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カミロ王子の部屋を尋ねて、兵の情報を眺める。助言を欲しいと頼まれてから、度々彼の部屋を訪ねていた。
「兵の数は十分ですね。後は鍛錬でしょうか……」
「鍛錬には気を使っている。とは言え、鍛錬ばかりでは兵士達のやる気も下がる」
「やる気……」
「あぁ、張り詰めてばかりでは身が持たない。士気が下がってしまう」
ゲームの兵士なら、やる気など関係ない。けれどこれは現実なのだ。ならば、戦ってばかりでは士気も下がるだろう。
「ではどうしますか」
「戦闘の度に戦果に応じて報奨金は出している。けれど、やはりこの砦には娯楽が不足している」
「娯楽……ですか。確かに長期戦になる事を考えれば、ココに一つ町を作ると言う視野も必要かもしれませんね」
「そう、正にそうなんだ!」
カミロが大きな声をあげる。
「ひとまず酒場を作ろうと思っている」
「酒場……。そうですね、酒と博打と音楽と芸人。それらが揃っていれば、兵士の癒やしとなるでしょう」
「俺もそう思う。実は部下に指示を出して酒場の建設を既に行ってるんだ。近い内に芸人達も来る」
「ふふっ、準備が良いんですね」
「まぁ、一応将来王様になるわけだしね」
彼は照れたように頭を掻く。
「では娯楽はそのようにしましょう」
カミロ王子が優秀な王子で良かった。美桜だけでは、持てなかった視野の広さを彼は持っている。
「ところで、ミオ。君にお願いがあるんだが、良いだろうか?」
「なんでしょうか?」
美桜は首を傾げる。
「君はとても強い。だからどうか、俺を鍛えてくれないか」
美桜は瞬きをした。
「私が、貴方をですか?」
「あぁ。この砦の中でもっとも強い君に頼みたいんだ」
彼は真剣に美桜を見る。
(カミロ王子を強くする事が出来れば、いろいろと有利になる)
「わかりました。訓練をつけます。ただし夜に一対一でお願いします。訓練する現場を人に見られたくないのです」
「兄上に気を使ってか?」
「はい。私はシメオン様の付き人ですので、カミロ様の鍛錬の手伝いをしていた……と知れれば、あの方は不快に思うでしょう」
「確かに……では、訓練は皆にバレぬように地下で行おう」
「地下ですか?」
「あぁ、この砦には広い地下があるんだ」
「では、そこで訓練しましょう」
美桜は頷いた。
夜に、地下にやって来るとカミロ王子が既に待っていた。
「では、中に入ろう」
鍵を開けて中に入る。廊下を歩いて扉を開けると、広い空間に出た。
「ここは……どのような用途で作られたのでしょうか?」
「異界の魔物を研究する為に作られた部屋なんだ」
見れば地面に緑の魔物の血が滲んでいる。
「なるほど……」
「魔物を閉じ込める為の場所だけあって、丈夫に作られている。さぁ、存分に鍛錬をしよう!」
いささか衛生面に問題を感じたが、美桜は剣を構える。
「ではまずカミロ様の実力を教えてください」
「切りかかって来いって事だね。行くぞ!」
彼が上段から切りつけて来る。なかなか良い一撃である。きちんと剣の師を持って鍛えたのだろう。型もみだれが無く綺麗だ。美桜は彼の剣を受けながら、『アナライズ』を行い彼のステータスを見た。レベル三。ステージ十の時点なら適正なレベルと言える。
「悪くないですね」
「本当か!」
カミロ王子は特別な主人公キャラなので、ジョブチェンジが三段階ある。剣士→剣聖→剣聖王である。剣聖王になり奥義『光破斬』を覚える。そうなると、ユニットとしての重要性が大きく上がる。カミロ王子には是非、剣聖王になって欲しい。
「では、こちらからも行きます」
美桜はカミロ王子の実力を見ながら、剣を振る。彼がギリギリ避けられる早さである。
「っ!」
カミロ王子が目を見開き、必死にそれを剣で防ぐ。美桜は彼を追い詰めるように、次々斬りつける。
(目が良いな)
美桜はくるりと回って、彼の予期せぬ動きから剣を繰り出した。すると彼はその攻撃も剣で受ける。しかし強い力で彼を壁に吹き飛ばした。
「ぐっ!」
背中から壁に叩きつけられた彼が、痛そうに顔をしかめる。
「良い目をしています。後はそれに身体が追いついていけば良いのですが」
「あ、貴方の言う通りだよ……」
彼はよろよろと立ち上がり、剣を構える。
「もう一度頼む」
「えぇ」
美桜は笑みを浮かべて、剣を振り上げた。
時間の許す限り毎晩カミロ王子に稽古をつけた。彼は打ち合う事に、美桜の剣に着いて来るようになった。基礎鍛錬の量も増やしたらしく筋肉量もアップさせている。
(このまま彼を鍛えれば、剣聖王になってくれるかもしれない)
カミロ王子と激しく鍔迫り合いを行った後、腹に蹴りを入れて後ろに吹き飛ばす。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
疲れ果てた彼は倒れて、荒く息をする。
「……今日はここまで、お疲れ様でしたカミロ王子」
美桜はタオルと、飲み物を持って彼の側に寄る。
