサボるので、カミロに怒られている姿を見る。
「僕ね、ミオの役にたちたいんだ!」
彼がこすこすと、頬を擦り付けてくる。その仕草はとてもかわいい。長い兎耳と一緒に、頭を撫でる。
「ありがとうございます……けど、ユンバは戦いが嫌いなんでしょ?」
カミロ王子と一緒に、戦いに出てはくれるのだが、見ている限り戦闘が好きなように思えなかった。
「うーん、嫌い! けど、ここの砦のみんな僕によくしてくれるから、手助けしたい!」
なるほど、だから嫌がりつつも戦場に必ず出ていたのか。
美桜は少し考える。
(けど、戦闘嫌いの子を兵士に育てるのはかわいそうなのよねぇ)
ユンバはメインユニットだけあって、性能は高い。獣人がそもそも、運動能力の高い種らしい。
「それじゃユンバ、衛生班に入らない?」
「えいせい?」
「看護班よ。負傷したみんなの手当をするの」
「僕、手当得意だぞ!」
「そうなの?」
「森は一人で生きていかなきゃいけないからな!」
基礎能力があるなら、ちゃんと教えれば応急処置ぐらいできそうだ。
「それじゃ、お願いするわね。衛生班の人には私から話しをしておくわ」
「おう!」
数日後、ユンバは正式に衛生班になった。
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いつゲートが開いて敵が攻めて来るのかわからないので、ゲートのある【最重要攻略地点クベロ荒野】には常に兵士が待機している。ゲートの起動が確認されると、伝令が飛ばされて兵士達が収集される。
カミロ王子と、シメオン王子達はすぐに戦場に行き陣を作った。ゲート近くでは先に着いた兵士達がずらりと並んでいる。カミロ王子の行った訓練が上手く行き、彼らの練度も上がっていた。
『連絡します! 敵はノーマルゴブリンおよそ三千体と、巨大ゴブリン三体の構成です!!』
「わかった! 俺たちが到着するまで、戦力を減らさないよう立ち回ってくれ!」
カミロ王子が伝令に答える。
「今更またゴブリンですか! まぁ、楽勝ですね!」
魔道士のマリアが言う。
「気を抜くなマリア! 話しでは見た事の無い『巨大ゴブリン』がいるらしいぞ!」
レオナルドがたしなめる。
「あら、騎士見習いから正式に騎士になったレオナルドは、はりきってるじゃない」
「そ、そんな事は……」
レオナルドが恥ずかしそうに顔を赤くする。
「相手はしょせんはゴブリンよ。気楽にやりましょう」
隊はゆっくりと進軍して、ゴブリン達の群れに行き当たった。襲いかかって来るゴブリンを、前方の槍歩兵が離れた場所から串刺しにする。
「ふふっ、ゴブリン相手なら慣れたモノね」
マリアが手の平に魔法を溜めて、放つ。槍では届かない遠くの、一帯にいるゴブリンが吹き飛んだ。突然、地響きがする。
「!」
三人は目を見合わせる。その地響きは、ゆっくりと近づいて来る。
「あれは……ゴブリンなのか……?」
本来のゴブリンは、人間の大人の腰程度のサイズしかない。しかし巨大ゴブリンは、五メートルは有する身長を持っていた。ナタのような武器を横に振るえば、歩兵達は次々薙ぎ払われ陣が崩れる。
「ふん、図体がでかいだけよ!」
マリアが詠唱を行い、ファイヤーボールをぶつける。すると巨大ゴブリンが呻く。
「ほら! 効いてる!」
巨大ゴブリンはこちらにターゲットを変える。
「マリアは後方支援! レオナルドはマリアを護衛しろ! 俺は巨大ゴブリンを倒す!」
カミロは剣を構えて、馬を走らせる。近づく程にゴブリンの巨体が恐ろしく感じられる。カミロは歯を食いしばって、恐怖を押さえ込んでゴブリンに切りつけた。足を狙ったが、空振りだった。おまけに、馬の首を切り落とされた。カミロは地面に転がり落ちて、体勢をたてなおしゴブリンを睨む。巨大な刃物が、振り下ろされる。カミロは横に転がって、その刃を避けゴブリンがナタを振り上げる前に股下まで走って行った。焦らず冷静に、相手の動きを見極め足を上げたゴブリンの足の腱を切る。するとゴブリンがよろめいて、後ろに倒れる。それに飛び乗って、上から心臓に剣を突き刺した。
「ーーーーーー―!!!」
呻き声をあげる巨大な怪物。両手が迫って来て、カミロを押しつぶそうとする。カミロは剣を更に奥に押し込んで、ぐるりと中で回した。
「ーーーーー!!」
巨大ゴブリンが特に大きな悲鳴をあげ、そしてカミロを押しつぶしていた手の力が抜けずり落ちた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ゴブリンは事切れて動かなくなった。カミロは荒く息をして、その死体を見る。この大きな怪物に自分が勝てた事が驚きだった。
「カミロ!!」
レオナルドと、マリアが走って来る。
「フォロー出来なくてごめんなさい!! ノーマルゴブリンの奴らが邪魔して来て……」
「いや、大丈夫だ。二人が無事で良かった……」
その時、伝令が入る。
『シメオン隊、巨大ゴブリンを二体撃破』
それを聞いてカミロは、唇に笑みを浮かべる。
「こちら、カミロ。巨大ゴブリンを一体撃破した」
戦場を見渡せば、まだ沢山のノーマルゴブリン達が居た。
「さぁ、行くぞ!」
「えぇ!」
「はい!」
カミロ達は、暴れるゴブリンの群れに突っ込んだ。
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ゴブリン戦の後に、美桜は衛生班のリーダーから驚く報告を貰った。
「それが後方で看護していたユンバ君が、前線に出て次々負傷者を連れて来てくれたんです」
リーダーの青年は嬉しそうにほほ笑む。
「私たちでは、前線までは出ていけません。ある程度後方まで自力で下がって来れた兵士だけを看護しているのが現状でした。ですが、ユンバ君のおかげでより多くの兵を助ける事が出来ました。彼を衛生班に紹介していただき、ありがとうございます」
青年が頭を下げる。
「あ、いえ! そんな! 頑張ってるのは彼自身ですから!!」
美桜は両手をばたばた振った。
(ユンバ君、えらいぞ!!)
つづく




