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■プロローグ
美桜は剣を抜いて、遠くにいるシメオンに迫る敵を空気の刃で切った。彼は前方のウルフと戦っていて、後方の敵には気づいていなかった。四散した敵にほっとして、美桜は剣を鞘に戻す。
(よかった……守れた)
異界のゲートからは、ぞろぞろと敵が出て来る。美桜は馬の腹を蹴って、敵の一軍に突っ込んだ。
(シメオン様を守る為! 私は戦うんだ!!)
槍を振り回して、次々敵を倒す。大事な人を守る為、美桜は戦場を駆けた。
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シメオン=クロトフ。それは、美桜にとって特別な名前だった。彼は『ケムプフェンエーレ』と言うタワーディフェンスゲームに登場する人物である。そもそも、そのゲームは美桜が生まれるより十年も前に発売された古いゲームである。本来なら、美桜が知っているはずは無い。けれど、偶然親戚のお兄さんがプレイさせてくれたのだ。四歳の時に、親戚の家に遊びに行った美桜は、そのゲームを見て驚いた。実は美桜の家は、ゲーム機と言う物が無かった。母はスマホにも触らせてくれなかったので、それが初めてのゲームとの遭遇となった。美桜はドットの簡略化されたキャラクター達に、すぐに夢中になる。それから、親戚の家に遊びに行く度にそのゲームの続きを楽しんだ。
美桜が小学校に上がると、親戚のお兄さんは県外に就職してしまった。美桜はクリア出来ていないあのゲームの内容を繰り返し頭の中で思い出した。そして転機が訪れる。中学に上がり、おこづかいでそのレトロゲーム機とソフトを買ったのだ。たった、三千円で夢にまで見たゲームの続きを出来るのである。
それから美桜は夢中でゲームをプレイした。昔ながらのゲームなので骨があり、正直難易度が高く難しい。ネット検索したところ、あまりにも難易度が高くてクリア出来ないので『クソゲー』呼ばわりされているゲームだった。攻略サイトも無かったので、毎日黙々とプレイして攻略法を考えた。
購入から三ヶ月後、美桜はついにゲームをクリアした。
「はぁ……」
満足げなため息が出る。難しいゲームだったけど、美桜にとっては、とてもおもしろいゲームだった。物語の中で、美桜は一人のキャラに心奪われていた。彼の名は、『シメオン=クロトフ』。美青年である。美しい彼は序盤で主人公達の仲間になり、途中で強敵に殺されてしまう。彼は、主人公達を助ける為に死んでしまうのだ。美桜はそのシーンを思い出して、目に涙をためる。実際、中盤でそのシーンを見た瞬間泣いてしまったのだ。信じられず、しばらくプレイが出来なかった。
「シメオンさん……生き返らなかったな……」
一縷の望みをかけて最後までプレイしたが、彼が生き返る事は無かった。
「でも……もしかしたら……」
ポチポチとネットで調べる。
『シメオン=クロトフ 生存ルート』
しかし、それらしき情報は出て来ない。
「いやいや、もしかしたら……彼が生き残るルートがあるのかもしれない……まだ、みんな知らないだけなのかも」
クリア者が少なく攻略サイトも無いゲームである。知られていないルートだって、ある可能性がある。美桜は、その可能性にかけて再び、『ケムプフェンエーレ』を最初からプレイした。
「絶対! 生存ルートを見つけてやるんだから!!」
美桜は強い意気込みを持って、プレイを再開した。
『ケムプフェンエーレ』は、ジャンルで言えばタワーディフェンスゲームに分類される。敵が城に攻めて来るので、それを守る為に味方を配置して防衛するのである。基本守りに徹するゲームで、敵の陣地に攻めて行く事は無い。そして敵は、ステージが進む事に強くなっていく。敵を倒したら得られるゴールドで、味方の兵士を強化して戦って行くのである。このゲームの難しいところは先のステージを見越して、最初から育成する兵士や兵器を決めておかなければいけないところだ。失敗すると死ぬ。配置の仕方も難しい。なので、先に進んでは詰んで最初から戦力を練り直すのを繰り返すゲームなのである。
更にこのゲームには、職業毎にメインキャラクターが居て、彼らはステージ毎に会話シーンがあり、物語が進行して行く。メインメンバーは育てると、とても強いのだが戦闘中にロストしたキャラは戻って来ない。美桜の好きな、シメオンは魔法騎士でかなり強いキャラである。しかし、彼は物語の進行上、ほぼ死ぬ条件で戦闘に立たされるステージがある。シメオンのHPはほんのわずかしか無く、兵士は全て使用不能となっている。かつ敵は今までで相手した敵の中でもっとも凶悪な兵器なのである。シメオンは命がけで奥義を発動し、命を対価にその兵器を壊した。つまるところ、『死』が確定したイベントバトルなのだ。美桜は、その現実が受け入れられず何度もゲームをプレイし直して、その死を回避する方法を探した。
正直シメオンは性格が悪い。初登場時からいけ好かない奴である。第一王子の主人公の力不足をなじって、戦線に出てくる。そんで彼はめちゃくちゃ強いのである。事あるごとに主人公や周囲の仲間に冷たい事を言い、ステージが進んでもその性格は改善されない。『貴様が死ねば私が立派にこの国の王を勤めてやろう』とか平気で言うのである。そんな彼は、死にかけの他のメンバー達に代わり命をかけて凶悪な兵器を破壊して死ぬ。『私が、このようなところで死ぬとはな……』そう言って彼は死ぬのだ。主人公への態度は終始悪いのだが、通すところは通す彼の生き方に美桜はキュンキュンしまくった。そしてなにより、顔が美しい。
美桜は二年間、毎日『ケムプフェンエーレ』をプレイした。攻略ノートにはビッシリとメモが書かれているが、未だシメオンの生存ルートは見つける事は出来なかった。ただ、『ケムプフェンエーレ』は美桜の生きがいになっている。このゲームを起動すれば、美桜はすぐに楽しい気分になる事が出来た。
「美桜ってまだ、あのレトロゲームやってるの?」
友達の紗矢華が首を傾げる。
「『ケムプフェンエーレ』」
「そう、それ」
彼女は何度言ってもゲーム名を覚えなかった。
「毎日やってるよ」
「は~ログインボーナスも無いのに、よくやるよね」
「ログインボーナス無くても、起動したらシメオン様がいるもん」
「あはは、本当好きだね。あの銀髪のイケメン」
そんな他愛ない会話をしている時、突然後ろから強い衝撃を受けた。
「!」
瞬間、背中に熱い痛みが走る。
「きゃあーー!!!」
隣の紗矢華が悲鳴をあげる。誰かが走り去る音がする。美桜の身体は、どさりと前に倒れた。
「美桜! 美桜!! すぐに救急車呼ぶからね!!!」
紗矢華の声が遠のいていく。
(もしかして私……刺されたの……?)
そして、美桜の意識は途切れた。
つづく
私は、戦争と恋愛が同時進行して行く話しがめちゃくちゃ好きです…!!!!!
※誤字脱字の報告ありがとうございます……!!




