ウチキちゃん4
まるで、物語みたいに感じていた。
お母さんが死んでからしばらくして自分の父親だという人が現れる。本当に突然現れた。
お母さんの名前を言いその娘は君だろうか、と問う。心の中では、似ているなと言い、でも本当に能力を持つのはこの子なのか、と疑っているようだった。
頷きもせず、さとりがじーっと見ていると、相手は名前を名乗る。
その名前は確かに生前のお母さんから聞いたことがあった。正確には心の声だったが。小さい頃、何度も疑問に思ったことがあったが、同時に考えていることがあまり良い思い出ではなかったので、結局きちんと聞くことはできなかった。聞いたほうがよかったのか、それとも聞かなくて済んだこの能力に感謝すべきなのかはよくわからなかった。
いつもより更に小さい声で、
「さとりです」
と名乗ると
「良い名前だね」
と言いながら、なんであいつはそんな名前つけたんだという声が重なって聞こえる。
その父親と名乗る人物は、要約すると、
「君のお母さんとは結婚する前に付き合っていたが残念ながら別れてしまった。だが、その後に君が生まれていたらしい、自分もつい先日知ったことだが」
と説明するが、その時に、自分が不倫の子どもであることを知った。
そして、その血縁上のみの父親という人物は、さとりが世話になっていた親戚に話をつけ(心の中で、高額な金銭のやりとりがあったことを知る)、事後報告で、引き取ることを通知した。
その後、生活は一変する。
持ってきた荷物はほとんどない。元々持ち物も少なかった。母親が残した物や位牌などは、さとりにしては相当粘って交渉したものの、持ち出しも親戚から止められ、持ち込むことも受け入れ先から断られる。なので、それほど大きくないカバンに、余裕ができるくらいの量になった。
学校も突然変わることとなった。が、特に思い入れもなかったので全く問題なかった。誰にも別れを告げる機会もなかったが、そもそも告げるべき人もいなかったので後悔もない。
ただ、住んでいた場所を離れてから、しばらくして「あ、桜さん」と思い出す。
そういえば、神社で何度か手紙をいただいていたにも関わらず、こちらからは書いたことがなかった、と。紙風船の御礼もしていなかったことに気が付く。今は、行動を保護という名の監視されており、あまり自由がきかなかった。いつか絶対に行くことを誓うが、そのいつかまで、桜さんがいるかどうかもわからず、それだけは悔いが残った。
先日、書類上で父親となったばかりの人物の家は大きかった。
由緒ある家柄らしい。
書類上の父親には、奥様がいて、さらに、さとりと同じくらいの子どもとそれよりも少し若い子どもがいた。他にも、おじ、おば、いとこ等と会ったがひとりとして全く好意的ではなかった。正面切って「私は認めない」というものや逆に「自分は味方だ」と言うもの、無関心を装ってみる者もいたが、みんな揃って、(なんでコイツなのだ)と思っているのが、家族だなぁと不思議と羨ましく思えた。
どうやら、驚くべきことに皆様にとってこの能力は欲しいと望んでいたものらしい! 差し上げられればよかったのに。
何度も試すようなことをしては、能力を持っていない証拠を探そうとしていた。丸見えの手品を見ているようで、どう反応したら良いかわからずにいたら、さとりの祖父にあたる人物が同じような反応をしていたらしく、なんだか悔しそうにしていた。
どうやら、本当に能力があるとわかってからは、彼らは攻撃先を変えることにしたらしい。
さとりの言動は一つ一つが彼らにとっては違和感を持つらしく、わざとらしくため息をつき、口には出さない言葉で、この家のルールではないと指摘される。
でも、元々この家の人間じゃないし、と特に気にしなかった。
そんな様子を、使用人の人達は、表面的には無関心を取り繕っていたが、ものすごく興味津々にしていた。ささやかな娯楽を提供できてよかった、のかも?
能力については、その後も何度も徹底的に調べられた。
いろんな人に会ったり、研究機関のような場所に行ったり、数値を取ったり、テストをしたり……
そんなことを何度も繰り返したが、ある異能力者に会い、開口一言「ああ、この者であろう」と厳かに言うと、あっさり終わる。この人物は不老不死の異能力者らしい。心の中はとてもフランクで、長生きしてるだけなのに、みんなをまとめることになっちゃったのよー、と。
それから、ある異能力者の証言が根拠だと教えてもらった、心の中で。大変だけど頑張ってーと応援される、これも心の中で。あの家の連中は性格が大層悪いからな、は、なぜか実際の声で言ったようで、周りの大人たちの機嫌が非常に悪くなった。
能力を持つことを認められてから、その家の家長を代行している人物と会うことができた。
その人から、今更ながら引き取られた理由を聞かされる。
この家では心を読む能力を持つ者が家を継いでいる。先日、さとりの祖父にあたる前の家長が亡くなった。だが後を継ぐものがおらず、その誕生を心待ちにしていたこと。それから、能力を持つ子どもがいるらしいという情報提供があったらしいということだった。
さとりは既に知っていた。形式的なものであるようなので、黙って聞く。
代理として家長となっている人物も、急に現れて、家の財産などを受け継ぐことになるさとりに対して、相当複雑な想いがあるようだった。
そして、最後に、少しでも早く、家を維持できる配偶者を見つけ、結婚することを勧められた。
あっという間に生活が変わったせいで、お母さんのことに浸る余裕もなかった。
なんとなく、現実を受け止めきれていなくて、本当はまだ生きているような可能性に飛びついてしまいそうになっていた。
それでも、あの親戚の家よりはましであった。
それについては、あまり思い出さないことにする。
情報提供者さんには感謝するべきなのかそうでないのかわからない。けど、その人にとって、見つけてよかったなぁと思える存在になろうと思う。そういう思いから、恩人さんと呼ぶことにした。
さとりは「恩人さんありがとう」と一人呟く。
その後、能力を制御することを学ぶ。
でも、上手くいかない。祖父の妹にあたる人物は、「彼は簡単に習得できていたのになぜ」と責めるように心の中で言う。さとりは、どんくさいのってこういうとこにも出るんだなぁとしょんぼりする。
あんまりにもできなさすぎて、落ち込みかけた頃、さとりのもとへ手紙が届く。
宛名もなく差出人もない折りたたまれただけの紙。気がついたらカバンの中に入っていたようだった。
開くと、「困ったら助けを呼んで」と書いてあった。
その字は見たことがあった。少ない所持品の中から、大事にしまっていた手紙を探し出す。
やっぱり、桜さんの字だと思いあたり、はっ、もしかすると、桜さんは神様かもしれないと思い当たる。神社にいた桜さんだもの!
「桜の神様ありがとうございます、がんばります」と呟く。
とにかく、どこかには味方がいるような気がして、さとりはもう少しだけがんばれそうな気がしていた。