トオミミさん3
これからどうしたらいいんだろう、という困った感じの声が耳に響く。
遠耳の能力を持つ彼は少し前のことを思い出していた。
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神社の桜の木の伐採をする。
そんな神社の話を聞いてしまった。どうやら、木が老朽化しているらしい。管理も大変だから切っちゃおうとあっさりと決まってしまった。
話を聞きながら、ウチキちゃん悲しむねーと考えてしまう。ここのところ、ウチキちゃんは忙しそうで、神社に来なかったり、来てもお参りだけして足早に石段を降りていったりしていた。
何で忙しいのかは聴覚情報だけだとよくわからず、学校行事とかなのかなぁと考えていた。ちょっと忘れられたような気がして寂しい。つい、「オレは生きてる」と書いてベンチの下に置いておく。どうせ気付かれないような気もしていた。
しかし、しばらくして、ウチキちゃんは神社に来なくなった。
それどころじゃなかったから。
ウチキちゃんの母親が亡くなったらしいと知る。
まじかーと、かなり落ち込む。人の死を聞くのは、いつでも精神的にくるなぁと思いながら、聞いていた。
それから、ここのところウチキちゃんの声を聞いていないことに気がつく。普通、泣いたりとか、呼びかけたりとかするものじゃないかと。
もどかしい思いをしていた。聴覚だけで情報を集めていると、本人の声がないとどうにも状況が掴めない。生活音に個性とかでないから、どうしても人の肉声に頼ってしまうところがあった。
悲しいとかつらいとか、一言だけでも安心するのに。
気がついたらがっつりと感情移入していた。普段は、ひっぱられてしまうので、意識的に気をつけていたのに。この時ばっかりは制御しきれないくらいになっていた。
会いに行こうにも、住んでいる場所なども知らない。そういう情報を得るために聞いていたわけではなかったので考えてみれば、ほとんど知らなかった。生きているのか、死んでいるのか。
ほぼ引き篭るようにして、情報を集めていた。あまり固有名詞を使われることがないらしく、とても苦労したが、この子とか、あの人の娘さんという、指示語を使った言葉と前後の文脈で察して、やっとわかったことは、どうやら、ウチキちゃんは無事であるようなことと、葬儀を取り仕切った親類の家に行くことになるということだった。
生きていることを知った時は本当に安心して気が抜けた瞬間、頭に膨大な音に溺れそうになり意識が吹っ飛びかける。その後、どうしてここまで感情移入してしまっているのかと苦笑する。彼女の今後が気にはなったが、身がもたないから距離を置こうと心に決めたのに。
その騒動の間、聞こえたウチキちゃんの声はたった一言だけだった。「お母さんの気持ちがわからない」と。
しばらくしてマジメガネと会う。音信不通になっていたせいか、相当心配していたようで、
「ごっめーん」と軽く詫びておく。読んでた小説がねー 意外な展開迎えちゃってー もーびっくりしちゃってさー と非現実のことのように、テキトーに話して「もう何とかなったみたいだから。」と笑って言うと、心底、呆れたような冷たい目で見る。いつも、これ現実的にありえんのーとか言って本とか読んだりしない癖に。と呟く。
マジメガネと近況などを話す。
「それにしても、あの家まだ異能力者、諦めてねーのなー」と話す。
先日、生まれた子どもに本当に能力無いか何度も確かめていた。家が大きくなりすぎるとこういう問題がよく起こるのだが、異能に頼りすぎて、それがないという状態を受け入れらなくなってしまうのだった。
特に、あの家の家長になる人は、人の心を読み取るという稀有な能力を持っていた。だが、子にも孫にも能力を持つものは生まれなかった。
「全く、兄さんは僕がその能力じゃなくて感謝するんですね。」とマジメガネが呟く。
「ああ、そうだな~ お前には感謝しかないよー」と適当に答えかけた時、あれ、と思い当たる。
人の心を読み取る能力……考えていることがわかる……お母さんが気持ちがわからない? どきりとする。
マジメガネは心配そうに顔を覗き込む。が、気にしている余裕はなかった。
有り得るんじゃない? 極度に内気な女の子、周りに人がいると怯える、考えてみれば、人の心を読み取るなどの共感系の能力を持つ子供に多い特徴だった。
どうして気付かなかったんだ……。
嫌がらせを直前に察知できた理由、だけど、その場に置いてあるものには全然気付かない注意力、その場に仕掛け人が、つまり意図を持つ者がいるかいないかの差なのだとすると、
桜の木の気持ちがわからなくて、死んだ人の気持ちもわからない… ということはつまり、
人の考えているが読み取れるということ、か?
冷や汗がつーっと流れる。コントロールしきれない頭の中の雑音が増えていく。
だいぶ前から戻って来いというように、目の前で手が揺れていた。
大丈夫だというように頷く。
「もしも」
と言いかけて止める。しまった、これは、彼にとってはとっくに選んだ未来だった。
「なんですか。」
疑問と戸惑いが混じったような声がする。迷った末に出た質問はこれだった。
「お前は、俺を恨んでいるか。」
少し不思議そうな顔をし、
「むしろ兄さんには感謝してます、僕は。」と答える。その言葉を聞きながら、この答えを聞きたかったんだろうなと思ってしまう。自分が安心するために。異能力者として発見された者としての。
「そっか。」
と答えて沈黙が広がる。それから少ししてから思い切ったように
「だから力になりたいと思ってます。」と言う。「少しでいいから教えてください、今、何を考えてるんですか。」
と。
確かにもう一人で考えるのは限界だった。元々考えるのは得意じゃないしなあ。
ため息をついて、少しだけマジメガネに話すことにした。
「例の家の後継者が見つかったかもしれない。」と。
眼鏡の奥の目が丸くなった。
「えっ、例のってあの心の読める能力の……」
頷いて答える。
「ですが、兄さん。見つかるって急に現れたりするわけ……」
と言いかけるマジメガネだが、いろんな可能性を思い当たり、自己解決したのか首を振る。
「そのへんの事情はわかんないけど」
と前置きし、個人を特定するような情報は避けて軽く説明する。
説明を終え、能力を持っている可能性が有り得るか否かを問うと、マジメガネは少し考えて
「主観的な情報が多いような気がするけど、兄さんが言うならそうなのかもしれません。」
と答える。共感系の能力を持つもの同士にしかわからないことがあるのかもしれない、と。それから、呟くように、
「面倒なことになりそうですね」
と言う。
その通りだった。
あの家は、能力を持つものをとても求めていたが、こんな形で得るとは思ってもみなかっただろう。そこへウチキちゃんを放り込むのは、少なくともあんまり居心地良い思いはしないだろうなと。心が読める能力であるならば特に。
一方で、能力について知識を得られれば生きやすくはなるかもしれない。力と共存し生き延びることを教わる。力を活かして力尽きることを避けるために。
こういう秘密はいずれバレる。一人気付けば、どういう訳か、黙ってても気付く人間が現れるものだった。それが、早いか遅いかの問題なのだった。
まあ、任務なので、能力を持つ可能性がある時点で、見つけてしまった以上は何らかの報告はしなければならないのだった。で、いつものように、後のことは知らねーって投げてしまえればよかったのに。
「まったくなー」