「ありがとう……」
起き上がって、彼は汗を拭いて水を飲む。
「君は本当に強いな。全く、追いつける気がしないよ」
美桜は小さく笑みを浮かべる。
「努力は少しずつ積み上げる物ですよ」
「全くその通りだ」
彼は頷く。
「しかし、きちんとした剣の型を持っていながら、先程のようにゴロツキのような技も繰り出すんだな君は」
「ふふっ、敵は魔物です。礼儀にのっとった型など関係ありません。不意打ちされぬよう、あらゆる動きに対応出来るようになってください」
「そうだな」
カミロ王子が立ち上がる。
「今日も遅くまでありがとう」
「いえ……」
カミロ王子が強くなれば、それだけ兵士全体の生存率が上がり、それはひいてはシメオンの生存の可能性をあげる事になる。
「ところで砦で祭りがあるのは知っているか?」
「祭り……えぇ、存じております」
砦の中には着々と外から芸人などがやって来て、娯楽施設を作っていた。仮拠点だった砦には『ヘルムドス』言う名前が付けられて、それを記念して今度祭りが開かれる事になっていた。
「その……よければ、俺と一緒に祭りを見に行かないか?」
その申し出に美桜は驚く。
「それは……」
「君には世話になっているから、何か礼がしたいんだ」
その言葉は少しうれしかった。
「ありがとうございます。けれで、お気持ちだけで充分です。私とカミロ様の関係は、一国の王子と、メイドです。共に祭りを楽しむと言うのは難しいでしょう……」
「そうだろうか……」
「えぇ、それに、私が貴方の側にいれば不審に思う者もいます。この大事な時に、よけいな噂をたてられるのは軍の士気にも関わる事です」
「む……」
彼は目を閉じ、眉を寄せる。
「君の言う通りだ、軽率な事を言ってすまなかった」
「いえ……お気持ちは嬉しかったです。カミロ様は、ご友人達と羽根を伸ばされてください」
「あぁ」
彼は納得したように頷いた。
***
祭りの日、昼間から砦の中は活気があった。
「騒がしい事だ……」
窓を開ければ、テントの張られた広場が見える。シメオンはそれを見下ろして眉を寄せる。
「戦争状態に居続ける事は辛い事です。時にはこのような日も必要なのでしょう」
美桜は紅茶を置いて、窓の外を見る。
「ふん、それにしても軍規が乱れ過ぎている」
「……カミロ王子はお優しい方ですから」
彼は兵士達一人一人の様子に気を配る人だった。
「おまえもカミロの肩を持つのか」
棘のある言葉を彼が言う。
「いえ、私はシメオン様の従者です。私が仕えるのは、シメオン様ただ一人です」
美桜はすぐにそう答える。
「どうだかな」
彼は遠くを見つめて、それきり黙ってしまった。美桜はシメオンのメイドになって長いが、彼が自分の心を吐露する場面に出会った事は無い。彼はいつも一人で考え続けていた。
夜になると祭りは最高潮になり、広場ではキャンプファイヤーが行われ、男女が踊りを楽しんでいた。美桜は一人広場の中を歩いて祭りの様子を見た後、部屋に戻る事にした。明るい広場から静かな砦の中に入り、廊下を歩いていると後ろからガシャガシャと鎧の鳴る音がする。
「ミオ!」
振り向けばカミロ王子が走って来る。
「どうなさったんですか?」
「君の姿が見えたから……!」
彼はぜーぜーと息をしている。鍛えている彼が息を乱すのは珍しい。余程遠くから、急いで来たのだろう。
「これを受け取ってくれ!」
彼が差し出した右手には、黒い花の髪飾りがのっていた。
「それは……」
「出店で買ったんだ。君に似合うと思って」
美桜はそれを受け取る。
「ありがとうございます」
「いや、いいんだ!」
彼は顔が赤い。
「良い、お祭りでしたね」
「あ、あぁ……活気のある良い祭りだった」
まだ遠くに、祭りの喧騒の音が聞こえる。
「また、こんなお祭りを開きたいですね」
「……そうだな」
これから戦争は更に激化していく。カミロ王子達にしてみれば、終わりの見えない戦いへと入って行くのだ。
「髪飾りありがとうございました。おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ……」
彼に頭を下げて離れる。カミロ王子が、少し寂しそうな顔をしていたが、美桜はあえてそれに気づかない事にした。
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カミロは初めて彼女を見た時、まるで戦場に女神でも現れたのかと思った。
オークに打ち負け、尻もちを突いたカミロは振り上げられた棍棒で殺されそうになり、目を閉じて死を覚悟した。
しかし、衝撃は来なかった。
目を開けると、オークは鋭い槍に突き殺されて死んでいた。カミロが呆然としていると、一人の兵士が近づいて来てその槍を引き抜く。馬に乗った騎士は女で、カミロには輝いて見えた。
その時からカミロの心は彼女にすっかり、囚われてしまった。
(ミオ……)
明日の命すら危うい戦場にいながら、カミロの心は初恋の炎で燃えていた。
つづく




