ウチキちゃん3
池に落ちたサッカーボールがどうなったか、確かめられないまま、月日は過ぎた。
どれくらい時間が経ったのだろう。
少なくとも一ヶ月半くらい来られなかった。
さとりは久しぶりに石段を登る。もう望みはないけれど。神社で手を合わせて参拝しておく。恨んではいないけど、「ありがとうございました」と言っても今言ったら恨みがましい意味になってしまいそうで、何も思わずただ手を合わせた。
いつものあの場所に向かうと、桜は切り株になっていた。
びっくりして思わず、固まってしまった。まるで近しい人をなくしたみたいな気持ちになっていた。なぜこんなに早く、近くにいて気付かなかったのか、と責めるような声を思い出す。
つい、手を合わせてしまう。こんな時でも涙1つ出てこないという言葉が蘇る。
触れることはできなくて、しゃがみこんだまま、ぼんやりと見つめる。
桜さんも悲しいのかな。痛いのかな。それとも、髪を切ったときみたいにすっきりしてる? 話しかける。
もちろん返事はない。もちろん、揺れもしない。
その姿に悲しみを感じるのはこちらの勝手かもしれない。案外、痛みや苦しみから解放されて安らかな気分なのかも、お坊さんもそういっていたし、と思いながら、立ち上がる。少しくらっとして、ベンチに腰を下ろす。ずーっとみていた光景なのに、桜だけが、ない。すると、足元でかさっと音がする。
下を見ると、透明のビニール製の袋に入った紙が落ちていた。何だか懐かしいような気持ちになりながら、落し物かな…。開けていいか相当迷って、相当悩んだけれど、中身を見ないとどうしたらいいかわからなかったので覚悟を決める。
少し水っぽい感じがした。どのくらい前から落ちてたんだろう。大事なものじゃないといいけど。と思いながら折りたたんである紙を開いてみると見覚えのある字だった。何度も何度も読み返して大事にしまってある紙風船の時の手紙の字だった。
そこにはただ一言。
「オレは生きてる」
さとりはなぜか自分への手紙のような気がしていた。宛名もないのに。
そうか、桜さんは男性だったんだ、と呟く。
安堵なのかなぜか涙が出てきた。まるで、起こったことを知っていたみたい。
それから、大きく頷く。そうだよね、姿は見えなくてもいるんだと思う。大きい木は根っこも大きいという話を聞いたことがあった。まだ、何となくいるような気がするみたいに、きっと居るんだと思う。
でも写真撮っておけばよかったなあ、とつぶやく。カメラを持ち歩いたり写真を撮る習慣がなかった。あの時も、写真って言われて大慌てしたんだった。
ため息をつく。これからどうしたらいいんだろう、と呟く。